女房様とお呼びっ!
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2003年10月12日(日) 私が鞭をとったわけ

私が再び鞭をとったのは、とあるSMバーでのことだ。
ノンケと思しき賑やかな団体が去って、客は馴染みらしき男性と私たちの三人だけとなり、
何となく気の抜けたムードが漂う頃合に、奴に脱衣を命じた。

いきなりそう言われて、奴は戸惑い、一瞬の躊躇を見せる。
目線をやって、それを制し、店の壁にずらりと掛かった鞭を物色した。



実のところ、衆目の中で奴を相手に行為することは、あまりない。
他にも連れがいれば、皆も誘って余興として遊ぶこともあるが、
ふたりきりで訪れてそうしたのは、恐らくこれが初めてだ。
行為を人目に晒して悦ぶ嗜好が双方にないし、
同じ事をやるにしても、人目があると没頭できない。
やはり、奴との行為は、密室ですべき親密なものと思う。

それが、この日そうしたのは、今ここでしなければと強く思ったからだ。
確かに、客が少ないことに助けられはしたが、動機はそこにない。
折角だから遊んでく?みたいな軽い気持ちでもない。
人目なんて気にしていられない程、切迫した気持ちに駆られた。

もっとも、それなら店を出て、密室にこもるほうが適当ではある。
もちろん、そうも考えた。
けれども、またも捻じれた感情から、そうするに抵抗があった。

正確に言えば、そのもっと以前、密室どころか、バーに同伴することすら逡巡した。
原因は、落ち合う連絡をとっている折に、奴が口答えをしたからだ。
それも、奴隷のくせに云々というレベルでなく、人として礼を欠く物言いに絶句してしまった。
ただでさえ不機嫌にいた私は、何だか奴の顔を見るのもイヤになり、
「また連絡するわ」と電話を切る。

その後バーへ向かう道を辿りながらも、まだ迷ったままで、
結局呼び寄せたのは、席に案内されてからだ。



幸いに店内に見知った顔はなく、憚りなく仏頂面で奴を待つ。
と、現れた奴もまた、最前しくじったせいで、この上なく表情が固い。
肩を並べて座らせたものの、案の定、陰鬱な気を醸すばかりだ。
私は私でさっきの気分をひきずって、奴に顔を向けるのも疎ましい。
暫くは目線をやることもなく、前を向いたきりで、ぽつぽつと物を言う。

しかし、奴がまたしても口答えをした途端、思わず奴のほうへ向き直った。
「ナニイッテルノッ?」問い質すに、つい声を荒げてしまう。
けれど、そう問われて戸惑う奴は、自分が何を言ったか認識してないと言う。
つまり、無意識のうちに、暴言を吐いてしまったらしいのだ。
私は、もうどうしたらいいのかわからなくなって、深い溜息をついた。

と同時に、何となく開き直った気分にもなる。
この身に積もる鬱屈は、更には奴の鬱屈も、私の手で払わねばならないんだわ。
奴はどうあれ、私までが、ここで拗ねて沈黙している場合じゃない。

そう思えば、徐々に気が戻り、直近に奴が踏んだ地雷をネタに説教を始める。
その逐一に奴は項垂れるのだが、私が黙っているよりはマシだろう。
おかしなもので、説教するうち、奴への疎ましさが消えていく。
まぁ、言いたいことを言ってしまえば、当たり前に気が治まるものだ。

一方、奴は既に詫びの言葉も失って、虚ろな表情で黙りこくってしまった。
しかし、気力が戻った私には、その風情こそ親しみ深い。
意趣を晴らした気にもなり、今度は奴をどうにかしてやりたいと思った。



奴の裸の背に、鞭を当てていく。
邪気を祓うように、殆ど加減をせずに打ち進める。

端から、快楽を恵むつもりなどない。
奴の中に堆積した鬱屈を打ち砕き、身を裂いては、膿のように流れ出よと念じた。
次第に息が上がり、腕がだるくなっても、狂おしい思いに駆られ、自動的にまた振りかぶる。
いつのまにか、衆目への意識も薄いものになっていた。

思いのままにあれば、私は奴が崩折れるまで続けていただろう。
けれど、休みなく打ち据えていたためか、次第に腕が上がらなくなってくる。
限界に近く、気力を振り絞り、とどめを差すように打つ。

その頃合に、店の女の子が「アタシもやらせてぇ」と無邪気な声をあげ、
現実に引き戻される感じで、張り詰めていた気が断たれた。
そして、ようやくのこと、私は鞭を置いた。


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