女房様とお呼びっ!
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捨て置き十日で、久しぶりに会う。 先の対面から、二十日ほど経過していた。 本当はここまで間を空けるつもりはなかったが、互いの都合がつかなかったのだ。
奴からは、事前も事後も、嬉しい嬉しかったとメールが届いた。 ただ、心底そうであったかどうかは疑わしい。 とはいえ、お愛想でもそう寄越してきたことで、息をついたのは確かだ。 なぜなら、その日、結局私はツレナイ態度をとってしまったものだから。
もっとも、特別に機会を設けたわけでなく、単に送迎を頼んだだけだったけど、 それでも車中で言葉を交わすなり、道中で喫茶するなり、会うに値する展開はあったはずだ。 しかし、私がしたことは、型通りの挨拶と僅かの相槌と、 「寝るわね」と言ったきり、助手席に沈み込んだことだけだった。
確かに、二年もあまって用立てていれば、こうした展開は珍しくもない。 が、この日の奴の心境を慮れば、笑顔のひとつでも見せてやれればよかったのだろう。
けれども、捻じれたヘソが顔を強張らせる。 口を開けば、つまらない繰言ばかり吐きそうだ。 肩を並べて、奴のほうへ視線を送ることさえ出来ない。 その居心地の悪さに、仕方なく目を瞑った。
◇
翌日もまた迎えに来てもらう。 奴には明かさなかったが、この日は奴をよく知るかたと会っていた。 久しぶりのこととて話も弾み、奴の話もさんざネタにして、気の晴れるひとときを過ごす。 いい感じで酔ったイキオイで菓子を買い、食べながら車の到着を待つ。
気分は悪くない。 このまま機嫌よくいられれば、昨日みたいなことにはならないはずだ。
果たして、こちらへ歩いてくる奴の姿を認めたとき、その予想は脆くも崩れた。 奴が羽織った、見慣れない変てこなジャケットに、思わず気が滅入ってしまったのだ。 当然奴に非はないけれど、ようよう平衡を保っている機嫌は、ささいなことで傾いていく。 それをどうにか立て直そうと、車に乗り込んでさえ、菓子を喰い続けた。
菓子の効用あって、当り障りのない会話を二、三交わす。 口を動かしていれば、眠気も抑えられるし、余計なことを言わないで済む。
しかし、奴が 「このジャケット安かったんです!」 とやたら明るい声で話題を取り始めるや、ついに気持ちは潰えた。 痛々しい程の健気さに応えたくもあるが、そこにケチをつけない自信がない。 そうなる前に話を切って、目を閉じた。
結局この日も寝入るうちに帰り着き、前日とさして変わらぬ交わりのまま、車を降りた。 ただ、気持ちはいくらか緩んでおり、せめての思いで、後ろ手に手を振る。 目の端に映る奴のナリは、やっぱり気に入らなかったけれど。
そんな次第だったが、事後の奴のメールには、相変わらず、 「嬉しかった」と文字が並んだ。
◇
確かに、ただ捨て置かれるより、僅かにしか交わらずとも、奴には嬉しくはあったろう。 しかし、この両日の対面が、真に安堵をもたらそうはずもない。 いや寧ろ、あのような対応をされてしまえば、一層の不安を抱えるのは必至だ。 現に以降、奴はメールの折々に辛く切ない心内を語り、それを「自業自得」と納めている。
対し、私が意図して奴を不安に陥れようとしたかと言えば、自分でも判然としない。 実情にそえば、なし崩し的にそうなった感がある。 が、獅子千尋の谷を言い訳にすれば、そうなるに抵抗はなかった。
けれども、真実真相はどうだったか。 母獅子の衣を被った私の内には、恨みがましく、底意地の悪い鬼も住んでいる…。
◇
この一週後、再び奴を用立てた。 しかして、奴には、再び辛い目に遭うことになる。 ただ、それは同時に、漸くにして奴が救われることでもあった。
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