女房様とお呼びっ!
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2003年10月09日(木) 母の衣を被る鬼

捨て置き十日で、久しぶりに会う。
先の対面から、二十日ほど経過していた。
本当はここまで間を空けるつもりはなかったが、互いの都合がつかなかったのだ。

奴からは、事前も事後も、嬉しい嬉しかったとメールが届いた。
ただ、心底そうであったかどうかは疑わしい。
とはいえ、お愛想でもそう寄越してきたことで、息をついたのは確かだ。
なぜなら、その日、結局私はツレナイ態度をとってしまったものだから。

もっとも、特別に機会を設けたわけでなく、単に送迎を頼んだだけだったけど、
それでも車中で言葉を交わすなり、道中で喫茶するなり、会うに値する展開はあったはずだ。
しかし、私がしたことは、型通りの挨拶と僅かの相槌と、
「寝るわね」と言ったきり、助手席に沈み込んだことだけだった。

確かに、二年もあまって用立てていれば、こうした展開は珍しくもない。
が、この日の奴の心境を慮れば、笑顔のひとつでも見せてやれればよかったのだろう。

けれども、捻じれたヘソが顔を強張らせる。
口を開けば、つまらない繰言ばかり吐きそうだ。
肩を並べて、奴のほうへ視線を送ることさえ出来ない。
その居心地の悪さに、仕方なく目を瞑った。



翌日もまた迎えに来てもらう。
奴には明かさなかったが、この日は奴をよく知るかたと会っていた。
久しぶりのこととて話も弾み、奴の話もさんざネタにして、気の晴れるひとときを過ごす。
いい感じで酔ったイキオイで菓子を買い、食べながら車の到着を待つ。

気分は悪くない。
このまま機嫌よくいられれば、昨日みたいなことにはならないはずだ。

果たして、こちらへ歩いてくる奴の姿を認めたとき、その予想は脆くも崩れた。
奴が羽織った、見慣れない変てこなジャケットに、思わず気が滅入ってしまったのだ。
当然奴に非はないけれど、ようよう平衡を保っている機嫌は、ささいなことで傾いていく。
それをどうにか立て直そうと、車に乗り込んでさえ、菓子を喰い続けた。

菓子の効用あって、当り障りのない会話を二、三交わす。
口を動かしていれば、眠気も抑えられるし、余計なことを言わないで済む。

しかし、奴が
「このジャケット安かったんです!」
とやたら明るい声で話題を取り始めるや、ついに気持ちは潰えた。
痛々しい程の健気さに応えたくもあるが、そこにケチをつけない自信がない。
そうなる前に話を切って、目を閉じた。

結局この日も寝入るうちに帰り着き、前日とさして変わらぬ交わりのまま、車を降りた。
ただ、気持ちはいくらか緩んでおり、せめての思いで、後ろ手に手を振る。
目の端に映る奴のナリは、やっぱり気に入らなかったけれど。

そんな次第だったが、事後の奴のメールには、相変わらず、
「嬉しかった」と文字が並んだ。



確かに、ただ捨て置かれるより、僅かにしか交わらずとも、奴には嬉しくはあったろう。
しかし、この両日の対面が、真に安堵をもたらそうはずもない。
いや寧ろ、あのような対応をされてしまえば、一層の不安を抱えるのは必至だ。
現に以降、奴はメールの折々に辛く切ない心内を語り、それを「自業自得」と納めている。

対し、私が意図して奴を不安に陥れようとしたかと言えば、自分でも判然としない。
実情にそえば、なし崩し的にそうなった感がある。
が、獅子千尋の谷を言い訳にすれば、そうなるに抵抗はなかった。

けれども、真実真相はどうだったか。
母獅子の衣を被った私の内には、恨みがましく、底意地の悪い鬼も住んでいる…。



この一週後、再び奴を用立てた。
しかして、奴には、再び辛い目に遭うことになる。
ただ、それは同時に、漸くにして奴が救われることでもあった。


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