女房様とお呼びっ!
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2003年07月11日(金) 無言調教 〜プロローグ〜

今回ここまでこじれた事の発端は、
「無理やり話すのはいかがなものかと…」とイリコが吐いた言葉にある。
このふた月を更に半月ほど遡った日のことだ。

その言葉が耳に届いた瞬間、
心にさっと帳が下りたような感覚が生じ、それはその後暫く私を悩ませた。
いや寧ろ、日ごとに帳の厚みは増し、やがて岩戸のように胸を塞いだ。

その間も、奴の日課であるメールは届く。
流石に事の直後とて、自身の言動の諸々を取り上げては、詫びの言葉が連ねてある。
そこに奴なりの気遣いを見るも、残念ながら、それで気が晴れはしなかった。
それどころか、的外れな反省を見咎めては溜息をつき、奴の誤解や錯誤を解くべく、返事を書いた。
正直、面倒な作業だった。

殊更に言うと弁解がましいが、私は奴にメールを書く自体面倒ではない。
意思を疎通させるには言葉が不可欠だと思ってるし、齟齬を恐れて過剰なくらい言葉を費やす。
しかし、この時心に下りた帳は、すなわち奴に向かう隔たりとなり、どうにも筆を鈍らせる。
奮って書けば、知らず慇懃な物言いを連ねてしまう。
我ながら、うんざりした。



些細なきっかけであれ、心が塞いでしまうと厄介だ。
塞いだ端から発酵が始まり、腐れてしまう。
それは実感として、とても不快なものだ。

腐れるまま放っておく手もあるが、
根気のない私は、ものの一週間でいてもたってもいられなくなり、再び足掻くこととなった。
まずは心の澱を吐き出して、気の回復を図らねばならない。

これが、「直近のウツ」と題して、事の顛末を記し始めた動機だ。
しかし、ここに心の内を晒せば、奴の目にするところとなり、それは必ずや奴を苛むだろう。
それはわかっていたし、寧ろそれを期する気持ちもあった。
いや、誤魔化さず言えば、そうでなければ、意味がなかった。
奴に突きつけるように書いた、それが真相だ。

記事中、再々「自分のために書いている」とエクスキューズしたのは、
そこに滲むアテツケがましさを拭うためだ。
が、どう取り繕おうと、紛れもなくそれはあり、今更に自分の姑息さに辟易とした。
これまで通り、格好つけてやり過ごせばよかったと後悔もした。
けれど、既にその体力はなく、賽を投げたような心持で続けた。

独白を装った私の言葉は、鈍い刃のように奴をジクジクと責めたに違いない。
折々に、反省と謝罪と感謝を織り交ぜた息詰まるようなメールが届いた。
そして、期待通りのその反応に、私は少しずつ癒されていく。
厭らしい情動だが、本当のことだ。
奴を辛い目にあわせながら、それと引き換えに、私の気は徐々に晴れていった。



こうして端緒をつけてしまうと、現金なもので随分と気が楽になるものだ。
同時に、奴について考える気力も戻ってきた。
とはいえ、あの日奴が放った言葉が、依然心の底にわだかまり、思考を鈍らせる。
長期的な展望が出来ず、頭を抱えてしまった。

そこで、調教を行うことにした。
奴を苦しめ始めてから、一週間が経っていた。


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