女房様とお呼びっ!
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自分と他人の価値観が違うなんて驚くべきことではない。 まして、そのことで他人を責める必要はない。 親しい間柄であっても、そうした齟齬が生じるのはままあることで、 寧ろ各々の違いを認め、相互に譲歩したり妥協したりして上手に共存していけばいい。 結局、他人と親密になる過程はこの作業に尽きるのかもしれない。
が、そうわかってはいても、価値観の違う人間と出会うと人はそれなりの抵抗を覚える。 道理を忘れて驚いて、少しムッとして、 時にナンデ?となじるように問うたり、リカイデキナイと突き放したり、 シタカナイネと言いながら、実は全然納得いかない自分を持て余したりする。 それはワカッタ風な私とて同じことだ。むろん、奴も同じ。
だから、溜息混じりに「ああ、価値観が違うんだねぇ」と言ってはみたものの、 嫌味の一つでも言って、奴を責めたいような気持ちになっていた。 奴もまた、腑に落ちなかったのだろう、 「それは価値観が違うというよりも、向き不向きの問題かと…」などとトチ狂った言葉を吐く。 しかし、その妄言は、私の溜息を一層深くしただけだ。
ワルアガキついでに、せめて自分の価値観にまつわるエピソードなど語ってはみたが、 それが奴に届いたかどうかはわからない。いや、届かなかったんだろう。 「今後は食事とか旅行とか一緒するのは避ける方向で考えるよ」と半ば引導を渡したら、 「残念ですが、仕方ありません…」と返された。 正直、ナンナンダ?と思った。
◇
翌日を待ちかねて、先の友人に事の次第を愚痴させてもらう。 一頻り奴の反論や態度をこき下ろした後、「あんなじゃ恋愛なんて出来ないよぅ」と吠えたら、 「そんなことないって…」と笑いながらたしなめられた。
ウン、わかってるよ、奴だって奴なりに生きてきてるんだ。 お友達だっているだろうし、恋愛だってしただろう。 それに、私のような考え方こそ、世間では”ミズクサイ”と誹られるだろうことも知っている。
親しいのなら無理せずに。無理するなんて他人行儀な。 互いに空気のような存在でいられたら。 それはありがちな理想で、かつそうしてウマクいってるカップルはゴマンとあって、 奴もたぶんそうで、だから私にもそうしたんだろうと思う。
そして、そうされて私が辛くなったのは、 私がそんな理想を抱いちゃなくて、寧ろそれは幻想だと思ってて、 親しければ親しいだけ大切にしなきゃと、 かけがえのない存在なら一層失わないよう気を払ってなきゃと、 無理してでも大事にしなきゃと思ってるからだ。 そうすることなく関係を維持できると思うほど、私には自信がない。
とは言え、私がこう考えるに至るには、然るべききっかけがあったなぁと振り返る。 奴に語ったエピソードとは、そのことだ。 それは今も共にある夫がくれた私の分岐とも言える気づきで、今でも感謝してやまない。 そして、その気づきがなければ、私は夫との縁を不意にしただろうとも思う。 それくらい重大なきっかけだった。
◇
当時私と夫に起こったことは、今奴と私が躓いていることとよく似ている。 付き合い始めて数年、結婚してから一年位だったか、夫に誘われて近所に食べに出て、 オーダー出したきり特別に話すこともなく、黙ったままの私に夫は言ったのだ。 「こんなんじゃ、駄目だね…」苛つきと諦めが混じったような声だった。
そう言われて、私は焦りはしたものの、彼の真意を掴みかねていた。 何が駄目なのかわからなかったのだ。 けれど、その言葉の重さだけは印象に残って、その日以降私は考え続けた。
そして気づく。 私は、一番大切にすべき人を一番蔑ろにしてたわと。 身近だからそうしなくていいんじゃなくて、身近だからこそそうすべきなんだわと。 以来、私は夫に一番気を遣っている。義務ではなく、そうしたいと思う。 だって、それ程に価値のある人だもの。失いたくない縁だもの。
◇
今更ながら、そんな話を奴にしたワケだ。せめてもの抵抗として(笑。
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