女房様とお呼びっ!
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情けないことに、私はその後も泥沼から抜け出すことが出来なかった。 とにかく、奴に関して前向きな考えが浮かばない。 こうなると、自家中毒的ウツに浸るのも気を回復させるには良い方法だと思うのだが、 この時はそうするワケにいかなかった。 というのも、数日後に出向くイベントに奴を伴う予定だったから。
そのイベントは随分以前から予定していたもので、 落ち込んでもなお出向きたい気持ちでいた。既に支度に使う宿も取ってたし。 とはいえ、こんな気分では奴と行動を共にするのが疎ましく思えて、今ひとつ気が乗らない。 奴との約束は反故にして、ひとりで行こうかとも考えたが、 それも子どもじみた真似だなと思い直して却下。
先の友人とは当日もご一緒する約束で、打ち合わせがてらの電話で愚痴を散々聞いて頂く。 事情をご存知の気安さから「んもぅ、ホテルに放置だーッ」と半ばヤケ気味に喚く私を、 ドゥドゥとたしなめて下さる。ありがたい。 けど、実際にはそんなこと出来ないのはワカッテル。 それって、やっぱ理不尽な仕打ちだと思うもの。
だから、奴を同伴するのは、この期に及べばほぼ義務なのだと腹を括る。 が、義務というのは大抵楽しくない(笑。 そのせいか、当日何を着てくか、奴に何を着せるか、ちっとも思いつかなくて困る。 大体イベントに行くってのは、こういう前段が楽しいのにサ。 そう思えば、またも奴に対する恨み辛みが募って、また鬱々とする。
◇
結局、前日になって漸くに支度を始めた。 自分の装束は有り合わせでしのげるが、さて奴のナリをどうするか。 そう、こうした折の衣装は、通常私がアレンジしている。 しかし、今回ばかりは一向に発想が湧かず、自力で調えさせようかと本気で迷った。 けど、それでは実質の手間以上に心理的な負担をかけるのは必至だ。 私が踏ん張るしかない。
とはいえ、未だ感情から奴に手間のかかる装束を施す気になれず。 仕方なくWEBで簡単便利なフェチもの(笑)を物色する。 と、某ショップに「顎枷」と「無言マスク」の新着を発見。瞬間、コレダ!と決断。 だって、今回の憂いは奴の口が招いたものだものね(笑。 そう思うと、少しは気が晴れる。速攻、電車に乗って買いに行く。
普段なら、その手の店に行くとあれこれと目移りするのだが、 そんな心境にあっては殆ど心が浮き立たない。 それで、予め電話で取りおきしてもらった先のブツだけを買い求めて店を出る。 なんだか、仕事を一つ終えたような感じ。 仕事ついでに途中下車して、顎枷に合わせるアクセサリーを探すも不発。 歩き疲れて帰途に着いた。
◇
さて、内心の葛藤はどうあれ、表面上はいつも通りに事が運んでいく。 奴にあっては、その数日私が足掻いていたことなど知る由もなかったろう。
途中、またも奴の独り善がりな発想をくらって頭を抱えるが、 ナニ、抑え込んだ憂いに比べたら大したことじゃない。 もちろん、文句を言いたくもなったが、 ”イベントが終わるまで我慢だ”と呪文のように唱えてやり過ごす。
実のところ、 ここに至る奴に関する全ては、”イベント後に先の件を質そう”という動機に支えられていた。 それまでは内心を漏らすまいと足掻いてみたのだ。 下手を打てば必ずや奴は落ち込んで、折角のイベントまで憂鬱なものとなってしまう。 それは自分にも損だし、ご一緒する友人にも気詰まりな思いをさせるかもしれない。
そして首尾よくイベントから帰る。 いざドレスアップしたり、現場に身を置けば、ひとまず憂いなど棚上げに出来るのはありがたい。 奴もそこそこ機嫌よく過ごせたはずだ。さぁあと一息。 友人と行き会ってしまうチェックアウトの時刻まで、この調子でやり果せるのだ。 頑張れ、自分。
◇
しかし、だらしない私の精神は、部屋でふたりきりになってしまうと緊張を欠き、 前の晩に奴が示した独善を指摘してしまう。 間の悪いことに、奴も疲れていたのだろう、いつも以上に我を張って、私を苛つかせる。 がしかし、これしきの事で揉めてる場合じゃない。正念場は明日なのだ! ここが踏ん張りどころと気を抑え、床に就いた。
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