女房様とお呼びっ!
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2003年03月17日(月) |
戦い済んで夜は更けて #1 |
一息ついたのを見計らったかのように、友人からの電話が鳴る。 そこでようやく気づけば、既に午前三時。彼女とはイベント後に会う約束だった。 深夜に特有のハイテンションな声が届く。
「ごめんね。ちょっとワケアリで行けないや」 私も気張って明るく応答してみたが、 場の雰囲気におよそ不釣合いな自分の声に、却って滅入ってしまった。
ただ、これで膠着した気が一旦断たれて、思考が巡り始める。 約束のせいもあって、次に何をすべきか、それまで一向に思いつかなかったのだ。 とにかく風呂に入ろう。イリコに命じ、バスタブに湯を張らせる。 奴はいつも通りに湯の加減に目を配り、やがて「支度が出来ました」と言う。
・・・・・。
いくら奴隷だからって、あんな事があった直後にあれこれ命じるなんて。 普通の感覚で考えれば、私は随分と思いやりに欠ける「主」かもしれない(笑) けれども、奴隷にとっては、いつも通りに用を言いつけられるほうが安心なのだ。 それに、拘泥した心身は、別の事柄に勤しむことで解放され、救われると考える。
だから、普段に小さな拘りが生じた場合、ときに私は用をさせない仕打ちに及ぶ。 それは、考えてそうしてる場合も、感情からそうしてる場合もあるのだけど。 例えば、湯上りの体を拭わせないとか、身支度を手伝わせないとか(笑) あぁ他人様には馬鹿馬鹿しいやり取りだけど、奴には結構堪えるみたいなのね。
ただ、この時の奴のダメージは、そんな思惑や感情を挟む余地がなかった。 とにかく細心の注意を払って、いつも通りに振舞うのが最良の方策だと考えた。 流石に私も相応のダメージを負っていたので、そう努めるのはしんどかった。 が、私もまた、無理やりにでもいつも通りを演出することで、救われてたと思う。
・・・・・。
暖かい湯に浸かり、少しずつ緊張が解けた頃合に、ある考えが浮かんだ。 『私が風呂に入ってる間に、奴は帰ってしまうかもしれないなぁ・・・』 そう発想した途端、我ながら酷く驚いてしまった。そして、少し笑ってしまう。 この一年、奴とは様々な場面を共にしたが、そんなこと微塵も考えたことがなかったから。
驚きながらも私は、意外にも冷静にそう考えている自分に気づく。 勿論この考えが的中したら私は慌てるだろうし、落胆もするだろう、と続けて思う。 更には『それも仕方ないかなぁ』と、あたかも自分をなだめるような発想まで湧いて、 たかだか一年きしの付き合いとはいえ、勝手なもんだなと自分に呆れもした。
そして、心底人を信用するってのは難しいなぁと改めて思った。 それは奴が相手だからでも、私たちの間柄がママゴトじみたものだからでもなく、 もし、その難しさに原因があるとすれば、私の器量によるものなんだろうなと。 そう思えば、私なりの器量で信用を培う努力をするしかないのだなと。
もっとも、人を信用するなんてのは、自分だけで出来るもんじゃない。 自分が信用するに足る情報を、相手方に見、また頂いてこそ、信用は育つものだ。 だから、己の器量が小さいのなら、その分辛抱強く情報を集める必要があろうし、 そのために相手方にも辛抱を強いるなら、その分誠意を示す必要があるだろう。
・・・・・。
湯から上がったとき、私は一連の思考を終えて、落ち着いた心境にいた。 もちろん、奴が留まっているかどうかの危惧はあったけど、覚悟も固まっていた。 やっぱ、風呂に入るってのは、大した効果があるなぁと余計なことまで思う。 そして、先刻よりはずっと普通に、いつも通りに浴室を出ることが出来た。
果たして奴は、イベント用の装束もそのままに床に蹲っており、安堵する。 恐らく奴には、私が湯の中で発想したことなど、考えもつかなかったことだろう。 不安というのは、こうやって、大抵自らのうちだけに生じる魔物なんだよね。
「キミも入ってらっしゃい」 そう命じると、未だ緊張の面持ちを貼り付けたまま、奴は浴室に消えた。 湯を浴びながら、奴はいったい何を思ったろうか。
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