女房様とお呼びっ!
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2002年02月22日(金) オコゼがキレた日 #3

再び部屋の浴室に足を踏み入れると、その情景は数時間前のそれと変わらない。
ただ、バスタブに流れ落ちる湯の蒸気が、浴室内の空気を重く、濃密にしていた。
蛇口を閉めてから、ようやく奴に声をかける。「待たせたわね」…が、返答はない。
猿轡を噛ませていたが、声ぐらいは発せられるはずだ。呻くことさえ、忘れたか?

人形のように足を投げたして、壁にもたれかかった体勢。足は揃えて縛めている。
しかし、その股間。隠しようのないデカマラが頭をもたげている。それが返事か?
それを見るや、私の中に愉快な気持ちが満ち、くつくつと笑いながら、腰を折る。
「ダイジョウブ?」労りながら、猿轡を外す。「ハイ…」奴の声がやっと戻った。

足を纏めていた縄を解きながら、奴が小便を我慢したことを知る。流石だと思う。
奴は、こうした逆境に強い。心身共にタフなんだね。嘘つきって弱点はあるけど。
上半身の縄はそのままに、介添えをしながら立たせると、やはりよろけてしまう。
「申し訳ゴザイマセン…」疲弊してもなお、奴隷であり続ける奴に満足を覚えた。

・・・・・。

拘束され、絶え間なく流れる水音に耳を晒し、暗闇の中で、奴は何を思ったろう。
懲罰の意味を持ちながらも、「お仕置き」を受けている状況は、甘美だった筈だ。
未だ視界を得ないまま、客室へと引かれつつ、奴の陰茎は汁を垂らし続けている。
おそらくは、お仕置きが一段落した安堵の中で、次の展開を期待したのだろうね。

しかし、その期待は裏切られることになる。奴の思惑を超えた事態が用意される。
奴を部屋の隅に立たせ、その背後に回り込んだ私は、目隠しの布を取り去った。
数時間ぶりに開かれた目が、最初の風景を捉えた途端、奴の気配が一変した。
奴が見たもの。数ヶ月前に、自分がバックレた女。にこやかにソファで足を組む。

「オヒサシブリネ」女が笑いかけたが、その姿を、奴の目はもう見ていなかった。
ギュッと目蓋を閉じて、項垂れる。誰も寄せ付けない意志が、肩口から立ち上る。
体側に括りつけられた腕の先、拳だけがギリギリと握られる。音が聞こえる程に。
その緊迫した空気を切り裂いて、奴がとうとう言葉を発した。・・・ナゼ、デスカ?

・・・・・。

彼女が同室してる間に、互いにどんなやり取りをしたのかは、既に記憶に薄い。
女達のほうが、あまりの緊迫感に戸惑ってしまい、苦笑するしかなかった印象だ。
そのせいで、奴がついた嘘だの、バックレだのを、強く糾弾することはなかった。
奴は奴で、ふてくされたように、型どおりの謝罪の言葉を吐いただけだったかな。

とにかく、私が思い描いた様な展開にならなかったのは確かだ。拍子抜けがした。
私としては、奴が驚き、慌て、後悔し、懺悔の涙をこぼす、なんて予想をしてた。
だから、石の如く固まったままの奴に苦笑しながら、彼女に引き取ってもらった。
彼女も、何となくアテが外れたように、中途半端な表情をしながら、出ていった。

再び、密室にふたりきりとなった私達。依然、奴は、排他的なムードを漂わせる。
その頑なさは、恐ろしく激しいもので、うっかり手を出すと、噛み付かれそうだ。
下手に声もかけられない。どうするか?第一声を決めかねて、ひたすら沈黙する。
奴も、膠着したままにいる。時間だけが過ぎる。ドウスレバイイ?想いを巡らす。

・・・・・。

たぶん、静寂を破ったのは私の方だ。けれど、何を言ったかは、全く憶えてない。
しかし、奴の発する気が、失望と怒りの色を残しながら、諦めに傾くのは感じた。
裸身を晒し、半身を縄掛けされながら、奴の「奴隷」の輪郭がぼやけていくのだ。
この絆の儚さを思うと、恐怖が募り、その恐怖の前に、なす術なく立ちつくした。


その時、奴が言い放ったのだ。今でも耳に蘇る、恐ろしい言葉。


「 ナワヲ ホドイテクダサイ 」


・・・オコゼがキレた。


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