女房様とお呼びっ!
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2002年01月07日(月) 初夢 #2 〜先生、お許し下さい〜

先生には、いつお目に掛かっても、ワタシ、本当に感動させて頂いてますのよ。
ちっとも偉ぶらずに、絶えず柔和な笑みを湛えて、静かにそこにいらっしゃる。
どこでどなたと行き会われても、腰から折り曲げるようにお辞儀をなさるでしょ?
その謙虚で麗しい所作を拝見するだけで、心がすぅと洗われるようですの。

過日の宴席でも、わざわざ膝をつかれて、私どもと目線を同じくして下さった。
本来なら、私どもの方が立ち上がって、お話を差し上げるべきところですのに。
あぁでも私、ご尊顔を間近にして嬉しくて、少しはしゃいでしまったのですね。
先生の後ろ髪が可愛らしく跳ねてるのが堪らなくて、手をかざしてしまいました。

本当に失礼申し上げたと反省しております。御髪に直に触れ、撫でつけるなんて。
けれど、ご免なさい。そうせずにおれない衝動が、私の中に沸き起こったのです。
そして、仔猫のようなその柔らかな感触に、体の奥が密かに疼くのを感じました。
私は、その自らの情動に戸惑いましたが、今なお、甘く夢想してしまうのです…。

・・・・・。

手を差し伸べ、先生の後ろ髪をゆるゆると梳く情景。暖かな静寂が満ちています。
指先がしっとりとした柔毛に埋もれる度、先生の微かな温みに心がざわめきます。
動揺を気取られたのか、先生は僅かに首を傾げると、掌に頭を擦りつけてらして、
あぁ、そんな事なさると、先生・・・。私の邪な心に、火が点いてしまいますわ。

堪えきれず、指先に力がこもり、頭をかき抱かんばかりの胸苦しさに襲われます。
私の変化に、しかし、先生は表を上げることなく、私の膝先を見つめておいでで、
そのままこの膝に突っ伏して頂きたいとか、この胸に抱き寄せてしまいたいとか、
虚ろなやるせなさに迷った挙げ句、遂に私は、想いを断つべく立ち上がりました。

なのに、手先を離すに躊躇って、つまり、先生を見下ろす恰好になってしまった。
畏れ多いことと、中途半端に身を屈めて惑ううちに、先生はいよいよ頭を垂れて。
慌てて手を引いたものの、先生は身を起こすことなく、目線もお上げにならない。
その高貴な鼻梁が、今や、私の爪先に届かんばかりです。いけません、先生・・・!

・・・・・。

しかし、理性の抗いと裏腹に、その口づけを待ち望む血が、私の内に渦巻き始め、
慎ましく折った腰や膝頭が次第に伸びて、やがて、傲然と直立してしまいました。
すると、それまで静物のように停止していた先生の頭が、ゆっくりと下に降りて、
震える唇が、爪先に押し当てられたのです。筋書き通りに進行する儀式のように。

地の底から雷を受けたが如く、私は、足先からつむじまでを電流に貫かれました。
狂おしさが鼻腔を衝いて、涙が溢れそうです。きつく唇を噛み締めて、堪えます。
どうしようもない衝動に支配されて、今にも、酷いことをしてしまいそうで怖い。
私は、激しい動悸を諫めるように深く息を吐き、足を引いて接吻を退けたのです。

すると、唯一の接触を免れ安堵した私の目に、先生の虚ろな視線が重なりました。
あぁ、なんて目つきをしてらっしゃるの?またも、私の中の業火が燻りだします。
操られるように私の指先は、再び先生のかむりを捉え、あちこちを彷徨いました。
耳たぶの、頬の、目蓋の、鼻筋の。愛おしい全ての部分に這い回り、やがて口唇。

齢を重ね、乾いた唇の裂け目に指の節を差し込めば、そこはぬるぬると熱く溢れ、
その舌先が、彼の老いて確かな息吹を伝えてきます。喉仏が、哀れに上下します。
シニタイノ?・・・突如、私の口を衝く乱暴な言葉。あぁ、胸が張り裂けそうです。
エエ、モウ・・・先生はそう仰ると、一瞬強い光を灯した眼を静かに伏せられました。

・・・・・。

やがて私の両手は、その細い首の骨を包み込み、慈しむように合掌するのでした。


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