女房様とお呼びっ!
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2001年11月16日(金) 一枚の写真 #2

その写真の男に、特別な感情があったわけじゃない。むしろ、他の古馴染みのM魚よりは心理的に距離がある。会えば、挨拶をする程度。もちろん、集まりの中では親しく話も交わし、パーティーなどで「人間馬」としてフル装備した彼の姿に惚れ惚れともした。が、本人自身に情を寄せたり、「馬」になった彼に欲情したことはない。

それは、彼の方にしても同じというか、彼にとっての私は一層他人なはずだ。というのも、彼は、その辺を回遊している「S女と見れば、必ず奉る」ようなM魚ではなかったから。それは、彼が如何に真摯に夢を追っているかの表れでもあったろうか?つまり私は、彼に同志的感情を抱き、また先達としての敬意を感じているんだね。

だから、私は彼と話す時に敬語を使う。気の置けないM魚には、どんなに歳を喰ってようが、社会的な地位が高かろうが、ゾンザイな口を利いてるのにね(笑)だって、彼のSMに賭ける職人的な情熱と実績は、私如きには畏れ多い程なのよ。何より、普段の彼は(馬になっても尚)眼光鋭い、切れ者風の立派な紳士でいらっしゃる。

・・・・・。

7頁目の写真。そこに、あの紳士はいない。幅広の革の首輪にようよう頭を支えられて、床に座り込んだ男。首輪と揃いのリングが光る枷に縊られた足首を投げ出して、尻を着いている。折り曲げて、だらしなく左右にくつろげた太股。彼の脚は、こんなに細かったろうか。彼の美意識を映した鋲付の革のブリーフが、股間に張り付く。

ブリーフの端からほつれる陰毛。シェイプされながらも、歳のせいか薄く脂肪の乗る腹。男の血を塗りたくった女の指の跡が、生々しくスタンプされている。そして、乳首を貫通する大きな安全ピンから吊り下げられた分銅。その重みで、醜く歪む肉、くっきりと刻まれる皺。分銅同士を繋いだ鎖は、どんな責めを招いただろう?

男の体を彩るそれぞれのディテールは、いつかどこかで見たことのあるものばかりだ。けれど、軽々と女を乗せるべき強靱な肩は落ち、草原を駈ける馬さながらに颯爽と張られた胸は、今や小さな分銅ふたつに支配されて無惨を晒し。堂々とした体躯が見る影もなく朽ち果てた風情に、今更ながらに驚き、目を見張ってしまった。

・・・・・。

そして、見るほどに、腹を抉るような感情が喉元に渦巻き始め、私は戸惑った。ドウシテ?・・・自らに問う。どうして、これ程の衝撃を受けてしまうのか?感情が昂ぶる時特有の、舌の根が引きつるような感覚。嘔吐するような痙攣が、食道を駈け上がる。ドウシテ?・・・それは、再度自らに問うたのか、写真の男に問うたのか?

堪えきれなくなって、私は泣いた。泪が噴き出る。風邪気味の鼻が詰まって苦しい。息をすれば、それは嗚咽と変わる。ドウシテ?・・・泪に曇る瞳で、また被写体を見た。ドウシテ、そこまでするの?・・・眠れるように閉じた目蓋は、座禅する修行者のようだ。ドウシテ、そこまでされちゃうの?こんなに酷い目に遭ってまで。

アテのない「ドウシテ?」が、頭の中にこだまする。その問いに明確に答えられる者などいないから。ワカッテル。ドウシテモ、なんだよね。ドウシテダカ?なんだよね。男への共感は、即ち己への確認となる。進むべき道は歴然とあり、静かに諦めるしかないのだろう。同道する僅かな同志達に、想いが深くなる。感謝と畏敬。

・・・・・。

本を閉じ、私は慟哭した。体を屈め、祈りを捧げるが如く。異端の同胞のために。


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