女房様とお呼びっ!
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2001年11月07日(水) 逃げた魚に導かれ #2

その時点で、私が彼の何を知り得てたのか?まやかしの蜜月は、たった二日間。
でも、テレクラで交わした話の中で、彼は事細かに先の主との生活を語ったのだ。
自分がどこに住まい、主の部屋まで、どの電車で、どれ位かけて、どう通ったか。
主の元に、どれ程の奴隷が囲われてたか。自分はどういうふうに扱われてたか。

主様という呼称は、次第に彼女固有の名前に変わる。××様。記憶に刻まれた。
××様が、いかに素晴らしい女王様であるか。未練たらしい口振りで、披露する。
○○ってパブ、ご存じですか?ああ、有名なトコね。そこでも有名な方ナンデス。
主に心底傾倒し、また可愛がられてもいたのだろう。その片鱗が話の端々に覗く。

・・・・・。

当日、○○の開店時刻から十分程経過した頃合いを見計らい、扉の前に立った。
何の変哲もない、ビルの一角にある、街場のスナック。○○と文字が灯る看板。
扉にかかる「会員制」の札に、一瞬怯んだ。人を探しに来たのヨ。自らを励ます。
でも怖い。恐ろしく動悸してる。女友達も来た事あるって。再度、己を鼓舞する。

意を決し、スナック特有の重い扉を引いた。カランと呼び鈴が鳴り、身がすくむ。
果たして、目の前に拡がったのは、清潔で明るい室内灯に照らされた空間だった。
どこにでもあるようなカウンターに、高いスツールが幾つか。ボックス席が数席。
カウンター内の男が、目線を上げて、イラッシャイマセと微笑む。普通過ぎない?

と、スツールに掛けた小柄な女が、こちらを睨め付ける様に見た時、ハッとした。
コノ人ガ、ママダワ・・・居心地の悪い、妙な威圧感に気圧されながら、確信した。
一呼吸置いてから、その女が口を開いた。イラッシャイ。初見の客に怪訝そうだ。
私も、緊張を覚られないように、鉄壁の笑顔で初見の挨拶を返す。冷や汗が出る。

・・・・・。

狙い通り、私の他に客はいない。飲み物をもらい、煙草の許可を得て、一息つく。
ママが、私の右隣に座る。店の色合いにふさわしく、静かで、笑みの少ない人だ。
私は丁寧に、けれど慇懃過ぎないように言葉を選びつつ、ここへ来た理由を話す。
決して親しみ深くはないが、礼を損なうことなく、ママは、私の話に耳を傾けた。

が、その冷徹な面持ちに少なからず不安が湧き、後悔が始まり、帰りたくなった。
しかも、客商売の慎重さで、私の切り札たる××だの△△だのの名には無反応。
あぁ、ここに来たのは失敗だったかしら?と悔やみつつ、ひとまずの話を終えた。
沈黙が訪れる。酒で口を湿し、煙草で間を繋ぐ。店内を、控え目に見渡してみる。

スナックにしては光量が多い。と、片隅に並べられたM専誌に気付く。ナルホド。
壁には、それらしい鞭や縄が掛けてある。キャッツアイや蝋燭もインテリアだね。
結構頻々と電話が鳴る。男が受け、取り次いだ途端、ママが甲高い声を上げる。
また一転、低い声で何やら男に指図する。この男、ママの奴隷か?妄想は楽し。

・・・・・。

「この後、××様のお誕生日会なんですよ…」唐突にママが言い、張り紙を指す。
そこには、逃げた魚が再々口にした、女の名が書かれていた。なんてタイミング!
「もうじきいらっしゃると思いますよ…」ママが微笑んだような気がした。ワォ!
嬉しい緊張で、尻が落ち着かない。今日来てヨカッタ。自然笑みが零れてしまう。

やがて、××様が奴隷を連れてやって来た。快活な声で喋る。歳若い女。そうか。
ママが仲介して、初対面の挨拶を交わす。笑顔が、普通の人っぽいナ。安心した。
一旦、実物を目にするだけで、もう段違いの安堵が訪れる。今日の偶然に感謝だ。
・・・それでも、まだ少し緊張が残るのは、この後のヤマが控えているからだけど。


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