女房様とお呼びっ!
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シンコが電話で語るその話に、私は驚き、愕然とし、怒りを覚え、泣けてきた。 「・・・さっきも、煙草買ってくるように連絡あったんですけど・・・」 で、どうしようと言葉を継ぐつもりらしい。あぁ、煙草の銘柄まで復唱してる。 「まだ、馬鹿を聞かせるつもり・・・?!」私は、つい声を荒げてしまったよ。
・・・・・。
シンコは当時まだ学生だった。といっても、歳が相応に若い訳じゃない。26才。 浪人と留年を重ねて、そうなった。モラトリアム?ま、そんな感じの子だったよ。 SM伝言で知り合った。面白い録音をしてたからだ。何度か直電して後、会った。 彼の録音 : 『ボクはお金がないので、女王様とは巡り会えないのでしょうか?』
育ちの良さげな行儀のいい、ナリも悪くない好青年だったが、イマドキじゃない。 軽みがないってのかな?鬱屈が滲んでる。明るく喋ろうとするだけに、際だつの。 ステーキを喰わせながら、話を聞いた。上手にモノを喰う。きっと魂は清らかだ。 一人っ子。自分が生まれる前に、兄が死んだと話す。それは、彼の大切な告白。
彼について、よく憶えている事がある。丁度、今日の様な夏の日に電話が掛かる。 「ボク、勉強いやんなっちゃったんです・・・」 開口一番、そう言った。どうして勉強しなくちゃならないのか?と、私に訊いた。 「嫌な時は、止めとけ」吹き出しながら、私は答えたものだ。興味深い子だわ・・・
彼の話題は、主に学校と就職とバイトのこと。身近でない話は、結構面白かった。 性的な話も、もちろんした。彼の初体験の顛末を聞いた。さもありなんな話さ。 人妻に言い寄られ、その体の虜にされた。こんな話は、そこら中に転がってるよ。 彼の性の目指すところは、ただの受け身だ。マゾヒズムではない。そう見切った。
男が受動の性を指向すると結構面倒だ。結果、一見分かり易いM奴隷を目指す。 フツーに女とつき合えよ。私は折々に彼に言い、そうですかね?と彼は答えた。 だからといって、彼がSMへの未練を断つ筈もなく。相変わらず足掻き続ける。 見知らぬ女の用を言い仕り、遠方へ車を走らせては、その度失意を抱えていたよ。
その手の愚痴を聞かされて、全く懲りないねぇ、と笑い飛ばしてたんだけど、 こんな残酷な経験が彼を襲うとは、まるで予想してなかった。身勝手に後悔した。 キミのことはずっと気に掛けてたのに、どうして相談しなかったの?残念だわ。 性癖を知る付き合いって、こんな時にこそ役に立つんじゃないの?悔しいわ。
・・・・・。
シンコは、とある女の奴隷候補になっていた。テレコミで知り合った近場の女。
車で来てくれと言われ、勇んで出向いた。住所まで教えてくれた。信頼出来る人。 女の部屋に辿り着き、呼び鈴を押すと、ドアホン越しの声が指示に従えと言う。 「玄関の郵便受けに入ってる目隠しを自分でして、ドアの前に立っていなさい。」 さっきまで電話で聞いていた女の、まさにリアルな声に、彼は躊躇いなく従った。
やがて扉が開き、彼は招じ入れられた。視界を奪われ、手を引かれるまま歩む。 触覚と聴覚だけの暗闇の中で、顔の見えない女は、彼の性を弄ぶ。そして絶頂。 その後、再び導かれて、ドアの外へ出され、目隠しを戻し、彼は帰されたのだ。 この出来事だけで終わってれば良かったのだ。それなら夢のような経験で済む。
しかし、翌日から不定期に呼び出され、買い物の用を言い仕る関係を強いられた。 郵便受けに用意された金で買い物をし、品物とお釣りをドアの前に置いて帰る。 それが、奴隷候補の仕事だと言い含められた。出来なきゃ、コレッキリだわよ? せめて顔を見たいと泣きつく彼に、奴隷に昇格したら見せるわよと女は言った。
妄想ならば甘やかな、けど現実には残酷過ぎるその状態は、彼の精神を苛んだ。 彼の性嗜好は、その不幸を性的興奮に転化出来ない。どマゾならヨカッタのにね。 鬱屈を募らせ、不幸に居直れず、さりとて一縷の希望も捨てられず、堕ちてった。 その恐怖、辛かったろう。けれど、誰にも言えず、彼は女のロボットになった。
・・・・・。
「煙草なんてどうでもいいよ・・・。」その夜、私はシンコを表に連れ出した。
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