女房様とお呼びっ!
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2001年07月17日(火) 彼が私をフった理由

その男が、再々私の方を窺ってるのは気付いてた。先日の秘密サロンで。
てことは、アタシにしたって、彼の動きに対して視線を送ってたってことだ。
必然的に私達の視線は度々衝突して、けれど互いに表情を変える事はなかった。
だって、彼は女を淫らに溶かすのに忙しかったし、私も他の男を口説いてたから。


彼は始終寡黙なままに、サロンに並み居る女を次々と陶酔の彼方へ送っていた。
次の女へと移るインターバルに満足げに煙草を吸い、少しの飲み物で喉を湿す。
その場に集う人々の、艶めいた相談事や意味深な笑い声でさんざめく空気の層が
彼の周りだけすっぱりと切断されて、その一隅だけが聖域のような淫靡さだ。

男は女の耳元で何事かを囁く。後ろ手に持った石を時折カチカチと鳴らす。
女の目の前に、すいっと炎を揺らめかせ、発声を伴わない息吹で信号を送る。
口笛にも似た空気の振動は、どんな騒音も突き抜けて、女の耳に届いてるだろう。
女は正確に堕ちていく。ゆっくりと呼吸をするように降りる。怖くはないだろう。

だから、女は易々と、眠れるように淫らな自分を解き放っていく。
男の囁きと規則的に鳴る石の音と、鼓膜を突き抜ける音のない口笛に導かれて、
目を瞑ったままの暗闇の中で、女のカラダが重力を免れた物体のように浮遊する。
無抵抗を許されて筋肉は弛緩し、カラダに籠もる感覚の記憶が生々しく蘇る。

やがて、女にオーガズムが訪れる。男の、いや一切の物理的な接触なしに、だ。
女の嬌声が唐突に室内に響く。不意に弦が切れた楽器みたい。鮮やかな声音。
ただ女に囁き続けていた男は漸く体を起こし、今や静かに女を見下ろしている。
けれど、心得たギャラリーはその異変に惑わされることなく、僅かに微笑むだけ。

女に訪れた小さな死は、一時の深い眠りをもたらす。安らかな息が戻っていく。
男は再び、女の耳元で呪文を唱え始める。覚醒への準備に入ったらしい。
少しずつ男の声色が高くなり、何度かの口笛が繰り返され、彼の仕事は終わる。
大きな吐息を漏らして目覚めた女は、心地よい余韻に身を任せ、暫く動かない。


一通りの女に一通りの仕事を終えた彼が、私の傍に席を取った。
相変わらず、口も訊かずに煙草を吸う。私の存在は気になってる筈なのに。
だから、こっちから声を掛けた。やや間があって、彼がこちらを向く。
「アタシにも、やってご覧になりますか?」

私は微笑みながらそう誘い、彼もまた、薄く笑って応答した。それも直ちに(!)
「いえ、やりません。やりたくないです。」
あまりにも素直にそう返されたので、笑ってしまう。予想してた答えだけども。
「あなたは、ボクと同じ匂いがするので、嫌です。」

彼はかなつぼ眼を更に見開くようにして、言葉を継いだ。口元は微笑んだままに。
「やってることは同じです。あなたと。そうでしょう?」
そう言うと、再び暖かい光を瞳にたたえ、同志的な笑みを投げて寄越した。
結局、私はその質問に答えることなく、少しだけ微笑むことで同調してみせた。

・・・・・。

だってさ、悔しかったんだもの、私の秘密を彼に見破られた事が。
おそらく、同じ室内で男をコマしてる私の様子を、彼も注目してたのかしらね?
ま、お互い様だけど、手の内がバレルのはやっぱちょっと恥ずかしいわ。うふふ。


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