女房様とお呼びっ!
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2001年07月06日(金) 「犬」と「女房」とセックスレス #2

まぁね、個人の、また夫婦間の性的な事情なんて、千差万別だって知っている。
夫婦間で交わされる親密さが、必ずしも性的な行為である必要はないんだし。
行為自体も、まんこにちんこ突っ込む命!てな短絡で測れない程、人は多様だし。
隣の夫婦の営みがベィビープレイであっても、お馬さんごっこでもいんだよね。

だから、ノーマルセックスに不能な私達は、私達なりの交歓をすればいい。
昼間は普通の夫婦の生活をして、夜になったら「主」と「犬」に変身してサ。
実際、そうしてる夫婦も知ってる。婚姻してから、そうなったカップルもいる。
でもね、私達のSMの関係はとてもセンシティブで、それが出来なかったんだ。

・・・・・。

私達は、端からディープでファンタジックなお伽の城を拵えて住んでしまった。
同好の士が「非日常」と奉る空間を、二人の「日常」にすり替えてしまったの。
私達のSMはお城の中でしか成立せず、僅かの現実も入り込む余地はなかった。
その完全無欠の幻想の世界で、私と「犬」は長い夢を見ていた。甘く陶酔した。

その世界は「犬」がずぅっと憧れ続けた夢だった。現実に生き、挫けながらもね。
身の丈にあわない金と時間を浪費して、それでも諦めきれずに、彼は彷徨った。
そこへ「主」になってくれる女が現れた。出会い頭の縁を彼は心から崇めたろう。
「犬」になれた彼は、無我夢中で夢に没頭し、あっさりと現実から目を背けた。

一方、私は「犬」と出会うまで、そんな幻想を追う人々の存在さえ知らなかった。
けれど、「犬」が求める甘美に幻惑されるのに、それ程時間は掛からなかった。
「犬」の夢を「主」として共に追った。やがて、私もすっかり夢の住人となる。
しかし同じ夢に住みながら、私は現実を無視できず、その影に苛まれ続けた。

現実と夢幻の歪みがもたらす苦悶は、私のみならず、お城の土台も揺るがした。
何度も崩れそうになるお城を、私達は必死に立て直そうとしたのだけれど、
遂に「犬」は現実に正対し、幻の城の存続を諦めて、私にその終焉を提案した。
散々逡巡した後、私も同意して、二人でお城をぶち壊し、「主」と「犬」は死んだ。

・・・・・。

実はね、この後半年位の間、夫の言葉遣いは「犬」から戻らなかったんだよ。
想像を絶するでしょ?それ程、私達の関わりはディープだったんだ、あはは。
当時の私達の日常を語れば、同好の士の方にさえ、賛否の別れるところだと思う。
てか、単に呆れられちゃうかもね。ま、自己満足なんてそんなモンだけどさ(笑)

「犬」は全裸に首輪、長い紐で繋がれて、常に犬の目、従者の敬語しか喋れない。
私は殊更に「主」ぽい言葉に拘らなかったけど、気持ちは完全に飼い主だった。
トイレもお風呂も一緒だった。「主」はベッドに眠り、「犬」の居場所は床だった。
互いに立派に社会で労働してたけど、心はいつもお城の中で、相思しあったよ。

だから、竜宮城から陸に上がった浦島の様に、私達は現実世界で途方に暮れた。
大事な男の、大切な夢を台無しにしてしまったことで、私は自分を責め続けたし、
夫もまた、幻滅に打ちのめされたろう。体に残る夢の痕を恨めしく思ったろう。
夢のしっぽを引きずって、夢の廃墟で共に暮らすのは、本当に苦しかったんだ。

・・・・・。

主従でなくなった私達に、いきなり普通の恋人みたいに穏やかな日々は訪れず。
つまりは、互いの性癖を知る男女が同居してる状態で、日毎に夜がやって来た。
彼に負い目のある私は、せめて形だけでも性欲を満たしてやりたいと思い詰めて、
遮二無二、行為に及んださ。どうすればいいかは分かり切ってるんだから。

ところが、従の命が潰えた彼はまるで反応出来ない。当然だ。今なら納得出来る。
けれど焦るだけの当時の私は、彼に目隠しをして自らの姿を消せばいいと結論し、
躍起になって物理的な刺激を与え続け、射精に導いた。そうして束の間安堵した。
自分の体はどうでもよかった。ただ、己が呵責から少しでも逃れたい一心だった。

慰安婦みたいなその行為が、彼にとってどれ程屈辱的か想像出来なかったんだ。
その屈辱は、いかにMであっても、人として受け入れ難いものだと判らなかった。
回を追うごと彼の反応は鈍くなり、その結果は、私にヒステリックな感情を生む。
この不幸な連鎖が、遂に、彼の口から残酷な一言を導き出してしまったのだ。


『  モウサワラナイデクダサイ・・・! 』


その瞬間、私の心が凍りつき、パリンと砕ける音がした。


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