女房様とお呼びっ!
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2001年06月08日(金) ウたれてイきたい

『アカシヤの雨に打たれて、このまま死んでしまいたい・・・』
古い歌のフレーズですが、恋する女の激情が、自分の生死を賭けてまでもの
激しさを持つのは、昔も今も変わらないのではないでしょうか?

自分の全てを受け入れて欲しいと願いながらも叶わぬ恋は、
その死をもってなら、成就するのではないか?
叶うものなら死んでも良いと思い詰めるほど、想いは千々に乱れて、
心の中で、そんな破滅的な結末を夢見てしまう。

あるいは、自分を見失うほどの感情のうねりが、
「フられるくらいなら死んだ方がましよッ」とか
「いっそ死ねとおっしゃってッ」とか、
そんな気違いじみた言葉を女の口から導いてしまう。

言われる男にとっては卑怯千万、誠にお気の毒としか言いようがないですが、
そこまで想い募られるのも、男冥利かもしれませんね。

しかし、女にとっても男にとっても、恋慕しあう男女の二人分の一の死は、
少なくとも死に逝く側にとっては、お互いが唯一特別であった事を確かにし、
「死ぬまで一緒ね・・・」なんて夢々しい約束が果たされるロマンチック、
恋の物語の結末としては、打ってつけのような気もします。


さて・・・・・・。


『女王様の鞭に打たれて、このまま死んでしまいたい・・・』
駄洒落を言っている訳ではなくて、真剣にそう言われた事が何度かあります。
いっそ殺して欲しいと、請われたこともあります。
SM嗜好者の中でも、絶対支配の関係を望むマゾヒストの言葉です。

現実には叶おう筈もない、生死を賭した愛というか執着というか、
恋する女の激情以上に激しいものが、そこにはあります。
「この身を儚くしても、貴女の一部になりたい」とか、
「死をもって、この思いを貫きたい」とか、
ある意味では途轍もない彼の自分勝手が、グイグイとこちらに迫ってきて、
ただの妄想と片づけるには切羽詰まった彼の感情が、胸を苦しくさせるのです。

その想いに煽られてか、自分の中にもある同様の妄想が呼び覚まされてか、
瞬間、ワタクシもまた激しい衝動に身を焦がすのです。
「ワタクシの手の中で死んでも構わないのか?」
「真の意味で、身を捧ぐと言うのか?」
息苦しい程の感動にうろたえつつ、己の想いに押しつぶされそうになります。

そして、互いが強烈に求め合うその時、生死を取り沙汰する背徳に溺れながら、
擬似的にであっても、命を損ね、損われるような行為に身をやつし、
命あるがゆえの圧倒されるような一体感に包まれていく。

誰もが経験すべきこととは思いませんが、そういう世界もあります。


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