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2003年01月13日(月) No Traces

私とKさんは、私がインターネットで人と交流しはじめて
間もない頃の友達だった。
彼と私は同じ分野の本や音楽が好きなことと、
もう一つだけ共通点があった。

それは、「自分が消えてなくなる」ことに
とても興味があったことだった。
彼は普段はおだやかな口調で語りかけてきたけれど、
彼が「死」を語る時、その一言一言に闇を感じた。

でも、私にとってそれは恐ろしいものではなかった。
自らに闇をかかえこんで悩んでいる人は知らないようだが、
あきらめている人の作る闇は
身勝手な人間の憎悪のどす黒さほど怖くない。
どんなに悪ぶったところで、あきらめた人の作るものは
自らの闇でさえも誰かをひきこむことをあきらめているのだ。
もともと明るい場所があまり好きでなかった私は
彼らの「闇」を怖いと感じたことがなかった。

その後、彼と私はよくその話をするようになった。
でも、興味があるとは言っても二人の意見は正反対だった。
彼は、自分はいてもいなくても同じだから
消えてなくなるのがみんなのためだと思い込んでいた。
でも私は、自殺では消えてなくなることなんてできないと思っていた。
どうやったところで、自分の死体が残るからだ。
だから、自分に近しい人に恨みのこもった自分の死体を
見せつけることこそ一番みんなのためにならないと思っていた。
他のことは譲れてもこのことだけは意見を譲れなかったらしく、
彼はしだいに私に不満をあらわにするようになった。
これがきっかけで彼と私はささいなことで対立するようになった。

「死」に魅せられている彼と「死」を覚めた目で見ている私。
意見なんか合うはずがなかった。
どうでもいい友達なら適当にあわせたけど、
私にとっては彼は大事な友達だった。
彼は、自分の作り上げた美しい「死」に必死でしがみつき、
それを理解しない私を手ひどく非難した。
私たちはある日ひどい言い合いをし、
他の人が仲裁にはいってやっとおさまったのだった。

その後しばらくして、彼に恋人ができた。
その人は人妻で、夫が自分を理解してくれないことを悲しんでいた。
彼は彼女の痛みを理解し、彼は自分の「死」を
理解してくれる彼女に夢中になり、
私への連絡はしばらく途絶えた。

久しぶりに彼からメールがきて、彼女と二人きりで
旅行したいけど行くべきかと聞かれた。
私は、彼女が今の夫に不満がいえないんじゃ
あなたと一緒になっても今相談してくれる以外の
不満は言ってくれないと思うし、そうなったら
今していることと同じことを繰り返すと思うから、
深くなる前にやめたほうがいいんじゃないかと答えた。
彼は返事をよこさず、彼女と旅行にいった。

腹がたつけど、彼が愛することを知り、
「死」を時々とりだしてそっと愛でるだけのものにするなら、
彼には私の存在はもう必要ないのだと思えた。
だから不幸に見えても、彼にとっては幸せなのであれば
もう何も言わず身をひこうと思った。
ただ、彼の「恋人」がどこまで本気なのか私にはわからなかった。
どうか彼を、傷つけないで。
彼の恋のうわさを聞くたびに思った。

しばらくして、他の人を通じてKさんが失恋したことを聞いた。
その後、一度だけKさんからメールがきて、
彼女が夫と復縁するからもう会えないといってきたことを報告してくれた。
メールの本文は淡々と事実だけを語っていたけれど、
行間から涙がにじみでているように感じた。
私は自分の言ったことを何度も無視されたこともあり、
一ヵ月ほど返事をしなかった。
無視されることにはなれているから
それほど怒ってはいなかったのだけど、
ちゃんとあやまってほしかったのだ。

一ヵ月たち、まだメールをよこさない彼に
とうとうしびれをきらせて自分からメールを出した。
まだあやまってもらってはいないけれど、
あきらめることにした。
意見が少し合わなくても、友達であることにはかわりはない。

メールを出してすぐに、返信がきた。



「このユーザ名は存在しません」



久しぶりにメールを出したので
メールアドレスを間違えたかと思ったが、間違えていない。
もう一度出してみたけれど、同じことだった。
Kさんと同じプロバイダの知人にメールを出してみたけれど、
サーバに問題はないようだった。

彼はホームページを二箇所のプロバイダで作っていた。
数ヶ月ぶりに彼のホームページを見に行くと、
メールサーバと同じプロバイダのホームページはなくなっていた。

掲示板は、彼はいつもまめに毎日返信していたのに
ある日を境に放置されたまま。
自己紹介のページはなくなり、
彼が書いていた日記は真っ白なページになっていた。

何か事情があるのだろう。
そう思い、受話器をあげて彼の電話番号にかけた。


「お客様の都合により・・・」


つながらない。


どうすればいいかわからず彼のホームページの
トップページをしばらく見つめたが何も思いつかなかった。
彼と交流があった人に連絡がなかったか聞いてみたが誰も知らず、
それどころか彼らは私でさえも彼の行方を知らないのを驚いていた。
例の「人妻」はインターネットから手をひいてしまったとのことで
私から連絡はとることはもうできなかった。

その後何度か彼の足跡を探してみたけれど、
日が経つにつれ彼を探すことはもうできないことを悟った。

たった一つはっきりわかったのは、
彼は跡形もなく私の前から消えたつもりかもしれないが、
やっぱり彼には消えてなくなることはできなかったということだ。
なぜなら、彼は今も私の心の中に、
たくさんの後悔とともに存在しているから。
たぶん、これからもずっと。


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