- different corner -
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私は昔から体温が低かったので、 朝起きてすぐに体温をはかると目盛りに出ないことがあった。 普通の人はもうちょっと高いらしいので、体温が36度台でも、 いつもどおりとはいかないまでもまあまあ大丈夫ならしい。
私にとって起きてすぐの状態の時に 36度台は結構つらいのだが、 学生の時には月に一、二度はそういうときがあった。 その日が平日の時は無理を承知で休みたいと言ってはみるのだが、 母は「36度台ならたいしたことない」と言って ふらふらな私を学校へと送り出した。 母は、私がそう言うのは学校をさぼりたいからだと 思っているようだった。
最悪なことに、 その日、外は雪だった。
冷たい布と熱すぎる布を同時にかぶっているような 変な感覚と頭痛がおさまらないことに違和感を感じつつ、 学校に遅れないように足を早めた。 全身がさっきより震えてきたけれど、 きっとたいしたことにはならないと思っていた。 雪で道路がぐちゃぐちゃだったので、 遠回りだけどいつもとは少し違う道を歩いていくことにした。
学校まであと20分というところまで歩いていったとき、 一瞬目の前の風景がゆがみ、 気が付くと私は傘とかばんを落としてひざまづいていた。 ひざまづいてしばらくの間、 周りが回っているような気がした。
「まあ、大丈夫?」
顔をあげると、近くの駄菓子屋さんのおばさんがたっていた。 おばさんは、私の顔を見ると驚いたように話し掛けてきた。
「あんた、すごく赤い顔をしてるよ。大丈夫なの?」 「大丈夫です。」
彼女は私のおでこに手をあてた。
「大丈夫じゃないわよ。すごい熱よ」 「すごくないです。36度台ですから」 「何言ってるの。雪の中歩いたりするからあがっちゃったのよ。 おうちに連絡してあげようか?」 「だめです。たいしたことないんです。 学校行かなきゃ。。。」
家に連絡したって、「大丈夫だから 行け」といわれるに決まっている。 私は彼女の手をはらいのけて学校へむかった。 遠くから「気をつけていきなさいよー」という声が聞こえた。
その日、私は真っ赤な顔のまま授業をうけた。 何を習ったのか全く覚えていなかった。 お弁当も食べたけど、地面に落ちた石混じりの氷を 食べているような感じだった。
寒気は午前中がピークで、 教室の暖房のすごく近くにいて暖かくしていたせいか 午後になると少し楽になってきた。 その日は大雪ということで少し早目に 帰れることになり、早く帰って大事をとることにした。
部屋に帰ってから倒れこむように 布団にはいり、体温をはかった。
37.2℃。
体温が37度を超え、やっと「大丈夫じゃない」って 認めてもらえる気がして少しうれしかった。 でも、つらかったのは朝も一緒だったのに、 数字が少し違っただけで待遇がかわるなんて おかしなものだなと思った。
「大丈夫じゃないわよ。」
布団の中で天井を見つめていると、 ふと、朝に会ったおばさんのことを思い出した。 私がつらいとき、 そんなことを言って心配してくれた人なんて 今までいただろうか? 私は暖かいおばさんの手のひらの感触を おでこに感じながら、眠りについた。
翌朝、まだちょっと熱っぽいものの まあまあ大丈夫な感じだったので学校へいくことにした。 昨日心配してくれたお礼をしようと遠回りして 駄菓子屋へいってみたが、その日は休みだった。 しかし、その後タイミングを逃しているうちに なんだかお礼を言いにくくなって結局お礼はいえなかった。
数年後。
私は、彼と出かける約束をしていたが 熱が出てしまい、どうしようかと思っていた。
「仕方ないよ。残念だけど、今日はゆっくり休んで 来週遊びにいこーよ。」 「でも、6度7分だから、いけると思う。。。」 「6度7分って言ってもさー。 きみ、朝の体温が体温計に出ないって言ってたじゃない。 そういう人の36度台ってきついんでしょ? 会えないのは残念だけど、寝てたほうがいいよ。」 「……」
私は、母や他の人のように「36度台なら大丈夫かも」と 言うであろうと思っていたので、 彼が私を心配してくれたことが意外だった。
「どうした?調子悪い?」 「ううん。大丈夫。夕方まで寝てからきめてもいい?」 「いいよ」
私はその後一分くらい話してから電話を切った。
実はあまり大丈夫じゃなかったのだけど、 36度台なんてたいしたことないのだと思っていた。
「大丈夫じゃないわよ。」
あの日の声が頭の中で響いた。
私はずっと、大丈夫なんかじゃないって わかってくれる人がほしかったんだなあ。 そう思いながら眠りについた。
夕方、まだちょっとだるかったけれど 出かけることにした。 彼はすごく心配していた。 私はその心配がうれしかったので、 すっかり治ったからもう大丈夫だと嘘をついた。 彼は何か言おうとしていたが、 苦笑いして黙っていた。
そのとき私は、この人となら 長く付き合えるかもしれないと思った。
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