間にしょうもないギャグを挟んでしまいましたが、やっと本命、榊さんの活躍話の続きであります。・・・とは言っても、最後に「茂保衛門様〜」書いてから3ヶ月(!!)、モロに経ってますし、おまけに「OP」の某・剣豪の長編なんぞ書いてしまったんで、感覚取り戻すのに時間かかりそうですが。 さて、今回はいよいよ榊さんが、勝ち目のない(汗)戦いに身を投じる羽目になります。こういう時なんでしょうね、人間の本質って言うものが如実に分かるのは。でわっ! ************************** 茂保衛門様 快刀乱麻!(11) 馬を急き立て走らせてから、一体どのくらい経ったかしら。 あたしたちは何とか、目的地の神田までたどり着いたみたい。そして今まさに、木戸を閉めようとしているところに出くわす。 そう言えばついさっき、夜の四つ刻を知らせる鐘が聞こえたような気がする。まさに間一髪、だったようね。(まあ例え木戸が締め切られたところで、盗賊改絡みなら開けては貰えるんでしょうけど、色々面倒でしょ?) あまりの狼藉に仰天しちゃってる警備所員には構わず、あたしはそのまま馬で木戸を飛び越えた。大声を張り上げながら。 「火急の用件です! 私は火附盗賊改方与力・榊茂保衛門! この木戸はしばらく開けておきなさい! そして町火消と火附盗賊改にただちに連絡を!」 高らかに、と言いたいところだけれど、この時のあたしってば馬を乗りこなしてここまで来るだけで疲労困憊。正直なところ声もところどころ掠れ、息も途切れ途切れだったことは否めない。 ・・・でも誰も失笑なんてしなかった。あたしが大慌てでここまで来たことは一目瞭然だったし、何より発せられた言葉から、緊急事態だってことを察したのだろう。 血相を変えた者によって木戸が開けられ、1人ほど番所へ知らせにであろう、沫を食って駆け出して行くのを目の端に留めつつ、あたしはほとんど転げ落ちるように馬から下りた。 「だ、大丈夫ですか? 榊さん」 こちらの声は、松明を持ちながらも懸命に馬にしがみ付いていた、御厨さんのもの。 彼も、ただでさえ最低限の身だしなみしかしていない男だってのに、髪は乱れ、着物もシワだらけときている。ま、かなり馬を飛ばしましたからね、やむを得ないってところなんでしょうが 「・・・上司の、心配を、している暇が、あるんでしたら、すぐさま、行動に移りなさいな、御厨さん。例の、あ、油売りの、住居を聞き出さなければ」 「分かりました。では早速・・・」 それでも御厨さんの声は、比較的落ち着いている。これなら少しぐらいの立ち回りは期待できるかしら。 ───そう、思った矢先だった。 「うわあああああっ!?」 狼狽しきった男が数十名、裏長屋の1つから転がるようにして、こちらの木戸目掛けて押し寄せて来たのは! ・・・どうやら、油売りの住居を聞き出すまでもなさそうね。おおよその見当は付いたわ。 それでも生真面目な御厨さんは、まずはそちらへ駆け付け、何があったのかを逃げ出してきた男たちに聞き出そうとしている。 「お前たち、一体何があったと言うのだ!?」 「火、火、火が・・・」 「火だと!?」 「そうですだ、お侍様! めらめらと燃える火が、あちこちから湧いて出たんでございますよお!」 「・・・それにしては、物の焼ける匂いはしないが?」 御厨さんの指摘通りここには、あたしたちにはお馴染みになってしまっている『火』独特の匂いは、まだ漂ってきていない。火事を知らせる半鐘も、鳴ってやしない。 とは言え。 「だから尚更不気味なんじゃありやせんかあ!」 「と、とにかく落ち着け。誰か、ここに住んでいると言う油売りの行商のことを知らぬか!?」 いくら『お侍様』の命令でも、彼らがそうそう落ち着けるわけがない。当然、御厨さんの質問にも答えられるはずもなくて・・・。 まったく、仮にもあたしの部下ともあろう男が、もっと効率よく用件を聞き出せないわけ? 「御厨さん! そんな混乱状態の者など放っておきなさい。それよりここが長屋なのなら、大家がいるはずでしょう? 店子の事情なら大家に聞きなさいな、一番間違いがないんですから」 「は、はい、急いで!」 ・・・こういう初歩の初歩を忘れるなんて、御厨さんにしては珍しいですこと。それだけ彼も動揺しているって事なのかもしれないけど、まだまだ若いわねえ。 そうしてほどなく、件の大家夫婦があたしたちの前に引っ張り出されるようにして、現われた。 一番聞きたいことはさておいて。彼らを落ち着かせて大家としての領分を思い出させるためにも、まずは順当な質問から始めることにする。 ちなみにその間、他の人間はどうしているかと言うと、外へ出ないよう木戸近くにまとまって集まってもらっている。この中に放火魔が潜んでいるかもしれないから、という理由をでっち上げて。 時刻が時刻だし、下手に他の町内へと逃げた際にこの騒ぎを、会う人間ごとに片っ端から吹聴されちゃ適わない。それこそ要らぬ動揺が、彼らにまで飛び火しちゃうのがオチだもの。 本当に家に火が付いて燃え広がるようなら、凡例にのっとってすぐに逃がしてあげるつもりだけどね。 「落ち着いて答えなさいな。まずこの長屋には、一体何人の人間がいるのですか」 「へ、へえ、路地を挟んで六軒と七軒の長屋で、全部で三十人ちょうどでございます」 「それで、そのうち今の時間帯にいないのは何人?」 「岡引をやっている者が1人、ご浪人が2人、夜泣き蕎麦屋が1人でございますが」 「じゃ、いないのは4人のはずよね? ってことは、長屋の人間で今やここにいるのは全部で24人のはずだけれど、ちゃんと全員揃ってる?」 ここまでの質問のうちに、さすがに大家は徐々に冷静さを取り戻しているみたい。職業病ってところでしょうけど、助かったわ。正直なところあたしの目からだと、普通の町人と裏長屋に住んでる連中の区別が、つかないんですもの。 とにかく大家は店子の顔を1人1人、目で確認し始める。 そのうち、 「あんた、お夏ちゃんたちがいないじゃないか!」 と、大家の奥方の方が血相を変えた。 「お夏? 誰よそれ」 唐突に放たれた固有名詞に、首を捻る。この緊急事態で出てくるんだから、よほどのワケあり、と見るべきだろう。 思わず尋ねたあたしに、大家夫妻はかわるがわる説明をしてくれた。 「へえ、一昨年奥方をなくした彦一と言う男が、娘と2人で暮らしてまして」 「その娘の名前が、お夏と言うんでございますよ」 「そ、それで、その彦一はつい先日から寝込んでいまして。ずっとお夏ちゃんが看病しておるのですが・・・」 ・・・寝込む、ですって? 直感的にあたしは、大家夫妻につかみ掛かっていた。 「その父親って何をしていて、どの部屋に住んでるの!?」 「油売りの行商で。ここからは一番奥の、井戸横の・・・」 その答えが脳に意味ある言葉として到達する前に、あたしは走り出していた。 大家の言った奥の井戸横の部屋へ息せき切ってたどり着き、ものも言わずに戸を開け放つ。 途端。 「うっ!?」 目の前に広がっていた光景に、悲鳴も上げなければ後ずさりもしなかったのは、我ながら天晴れだったわよ。 何故なら・・・そこは文字通り既に『火の海』だったから。 部屋の中は轟々と燃え盛る炎で、覆われていたのだから!! ───だけど、そこはそれなりに場数を踏んできた経験上、あたしはすぐにおかしい、と直感する。 だってこの部屋からはまだ、『火事の匂い』がしないんですもの。 確かに空気が熱い、と感じはする。炎の燃える音も聞こえる。なのに、ものが燃えた時独特の『悪臭』がしないなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるものですか。 ひょっとしてこれは、何かの術か、幻でも見せられているの? とっさにそう判断したあたしは、おそるおそる炎へと1歩、足を踏み出したんだけれど。 ヒョオオオオオオオオ・・・・・・!! あろう事か、炎が動いたのだ。吠えたのだ。近寄るな、と言うように。 そして、思わずゾッ! と立ちすくむあたしに、それこそ焼き殺さんばかりの激しい殺気が叩き付けられる。 断っておくけど、これでもあたしはそれなりに盗賊との斬り合いにも捕物にも、何度も立ち合ってきたのだ。血飛沫飛び交う現場に居合わせたことだってあるし、ほんの駆け出しの盗賊に睨まれたくらいだったら、そうそう怯んだりはしない。 だけど・・・。 鬼火、という名称が、あたしの脳裏で瞬いた。 この部屋に集まってきた炎は、煮炊きをする火とも夜を照らす行灯の火とも、全く違う。それらの火はこれほどまで毒々しい色を、してはいなかった。もっと優しい、心休まる色をしていた。 だけど・・・信じられないけど、こうして目の前にしても信じづらいけど、この鬼火たちは人間をただ焼き殺したいがために生まれたのだ───そう、感じずにはいられない。 早く『彼』を逃がさないと───。 だが・・・この時あたしは、自分がのっぴきならぬ状況に追い込まれたことを悟ったのである。 明らかにここの鬼火たちは、誰か特定の人物を殺しに現われたのだ。それは多分、この部屋の主であたしたちが訪ねてきた、行商の油売りの男・彦一。 幸い彼はまだ、鬼火たちには見つかってはいないらしい。もし焼き殺されでもしていれば、少なくともあたしには分かるから。匂いで。岸井屋の又之助が焼き殺された現場に居合わせた時、みたいに。 だから一刻も早く油売りを探し出し、逃がさなくてはいけないのだけれど・・・一体どうすれば、それを果たすことが出来ると言うのよ!? 彼がこの部屋にいないのなら、まだ救いはある。が、今は夜の四つ刻で、在宅している可能性の方が高い。そして、鬼火たちに視界を遮られたせいで、あたしの今いる場所からは室内をくまなく探す、と言うわけにはいかない。 このところずっと寝込んでいた、という話だから、例えば布団の中にいたところをこの鬼火たちに踏み入られたとしたら。ひょっとしたら今はガタガタ震えながらも布団に潜り込んでいるだけ、かもしれないのだ。 なのに、こちらが迂闊に動いたせいで、鬼火たちに彼の存在に気づかれでもしたら・・・! だが。 あたしが自分の判断に躊躇していた、まさにその時だった。誰かが、この部屋目指して駆け付けてくる足音が近付いて来たのは。 入るな、とも、よしなさい、とも叫ぶ暇も与えられなかった。その誰か───御厨さんは部屋へ飛び込んで来るや否や、こう口走ったのだから。 「油売りの彦一! 無事か!」 「御厨さんの馬鹿っっ!!」 今度はあたしも躊躇なく、御厨さんをひっぱたく。 いきなりの暴挙に、さすがの御厨さんも苦言を発しそうになったが。 オォオオオオオオオオォ・・・・・・! どこだあ・・・油売りはどこだあ・・・。 出て来おいぃぃぃぃぃ・・・・! ───鬼火たちの怨嗟の声を聞くに及んで、自らの失言を察してくれたみたいだ。口にしそうになった言葉を無理矢理飲み込み、それ以上何も反論しない。 どこにいるううううううう・・・・・! 聞いているだけで気がおかしくなりそうな声が、室内に響き渡る。が、肝心の彦一って男は恐ろしさのあまり気を失いでもしたのか、一言として返事をしない。 だとしたら。まだ転機はあるかもしれないってことじゃない! あたしはスラリ、と刀を抜いた。そして、怖がる足と体を宥め透かしながら、炎の向こう側を見据える。 「榊さん!?」 「け、血路を開きますよ、御厨さん」 彦一がいるであろう場所まで。 そうは言葉にしなかったが、優秀な人だけにこちらの言いたいことは分かってくれたらしい。無言で刀を抜き、油断なく周囲に目を配らせる御厨さん。 ───実のところ。 この時あたしには、勝機なんてこれっぽっちもなかったの。 だって御厨さんはともかく、あたしは剣術の心得はそれほどありはしない。そして腕力にも自信がなければ、<力>を使えるわけでもない。 加えて、この事件を引き受ける時に御厨さんに言った通り、あたしには幽霊とか鬼の類を斬り捨てた経験など、皆無だったから。 でもそんなことぐらい、あたしも御厨さんも承知の上だった。だって事は、一刻を争うことだったから。いつ彦一が恐怖にかられて、悲鳴を上げないとも限らないじゃない。 血路を開く事が出来るか、じゃない。開かなくちゃならないの! たとえ無理でも、絶対にっ!! 冷たい汗が背中を伝うのを感じつつも、あたしはここを引くわけにはいかないのだった。 《続》
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