�蠧�記
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ジョンFケネディは暗殺されたが、彼の就任演説は悪くない。
国民が自分で稼ぐ事を諦めて国の助けを求めてばかりいるのは良く無い。 政府は大きくなくて良いのだ。
国が何をしてくれるかを問いたもうな。 自分が国のために何ができるかを問いたまえ。
自分では肥えとる肥えとる顔がまんまるやゆうてたかて、人にまんまるまんまるゆうて笑われると腹立つねんな。
父は母にいきりたって離婚すると息巻いたことがあった。 そんなことできるわけないじゃないの、と母は言っていた。 母が元気にお勤めしていた二十代だったらいざ知らず、子供3人あって子宮も全摘された後でそんな事を言われるのは虐待でしかなかったかもしれない。 しかし父は別れたい時でもついに離婚はできなかったので、もしかすると離婚に憧れている面もあったのかもしれない。実際した人がどんな目に遭うかということについては、人にはわからず、いいとこどりのようにしか思われないのかもしれない。だから私に離婚して再婚という手があるなどと言ったが、離婚しなかった既婚男性は割合離婚が悪いものだとは思っていない場合は多いのかなと思う。母親が先立つと娘は男の感覚に合わされて壊れる。
日本では子供は母親が親権を持つ場合が多かったせいか、娘の父親は私の父が孫娘の親権をさっと父親に渡すとは思っていなかったと思う。だから私にしてみると、前夫に子供を取られたというよりも、自分の父親に子供との仲を引き裂かれた、という形になった。
私の実家とか両親のどちらかが娘の父親の宗旨と同じだったらなあと思ったりしたが、そうでなかったからこそできたご縁だったのだ。
私の父は、あまり女性にモテるタイプではなく、両親の期待を背負ったひ弱な家督ではあったが、結婚相手としては世間的に悪くないタイプで見合いの数は少なくなかったかもしれない。 その中で父は祖母が気にいるタイプではなく自分が気に入った女性と結婚したので、 母は基本父に惚れられているという自信はある女性だった。 だから誰が見ても母は幸せな女性であり、また父も思い返して実に幸せだったと語っていた。 二人は大事な弟たちや親戚の甥姪などを愛してまた結婚相手を自分でひっかけるというような術を持たない不器用な若者たちを娶せるのが得意だった。
父にしてみれば惚れた弱み、母にしてみれば、家では自分が頑張らねば回らんみたいな、 かかあ殿下ではあったのかもしれない。祖父母たちは大正のモダンを楽しんだかもしれないが、 父母は大恐慌の後の軍靴の足音が子供の頃からずっと続いていて、欲しがりません勝つまではが、成人の頃まで続いて、小学校中学校では優秀でも、戦争末期には学校の授業を落ち着いて受けられることは少なかったのではないだろうか?机上の空論でない経験はあっても。
母方の祖父の法事があって、八人姉弟の家族が皆揃って温泉に泊まったことがあった。 祖父の菩提寺は曹洞宗だった。だから、私の母は、写経といえば般若心経しか思い浮かばなかった。 父方の祖父は四国の出身なので、真言曼荼羅の世界だろうか? しかしながら、私の娘の父親の家系は、曹洞宗とも真言宗とも遠いところにあった。
一口に仏教といっても、いろいろな道が違いすぎる。 私はお釈迦さまが早くにお母様を亡くされたことはお気の毒に思うが、実はお釈迦さまがあまり好きではないのだ。だから、イエス様のお言葉の方がよく入ってくる時期も多かった。
水曜日
私はカトリックの洗礼は受けられないが、離婚と中絶には反対です。 安全で合法的な中絶などインチキだと思っております。
夫婦別姓には反対ではありません。 私自身には困難ですが、中絶より養子縁組は悪くないのではないかと考えております。
自分の幸せって何だろう?
デモ行進する体力は無いが、選挙に投票しに行く気はある。
父方の祖母を思い出す。 祖父に会ったことはないが、五歳から八歳くらいまでは祖母と暮らした。 口はもうきけなかったので、話をすることはできなかったが、 見舞客に涙を見せていた。 母は父も大変だったろうが、私は祖母を懐かしく思い出す。 おそらくお嫁さんには怒れなかったのだろう。 嫁がおらず困った時に、娘である伯母に癇癪を起こしていた。 私にとっては、母と同じくらい親しみが感じられる人だ。 孫だから優しいのかな。伯母も大好きだった。 何の助けにもならなかったが。何とかして会いに行きたかったな。 子供の頃はよくわからなかったが、伯母が、オッペンハイマーさんについて 私に何やら伝えたいことがあったようだった。 最近オッペンハイマーさんのお孫さんだかが、被爆者と会われたりしたらしい。 伯母は頭が少しおかしい人なのかと思っていたが、そうでもなかったんだと思う。
小学生で性徴の確認が必要とは思えない。 、犬の断尾などは小さなうちにすれば問題ないと言われたが、私の経験では、3歳でも怪我の記憶は鮮明にある。 従って、性的な事について早くに意識させるのは危険なのではなかろうか? 私は十五歳まで初潮は無かったが、治療など無しに子供は二人生まれた。しかしこれは私の計画通りにできたのではなく、子作りを期待されるようなことを言われたり過度に意識しないで済んだせいもあるのではないかと思う。
封建時代は十五歳で元服などと聞く。 確かに性徴は、意識させられたりしたりすることによって、体つきにも変化が出てきたりはする。 早く意識させるべきなのだろうか?
私は中学では生理は赤ちゃんの栄養だという教育ビデオを見せられたきりだ。従って生まれない行為にはあまり関心は持てなかった。
漫画などではかなり刺激的なものはある。 しかし刺激だけで幸せ感は育まれるだろうか?
それとも思っていたのだろうか? 呼ばれたのは、その時だから、皆彼女の時が残り少ないという表情をしていた。 もし私に回復させる力あるいは願いがあれば。 いくら余命と言われても。
歩行安定性が低くて、転倒する可能性が高いとアラーム。 それは意識しているのですが、ちょっと動くと、はあはあ息苦しくなる。
神様は酷いと思うなあと彼は言った。 私もそう感じる。 少年少女世界文学全集の中に出てきた外国の少女は信心深いのが美徳なんですけどね。
そういえば、餓死していた母娘さんがあったな。日本でも。
彼女らは周囲には元気そうに見えた。 本当に神様のみもとにいかれたのかな。
蓮如さんは嫌いではない。 妄念妄執を止めよと言ふにもあらず、漁すなどりをもせよ、我らが如きいたづらものを助けまします本願にてましますぞ、だったかな? ヨハンセバスチャンバッハ的子沢山なのもすごい。四十過ぎまで部屋住の身?
収縮と膨張、分裂と融合、戦争と平和
そういえば、小池知事は、私の父よりも長くご健在、 思えば本当に、私の両親は、日本の平均寿命よりもかなり早逝だったんだなぁ。
甘いか。
私の父の感覚って、やはり戦前に教育を受けた人だと思う。 私の夫には兄と弟がある。 男三人兄弟だ。 私の父は、主人の両親に、お宅には男のお子さんが三人いらっしゃる。 どうかうちの娘に息子さんをください、と言った。
モディ氏、多神教だけれども、結構神がかっているんだ。どうなることか。 安倍晋三氏のことショック受けていたような。
また地震とは
扶養家族と言われるが、おとうさんは食べさせるのが愛情表現。
そうか。背が高いのもコンプレックスになりうるのか。
見上げたい願望ってある。
いつか、福島の原発事故の後、高校の友達が、放射能を心配して、京都の貸家?に泊めてくれたことがあった。そこに、親子3人くらい泊まれるベッドが三台あった。 しかし息子や息子のお父さんは京都には来ず、新潟にいた。息子のお父さんは私が麦わら帽子を被ったりするのが気に入らなかった。私は彼が私に被せようとする帽子も、大概変わっていると思う。
アメリカの大学で学んだ友人が用意してくれた家、そこから京都の市民吹奏楽団のコンサートを聴きに行って、そこから息子にメールを送ったりした。
その後、また新潟の方に戻って、息子と病院に行った時、女医さんとの診察の時に、息子は女医さんに、 お母さんのメールはポエムみたいなんだもん、みたいなことを言った。ほかのお母さんのお子さんへのメールってどんなのかな。
今年の5月5日に、健康を祈念して、小さな鯉を2、3匹飼いたいと思っていた。 それだから8000歩や10000歩歩けた日もあった。 でも多分金魚と犬とガーデニングで精一杯だとおとうさんは思うのだ。 だから飼うとしたらお母さんが一人でしなくちや駄目だよ僕もお父さんもその余裕は無いと子供は言う。 ただ私はメールで夫に鯉の話を多分かなり情熱的にしていて、夫が行ってやるよと言ったのが、鯉のセンターに一緒に行ってくれるという意味だと勘違いした。希望的観測というやつだ。 しかし夫が行ってやると言っていたのは別のことで、鯉の話は、だめだためだだめだ、という三三七拍子だった。 だめだ、だめだ、だめだめだめだ。ためだ、ためだ、ためためためだ。たーーーーーーーーー。
お母さんに、可愛いパジャマを買ってあげれば良かったな。 親孝行、したい時に親はなし。 入院した時はきっとお父さんに用意してもらったろうな。
景気は良くなっていると思うか、悪くなっていると思うか、という質問に、わからないボタンを押すつもりで、景気悪くなっているボタンを押してしまったが訂正効かない。
左足裏の痺れ、左足太腿脹脛に複数の内出血。
神風精神では生きていけない。 人間というのは、やはり、イスカリオテのユダやペテロのようなものなのかもしれない。夜明け前に3度知らないと答えた。
私は親鸞さんよりもイエスさんの方が先なんですけどね。 父方の祖母はイエスさんだった。 親鸞さんは嫌いじゃないけど、どこも代が替わるごとに、枝分かれしていくものなんだな。 賢者ソロモンの子供たちもソロモン亡き後はばらばら。ダビデが罪深いからかな。 一体どこへ向かっているのやら、方向音痴。
無知なんですよね。思いやりを一度でも体験すればとても違うが、それでも、すぐ 成長できるわけでもない。 優しくしてくれた人を大好きになるあまりに、その人に迷惑をかけてしまったりする。 どうしたら社会に少しでも貢献できるようになれるのでしょうか。
栄養のバランスについてああでもないこうでもないと考えることは、以前あまり考えていなかった。 試行錯誤でも、意味がないとは思わないな。
そういえば、私は阿倍仲麻呂って独身を通したようなイメージだった。 しかし大陸で出会った女性と子をなすというのはとてもありうるな。
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