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腰痛は悪化するばかり。1週間安静にできたらな。
しかし部屋はかなり片付いた。腰痛がなければもっと早く 片付くが。無くても掃除を忘れたりするし。 お金をかけないインテリア。シンプル。
金時山って箱根の向こうか。
遠近両用眼鏡は確かにないと困る。 しかしとてもしんどいのでなるべくならしたくない。 ところがすぐ手元のようでも小瓶の中身など違うものを入れて忘れている。 ガスコンロの火がついているかいないかも火がついたことを確認しないと危険。
| 2024年05月30日(木) |
二者択一を要求する横暴 |
戦前の清国と中華人民共和国や中華民国とは同じ中国人としてくくるわけにはいかないかな。 清国は台湾は清国ではないから、台湾人に日本の漁民が殺害されたことは清国には関係無いと清国が答えたので、日本は台湾に兵を派遣した。敗戦で撤退した。 しかし、大陸の中国と国交正常化した時、台湾と絶交しろと言われて絶交した。台湾にしたら随分な仕打ちだ。 日本人てこんなふうに小国を裏切らなければならないほどへなちょこな民なのか?二者択一選択を要求してくるのは横暴だとか、もう少し交渉出来なかったのか?
日本だって天安門事件のようなものはあった。 安田講堂だって、あれは安保反対を主張していたような。
潰されたけど。
太平洋の他の小国の島々も、米国と安保条約のようなものを締結しているのかな?
もう皆終わったことだ。 まだ生きているとしたら、どうしたい?
今日ここ雨降る予報と夜か明日まで降らない予報とあるなあ 食事の写真どうしても撮り忘れる
そりかえり気味になっている。とにかく腰が不安定。 回復は難しいのか?
私も、六、七歳くらいから、同性ばかりの世界に入ってみたかったかな。
鶏胸肉の方が脂質は少ないだろうが、コラーゲンは、鶏腿肉の煮凝りの方が摂れるのではないかな。
十六 16 十六 шестнадцать
もうだめなのかな。背骨がグラグラ
お母さん、私頑張ったよ。鳥に生まれたいな。
今日ここ雨降る予報と夜か明日まで降らない予報とあるなあ 食事の写真どうしても撮り忘れる
そりかえり気味になっている。とにかく腰が不安定。 回復は難しいのか?
私も、六、七歳くらいから、同性ばかりの世界に入ってみたかったかな。
鶏胸肉の方が脂質は少ないだろうが、コラーゲンは、鶏腿肉の煮凝りの方が摂れるのではないかな。
十六 16 十六 шестнадцать
またやってしまった。 どうかゆるして下さい。 もうやめます。
でもまたやってしまうのではないかと 心配だ。 どうかどうか気をつけて。
どうして私は。
あれ?今まで割と平気だったのに。 自分の醜さに気付いたの?
Amazonプライムで、久々に、Miss Congeniality 日本では『デインジャラス・ビューティー』で通っているらしい映画を見ました。 どうも以前見た時の内容よりも肉付きが良くなっている気がする。 セカンドバージョンも観たい。
雨か。昨日良いお天気だったので、今日は草花が喜んでいるかな。
この頃は音楽をあまり聴かなくて、鳥の声が嬉しい。 昨日はグライダーのように飛んでいる鳥があり、あんな風に風に乗れたらサーフィンみたいだなと思う。 サーフィンも経験ないのに。
そうかといって、パラグライダーのサークルに入って自分が飛びたいとは思わないで、飛んでいる姿を下から見上げるだけで刺激的だ。
ここのところあまりバスや電車に乗っていなかったので、小田急線のホームにはエスカレーターがあるが東海道本線のホームにはないというようなことでも、興味深く感じる。
そういえば、旅行者らしい男女の女性の方がとても幸せそうな笑顔をお連れ様に向けていたので嬉しかった。
チェコの医大の募集に憧れを感じた。 逆立ちしても無理ではあるが。日本の高校は卒業しているが、準一級の二次の時妊娠で受けられなかったし、妊娠を言い訳に試験を断念するのは弱い。高校の理数系に関心がなかった。意識低いな。
憧れの人ってどんな人かな
今まで自分が断れなかった責任だと思って、添おうとしてきたけど、無理だ。 話にならない。 無防備に近づいて傷つけられるのは怖い。1メートル以内には近づくまい。
それに、自分から挨拶はしない方が良いのかもしれない。
夫婦関係では、どちらが一方的に悪いというわけではないんですよ、と言われたことがある。 身体的暴力もびっくりするが、精神的な暴力もあるとすると、本当にどちらが加害者で被害者かわからなくなる。
親は子供に好き嫌いを言わずに何でも食べてもらわないとやっていけません。 加工食品は長期的に食品を粗末に捨てないで安全に保存するために編み出されたものです。加工食品を毒物扱いするのは間違いです。
私は嫌なやつに成り果てたのか?それとも元々嫌なやつだったのか? それともたいして嫌なやつではなく、一応気の良いおばちゃんなのか? わからない自分では。
悪人ではないと思うけどな。 阿弥陀さんにはご縁が無かったのか? 無いということはないだろうが、違う世界かな。
母は自分が悪いとは思っていないと言っていた。父はお母ちゃんが私を甘やかしたと私の責任を亡くなった母になすりつけた。しかし私は今自分の父と母を批判する。彼らが精一杯生きたことは私は知っている。既に仏さんになっているはずの両親だが、私は彼らが私の中で成仏しているとは思えないのだ。そんな愚痴は親が生きているうちに言っておけよと思うが、彼らはあまりに弱くて責めることはできなかった。私の親であるから、頭もからだも弱かった。 しかし彼女は、次兄でなく、私を伯母のところに養女に出すべきだった。あるいはまるで犬猫のように次兄を養子に出すべきではなかった。どんなに子沢山でも、自分たちの子供たちは自分たちで育ててきた両親はある。あるいはやむおえずに我が子を人に頼むこともある。 蓮如さんもそうだった。そうしたことは、貧しい者がいくらか余裕のある者に頼むことは、赤ちゃんポストや宗教団体の斡旋事業のように、命が殺められるよりは養われていくことが幼い親に願われて、なされていく現実だったのだ。
偉人の伝記を読めば、幼い時に養子に出された人は少なからずある。そこである程度慎ましく暮らして一定の教育を受けて成長した人も少なからずあるだろう。徳川家康も源頼朝も、幼くして今川だったか北条だったかに人質と言うが、貧しいが故かどうかはわからぬが里子に出された。
他家へ嫁ぐというのも、養子幼女の縁組に似ている。そうしたことがなくても、人は一人では生きていないんだ。
今難病というものに侵されて、このまま命を終わることを思うと、私はこの国の言論の自由を信じてものを言いたい。私の生にさして面白いものは無いが、たとえ戦前の日本の教育を受けた者に育てられた時代遅れでも、自由民主主義憲法を与えられて育ったからには、思ったことを言って死んでいく権利はあるのではなかろうか。
最近は、済んだことを考えても仕方がない、今ここだと言われる。 しかし思い出を語るのは自由だ。私の思い出と人の思い出とが噛み合わないことはあるだろうが、母親が亡くなった年齢を過ぎた今、私には人を憎む気持ちはない。 ただ時が流れても残っている自分の気持ちを認めてやりたい。
男女七歳にして席を同じくしなかった時代が羨ましいな。
いっちょまえに自己嫌悪というやつか。
まあ私なんて可愛いもんだ。
若い女医さんも笑っている。
尽くすのに疲れ過ぎた。
その通りだけど、自分が本当にしたいことなんて最初からわからないのよね。 病気というより大馬鹿なのは間違いない。 でもだとしたらどうしようもないものね。賢い人になれるわけでもない。なかなかきれいには死ねないな、
今は亡きあの方にお会いしても笑われるだけだろう。私の悩みなんてどうってことはないんだ。
バイデン氏もロシアに下品と言われてましたね。品って何なのだろう。 私も下品か。
仕方ないよね、お母さん。空襲の中を逃げ惑うのに、上品とか下品とか言ってられますか。
アルファベットのようなローマ字や、中学から習い始めた英語は、見知らぬ世界に対する好奇心が、人生に彩りを与えてくれたと思う。 特に、英語の童話や外国の児童文学によって日本の文学にはないような活力を得られたと思う。 学校で勉強というものをしてみたかったと言って若くして亡くなった少女について想うと、私のようなへなちょこが何とか生きてこられたのは本当に感謝すべきことだ。
日本の文化が外国の人に現実逃避や夢を与えることもあるのだろう。
It’s not that I have never had any headache in my life. However, it’s been very long since I had any headache before.
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