�蠧�記
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夏だ。
欧米はスウェーデンの人たちがコーランを踏みつけたりする行為も戒めた方が良いと思う。 それを野放しにしておいて、イランの行為を非難する資格があるとは思えない。
私もお祖父さんたちの声を聞きたかった。写真の表情は優しい。 伯母さんが駆け落ちするほど結婚に反対した人には見えないけど。
蛇の研究しているなんてちょっとシンプルな人には不気味かな。
手も足も出ない、という言葉があるけれど、蛇🐍にしてみたら、手足のある動物は羨ましかったかろう。
私もこの世でお祖父さんと暮らすちびまる子ちゃんのような人は羨ましい。
父は私に私のこと目の中に入れても痛くない娘だと言ったと語っていたが、どうも眉唾。 親馬鹿ではあるかもしれないが、親には子のいたらないところは結構見えやすいのでは。
でも最初の娘はやっぱり男親には可愛かったかな。きっとどんな相手でも気に入らなかったとか。私の祖父はきっとシンプルな人だったろう。音楽家に蛇学者は難しかったかな。
お祖父さんたちが生きているうちに生まれてきたかったなどと思う。 自分にどうしようもないことについては考えないように言われますよね。 今私にできることって何?ごはん食べられる。有難い事ですよね。 食卓への道が遠くて痛いけど。頑張れば移動できるじゃない。 私がお祖父さんたちを愛しても、お祖父さんたちは私を知らない。 母方の祖父が喜んだのは末娘の長兄の誕生まで。別にそれだからもう死んでもいいと思ったかどうかはわからないけど、とにかくそれで安心したんだな。その後私が生まれたことなど知らない。 父方の祖母が私は好きだ。母は祖母を介護しきった。きっと私に話したような不満は介護が終わった時には消えていたろうな。 私は祖母を介護しなかったから好きなんだろうか?違う。祖母の気持ちを感じたから。 雪国で祖母が暖房を焚きすぎたら、私の顔がが真っ赤な湿疹になって母は頭にきたという話があった。 嫁にちょびっと迷惑な姑の愛。きっとおばあちゃんも私と同じように不器用でドジっ子だったのかもしれない。 おばあちゃん、アトピーなんて私にはどうって事ないの。私はめでたくても迷惑な姑にしかなれそうもないから、私はおばあちゃんが大好き。矛盾の日本を生きて、女子教育に理想を持って、でも亡くなるまで娘さんと暮らせたのは羨ましいな。 あなた方は古い日本を内に秘めながら新しい日本を模索した。 母が見ることができなかった貴女の涙を私は知っている。言葉を失った貴女の涙。五歳の時からずっと私の中にある。この涙を捨てられないから、私は自分からは死なないよ。言葉は交わせなかったけど、私のアトピーの中に貴女は生きている。私は自分のアトピーを厭わない。貴女を大好きな自分を私は厭わない。感情的なことを一切書かずに事務的なメモのみを書き残したおばあちゃん。貴女の心を私は見た。 貴女は感情的に生きようとはしなかったし自分の感情を理解してもらおうともしなかったけど、愛だった。
涙が出る。何のための涙か。何が悲しいのか。
私が生まれる前に他界してしまったお祖父さんたちに会いたい。 お話したい。父方のお祖母ちゃんともお話したい。
年取ったら、体重軽い方が良さそうだけど、しかしあまり細くし過ぎても、何なのかな。
私は竜頭蛇尾になり易いし、思い通りにならない事も多いけど、しかし還暦も過ぎて、背丈が縮んでしまったが、子供みたいに生きているならば、駄目元で、私の身長の大人としての理想体重というのを追求してみても構わないのでは無いか?
ひらめき💡か。。。
私のひらめき💡。。。。
そんな才気はなさそうだ。
鈍だなぁ
感心することは少なく無いが。
仕方がない。
これが私の最善なんだから。
私はエンなき衆生なのかな。
親鸞様は大好きだけど。蓮如さんも大好きだけど。
月曜日。10日か。
4月からめっきり外を歩かなくなっています。
今日は久々幼稚園からの幼馴染と会話できて嬉しかったです。 会いたいなー
ずっと、じっとしていようとしても、そうそうじっともしていられないでしょう。 私は小物。
原発事故の後心配してくれた友人が京都方面に3人分の住まいを確保してくれたのだけれど、家人は仕事や学校だったかな?そこへは来られなかったが、私はそこの一人暮らしをしばらく楽しませてもらったのだけれど、私の一人暮らしは結構体力的に難しいようだった。 その友人は高校卒業後、バイトで留学費用を貯めて米国に留学したようなのだけれど、するとひとり暮らしを経験したのですね。 しかし私は実家から両親や次兄が出稼ぎに?出て、長兄夫婦と食事を共にしていたし、だから一人暮らしではなかったでしょう? その後国内とは言え、私の実家からはだいぶ交通費のかかるところにお住まいの次兄の友人に嫁いで出産した時も、一人暮らしではなかった。けれども、実家の母親はもうその後二年程の命で、孫娘は初めてではなかったし、しかしあたしだったらお茶の子さいさいなんだけど、と言いながら、私のぶきっちょな子育てを眺めていたのだった。 その私だって、実家で姪や甥の布おむつの洗濯などもしていたのだがそれにも関わらず不器用に見えたわけだし、 思えばそういう予行演習もなしに孤独にお手洗いで赤ちゃんを産む羽目になった若いママさんは、どれだけ大変な思いをしたことでしょうか?
一病息災とは言われますけどね。
私今はニ病かな?一応治療しているのはね。1型糖尿病と全身性エリテマトーデス。
息子は一病。
アトピー性皮膚炎は持病には数えていなかったけど、 これも持病と思えば持病ですね。 今では難病指定の一病の中に入っている。
ところで、お土産屋さんとか、道の駅とか、高速のサービスエリアなどに、売られていますね。 ストラップとか、キャラクターもの。 そこに、鹿の角🫎みたいなキャラクターのストラップがありました。 麦わらの一味、というような言葉がありました。
私は新潟に転勤になってから、麦わら帽子かぶるの好きになりました。田んぼが多い土地柄ですしね。おとうさんにはウケなかったんですが。 うちのおとうさんは、十八で故郷を後にして、上京したんですね。京都ではなく、東京にね。
ワンピースの漫画はほとんど読んだ事がなかったんですが、思えば、イエメン沖アフリカ方面に、海賊が出るので、自衛隊が派遣されたことありましたね。 あれはワンピースの漫画を読んだ人たちだったのかな?
人が見えると、犬が鳴いて教えてくれるけど、動けない。対面でものを受け取れない。まだモニターで はい、ただいま参ります、といったボイスを押すボタンがわからない。
私はOne Piece だったかな、海賊のお話というのを全く知らない。 この漫画の内容は、現代の地球上のお話ではなく、大海賊時代のお話。 しかし私は麦わら帽子が好きだ。 漫画の内容を全く知らなかったのに、
あの白いワンちゃんは、ウエスティテリアかな。私どうも耳が悪くて何度伺ってもはっきり聞こえなくて失礼してしまった。
国内も近いと言えないところは少なくない。
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