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昨日子供が私に掃除しようと促して助けてくれた。
少しすっきりした。体調結構浮上。
でも、部屋の写真を撮りたくなる程はすっきりしていない。足の踏み場が無いほどでもないが。
改善の余地がおおいにあります。。
洗濯物が乾くので嬉しいです。
でもおかずが思い浮かばない。朝は昆布とシメジの炊き込み。豆腐のおみお付けするか。オムレツ。
部屋の写真撮れるようにする。
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七つの習慣
以前読んだことあるのですが。
習慣 1. 他人依存をやめ、自分本位で物事を考える. 習慣 2. 自己リーダーシップを発揮し、目的を明確にする. 習慣 3. 自己マネジメントを行い、重要事項を優先する.
自分本位とは、すべての原因を自分に求め、自分を主語にして物事を考えること. 自分の人生に責任をもつこと."他人が...してくれない"、といっていたのを"自分が...する"、というように物事を主体的に考える.
uuu依存しすぎか。
自分本位で物事を考えるようになれば、第2の習慣である、自分がどうしたいかの目的を明確にすることが大切になる. かっこよくいうと、自己リーダーシップとなるのだろう. 本書ではミッションステートメントや使命、自分憲法というような言葉も使っている. 目的が決まれば、あとはどうやって自己マネジメントを行い、目的を達成するかといった第3の習慣に話が移る.
これら第1〜3の習慣を常日頃から意識することで、成果をあげるための基盤が整うし、時間はかかってもだんだんに成果をあげられるようになってくる. そして自立もできるようになり、私的成功へと導かれる.
こういった私的成功を彷彿とさせる典型的ないい例が、ONE PIECE に登場する麦わらの一味であろう(amazonへ). 例えば、主人公のルフィは"オレは海賊王になる"と言い、剣術使いのゾロは"世界一の剣豪になる"と言っている. かれらは自分主体で物事を考え、自分の目標を明確に掲げている. たとえ周りから、"おまえは海賊王になんかなれない"といわれようともなんら動じることはない. 決して他人のせいにはせず、"もっと優秀な部下がいたら"とか"船長がもっと頼りになれば"とかいったようなことは決して口にしない. そして自分の力量不足はしっかりと認め、スキルアップに励む.
麦藁の一味ってワンピースに登場するのか。。京都のお土産やさんで見かけて気に入った。というか、暑いので、旅には麦藁帽子が要ると思ったのだ。しかし愉快で快適な旅をするためには、しなければならないことがある。
私的成功を修め、精神の自立ができれば次に相互依存の段階へと進む. 相互依存の考え方の基本は、自分主体から私達主体へと変わる. 英語でいえば、主語が I から We へと変わる. そのための習慣は以下の3つである.
習慣 4. 双方にとって得するようなwin-winを考える 習慣 5. 相手の立場や感情を理解する 習慣 6. 異なる意見を理解し、さらなる高見を目指す
ここでいう習慣は、カーネギーの人を動かすや子どもの話にどんな返事をしてますか?とも通じるところがある. 簡単にいえば、相手の立場を理解し、お互いに得をすることを目指す. そうすることで、今まで考えもしなかった新たな扉を開く. ただし、そうするためには、まず第1〜3の習慣を身につけて私的成功を修めておく必要がある. 私的成功ができて初めて相互依存の状態へと到達できる. 何事にも近道はなく、地道な努力の積み重ねが大事であると、この本では強調されていた. マリナーズのイチローをみていると、習慣の大切さが本当によくわかる.
そして最後の習慣である.
習慣 7. 刃を研ぐ
ますます己を磨き、他人とも協力して、終わりなき自己研磨に励む。そのために自分を評価し、全体のバランスを考えながら足りないスキルを磨く。 Dependence
Independence
Interdependence
Win-Win
Understand to be understood
後どのくらいの時間が残っているのか。ないたり怒ったりしながらもなかなか死なないような気もするし、もう残り少ないような気もする。
明日死ぬとしたらしたいことは何?と考えても、よくわからない。
旦那さんはどこかのお店の開店の応援に行った。今朝は目が怒ってなかったし、私の目をまっすぐ見てたし、私を心配させないようにという行き先を言ったので、ちょっと安心した。
こういうこと、私、考えてなかったと思った。つまり、人に不安を与えないように気をつけてあげるという配慮。
おかあさんは自分の気持ちを抑圧していて爆発するんだと息子は言う。
息子は私と似ているといわれるが、私は自分とはちょっと違うと思う。でも似てるかな。
父と母が喧嘩した時、私には仲裁力がなかった。私も聞いているだけじゃなくて、見ているだけじゃなくて、もっと構ったり励ましたりしてあげたかった。父に母がどんなに父を愛していたか教えてあげたかった。知ってただろうけどね。
Virgil Aeneid
日曜日平家物語見そびれてしまった。
昨日は旦那さんが韓国歴史ドラマ『イ・サン』の後で、『タイタンの逆襲』だったか、ペルセウスのお話を見始めたので、あら、ギリシア神話じゃないの、と思ってみたが、ペルセウスってアンドロメダと結婚するわけじゃなかったのかな?すると思っていました。
今更神話を読んでふるきを訪ねても賢くはなれないのだが、神話の道に入ってしまったので、疑問を感じたら確かめてみようと。
やはりハリウッド映画は原典に忠実なわけじゃないんですね。アンドロメダと結婚したんだペルセウス。原典では。映画では半神イオと。
忘れられない光景がある。私はサザエさんには手が届かないのかな。子供の頃当たり前のように毎週日曜の夕方に見ていたのに。サザエさんの世界。
それにしてもギリシャローマ神話の神々って横暴。高天原のやおろずの神々もこんな感じだったかな。
すさのおのみことは乱暴者で天照大神を困らせたような気がするけどそれほどは。。
天照大神が天岩戸の中に塞ぎこんだのは何故だったかな。
| 2012年04月23日(月) |
Ovid's Metamorphoses |
Metamorphoses (from the Greek μεταμορφώσεις, "transformations") is a Latin narrative poem in fifteen books by the Roman poet Ovid, describing the history of the world from its creation to the deification of Julius Caesar within a loose mythico-historical framework. Completed in AD 8, it is recognized as a masterpiece of Golden Age Latin literature. One of the most-read of all classical works during the Middle Ages, the Metamorphoses continues to exert a profound influence on Western culture.
Hiraganas has been disappeared!
How is these poems? 500years after Greek days.Roman poet Ovidius.
15の作品から構成されており、ギリシア・ローマ神話の登場人物たちが様々なもの(動物、植物、鉱物、更には星座や神など)に変身してゆくエピソードを集めた物語となっている。
中世文学やシェイクスピア、そしてグリム童話にも大きな影響を与えた。ナルシストの語源ともなった、ナルキッソスが呪いにより自己愛に目覚め、やがてスイセンになる話、そのナルキッソスを愛するエコーが木霊になる話、蝋で固めた翼で空を飛んだイカロスが墜落死する話、アポローンに愛されるもゼピュロスの嫉妬により円盤で殺されたヒュアキントスがヒヤシンスの花になる話など、有名なエピソードも本作に収められている。
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ナルキッソスやイカロスのお話。もう知っていたんだ。Ovidは知らなくてもね。エコーが声だけになってしまうの印象的だった。
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バックス(Bacchus)またはバッコスはローマ神話のワインの神である。ギリシア神話のディオニューソスに対応する。ディオニューソスの異名バッコスがラテン語化してバックスとなったもの。日本ではしばしば英語読みのバッカスで言及される。
イタリアでバックスの祭祀が始まったのは紀元前2世紀からである。イタリアでは、ローマ人の神リーベル(Liber)の崇拝と結びついた。
ローマにおけるバックスの神話は、ギリシャ神話のディオニューソスの神話をローマの神名に置き換えたものである。神話についてはディオニューソスの項を参照。
バックスを称える酒宴の踊りとしてバッカナリア(英語 en:Bacchanalia)、バッカナール(フランス語 fr:Bacchanales)、バッカナーレ(イタリア語 it:Baccanale)がある。クラシック音楽の代表作品としてサン=サーンスのオペラ『サムソンとデリラ』のバレエ音楽「バッカナール」、ワーグナーがオペラ『タンホイザー』のパリ上演の際に追加したバレエ音楽「バッカナール」、イベールの管弦楽曲『バッカナール』、ケージの『プリペアドピアノのためのバッカナール』などがある。また、ルーセルはバレエ音楽『バッカスとアリアーヌ』を作曲している。
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ディオニュソスがバッカスに対応するんですね。
ワーグナーのたんほいざーってタイトルは聞いたことありますが、内容知らないんですよね〜。能歌舞伎はもっと知らない。
パソコン通信始めた頃、AOLだったかどこだったか、バッカスの部屋というのがあったような。 それまではフォーラムのおしゃべり見てもなかなか入っていけない勢いに感じていた。 明け方頃だったか、入力しようとすると、大文字しか出てこなかったような。まるで大声で叫んでいるような感じになった。そしたら、夜八時頃の年配の人が、相手して下さった。ロイヤルバレエ団に北海道出身の日本のバレエダンサーがいるというような話を教えてくださった。熊川哲也さんについてだったか、女性のプリマの名も出てきて、人気ありすぎで私には見るチャンスがないが、日本人であることを恥ずかしく感じなくてもいいのかなと安心できたようなチャットだった。まるで、外国で迷子になった時に親切な人に出会えたような感じだった。
一度友達に歌舞伎見にいかせてもらった。玉三郎さん素敵。きれいだったなあ。
アイスキュロス(Αισχύλος, Aischylos, 紀元前525年 - 紀元前456年)は、古代アテナイの三大悲劇詩人のひとりであり、アッティカ悲劇の確立者。代表作はオレスティア三部作。
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アイスキュロスという名前は聞いたことがある。世界史の参考書に出てきただろう。
でも、『オレスティア』三部作というのは知らない。
私の知っている悲劇はハムレットとオセロとリア王とマクベス。
オレスティアってどんなの?
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オレステイア(The Oresteia)は、古代ギリシアの悲劇作家アイスキュロスの書いた悲劇作品三部作。唯一、三部作ともにしっかりした形で残された作品であり、『アガメムノーン』『供養する女たち』『慈しみの女神たち』の三つの悲劇から構成される。紀元前458年に上演された。
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アガメムノーンはトロイア戦争の軍人。
私は阿呆ですが、オセロを読んだ時、デズデモーナが潔白でも、オセロが疑わざるを得なくなって殺してしまうことの恐ろしさを感じたんですよね。しかし、怖いことはそれだけではない。
で、アガメムノーンがどうしたんですか。
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『アガメムノーン』
トロイア戦争に参加していたギリシア軍総大将アガメムノーンが、イーリオス(トロイア)を陥落させ、10年ぶりにミュケーナイに戻るところから話が始まる。トロイア戦争へ出征する際、アガメムノーンは娘イーピゲネイアを女神への生贄として捧げた。これを怨んだ妻のクリュタイムネーストラー(ヘレネーの姉)は、同じくアガメムノーンに恨みを抱いているアイギストスと深い仲になり、凱旋してきたアガメムノーンおよび、捕虜として連れられてきたカッサンドラーの殺害を図る。
トロイア戦争におけるギリシア側の勝利という大義のためなら、娘の命を奪うこともやむをえないという父アガメムノーンにとっての正義は、愛する娘の命を戦争ごときのために奪ってはならないとする母クリュタイムネーストラーにとっての正義によって倒される。帰還したアガメムノーンと捕虜カッサンドラーが館に入ろうとすると弔いのコーラスが流れ、館の中に消えると断末魔の叫び声が響く。二人の遺体とともに妻クリュタイムネーストラーが現れ、娘を殺した犯人に対する復讐は正義に基づくものであると訴える。
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正義。怖いですね。
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Euripides (Greek: Εὐριπίδης) (ca. 480 – 406 BC) was one of the three great tragedians of classical Athens, the other two being Aeschylus and Sophocles.
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アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスが三大ギリシャ悲劇作家?
エディプスコンプレックスとエレクトラコンプレックス。
カサンドラって個人的にとても気の毒に思う。アガメムノンの妻も。
やっぱりサザエさんみたいな暮らしがいいよ。サザエさんになりたい。
アリストファネスはどんな作家?
『イーリアス』 (希: Iλιάς, 羅: Ilias) は、ホメーロスによって作られたと伝えられる長編叙事詩で、最古期の古代ギリシア詩作品である。 トロイ戦争。アキレス。ヘクトルの葬儀まで。
『オデュッセイア』(古代ギリシア語イオニア方言:ΟΔΥΣΣΕΙΑ, Ὀδύσσεια, Odysseia, ラテン語:Odyssea)は、『イーリアス』と並び、詩人ホメーロスの作として伝承された。 トロイア戦争の後、イタケーの王である英雄オデュッセウスが、各地の放浪を経て貴種流離譚の冒険と、オデュッセウスの息子テーレマコスが父を探す探索の旅が展開される。
紀元前8世紀頃に吟遊詩人が吟唱する作品として成立し、その作者はホメーロスと伝承されるが、紀元前6世紀頃から文字に書かれるようになり、現在の24巻からなる叙事詩に編集された。この文字化の事業は、伝承ではアテーナイのペリクレスに帰せられる。
古代ギリシアにおいては、ギリシア神話と同様に『オデュッセイア』と『イーリアス』は、教養ある市民が必ず知っているべき知識のひとつとされた。なお『イーリアス』と『オデュッセイア』が同一の作者によるものか否かは長年の議論があるところであり、一部の研究者によって、後者は前者よりも遅く成立し、かつそれぞれの編纂者が異なるとの想定がなされている。
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平家物語も耳なし芳一が琵琶で語ったように、教養ある日本人が必ず知っているべき知識の一つ。かな。
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神統記(しんとうき、古典ギリシア語:θεογονία、Theogonia、テオゴニアー、英語ではTheogony )は、紀元前700年頃の古代ギリシアの詩人ヘーシオドス作の叙事詩である。 ヘクサメトロス(長短短六脚韻)1022行からなる。冒頭の記述からヘーシオドスの処女作とされ、30代前半の作品と推定される。原題の「テオゴニアー」は「神々の誕生系譜」を意味する。
原初の混沌=カオスからの世界の創造、神々の系譜とその三代にわたる政権交代劇を描き、ギリシア神話の宇宙観の原典とされる。
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『平家物語』(へいけものがたり)は、鎌倉時代に成立したと思われる、平家の栄華と没落を描いた軍記物語である。
保元の乱・平治の乱勝利後の平家と敗れた源家の対照、源平の戦いから平家の滅亡を追ううちに、没落しはじめた平安貴族たちと新たに台頭した武士たちの織りなす人間模様を見事に描き出している。和漢混淆文で書かれた代表的作品であり、平易で流麗な名文として知られ、「祇園精舎の鐘の声……」の有名な書き出しをはじめとして、広く人口に膾炙している。
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平家物語ってとても最近のお話ですね。
kinnyoubi venerdi
なんだか徹夜してしまった。眠くて頭は冴えていないが、とりあえず飯を炊いたので、子供に弁当要るのか聞くととうさんがするからいいという。
今朝は最近夜眠った後夜中や朝目が覚めた時によくなる動悸はしていないが、メールアドレスのパスワードだのIDとユーザー名などで出たり入ったり迷子みたいになってわけわからない。眠ってから考えよう。
私はギリシアローマ神話が好きなのかな。小学校の頃友達の家で見つけた ギリシアローマ神話の本に夢中になったのを思い出してオンラインの講座に登録してしまった。ただほど怖いものはないというに。でもとにかく私はお金を稼げないし、フリーの講座と言われると惹かれてしまう。IT講座もいいが。神話おたく、というほど詳しいわけではない。私はアフロディテの旦那さんがちょっと気になっている。無口な感じの神さん。へパイストス。私にはちょっと危険な魅力かな。
うちの旦那さんはテレサテンさんが気になっているという。
さて、へパイストスとアフロディテのお話を少し読んでみたら、意外にアフロディテって顔だけの女なんだな。自分が美女でも、野獣を愛する美女もあるのに。へパイストスの実直さと才能にもう少し敬意を持って、冷たい母親を持つへパイストスをもっと愛してもおかしくなかったのに。古代ギリシャのはイエス様の愛みたいなものはまだなかったってことかしら?美女って本音ではアレスみたいなのがいいの?美女と野獣はディズニーの御伽噺か。
ウゥルカーヌス(Vulcānus)は、ローマ神話に登場する火の神。ムルキベル(Mulciber)とも呼ばれた。後にギリシア神話の鍛冶神ヘーパイストスと同一視される。ウルカヌスとも表記され、英語読みのヴァルカン(Vulcan)でもよく知られる。
ロームルスあるいはサビニ人の王タティウスが信仰を始めたという。祭日は8月23日のウゥルカーナーリア(Vulcānālia)であった。
ウゥルカーヌスの神話はほとんどがヘーパイストスのものであり、独自の神話は残っていない。
ウェヌス(Venus)は、ローマ神話の愛と美の女神。日本語では英語読み「ヴィーナス」と呼ばれる事が多い。
本来は囲まれた菜園を司る神であったが、後にギリシア神話におけるアプロディーテーと同一視され、愛と美の女神と考えられるようになった。一般には半裸或いは全裸の美女の姿で表される。ウェヌスは固有の神話が残っておらず、ローマ神話でウェヌスに帰せられる神話は本来アプロディーテーのものである。
ウゥルカーヌスの妻だが、マールス、メルクリウス、アドーニス、アンキーセースたちとのロマンスが伝えられている。このうちのアンキセスとの間の子アイネイアースはローマ建国の祖にして、ガイウス・ユリウス・カエサルの属するユリウス氏族の祖とされた。ここからカエサルはウェヌスを祖神として、彼女を祀る為の壮麗な神殿を奉献したという。 また、カエサルの祖神として軍神ともされた。
ギリシアではアプロディテが金星を司るとされ、それに影響を受けてラテン語でも金星をウェヌスと呼ぶ。ヨーロッパ諸語で金星をウェヌスに相当する名で呼ぶのはこのためである。また、ラテン語で金曜日はdies Veneris(ウェヌスの日)であり、多くのロマンス諸語でのこの曜日の名称はそれに由来する。
ウェヌス(ヴィーナス)は、女性の美しさを表現する際の比喩として用いられたり、愛神の代名詞としても用いられる。近世以降は、女性名にも使われるようにもなった。また、マールスが「戦争」「武勇」「男性」「火星」を象徴するのに対して、ウェヌスは「愛」「女性」「金星」の象徴として用いられる事も多い。性別記号で女性は「♀」と表記されるが、本来はウェヌスを意味する記号である。
カピトリーノのヴィーナス (カピトリーノ美術館、ローマ)他の主要なローマの神々と同じように、ウェヌスは女神の異なる側面や役割りを指し示すためのさまざまな添え名に帰せられた。
ウェヌス・アキダリア(Venus Acidalia)はセルウィウス(Servius)によれば[1]、よくウェヌスがグラティアたちと沐浴したオルコメヌス近郊のアキダリウスの泉に由来する。他の人々はその名をギリシア語のacides(άκιδες)、すなわち懸念または苦労と結びつける[2]。
ウェヌス・クロアキナ(Venus Cloacina, 浄化者ウェヌス)はウェヌスとエトルリアの水の女神クロアキナとの習合で、おそらくはクロアカ・マクシマ(Cloaca Maxima, ローマの下水道システム)の近くで目立っていたウェヌスの像に起因する。その像はローマ人とサビニ人の間で和平が結ばれた場所に建てられた。
ウェヌス・エリュキナ(Venus Erycina, エリュクスのウェヌス)—またウェヌス・エルキナ(Venus Erucina)とも呼ばれた—は西シチリアのエリュクス山(Mount Eryx)を起源とした。彼女への神殿がカピトリヌスの丘とコッリーナ門の外とに建てられた。彼女は“不純な”愛を体現したし、娼婦たちの守護女神だった。
ウェヌス・フェリクス(Venus Felix, 好意的なるウェヌス)はエスクイリヌスの丘の神殿と、ウィア・サクラの北側のハドリアヌスによって建立され、"Venus Felix et Roma Aeterna"(好意的なるウェヌスと永遠のローマ)に捧げられた神殿とのために使われた添え名だった。この添え名はまたバチカン美術館の特定の彫刻のためにも使われる。
ウェヌス・ゲネトリクス(Venus Genetrix, 母なるウェヌス)はローマの人々の祖先、母性と家庭生活の女神としての彼女の役割りにおけるウェヌスだった。彼女を敬った祝祭が9月26日に開催された。とりわけウェヌスはユリウス氏族の母とみなされたので、ユリウス・カエサルはローマにおいて彼女に神殿を捧げた。この名前はまたアプロディテ及びウェヌスの像の一つの図像学的なタイプに附属している。
カエサルのフォルムのウェヌス・ゲネトリクス神殿、ローマウェヌス・カッリピュゴス(Venus Kallipygos, 綺麗なお尻のウェヌス)はシラクーザで崇拝された形態。
ウェヌス・リベルティナ(Venus Libertina, 解放女奴隷ウェヌス)はおそらくlubentina(“愉快な”または“情熱的な”を意味しているかもしれない)をlibertinaと間違えたローマ人による誤解から生じたウェヌスの添え名である。関連があるかもしれないのは、おそらく葬儀の女神リビティナと前述のlubentinaとの混同から生じ、リビティナとウェヌスの融合を引き起こした添え名のウェヌス・リビティナ(Venus Libitina)—またはLibentina, Libentia, Lubentina, Lubentini, Lubentiaとも呼ばれる—である。エスクイリヌスの丘の神殿がウェヌス・リビティナに捧げられた。
ウェヌス・ムルキア(Venus Murcia, ミュルトゥスのウェヌス)は、女神をわずかしか知られていない神格ムルキアまたはムルティアと結びつけた添え名だった。ムルキアはミュルトゥスの木と結びつけて考えられたが、他の資料では怠惰と無精の女神と呼ばれた。
ウェヌス・オブセクェンス(Venus Obsequens, いさぎよきウェヌスまたは寛大なるウェヌス)はクィントゥス・ファビウス・マクシムス・グルゲスによって第三次サムニウム戦争の間、紀元前3世紀初めに建立された神殿のための添え名だった。それは姦通で有罪判決を受けた女性たちからの罰金で建てられた。ローマにおける最も古いウェヌス神殿だったし、おそらくはキルクス・マクシムス近くのアウェンティヌスの丘の麓に位置した。その奉納式は8月19日で、ウィナリア・ルスティカ祭において祝われた。
ウェヌス・ウラニア(Venus Urania, 天のウェヌス)はバシリカ・フォン・ラムドーア(Basilius von Ramdohr)の書物、ポンペオ・マルケージ(Pompeo Marchesi)のレリーフ、そしてクリスチャン・グリーペンケァル(Christian Griepenkerl)の絵画のタイトルとして使われた添え名だった。
4月1日、悪徳からの保護者ウェヌス・ウェルティコルディア(Venus Verticordia, 心を変えるウェヌス)を讃えてウェネラリア祭が祝われた。ウェヌス・ウェルティコルディアの神殿は、3人のウェスタの巫女たちの不貞の償いをするためのシビュラの書の指示で、紀元前114年にローマで建設され、4月1日に除幕された。
ウェヌス・ウィクトリクス(Venus Victrix, 勝利のウェヌス)は、ギリシア人が女神イシュタルが戦争の女神のままだった東方から受け継いでいた武装したアプロディテの一つの様相で、ウェヌスはスッラにもカエサルにも勝利をもたらすことができた[3]。これはポンペイウスが紀元前55年に、カンプス・マルティウス(マルスの野)の彼の劇場の上部に神殿を捧げたウェヌスだった。ウェヌス・ウィクトリクスへの社はカピトリヌスの丘にもあったし、彼女への祝祭が8月12日と10月9日に催された。彼女のための犠牲が年に一度、後者の日に捧げられた。新古典主義美術において、このタイトルは“男たちの心に対する勝利のウェヌス”の意味で、またはパリスの審判の文脈でしばしば用いられた(たとえば、カノーヴァによるポーリーヌ・ボナパルトの半裸の横たわる彫像であるウェヌス・ウィクトリクス)。
ウェヌスのための他の重要な添え名は、ウェヌス・アミカ(Venus Amica, 友人としてのウェヌス)、ウェヌス・アルマタ(Venus Armata, 武装したウェヌス)、ウェヌス・カエレスティス(Venus Caelestis, 天のウェヌス)、そしてウェヌス・アウレア(Venus Aurea, 黄金のウェヌス)などであった。
一瞬バルカン半島は火の神ウルカヌスと関係あるかと勘違い。
この頃朝私は神に助けを求めながら飯を炊いたり皿を洗ったりする。夫や子供にも助けを求めるけど。私の神ってどこの神様?
観音様じゃないの?お不動さんじゃないの?今年は私どうして家族と弥彦神社に初詣しなかったの?
体調が悪かったから。それはそうだ。好調とは言えなかった。だったら私の健康も祈ってきてね、と頼んでもよかったのに。私には険があったと思う。何故?
旧約聖書には妬む神とあるし、イスラム教もアラー以外は偶像というし、 日蓮さんも法華経だけとおっしゃるし。だから?ええと。
私にとって母は大きな存在だが、母はそれ程強い人ではなかった。最後まで娘のような女性だった。彼女が亡くなる時まだ彼女のお母さんは健在だったのだから、実際彼女は子供だったのだ。 彼女は努力のひとだった。親は彼女だけを見ていられなかったから、何かして褒められたかっただろう。 祖父が子供の頃は貧しくて跡取りでないものはきっと戦争で手柄を立てるのが生き残る道だったろうと思う。でも母が成人する頃は終戦で祖父も力を落としていただろう。 教育勅語。子供の頃に受けた教育って、刷り込み現象みたいに刻まれているのではないだろうか。夫婦相和し、朋友相信じ、それから何か知らない。 祖父母にも両親にも私自身にも、正直そんなに広い視野は持てない。戦後の民主主義教育受けているはずだが。自由に自分で選択って相当上から押し付けられているものに反発する元気がないと不安結構強い。結婚を親に反対されたりしたら、駆け落ちしませう、なんちゃって燃えることもできるが、ちょっと相手がいるというとすぐ認められちゃうと、つまんないよね。私は息子にめでたく彼女ができたら、盛り上げるために、ちょっと頑固親父ならぬわからんちんママとして反対したりしてあげたいな。うちの大事な息子をあんなひとにはやれない、なんていってたらかわいそうに縁遠くなるなるかしら。
私は翼を下さいとか蛍の光仰げば尊しだが、息子たちはビリーブとか歌ってた。 私には男の子は身を立て名を上げやよ励まねばいかんという意識があるのだ。 しかし息子たちは、あのビリーブ。意外と私は自分の卒業式では泣かなかったけど、子供たちのビリーブにはぐっときた。すごく優しい歌詞なんだもの。泣かせないでくれよ。おばちゃんはそんなに強くないのだ。おばちゃんら戦争をしらないさびしがりの子供なんだ。
心臓肥大という感じがひしひしとします。しかしとにかく。
室内でミント、クレソン、三つ葉、どうでしょね。
あまり頑張らない方がいいかな。
スーパーマーケットでもコンビニでも出てみればいいのに。
意欲がないというわけではないですから、欝じゃないんじゃないかな。やりたいことはいろいろあるけれど、息切れ。だからね。一日に一つでも何かできたら、評価しよう。
子供は私に趣味を持てと言います。
例えばミント、と思うと。買い物出るのに自転車欲しい。暖かくなってきたし。
とりあえず歩くかな。
BBCの英語クイズは結構楽しめます。やっぱり欝じゃないでしょ。そりゃあやりたいことはいろいろありますけどね。
ナマケモノいいなと思う。あんなにのんべんだらりとしているのに、まだちゃっかり絶滅していないようではないか。あのペース雰囲気でも時期が来るとそれなりに何かが高まって生まれてくるものがあるなんて。そしてあんな雰囲気でも、やっぱり内心焦ったり肝が縮み上がったり小心だったりしたら、余計親近感なんだけど。
限界を感じる。でも今はそういう時なんだ。いつまでもずっと同じではいられないのだから、そのうち自己嫌悪の気持ちも忘れざるを得ないんじゃないかな。
だいぶ前に買って長いことほったらかしだった『プランターで楽しむはじめての野菜づくり』という本をぺらぺらめくっています。 昨年、やっとこさのさで、植木鉢に埋めた南瓜の種が芽を出して、花を咲かせました。 それは私的には大変な出来事だった。正直私はすぐ世話を忘れてしまいがちな性質なので、毎日か一日おきに様子を見たのは、母性の成長かと自負した(呆れないで)くらいです。 でも、そうすると、実が生るようにしたい。当然ですよね。 どうも、適当な時期に、肥料というものが、必要なのかな。
うちの雄犬の春めいた切ない元気ぶりを見ていると、気の毒になる。知らなかった。私はどうしても男性じゃないし。
灰汁も旨みのうちというのを信じて筍ご飯。味薄いかな。筍には味しみているけど。味薄いかなって訊いたら、調度いい、という答えだったので、報われたじゃありませんか。 血圧は中等症かな?重症までは行っていませんが、それでもちょっと心臓苦しいです。でも、今わんこが春のせいか煩いので、今日も夕方散歩させてあげられたのが、しないよりした方が、だいぶ楽です。動いてないのに漠然とした不安でどきどきするより、動いてどきどきした方が楽じゃないですか?途中いろいろ気兼ねはありますが、終わってみればする前よりずっとほっとしてます。そうでしょそうでしょ? だからね。いい年なんだから何でもこいって感じで、どーんとおばさんしていけばいいじゃないですか。と自分を励ます私もいるかな。気が小さいんですよ、小さくなっているというか。 いつか雨だろうと雪だろうと朝晩散歩させているとおっしゃっていた女性 を思い出す。
筍、糠で茹でないと灰汁が強いかな? でも、唐辛子だけで茹でて、出汁醤油と酒と砂糖で味付け。おとうさん筍ご飯ご所望。筍寿司も美味しいんだけどな。
取りこぼしてきたものが気になっていたけど、私は自分の歩いた道は結局自分で選んできたのだと今は思う。もう少し慎重でありたかったけど、生まれたものがあるから後悔できないものね。
犬一匹ずつ散歩させたが、まだかなり寒い。今発情期なのでオスのレノンはきちがいのよう。私は男の子のことは今ひとつわかっていなかったのだということが、申し訳なく気の毒で切なくなる。もうすぐ予防注射だ。
Lord's prayer and the prayer of peace.
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『わたしって美人でしょ?だれも言ってくれないから、自分で言うの、』 とすねたようにあなたは言った。
世界一べっぴんさんでぴちぴちしていて可愛いひとだったよ。あんまりそう信じきっていたので、あなたの飢えに気づかなかった。
一瞬間をおいてから、 『このやろう、みんなの前で恥をかかせやがって、』と食ってかかった。 若い頃はもっとスタイルがよかったのに、とぼやかれた時。かわいかったね。
あのこ憶えてる?『よく言われるじゃありませんか、馬鹿な親程かわいいって、』
夫の勤め先の人が、うちのことをラブラブだとおっしゃっていた。
そういわれるとそんな気もする。旦那から電話あるとけろっと内心喜んでいる。それまでこの世の終りのような気持ちだったのに。他愛ない。でも、 わんこたちのように、帰ってきたからといって、ぴんこぴんこ飛び跳ねて体中で喜びを表現したりできない。
何か突破口はないかな。
好調からは程遠いですが、心配すまいと。
みんな頑張ってますよね。
私もどうにかならんかと思いつつ、なるようにしかならんか、なんとかなるさでいけないか。
心配してないといえば嘘ですね。すごく不安です。
でも一朝一夕に脱け出せることでもないような。
でもエイプリルフールだから。何か大法螺ふきたいな〜。
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