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2012年01月28日(土)

 今はまだ死ねない。早とちりしないように。


2012年01月21日(土)

 子供と話していて、一頃随分はまっていた心理学の先生のお名前を度忘れしている。

 かわいはやおさん。でも漢字変換ですぐに出てこない。さっき見つけたのに。『とりかえばや男と女』という著書のタイトルを覚えていて検索できた。とりかえばやだけでは出てこないものね。ほかにも何冊か読んだのに。
この先生数年前に亡くなられてさびしい。あの頃、教え子の方とメールのやり取りをしていて、私は作家としてしか存じ上げなかったけれど、本当に
実在しておられたんだ!と思った私、どこまで行ってもただのぼけ。

河合 隼雄さんだ。このお名前私のでは漢字変換では出てこないんですよね。

 あの頃、2007年頃か、メールのやり取りをしていた教え子の先生のニックネーム覚えていない。

 

 


2012年01月18日(水)

 忘れた方がいいと言われることもあるが、忘れられないのは悪いことじゃないと思う。人間なんだから。

 私のような鈍なものでも、忘れられないものがある。

 強く印象に残ったり刻みつけられるものは、その人にとって大切なものだ。無理に忘れる必要は無いと思う。

 私があの時あそこに行かなければあの人は今でもお元気だったのではないかと思われてならないことがあるが、私は行ってしまったのだし、もしかしたらそのことがあの人に何がしかの影響を与えていたこともあるかもしれないが、それでもあれはあの人の選択であって私がそうさせたのではない。
 それでも、今の私も私の子供の存在も、あの人の影響を受けている。あの人は私の恩人なのだろう。だからあの人の分も生きている責任はあると思う。それが生かされて欲しいと願う。

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 うーん、恩人とは言えない。あんな冷水浴びせられるようなことを私がした?恩に着る必要がある?

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 合わなかったんだ。それは確かだ。今思えば合わなかったのは当たり前で
合わせる必要なんてなかったのにとも思う。

 しかし実は、合わせる必要があったのだろうか?

 もし合わせる必要がなかったとしたら、どうして彼女は生まれてきたのだろうか?
 私や彼が意識的に計画できたことではないが、少なくとも彼女は生まれてくる必要があったから生まれてきたのだし、みんなそう。時折叫ぶ。生んでくれと頼んだ覚えはないと。言っても言われてもどうしようもない。

 マザーテレサがおっしゃったところの、『皆神様に望まれて生まれてきたのです、』というやつが、私の心の中にカビのようにはびこってきてしまった。仏様の陰謀かもしれない。冗談ではない。いくら私がお人よしでも。

 

 
 


2012年01月16日(月)

 今はトニーロビンズ氏の本から、what is so great in the problem?と自分に問うことで、きりなくわいてくる心配に対抗しています。ふう。

 心に太陽を持て、唇に歌を持て、というのをふと思い出しました。子供が何か歌っている。

 最近確かに自分の限界を感じている。休みたい眠りたい怠けたいし。
 それにある程度シャッターアウトしないと。

 

 


2012年01月15日(日)

 お風呂でおっかなびっくり冷水にして首筋などに浴びると、痺れる。水行みたいだ。やはり温度差って確かにたいしたものがある。

 人は人、自分は自分、比べたくない、とはいうものの、差を感じるって避けられないものかも。英語にだって、原級、比較級、最上級と習うところがある。数学にだって出てくる。あ、子供に背丈抜かれちゃった、ということもある。確かに差別とか生まれながらの格差とか色々感じられるようになるし、行動もそれに影響されたりする。
 でもそれは道半ばってことかな。


2012年01月13日(金)

 どうも昔が懐かしい。お隣のお宅に行かないと我が家に電話が無かった頃とか、新聞を取っていなかった頃とか。

 4つの頃、東京の祖母が倒れた時、お隣のお宅に電話連絡が来た記憶がある。

 母と夜行列車で上京した。

 祖母の家は暗くてお化け屋敷のようだった。

 


2012年01月12日(木)

 昨日は雪が降りしきる中、夫と犬の散歩をしました。母犬は興奮して、顔を雪にこすり付けたりしてはしゃいでました。わんこが元気だったので私もつられて走りました。自分一人だけでは一度に二匹散歩する気にならないのですが。

 私はホットケーキの素と豆乳とバターと残っていた粒餡の餡子でドラ焼きを作りました。トマトジュースとドラ焼き。

 夫が録画していたProof『証明』という映画を見ました。アンソニーホプキンズが若い頃天才的な数学者だった父親役。私は数学の才能は乏しいですが、結構泣けました。どうしてでしょう。夫も一生懸命見ていましたが、私が泣けてしまう場面でも、『わからないなあ、』と呟いて、眠ってしまったので、一人で見ました。

 夫が感情移入できるものに、私ができない時もあります。それは深深とさびしいことがあるけれど。

 それでも、彼が帰ってくると、部屋がぱあっと明るくなるような気がする。

 子供に、最寄の神社まで散歩とかでいいから、努力して動くようにしなくちゃ、どんどん体力なくなっちゃうよ、と言われましたが、最寄の神社まで一人で往復する自信が、今はどうもないです。途中で胃腸が過敏になったりしたら悲惨です。
 今年はお父さんと子供だけで初詣に行きました。私おみくじひいたりするの好きなんですが。

 でも、昨日は、私も少し元気でした。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 


2012年01月06日(金)

Toradora made me cry.


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