�蠧�記
DiaryINDEX|past|will


2011年12月31日(土)

リハビリする。


2011年12月19日(月)

69歳で心筋梗塞だなんて、一国の政治家としては若い。偉いお父さんの後継者に生まれてしまってあまり羨ましい人生とは言えない。亡くなったら、政局を案ずるより一人の人間として哀悼の意を表したい。


2011年12月17日(土)

依存しすぎかな。

tasukaritai


2011年12月07日(水)

 生命力はどこから生まれてくるのか?

 泥の中から蓮の花が咲く。

 無菌室の中で弱いものを生かそうとする。

 思いやりとは何か。

 酸素は痛みを知っているか?

 己の姿をいざなぎに見られたいざなみは、いざなぎの国のものを千人殺すと怒り、それならば千五百人生もうといさなぎは言う。

 同じ日に命を落とす者があり、生まれてくるものがある。

 指先に血がいかなくなれば壊死するのだろうが、まだ指先に血は通っている。

 意識は何故あるのだろう。何故意識がなくなるのだろう?何故人は夢を見るのだろう?

 今はどうかしらないが、娘は、あまり夢を見ることはないと言っていた。完全燃焼しているのだろうか?

 生きているとはどういう状態か?何故憤りを感じたり、痛みを感じたりするのか?

 それぞれの資質や許容範囲は何によって決まってくるのだろうか?

 自分の意志だけで道が決まるわけではない。

 意志が無いわけでもないだろう。

 しかし私の場合結婚は求められたからしたので、結婚しようと計画していたわけではない。そしてその時に私が知っていたのは、中学校の体育館で見た、出血は赤ちゃんのための栄養なのだというナプキンに青い液体を映したような教育ビデオだけだった。

 私も相当とんちんかんで社交は苦手だと思っているが、物知りらしい今の人たちはそれゆえにもっと不器用になっているのだろうか。堅実に生きるのは難しいな。

 計画出産の勧めのように、最初から何でも緻密に計画してできるものなのかどうか、私にはわからない。ただ喉が渇いたら水を求める。

 スジャータのような女性は素敵だが、スジャータは素敵であろうとして釈尊に粥を飲ませたわけではないだろうな。

 釈尊の出家は必然だったのだろうが、ラゴラの母が気の毒に感じる。

 舌切り雀も気の毒だったんだけれど、おばあさんも哀れだな。洗濯糊を食べられてしまうと本当に頭に来るほど貧しかったのか?と思うが、時折自分の立場が飼い犬以下に感じられて、わんこたちに狛犬の神様が宿っているとでも思わなければ、舌をちょん切ったり犬鍋にして食べたりしたくなる時もないわけではない。愛情行為にあまりにも義務が事細かについてくるから自然に湧いてくるはずの小さきものへの慈しみも枯れそうになったりする。誰でもあるべきようを求められるよりも、ありのままを慈しまれたいものだと思う。

 そういえば、先日、毎日会っている夫と一緒にまっさかさまに落ちたり、
夫と一緒の時に旅行会社かなにかの人にニューヨークにいらっしゃいと勧められたりする夢を見た。これは危機的な状況なのだろうか?

 冷凍庫の中にニュージーランド産の私の大好きなラム肉を見つけた。もしかすると、まだ大丈夫なのかな。

 お腹が痛かったのは風邪のせいだったか。

 
 

 

 


2011年12月02日(金)

雅子さんが我儘とは思えない。皇太子さんに一生全力でお守りする覚悟で求められてしまったのだから、大変だ。しかしできればあまり悩まずのびのびと本領を発揮されればなあと、人には思うが、自分のこととなると結構容易でない


youyou |MAIL

My追加