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いつのことでしたか、パイナップルの葉の部分だけを植木箱に植えました。実の部分を食べた後です。 その葉が、ずっと青いままです。 生きているのだろうか? 実がならなくても、またそこから根が生えていたら嬉しいんだけどなあ。 そういうものではないのかな。 でも葉の部分はずっと緑なんです。生きていると思うんです。 ねぎの花も咲き終わりましたが。
ジャガイモのちっこいのができたの、みんな一口で食べたと思っていたら、まだ土の中にちっこいのがあったの、食べずにそのままにしています。 ジャガイモを育ててみようかな。玉葱も試しに埋めてみようかな。
ミントの葉を千切ってお湯に入れて冷めたらお茶のようになったので飲んでいます。
チューリップは姿を消しましたが、何だか雑草とは思われない葉の芽が出てきています。友達がくれた植木の芽だったらいいのになあ。それが花を咲かせて友達がくれた花と同じだったら、友達にまた花が咲いたよって写真が送れる。
チューリップだって冬の間は全然姿を見せなかったのが出てきたんだもの。 ものを言わずに雨水を吸っている。
ふと自分が死んだら棺桶に入れずに骨壷にも入れずにそのまま土葬にしてもらいたくなった。そして腐葉土になりたい。そこに何かの木を植えて欲しくなった。そうしたら、雨にも雪にも日照りにも負けずに大きくなって、晴れた日には木陰を作る。
お日様が出なくちゃ困るし雨も降らなきゃ困る。どんよりした冬に夢見た晴天が不調の間に瞬く間に過ぎ、雨になった。
旦那さんと一緒に箪笥や鏡台などの位置を変えました。着られなくなった服なども整理しました。
わんこの産箱なども用意しました。お腹は随分大きくなっています。 食欲は旺盛で元気そうだけれど。ちゃんと産めるのかな。来週レントゲンで 何匹いるかわかるそうです。
きも 肝
《肝臓》the liver; 《度胸》courage; pluck. ・〜(っ玉)が据(す)わっている have nerves of iron [steel]. ・〜(っ玉)が小さい timid; cowardly; white- [lily-] livered. ・〜(っ玉)が太い bold; daring. ・〜に銘じる take… to heart; engrave in [on] one's mind. ・〜をつぶす be frightened [terrified] out of one's senses [wits]. ・〜を冷やす be scared [frightened] (half) to death.
旦那さんは夜中にブラジル戦を見たみたいだ。畜生見なければよかったな、などと言っていたが、それで仕事を休んだりはしないみたいだ。当たり前か。 私は見ないで寝ていた。 ゆうべ見ていたのは、ラーメンとパテシエの番組。
鎮痛剤が効かない。
のりこえる 乗り越える
get over; climb over; 《困難を》overcome.
学校を休んだ息子がよく眠っている。大仏さんみたいな寝顔。
朝うんうん唸りながら学生服を着て登校しようと頑張ったが、倒れてしまう。休むことに決めたら途端に楽な顔になって、ねえねえ、本を読んで、と言ってスローライフでいこうという本を持ってきた。 私は一時この本はいいと思って一生懸命読んでいたのだが、今読むとはまれない。この本は多忙すぎていらいらしている人が読むにはいい本だが、 私はもともと多忙にしたくても無理だし。生活レベルが違うのだ。この本は多忙なアメリカのビジネスマンか誰か向けだと思う。私は三食昼寝つきの入院生活を夢見たりするが、とりあえず子供が学校を休んでくれたことにほっとしたりしている。
言葉にすれば嘘に染まるという歌があったなあ。ダンシングオールナイトか。
ゆうべは何だか荒唐無稽な夢を見た。その中の理屈は変。山岳地帯のような中をサバイバルしていくのに、そのやり方にそれなりのもっともらしい大真面目な理屈があるのだが、目が覚めてみると変な理屈。不思議の国のアリスもそうだな。
なさけないなと思うけど、仕方ない。
夜中に目が覚めるのは本当に嫌だ。
二度と目が覚めないで欲しい。朝も目が覚めないで欲しい。ずっと目が覚めないで欲しい。
こんなことを書いていたのかと思う。
でもまだ目は覚める。
私は苦しいが、旦那さんも苦しいのだろうか。よくわからない。私が母のような明朗な人だったら、旦那さんをもっと幸せにできるだろうか。わからない。旦那さんは私の母に似ている。私は私の母にはどうしても似ていない。と思うが、叔父に会った時などに、似てきたと言われたりしたから、おそらく人にとっての自分の雰囲気というものは自分の気持ちだけでは決まらないのだろう。
血糖値を下げるための食後に飲むお茶を買ってきてくれた。600円もする。お金かかる。私だったら絶対買わない。水でいいと思う。効くのだと言う。きっとこれを飲んで血糖値が下がったと教えてくださった方があるのだろう。子供にこれはおかあさんが飲むお茶だから飲まないようにと言う。
介護される自分を想像したくなくて、介護保険解約して犬を飼ったのだけれど、しんどくなると、やっぱり介護されたくなる。馬や犬は洗ってもらえて羨ましいなどと思う。勝手なものだ。そんな風に思うにはまだ若い、しっかりしろいと思うのだが、閉塞的。やっぱり私は最低だと認めざるを得ない。だけどぼけていると家族に言われている100歳の祖母の精神的な苦しみは理解できる。人は自分は理解されていないと感じるくせに、人のことは平気でぼけているから死の恐怖など感じないでいい、などと評するものだ。 でもおそらく祖母が苦しんでいたのは、私みたいに、死ぬのが怖いといったことではないだろうと思う。 私は祖母が人にしてもらうばかりで何もしてやれないのが身を切られるように辛い、胸をえぐられるように苦しいと嘆いたのを覚えている。90にもなったら別に人に何かしてやる必要なんてない、生きているだけで十分だと思うのだが、長生きさせてくれと頼んだわけでもないのに90年100年と生きて、心はみんなの幸せを望むばかりなのに、色々と皮肉なことを経験させられてきたのだ。だから祖母はぼけてなどいない。心の中ではいろいろな思いをしてきたのだ。私だって優しいかわいい頼もしいと思っている自分の息子が本当に自分の苦しみを理解しているわけではないというさびしさを感じることがある。でも息子は何の悪気もないし、理解されたいと願う方が無理なのだ。 見舞いに行きたいが、私が行ってもただ辛い思いをさせてしまいそうなだけのでいけないし、多分ほかの親族にも不都合だし、私はそんなに祖母にとって会って楽しい孫じゃないことがわかった。自分の息子を弟と間違えているということは、私など見知らぬおばさんに違いない。というよりも、私が 母をもっと長生きさせていれば、あんな風に会うのが辛くならなくて済んだのだ。忘れられたほうがいいのだ。それにしても祖母が私に真剣な表情であんたはおめかけさんなの?と問われた時にはびっくりして、え、ちゃんと結婚してるよ、と答えてしまったが、それも何だかお粗末か。いっそのこと、あら、わかった?おばあちゃん、私はアラブの王様の囲い者なのよ、などと言って、付けまつげをぱちぱちしばたいて冗談を言えば、元気だった頃の母風のジョークになったかと思うが、私は冗談が苦手なのだ。
アンデルセン童話集の英語のペーパーバックを買った。絵のない絵本というのを英語で読んでみたかった。英語で読んでもアンデルセン童話はやはり詩的だ。アンデルセンは詩人だ、と思う。デンマーク語までは手が届かない。
確かに私は混乱している。母の面影が明朗だったというアルバムの中の明るい表情の母を美しく思い出すが、実際母だって私のように不安でいっぱいだったのだ。そうでなかったら、どうして私におまえはわたしがいないほうがしっかりするのねなどと言っただろう。何を言ってるのって答えたかったけれど、私は驚くばかりで何も言えなかった。 亡くなった人を忘れてあげないと成仏できないという言い方があるが、母は忘れられたくなかったのだと私は思う。母ももっと生きたかったし、何より自分の価値を認められたかった。愛されたかったのだと思う。もっと元気になりたかっただろう。
小学校1年の時に入院した時、夜中にママママと泣く子があった。あの子は 頭を強くぶつけて少し頭がおかしいのだ、もうあまり長く生きられないのだなどという噂があった。私はそれを鵜呑みにして、頭の弱い子なのだろうと思っていた。その頃私は夜中に泣くこともなく、私の方が先に退院したのだけれど。
しかし果たしてそのこはその後生き延びていないだろうか、今でも健在なのではないだろうかと今ふと思った。
私も今夜中であれ道端であれ、おかあさんおかあさんと亡くなった母を呼ぶが、あの時のあの子の頭の弱さとさほど変わらない。どこかで頭をぶつけたことはないし、骨折したこともないのだが、神経はそれ程図太いわけでもないらしい。それとも実は図太いのだろうか。
子供を亡くして半狂乱の母親に、お釈迦様は死人が出たことがない家を尋ね歩いてみなさいとおっしゃったという話がありましたっけね。
人生を楽しみたくても楽しめない時もある。一番いい季節なのに、勿体無いこと。
昨日は長兄の誕生日だったなあ。どうしているんだろうと思う。
思うんだけど。
死なないように気をつけるより、今を楽しみたいよね。
死んだ後偉人さんになってもつまらない、生きているうちに楽しみたいの、って母が言っていた。庶民だからこそ、たまにはささやかな贅沢をしてみたいと思うんじゃないの、って。でも結局善女のままいってしまったなあ。良妻賢母のまま。庶民だからこそたまには夢見る母のささやかな贅沢ってね、どんなことだったと思う?多分ね。自分の父親の法事に自分の母親きょうだい姉妹親戚が一同に集まってご飯を食べることだったのよ。
もし神様があるとしたら、神様ってひどいと思うよね。神って天にある父のことなの?父が神なの?
父がいつか母に言ったことがあった。この子がねだることなんてそうないんだから、買ってあげなさい、って。あれはケニアの木彫り?グランドガゼルの木彫り、買ってもらったんだ。あれはきっと駅ビルのお店の中で。あの木彫り。捨てられちゃったのかな?どこにいるのかな?
父は言った。僕はお前みたいな女は嫌いだね。死ねばいいでしょう。でも他の時には父はこうも言ったの。僕にとっては目の中に入れてもいたくないかわいい娘なんだって僕は言ったんだ。もしそれが本当だとしたら、義母は羨ましかっただろうな。義母のお父さんは私が父を見送った時よりずっと早くに、多分記憶がないくらい早くに、お父様を亡くしてしまわれたんだもの。 ああ、父親ってこういうものなんだなあ、と思った、という義母の言葉が蘇る。ねえ、お母さん、お母さんは死んだらおんぶお化けになってお父さんの背中にとり付いて邪魔な女の人が現れたらみんな蹴散らしてやるって言っていたらしいけど、でも彼女はいても良かったでしょう?だってさ、お母さんだって私だって父親の記憶を持っているものね。お母さんの父親、おじいちゃんのこと私は知らないけど、でも優しい父親だったんでしょ?家に仕事関係の人たちを連れてくるような。おじいちゃんがいってしまったのは、お母さんが結婚した後だったんでしょう?夫や子供と新潟にいる時に、楽しい会合の後で茶碗を洗っている時に、茶碗が割れたんでしょう?おじいちゃんが亡くなった頃に。 だからね。よかったよね。 だからね、私もね、やっぱりね、子供が二人とも結婚してどちらにも子供ができてからじゃないと、お母さんのところへは行けないと思うよ。そりゃね、今私がなくなってもきっと子供たちは育ててもらえると思うけど。きっとみんなよくしてくれるにちがいないけどね。でも、孫の顔を見ないと安心できないね。
きっとね、義母のお父様も、お元気だったら、きっと彼女のことそれはそれはかわいがられたことだろう。目に浮かぶようだ。
私は自分の健康を過信していた、と母は言った。
でもねお母さん、ほかにどうすることができたの?
お母さんはどうして死んだの?あなたのお母さんはえらかったのよ、と兄嫁は言った。でもね、お母さん、私は、えらくなれないよ
私はお母さんのえらいことしか知らない。お父さんは結構悲惨だったんだよ。酸素吸入していても、酸素がなくなった金魚みたいに口をぱくぱくして 目はあらぬかなたを追っていたよ。だから快く迎えてあげてね。お母さん。 お母さんは死んでから私のところへきてくれたことあるけど、お父さんはぜんぜん夢に出てこないって言っていたよ。だからさびしかったんだ。おかあさんごめんなさい。私がみんな悪いの。私が馬鹿だから。みんな本当は心の中に花があるの。きっとおかあさんのほうがよくしっているでしょう。だから私は確信している。お母さんはちょっとへそを曲げてみせて、怒った顔、すねた顔を見せて、でも、何かの拍子にきっと、お父さんに許した笑顔を見せたんだよね。きっとそう。きっと今頃は、二人で、家庭菜園でもやっているんでしょう?私が行ったら、二人で無心に土いじりしていたのにふっと気がついて、振り返って、あら、いつきたの?って喜んでくれるでしょう。ねえ、ここからは富士山が見えて最高でしょ、とか言って笑うでしょう。
お母さん、話したことあるかな?きっと知っているよね。どうだろう?
私が蜂に刺された時、ふうちゃんのおかあさんが、傷口を吸ってくれたこと。
それから、転んだ時に、みゆきちゃんっていうこが助けてくれたこと。
話してないと思う。
どうして私は助かっちゃったって笑って話さなかったんだろう。それだけできっとお父さんやお母さんの世界もぱあっと明るくなったでしょう。
いいことも沢山あったのに、私は馬鹿だよね。他の人には言わなくても、お母さんやお父さんだけに、こっそりよかったことをもっと沢山いちいち言わんでいいっていうくらい話して笑い転げたりしていたら、もっと長生きしたんじゃないだろうか。
でも知っていたのねふたりとも。他の人はいつもよくしてくれたって。こんな馬鹿な娘でも、いい人に巡り合えたから、それがわかったから、二人とも安心してさっさといっちゃったんでしょう。子供はたいしたやつに育たなかったけど、孫は大物かもしれないな、なんて思ったんでしょう。そう思えるうちに早いところお任せしてずらかろう、なんていっちゃったんじゃないの?
お母さんたちのアルバムは本当に幸せそう。二人ともそれぞれしみじみ言っていたものね。幸せだったって。
サッカーのワールドカップオーストラリア戦は本当に残念。頑張っているんだけれど、もろいところがあるんだなあ。サッカーに全然詳しくない私も、ジーコや中田だけでなく、前半のゴールキーパーの川口すごいと名前を覚えてしまったのだけれど、実は日本の先行の1点を入れた選手の名前を覚えていないのだ。入れたときの点を入れた選手の喜びの表情は覚えているのに。中村の先制だったのね。 ワールドカップに出場するくらいの腕白選手でも、同点になった時のショックに対してかなりもろいものがあるんだな。 それにしても、勝てば嬉しい、負ければ残念というごく単純といえば単純な感情を味わっている。これはきっと万国共通の感情なんだろうな。これは ある意味自分の中の生命力を感じた。希望はあるということだ。 逆に言えば、オーストラリアの選手たちは最後の最後まではずっと負けていてくそ面白くなかったわけだから、最後の喜び方は爆発的だった。だから今負けていて悔しいからってずっと負け続けかどうかはわからないということね。 息子はサッカーには関心が薄いし、最初は見ていなかったが、最後は悔しがっていた。本を読んで欲しいというのでスローライフでいこうという本を少し読んだが。
しかしどうしたらいいのかわからない。 計画が万全でなさ過ぎるということは私に確かにある。まず計画を立てる能力が乏しいと思う。自分の現実を把握して目標を設定する必要がある。生活習慣の計画。 計画を立てることが希望を持つことが怖くなっているのも問題だ。また挫折して傷つきたくない。こんな気持ちも確かにある。とりあえず今死にたくない苦しみたくないという希望は強い。死の恐怖が襲ってきた。この希望自体は生き物として正常だと思う。人生に悩み苦しみはつきものだ。だから死ぬほど苦しくても乗り越えていく覚悟を持たなくてはいけないと思う。誰でも死ぬほどの苦しみを超えていくのだと思う。死にたいという言い方は嘘だ。死にたくなるほど苦しいというのが正直というものだろう。これ以上頑張ったらきっと怪我をすると確信しながら頑張るのは無謀だ。心身が故障している時に事故を避けて休むことは必要だ。 いい年をしてこんなことしか言えないのは貧しい限りだが、少しは自分の危なっかしさ怖さを感じられるようになったのは悪いことではないと思う。
どうでもいいや、と投げ出したい。投げ出した方がいいような気もするのだが、何だかうだうだしている。かっこう悪い限りだ。今は死ねないというのが正直なところだが、どうしたら上手に死ねるかと死に方生き方を考えても、なかなか潔いすっきりした生き方や死に方は思い浮かばない。結局最後まで悪あがきするしかないのだろうか。
ところで、朝みのもんたさんの出演している番組で、クロアチア戦のシュミレーションというのをやっていた。それを見て素晴らしいですね何だか勝てそうな気がしてきました、という人のコメントも何だか痛かった。苦しい感じがする。 勝つしかないみたいな思い込みができないのだ。負けたって構わないよとは言えない状況?
最近苦しくなく楽しめたことは何だっただろう?
それにしても、四月いっぱい遅刻早退もあったが、とにかく希望した日を全部通ったのは、私の体力では大変な頑張りだった。頑張ったと考えることは正しい。頑張れなかったと考えることは当たっていないよ。だって最初は五月も続けたければ続けられるということは知らなかったのだから。4月中のことしか計画していなかった。だから何も挫折したなどと悲しむことはないと思うのだが、涙が出るのだ。私はよく頑張っている。小さい頃からよく頑張ってきたよ。そう考えるとどうでもいいことかもしれないが私は本当に泣ける。よく頑張ったというボタンを押すと涙が出てくる仕掛けになっているロボットみたいだ。やはりわが身はかわいいもの。
悔しいけれど、本当に駄目だ。思えば子供の頃から駄目だった。でも駄目なりに力を尽くしてきたつもりだ。
めまいがしながらも、お日様に照らされた田圃は美しかった。遠くから案山子と鷺が見えた。
のんびり
・〜した quiet; easy; carefree. ・〜と in a relaxed mood; free from care. ・〜する feel at ease. ・〜と暮らす lead an easy life; 《裕福に》be well off
《みじめな》miserable; wretched; 《嘆かわしい》lamentable; 《恥ずべき》shameful.
今一番いい気候かもしれないが、家の中でもそもそしていたい。
こんないい気候の時には動けなくて、雨が降ったりした時に出て行ったり洗濯したりする癖があるかもしれない。
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