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2004年10月31日(日) 模索

考えてしまう。考えていい。よく考えて行動しようとするのは悪くない。

それにしても、いろいろなご機嫌が和らいでほしいと願う。行儀よくほんわか安らぎたい。傷つけあうのではなくていたわりあいたい。疑うのではなくて信頼する。
期待せずに希望をもちたい。覚悟してのぞみたい。強くなりたい。やさしくなりたい。忍耐強くなりたい。

でも限界ってありますね。


2004年10月30日(土) 金魚のえさやり

お医者さんのアドバイスで、毎日の金魚のえさやりを息子の係りにしました。

 いろいろな思いが交錯する。

武装勢力になってしまった人が生まれつき残虐な人だったとは思わない。

 







 



 

 

 


2004年10月29日(金) 空

曇りではないです。水色の空。

何か色々感じますが。

お薬は毎日1錠ずつ飲んでいます。こうかあるかな。

お昼食べられました。おいしかったです。食べすぎかな。ちょっともたれる。

やっと億劫な用事を二つ済ませた。
















2004年10月28日(木)

 今日は晴れていました。

 夢を見ていたのかもしれないな。

 


2004年10月26日(火) 煮干

 煮干をかじりながらブラックコーヒーを飲んでいます。雨です。

 恵信尼という人は、越後の人だったかどうかわからないけれど、そのころもやっぱり暮らしは楽ではなかったような手紙が残っていますね。
 
 9歳で得度した親鸞は、その幼さですでに夜半に嵐の吹かぬものかはという歌を詠んでいるみたいですが、本当に夜中に台風がきたりして踏んだりけったりという状況はよくあるものなんですね。お経をあげていて、このお経をあげたからといって人々を救えるわけでもないのに、ただ自分自身の心を落ち着けるためにあげたのだと述べている。

 私がボランティアに行っても役に立たないかな。大学生などのボランティアって
頼もしいですね。うちの息子も日ごろから体を鍛えていざという時に役に立つ人に
なってほしいという気持ちととにかく無事でいてほしいという気持ちが交錯します。

 とりあえず学校に登校しているだけでもうれしい。

 トイレや生理用品などの不便さも大変そうだな。車の渋滞の時にトイレに行きたくなったりするだけでも大変なのに。

 明日子供の診察の時に私献血でもできないかしら?

 やっぱり新幹線と道路復旧されてほしいな。飛行機も羽田やら大阪やら飛んでほしいし。

 たとえば新潟市内の病院に行くのでも、バイパスなどに沿っていかないと、いくら平坦な道の自転車でも道に迷ってしまうもの。それを何時間も山道歩いたら、体
弱い人は参っちゃいますよね。

 吉本ばななさんのキッチンにでてくるおかまさん、あたしくやしい、神様っていないのかしら?っていうせりふがふと思い出された。

 そういえば、おかあさんだの神様だのにお祈りしていた私はどこにいったのだろう。自然は人情とは違うけど。

リカバリーしてから、バーから辞書がなくなっていると思っていた。でも今辞書で検索したら引ける。
 できないとすぐ思い込むけれど、ふとできることもあると信じる。
 


2004年10月25日(月) 病み上がり

 おとといの晩もわりと早く寝たし、昨日も夕方頃味噌汁ご飯を食べてすぐ眠ってしまいました。
 我が家もとうとうコタツというものを使うようになりました。

 今朝は5時半に子供の目覚ましがなり、地震の揺れでパパさんもおきてきましたが、私はおきられませんでした。12時間以上眠ったかな。昨日は生理二日目だったけれども、コタツを買いに出たし、入浴剤使ってお風呂にも入りました。おとといからホルモン剤を一日1錠飲んでいます。

 今朝は大根おろしで納豆ご飯。味噌汁の残りも平らげた。カフェオレを飲みながらこれを書いています。やっと意識が出てきたかな。

 それにしても早く停電や水道ガスそれから何より道路なども早く復旧するといいですね。

 それにしてもあんなにゆれたのにどうして何も動かなかったのだろう部屋の中のものが落ちたりしなかったのだろうと不思議に思っています。きっとここは震度5はなかったのかな?建物が地震に強いのかな?

 やっぱり中越の被害は相当なものだということですよね。長岡がんばれやかこしむらのひともがんばれおじやというところも通ったことあるような気がするんですけど。

 昨日は子供がパソコンを占領していました。

 今日は雨なんだな。寒そう。うちに二人くらいなら泊められるのに。

 テレビに映っていたので、パパさんの長岡の職場の人、ご無事だということは
確認できたらしい。

 雨乞いの踊りというのもあったような気がするけれど、照る照る坊主でも作ろうかな。

 知り合いのママさんの親戚の人も長岡で連絡が取れないと心配してらしたけど
早く復旧するといいな。郵便局にでも行ってみるか。出身高校からも寄付を募られています。

 山形のほうは土砂降りだとパパさんから電話があったけれども、このあたりは
先ほどから日が差してきました。どうなるかなんて本当にわからないんだわ。わかったら怖いけど。

 風を通しています。

 チグリスユーフラテス文明の昔から治水とか大きな問題だったんでしょうけど
あまり進歩していないということかしら。これが都市部だったらもっと被害は多い
んでしょうけど。
 私のところはあまり立て揺れを感じなかったので悠長なことを言っていられるのだと思います。

 雨がやんだので子供迎えに行かなくてすみました。

 思うに携帯電話も普通の電話も災害の時には時間差が大きくなるんですね。
パソコンも混雑すると忙しいという表示が出ますよね。なかなかすぐに落ち着いて
対応するというのは難しいことなのだと思います。

 一家で一度に三人も小さなお子さんがなくなるなんて、気の毒。やはりお年よりや体の弱い人子供が犠牲になるかと思うとやりきれないですね。現実は非常に厳しい。

 そういっているうちに、今月は展覧会や文化祭バザーの準備。

水曜日は子供の診察の日だし、私もまだ腹痛が強いので、活動はじめるのはあさってくらいから。

道路が早く復旧するといいな。食料を運べるのに。ヘリコプターでも被災者連れてきて下さったらうちで2,3人なら長期滞在可能なのにな。

 田中元首相がめしくったか?というのが口癖だったという話だけど、田中真紀子さんってやっぱりお父さんに似てる。

 子供は学校から帰宅してから塾に出かける予定だったけれども、眠ってしまって
ご飯だと呼びかけても聞こえない。やっぱり病み上がりだからかな。

 こんばんはミーとソースのパスタです。うちは多少食べなくても大丈夫なんですけどね。

 

 

 

 


2004年10月23日(土) 地震

 コーヒーは夕方より朝飲みたい。欝の朝はコーヒーの存在を忘れ果てているんですが。

 今朝はカフェオレをいれていただきました。今朝もトースト一枚。生ハムのサラダイタリアンドレッシングあえ(みにトマト、かいわれ、レタス)。子供は牛乳です。

 お昼はざるそばだな。

 ビリージョエルとレイチャールズのCDを聴いています。

 ゆうべはチャットしたというわけでもないけれど夜更かししてしまって、ねたの
朝の6時前くらいで、眠ったのですが、7時半頃かな?パパさんが何かいうので起きて、燃えるごみを頼んでしまった。

 だからというわけではないのですが、きっと今晩は眠れると思う。

ところで、銀もくせいは今まで見たことがありませんでした。香りもきんもくせいよりも鼻につかないいい香りという気がする。

 また少しピアノの練習をしました。ヘッドフォンで聴けるから気が楽。それに
練習すると前回よりも少し弾けるようになっているのです。

 あ、薬飲ませなきゃ。

北海道は雪ですか。

 冬服ほしいんですけど、あれでおなか痛いです。2.3日また不調だな。でも
前回は逆に腹筋とかしたらそれほど重くなかったんですけどね。鎮痛剤飲まなかった。前回は今までになく早くきて、やっぱり更年期障害だわと思ったんですけどね。ホルモン剤飲むのも悪くないかな。

 しかしご飯作るのしんどいな。とりあえずご飯だけ炊いておくか。

 息子はしばしばルパン3世が不二子ちゅわぁ〜ん!と口を尖らせるみたいになる。なんとかならんかな。

 おお!なかなかのじしんです!!こんなゆれははじめてだわ。10かいだから大きくゆれるとしても、このゆれは震度なんだと思う?と息子に聞いたら、3以上だと申します。
 震度6強が中越、ここは下越で5弱みたいです。4かな?火を使ってないし、停電もしていないし、物が落ちたりもしていません。でも何度もくるね。パパさん大丈夫かな。帰ってきたけど、また職場にいっちゃった。またゆれてる。阪神のときほどではないと思うけど、私が経験したなかでは最高。
 電話つながりにくいらしいけれど、パパさんのお母さんが心配して電話をくれました。やっぱりおかあさんだなあ。
 柏崎のほうが大変なんだわ。

こんばんは五目御飯。白子のしょうが醤油炊き。これがおいしい。あと何にするかな。ここはオール電化ですが、停電してないのが助かる。

長兄のところの義姉の声も聴けちゃった!彼女とは私が小学生のころから22歳ころまでずっと同居していたので、声を聴けるのはとても懐かしい。やっぱり少しホームシック状態だったからな。
 

 


2004年10月22日(金) 復学

息子はまた今日から登校。あんなにざーざー共鳴(?)していた喘息の音が、
耳を近づけてもまったく聞こえない。
 さすが入院しただけのことはある。

 ゆうべは私が歌の伴奏をピアノで弾いていたら、息子がそれにあわせて歌を歌ってくれました。
 まだぜんぜんなってないんですけどね。あわせて練習したい。男の子は誰でもみんなマザコンってことで、開き直りだ。そのうちなんとかなるだろう。

 パパさんともちょっとぶつかり合いがあったんですけど、やっと平和に。平和が
何よりだわ。

 そういえば、レンコンとにんじんのきんぴらを作りました。それから、このところよくする酢豚。鍋物の残りをかき集めて春菊を加えたスープ。

ゆうべテレビでマツタケご飯と鯛めしの競い合いの番組があって、それをみているうちに鯛めしを作りたくなりました。

ゆうべはそんなに遅くならなかったので、今朝はものすごく早起きではなかったけれど、シャワーを浴びました。朝そういう気になるのはそれほど鬱の朝ではないということ。

 今日は遠くの山は見えないけれど、布団を干してあれこれと用事をする。

 台風の被害またひどかったんですね。私は靴や服がびちょびちょになったくらい
ですんだんですが。

 ビリージョエルを聞きながら家事。

 一仕事したのでお昼休み。主婦も仕事ちゃんとしようとすると昼食抜きではいけません。ということで、トースト一枚とチーズつきミニハンバーグのケチャップがけ、ゆでたブロッコリーとオニオンスライスのマヨネーズがけ、スープの残りと
薄いシークワーサー水、すごい豪華じゃないか!おいしかったです。

 突然雨が降ってきた。危うく布団をぬらしてしまうところでした。

 自転車で買い物に行こうと思っていたんだけど、残念だな。

 今日の買い物は夜まで少しあきらめて、あるものでもう少し何とかならないか
考えよう。すき昆布があるし、こぶサラダ。ブロッコリーやインゲン、アスパラガスの冷凍もあるし。ひき肉もあるし。たまねぎもあるんだから、ハンバーグだな。
あとはおみおつけでいいか。きゅうりと若芽とたこの酢の物はこの次。鯛めしも
いつか。

 ふっしょくするって払拭なんですね。

雨がやんだので、自転車で買い物に出ました。さばのみりん干しとインゲンの
おひたしときんぴらと味噌汁。最終的にこれで決まり。ミンチは冷凍庫に逆戻り。

 息子は帰宅してビスケット2枚としくわーさー水と薬を飲んで眠ってしまった。
あと、煮干はいくらおやつで食べてもいいということで。

 私も眠くてあくびが出ます。少し眠ろうかな。

 といいつつ、味噌汁作ってます。ブラックコーヒーのみながら。

 ビリージョエルのララバイというのを聴いています。

 味噌汁の中身は大根とにんじんとしいたけ。それにたまねぎのかけらも少し。
ご飯を炊いたほうがいいか今のご飯を3等分すれば事足りるか考えています。
なめたけのおろししょうゆも追加。インゲンのおひたしどうしようかな。パパさんが帰宅したら魚焼くだけにする。

 それにしてもやはり主婦の中心課題は食べ物のことが7.8割占有しています。

 病院食を眺めて思ったんです。お菓子などを袋ごとテーブルの上に出しておいたりしてはいけない。戸棚の奥のほうにしまっておいて、果物にしろお菓子にしろ、
おやつの時間にほんのひときれふたきれひとつふたつわざわざ器に入れて有難く差し出す。そして一枚のビスケットを上品にゆっくり味わうのです。

 あ〜〜〜〜めんどうくさい!と切れそうですが、今のところその方針でいくのです。胃袋縮小作戦。食事やおやつをめんどくさがって抜いたりしない。腹八分目で
満足するのです。

 息子が18歳になるまでは食生活をちゃんとしておこうと思います。成人病になられては困る。18過ぎたら勝手にしてもらいます。ってことでいけるでしょうか?初日から自分を疑ったりしないぞ。そこまで世話焼いたら今度息子が旅立つ時
すがっちゃいそうだな。

てっきりさばのみりん干しが最終決定だと思ったのに甘かった。パパさんが
生ハムと豆腐ハンバーグを買ってきたのです。どちらもおいしいんだけれど。

 ルパン3世をみています。

 わあい!申し込んでいたイベントにいけそうだわ!わくわくしてきた。

 


 


2004年10月21日(木) 23号あと

23号けっこうすごい雨風だったんですけど、どうなったのかな。まだすごいのかな。

今朝いろんな夢を見て目がさめたあとで思いました。私は本当にまいっている。呼吸器が弱っているんじゃないだろうかと思いました。子供のころこんなに胸の存在を意識したことはなかった。父や母がいなくなることを考えたことはなかったし、夫や子供や友達と別れること、自分が失われること、考えていなかった。喪失というもの。だからさ、少しくらいまいっていても、それで自分を責めるにはあたらないさ。失恋だってつらいものだというのが普通だ。

 自分が弱っている気でがんばれがんばれおいちにおいちにとお金の支払いのためにある病院に向かってあるいていたら、私よりも歩みの遅い人があった。腰が曲がっておられた。

 母は若々しいままいってしまったなあ。娘みたいな雰囲気のまま。60でも腰は
ぜんぜん曲がっていなかったけど。うらやましいぜおふくろ。もっといろいろやりたいこともいいたいこともあっただろうけどな。それともなかったの?子供がみな
父や母になれば満足だったの?

 生きていれば喪失の悲しみも避けて通れないけれど、創造する喜びというのも
あるはず。生きている私は覚えている。母が刻んだ鎌倉彫り。あのおばの作品も。
弱くても懸命に生きた父を。まるで私のために死ぬかのような言葉。私は親を見殺しにしたのではないだろうか。私がおばあちゃんになるといった。あれは実現するのだろうか。私も言う。子は祖父母になる。母は私に生きることを望んだ。おばあちゃんになることを。どんなに苦しくても?落ち込んではいけないと。落ち込んだらどうなるのか。どうにもならない。どうにかならなきゃいけないの?父は死ねばいいといったけれども私はまだ生きている。あの怒りは悪魔の言葉ではなかった。でも心配することはない。いずれいけるに決まっているのだから。なくなった人の言葉は生きている自分の心の中にインプットされている。だとしたら私の言葉も私の死んだあとも子供の心の中にインプットされているかもしれない。喜びも悲しみも。
 意識を失ったものはすべてを忘れるのだろうか。忘我の境地?あの一点に。
母は私に任せてすべてを忘れたのだろうか。

 お天気になってきたみたい。迎えに行かなくちゃ。まだお迎えがこないとおっしゃっていたおばあちゃまがあったけれど、うちの息子も待っているだろう。
 


2004年10月20日(水)

ジェットコースターは前向きよりも後ろ向きのほうがいいという説もあった。

 仮面でもあればいい。


2004年10月19日(火) 私は老婦人になれるかな

病院のエレベーターの中でそこで配膳などの仕事をされている快活な女性と
やはり私より年配のご婦人としばしご一緒した。配膳の人がエレベーターから
降りたあと、残った年配のご婦人は、私にもあのようにはたいていたころも
あったのにねえ、今はさっぱりだめだわ、というようなことを私におっしゃった。
 でもそのご婦人の雰囲気から私には彼女は今でも十分それなりにちゃんとしておられるような感じがした。
40だいに見えますとはいえなかったけれども、十分魅力的な雰囲気を持った
老婦人だった。

もう一人の配膳の女性の雰囲気、私はあんなふうに快活に働けたことがあるかと振り返ると、あんな突き抜けた感じの明るさは逆立ちしても真似できそうもない。私に話し掛けてこられたご婦人も私には手の届かない存在だけれど、失礼かもしれないけれど愛らしく見えたのだ。

 どちらの人にも不幸な雰囲気を感じなかった。

 水を頼まれていたんだけれど、子供に。いけなかった。

 


2004年10月17日(日) 投票日

ゆうべは美しき日々を録画してもらって見たり、久しぶりにチャットをしたり。
夏川りみさんの出演している音楽番組とか。これはパパさんがはまっているからというほうが大きいけど。

 酢豚とスープはまるだったと思う。今朝はそのスープの残りを薄めてマルタイラーメン。ゆで卵とみーとろーふと大根とのりを入れて。

 今朝は投票と食料の買出しとCD書籍店に連れて行ってもらう。
 楽譜を買った。朴ヨンハさんの期別のピアノ曲。パクヨンハさんの歌まだそんなに聴いたことないの。聴きたいなあ。作詞作曲は彼じゃないのね。シムジェヒ作詞のDearLoveという歌が好き。

 子供の見舞いはパパさんだけいってもらって、私はCD聴きながら掃除。

 美しき日々はまたはまっている。感情のぶつかり合いが陰湿でない感じがして
気持ちがいい。やはり日本語吹き替えでないと意味まったく取れないけれど。
字幕のほうが見たかったりして。

 県知事選挙、たまたまパパさんが投票したのと同じ人に入れたみたいだ。

 今日はなぜだんなさんでも主人でもおとうさんでもなくパパさんと呼ぶのだろう?


2004年10月16日(土) ハングル文字

 このごろ少しハングル文字がまったくわけがわからない記号ではなくて、ほんの
ちょっぴり発音と文字が私の頭の中でつながるようになってきた。
 学生のころのような吸収力ではないけれど、文字や言葉の意味がわかりはじめるのは楽しい。それがどんなにほんのちょっぴりでも。今つきあっている人はないんですけどね。
 サッカーのワールドカップの共同開催のドラマを途中から見ていて、とうへんぼくの私だけれど、うーん、そんなに両国には複雑なものがあったのか、などと思ったりする。
 私が幼稚園の時に祖母が倒れて、父の転勤先の熊本から東京の祖母の家にすむようになったころ、引っ越したばかりで友達がいなかった私と遊んでくれたのは在日朝鮮人の女の子だった。りかちゃん。私の父の尊敬していたご夫婦が満州にすんでいたときに彼女のお母さんを養女にして日本で育てた。彼女のお母さんが結婚した人、つまり彼女のお父さんは、やはり在日韓国人の人だった。私と同い年のりかちゃんは明るくて活発な女の子だった。3つくらい年上の彼女のお姉さんはそのころ小学校4年生くらいで、帰り道に自分の作った物語を私に披露してくれた。少し憂いのあるしっとりとした物語だった。どうしているのかな。

 そういえば明日は選挙だわ。県知事選挙。だんなさんはその投票のはがきを見て、やっと新潟県民として認められたな、といっていました。

 ふと思ったのですが、主人はこう申しておりました、という形にしてみると、なんだか私じゃないみたいな気もするけれど、日本の主婦としては私の歳になると、こう話して間違いではないんじゃないかしら?アダルトチルドレンを卒業するのはまださびしいのかしら?
 
 新聞で一応候補者の紹介欄を拝見したのですが、一人には絞れていなかったりして。その紹介欄のあった新聞を取っておかなかったので、かなりあいまいです。

 私自身の願いはどうかと申しますと、らち被害者のたとえばめぐみさんとかについて早く解決されること。水害などについても、何とか立て直せるように。それから私の知らないことについてもいろいろあるんでしょうけど、どの人に投票しようかまだはっきりしていません。

 あ、パソコンで紹介の検索できるかな。一応一人に絞りました。

 どの方に、お一人に、とお話したいような気もしてまいりました。はっきりしていません、ではなくて、はっきりしておりません、と。

 謙譲語とか尊敬語とか身内意識などが言葉にでるのはいやな感じがすることも
ありますが、少なくとも自分自身が落ち着いている感じがします。この謙譲の意識でいる時には、なべを焦がしたりする確率が減ったりしないかしら?なかなかそんな状況ではないんですけどね。

 がんばってもすぐ落ち込む私は、小娘のように、あたしがんばってるのにぃ!というような意識だったせいではないかしら?なんてね。
 そろそろかわいく思われたいという気持ちはあきらめて、ある一定の信頼感を
人に感じさせられることを模索したいです。主人が安心して働けるように。うちの
主人も結構危ない人だと思うんですけどね。

 阪神の震災から10年たったんですね。うちの息子ももうすぐ11歳なんだから
。そうすると、あの朝私は満一歳とちょっとの息子がそばにいるところであの震災のニュースをテレビで知ったということなんだわ。歳月が流れている。

 こんばんは酢豚とスープ。中華風ふかひれスープにしようかと思っています。
子供は入院しているというのに見舞いを忙しい主人に任せて家でこんなことを
語っている。
 糖尿病の食事とはいえないかしら。子供の病院での食事を拝見すると、我が家は
やはり糖尿病への道を一直線じゃないかとも言えるのですが、気持ちの問題というのもあると思います。あせってもたいしたことはできない。お風呂に入って、落ち着いてゆっくりよくかんで楽しくおしゃべりしながら食事ができたら幸せ。


2004年10月13日(水) きんもくせいの香り

子供のころきんもくせいの香りに気がついたのも、病院にいく途中だった記憶があるので、あれは秋の記憶だったんだな。

 それから見かけるのはコスモスですね。

 青い稲も見かけるのは、二毛作?あれは稲ではないのかしら?素人なのでよくわからないのですが。青い稲の田んぼがあったような気がする。秋なのに。でも水張ってあったかしら?

 食べ物の足の速さに疲れる。

 今日はご飯炊かないことにします。


2004年10月12日(火) 栗おこわ

 栗おこわを炊きました。なかなかおいしい。これをお結びにして、お茶があれば、遠足できると思う。ええい。とりあえず一回だけだ。

 時間をはかってみる。

スーパーマンの役したひと落馬事故だったのね。スーパーマンのイメージしか
なかったのが申し訳ないようなきもする。本当にわからないものですね。まだお若いのに惜しいな。

 今日は担当の小児科の先生がそれほど細くなかったのでなんとなくうれしかったです。今まで美人の女医さんとかハリーポッターみたいな先生とかだったんですけど、細身じゃない先生もほっと安心な感じでいいな。そういえば息子を生んだ時の先生も細くなかったけど、いい先生だったの。ハリーポッター先生も美人先生もいい先生だったのに、かっこよすぎて私素直になれなかったかな。


2004年10月11日(月) 息子の入院

 うーん、息子が入院することになりました。明日から少し離れた総合病院まで
バスの乗り継ぎでかようかしら。

 とりあえず、寝ます。眠い。


2004年10月09日(土)

 最近かりんとうが好きになりました。

 好きなものって何かな。あじの南蛮漬けとかサーモンマリネとか。ムニエルとか
ステーキも好きだな。
 鳥の水炊きをおろしポン酢。

 すっぱいもの好きだな。それに唐辛子が多少入るとか。

 シーザーサラダ。カリフラワーやアスパラガスやブロッコリーをマヨネーズ。

 ゆうべは昆布をマヨネーズや和風ドレッシングで。

 さばのみりんぼし。


2004年10月08日(金) 主婦の一日

 ゆうべは一応眠ったので今日は体調悪くないです。

 でもまた悪くなるだろうから、今のうちにできることやっておこう。

 これから台風がくるのに何ですが、せんたくも。

一仕事したら体がぽっぽとほてってきました。いい調子だ。熱が出るのは燃えてるね。

 まだ掃除機かけてないんですよ。一休みが多いんだよな私。お昼肉じゃがでご飯食べました。

 掃除したら気持ちいい!

 運動や仕事をしてどきどきするほうが、精神不安でどきどきするよりも気持ちいいですよね。

 そうだ。夕方から子供とお医者さんに行こうと思っていたんだわ。
子供が行かなくていいというのでやめた。

 ところで、紅白によんさまやちぇじうさんをぜひとも呼ばないといかんもんなんでしょうか?よんさまたちは大晦日韓国内で紅白みたいな番組に出たりしなきゃいけなかったりしないんでしょうか?日本で人気だからってそんなに引っ張ってきちゃってもいいもんなのかしら?あ、韓国では新年は二月だから12月の末は暇なんですとか??


2004年10月07日(木) ねぎらいの言葉

不眠症の人にはうらやましがられるかもしれないけれど、今日は私夕方まで眠ってしまいました。ゆうべ眠ったのに今朝ご飯を食べてまた何もせずに一日眠ったのです。主人が休日の日は割合おきているのですが、このごろ休日の次の日は欲も得もなく眠ってしまう。これでおきてパートに出るとかすれば少しは家計の足しになるとか自分の世界も広がるだろうにとも思うのだけれど、そうしてどうしようとするよりもただ眠っていたい日が多いです。退屈とも感じない。よく寝たなあ。見たような気がする夢も忘れている。疲れたまってたの眠れてさいこ〜。
 最近は割りと読書にはまっています。子供の友達との会話を楽しく聞いていたり。一人っ子状態だし、私があまり普段おしゃべりとか世話好きでもないのでどうなることかと心配ではあるけれど、お友達と会話が成立しているじゃないかと喜んだりしています。
 その日によっては夜も眠れないことあるけれど、そういう時は眠らずに本を読む。
 そうでなくて私が眠れないのにだんなさんは眠っているといって腹を立てているときもあるな。かなしいとき〜。新聞紙びりびり破いているとき。
 さて仕事だ。

今日は起きていられなかった眠れなかったと思うより、今日は眠れた起きていられたと思いたい。

 それから、私は主人が帰宅したときに今までお疲れ様っていったことほとんどなかったと思う。今日はお帰りなさーい!お疲れ様!っていおうと思うんですけど、いえるかな?ご苦労様というのはあまり好きじゃない。


2004年10月06日(水) 半月ぶり

 半月くらいネットから遠ざかっていました。ないならないですむけど、あれば
あるでつながるとやってしまう。

 最近思うのは、ひとつの場所にずっとすみ続ける人とすむ場所が変わる人とでは
性格が違うんじゃかな?ということ。
 私の場合はそれほど頻繁に転地というわけではないけれど、それでも物心つく前から引越しがあったので、生まれたときからずっと同じところに住んでいる人とは
違うかなと思ったりします。
 せっかくなれて根が生えてきたかと思われたころにまた別の場所になるというのはとてももったいないことにも思われます。新鮮味もあるけれど。どこでもやって
いけるぞって思っていたいのだけど、一生新人というのも悪くないけど、願わくは年取ったらやはり根が生えたくなってくると自分としては思っています。

 パソコンの速度が速くなったはずなんですが、どうかな。


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