すずキみるくのGooden 妄言
旧牛乳式形而上精神論理構造研究所日報

2011年07月31日(日) ついてる?

最近、ゾロ目への遭遇率が高い。ふと、時計をみたりすると、1:11だったり、2:22だったり、3:33だったりするのだ。まあ、デジタル表示だからたまたまが記憶にのこっただけという説もあるから、そういうものだろうと思っていた。

それでも、ゾロメ時間への遭遇率が妙に高いにゃーとかおもっていたのだが、ミニストップで、ソフトクリームを買った時にお客様番号が「222」だったので、これはちょっとなんかあるのかもしれないとおもってしまった。

なんせ、ソフトクリームの町番号である。ちょくちょく目にする時間とは違う。そんなに頻繁に買うわけでもないミニストップのソフトクリームでこんなことがおこるということはなにか、あれだ、ゾロメの神的なものに私が祝福されているとかんがえても不自然はあるまい。

で、いまこの祝福されてる状態をいかして、ゾロメパワーをなんとか役に立たせる方法はないかとかんがえてるのだが、これが見事になにもない。ゾロメで勝てるギャンブルとかいわれてもピンとこない。パチンコはちょっと敷居が高いし。宝くじでもかってみようかとおもわないでもないが、それだとゾロメ関係ないしなあ。うーむ。

そんなわけでせっかくのゾロメパワーを無駄遣いする今日この頃なのである。・・・あ、今、ナンバーが「7777」の車が通った(w。



2011年07月26日(火) そんなワケで

移民時代に対応したネオ日本神話をつくってみた。

かつて、世界はパンゲアという一つの大陸と、ムー大陸という大陸でなりたっていました。このムー大陸には現代の文明をも上回る超文明が存在し、それにより人類は繁栄しておりました。

しかし、そんな時代にも終止符がうたれます。ムー大陸が近いうちに海のそこにしずむということが明らかになります。時のムー大陸のムー帝国の王、ラムー(のちにアメノミナカヌシ様とよばれます。)は、ムー大陸をすてることをえらびます。こうしてムー大陸のたみはパンゲアに移住していき、ムー大陸沈没後、パンゲアは分裂し現代の世界の地形が形成されていきます。そう、ムー帝国の血脈は世界中にちらばることになったのです。

ところで、ムー帝国の民のすべてがパンゲアにのがれたわけではありません。超科学の力をつかい、宇宙にのがれることを選択した人たちもいたのです。ラ・ムーの命により技術長官ノアがつくりあげたその巨大宇宙船は「箱船」と呼ばれ当時の地球上の動植物の遺伝サンプルもはこびこまれました。

本来、箱船に移住した者たちは、大陸が安定するまでの数十年間、衛星軌道上で冷凍睡眠をとるつもりでした。しかし、冷凍睡眠装置が故障したため、かれらの冷凍睡眠は永遠ともいえる時間に達してしまいました。彼等が事故から目覚めたときには、時間が流れ、大陸の形まで変わってしまっていました。

そして、地上の偵察にノアがでむき、詳細な報告をラ・ムーに送ってきました。それによると、冷凍睡眠より多くの時間が流れたこと、大陸は分裂を繰り返し現在のカタチになっていること、ラ・ムーの民は世界中ちらばってしまい、もはや集めようがないこと、かつての文明も殆ど残されてはいないことが明らかになりました。ラ・ムーはそれを聞くと、ムー帝国の再興は殆ど難しくなったことを理解し、地上の一部に移住し、徐々に現地に同化していくことを考えるようになります。その第一歩として、ムー帝国を忘れるため、ラ・ムーの名をすて、アメノミナカヌシと名乗るようになり、また、宇宙船は、その大きさから、高天原とよばれるようになりました。ちなみに、地上に降りた技術長官のノアはそのまま地上にのこり、現地の民をひきいるようになります。

さて、ムーの移住先をさがすために地上に降りた調査員は「イザナギ」、「イザナミ」とよばれる夫婦の調査員でした・・・。



・・・よし、いける。記紀神話と古代ムーネタを結びつけるだけで、ここまでできるといは思わんかった。これで、現在で日本に移民したがってるのは、かつてのムー帝国の末裔であるとでっちあげれるわけです。うむ、完璧。これをベースにナショナリズムを醸成すれば、なかなかアレな国ができあがるでしょう。

つーかこの手法ってよくかんがえたら「幸福の●学」の手だよなあ。うーん・・・大川●法おそるべし。



2011年07月21日(木) 新型が必要になるかも、

えー・・・2050年ぐらいには若者と年寄りのバランスからして、日本は移民を受け入れざるをえなくなるそうです。この状況は今から回避は不可能っぽいです。いまさら産めよ増やせよやったところでどうしようないレベル。

こういう状況になったことは、どうしようもないっちゃどうしようもないわな。社会の変化の中で個人個人の選択によってこういう形になったわけで。国家のためとか、社会のために家族つくるって発想もおかしいとおもうし。

そんで、思うんですが、愛国心とかってどうなっちゃうんだろ?日の丸、君が代がどうのこうのなんてニッチな話になっちゃって、何の意味ももたなくなるとおもうんですが。国内に入ってくる移民の皆様にしっかりとした日本国民の自覚と誇りをもってもらい、日本国に定着してもらえるような、間口が広くて、しかも強いナショナリズムが必要になってくると思うんですが。

・・・まあ、一番楽なのはアメリカ方式だよなあ。あそこまで単純すぎても芸がないとおもうんですが。

そう考えると、困ったことに現在愛国心とかいってる方ほど、対応できないんですね、この事態。既存の「愛国心」って、「なんか日本って、やっぱいいよね。」っていうすごく感覚的なものになってしまっていて国外からみるとまったく通じないものになっちゃってるもんなあ。つーか、国内でも、ほとんどのひとは生暖かい目で見てる場合多いし。

これから必要なのは、世界に誇れる新しいネオナショナリズムですよ!そんでもって良質な移民を呼ぶんですよ!保守とかほざいてる皆様の客観性ゼロのオナニー的愛国心ではどうにもならんですよ。

・・・新しいナショナリズムとして・・・とりあえず、神話からつくっていかなきゃいかんかなあ。・・・よし。考えてみるか。



2011年07月13日(水) そりゃしょうがない

図書館革命の文庫版の最後に収録されている、有川浩×児玉清の対談で

「時代小説の新人賞に応募される作品の多くは、いらない蘊蓄をつめこみすぎて、知識の発表会みたいになってしまってる。いらない材料を捨てる作業がまったくできてない。」

・・・みたいなくだりがあったんですが・・・仕方ないよなあ。特に時代小説じゃ。

ジャンル的にどうしても必要ってのもあるけど、もう一個問題があって、時代小説ってどうしても司馬遼太郎の影響が大きいとおもうけど、あれが完全なウンチク型なのよね。あれが大家となってるいじょう、応募者にうんちく型がおおくなるのは必然なんだよなあ。

坂の上の雲なんか、すごいもんな、本編が半分以上入ってないぐらいだもん。ちょっとした脇役にまで先祖がどうのといちいち解説されては、よみすすめにくいったらないんだ、もう。

そういう意味で、時代小説で圧倒的にうまいのはやっぱ、浅田次郎かなあ。「中原の虹」とかすごいもん。「あ、こいつしらん」ってのが出てきても次の章ぐらいですぐに「あ、こいつとこういう関係なのか」ってすぐにわかるのがね。そういう意味であの作品は神がかった読みやすさがあるとおもったりおもわなかったり。



2011年07月05日(火) 個人的に

今回最大の突っ込みどころ

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

チームドラゴン(笑)て・・・

とりあえず、60歳に許されるセンスじゃねえよな。

このダサさは致命傷ですよ。あなた。

というか、復興という国家の重要な事業に携わるチームに自分の名前からとったクソださい名前をつけてた時点で終わっとるような。すばらしきかな松本龍。

「無能な私をのぞいた、チームドラゴンは優秀ですので。」

まず、その名を呼ぶのを勘弁してあげて(w

まったく、最近の年寄りは!(w

最近の年寄りは!(w



2011年07月02日(土) どっちのライン?

地元のショッピングセンターに入っていた、ハンバーグ系ファミレスチェーンが撤退したという話を聞いた。さもありなんと思う。以前、一度入ったことがあるが、料理の質や値段はともかくとして、もう一度行きたいとは思わなかった。

なぜなら、店の入り口に貼ってある入店の注意書きが何条もあってそれをみるだけでおなかいっぱいになってしまったからだ。いわく、「着席してもご注文を頂けないお客様は退店していただきます。」「浮浪者のような格好のお客様はご遠慮ください。」等々。そんな無茶な要求ではないが、そういう文言を何カ条もみせられては、こっちが微妙に委縮してしまう。

わざわざ、外食にいって、そんな微妙にいやな思いをしなければいかんのだといらついていたら、しばらくして撤退ということで。まあ、すくなくともここら辺の土地にはあわないチェーンだったんだなあと思っちまうわけで。でも結構大きいチェーンだから、他の地域、または他の国ではあのスタイルで受け入れらるのかもしれない。

しかし、日本の場合、一流の店というのは、客の格好で差別をしないというのが一つの美学であるという話を聞いたことがある。それこそ、ホームレスの格好でも大事な客としてあつかうらしい。そう考えると、ドレスコードとか、ジャケット着用みたいな客側に一定のハードルを越えることをようきゅうするのはむしろ西洋系の発想になるわけか。

日本の茶室のにじり口とかは、むしろ逆に強制的にハードルを下げさせている行為ともいえるわけで。どんな身分でも、亭主にとっては等しい身分の客として扱うわけか。そういや、60〜90年代ぐらいの日本が一番理想の社会主義社会に近いといわれていたけど、そういう平等の発想がでたのももしかしたら日本に伝統的にそういう平等の概念を受け入れる素地があったからかもしれない。

まあ、日本的な客商売精神って徹底されるとかっこいいわな。儲からんかもしれんけど。


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