えー 巨大温泉旅館での朝はまったりです。
私は一人で露天風呂へ 夫と息子は大浴場へ入ったのち 朝食バイキングで朝食らしい朝食をたいらげ
窓から見える圧倒的な緑に心癒されるのでありました。
・・・ってのんびり癒されてる場合じゃありません。
さー、帰りの用意ですよ皆さん!
といっても用意することが一番多いのは私だけであります。 化けて化けて髪をまとめて 運転手は私、息子と夫はラブラブで後部座席。
この一年、すっかりこの構図が馴染んでしまった我が家です。 おかげで私の肩こりもより一層慢性化しまくりなんですが いいんですよ、別居中の息子と夫の絆を深める為ならば 四十路はたとえ頭痛腰痛肩こりでも あなた方に不自由な思いはさせませぬ。
ナビ様にお伺いをたてて一路秋月へ。 何しに秋月へ?
水汲み&花見&昼食ですがな〜旦那〜。
丁度秋月の杉ノ馬場は桜がこれまた見事に咲いていて やっぱこの季節がいちばんいいわなーと感じまくりであります。
見事な桜並木。暗くてスマソ
途中で酒の試飲会なんかもやってましたが えーえ、もちろん運転しない夫が堪能してましたよ。 私は横で匂いだけ嗅ぎまくり 飢えたオオカミのような顔になっていたに違いないに5000ペセタ。
昼食は杉ノ馬場入り口の橋の下に降りていくところが前から気になっていたので、そちらに潜入してみました。
が。
・・・ぶっちゃけイマイチですな。
おとなしく御蕎麦ちきたに行っとけばよかった...orz
でも、店からみる外の景色は良いです。川が近くて。ええ。
というわけで 春休みの旅はこれでおわり。
次は絶対 次は絶対部屋数の少ない宿に行くからねっっ!!! 息子よ、もうお前に選択権はない。
2007年03月29日(木) |
なんでまたこんなとこに・・・。 |
せっかくの春休みに 巨大温泉旅館ですよ。
何が悲しくてまた。
・・・(´Д⊂
息子が「どーしてもあの大きなお風呂のあるところに行きたいんだよ」と言うので、こんなところに決まってしまったわけです。
短い春休みに計画した たった一度の温泉旅行が 部屋から風呂まで異様に遠く果てしない巨大温泉旅館一泊だなんて。
・・・かあちゃん侘びしくって涙がでらあ。
しかも黒豚しゃぶしゃぶ料理で頼んでいた黒豚は 夫の分も私の分も ほとんど息子に喰われちまいましたよ。
大浴場に行ったとき 私が先にあがったので 休憩所でひとり待っていると
あとからあとからぞろぞろやってきたのは 関西からのツアーのおばちゃんの団体様らしく
飛び交う関西弁 飛び交うボケ&ツッコミ 飛び交う「かなわんわー!」
関西のおばちゃんってなんでみんなして芸人気質なんでしょうか。
大浴場の入り口のどこでスリッパを脱いだらいいかわらずそのまま上がろうとしたおばちゃんが、相方のおばちゃんにつっこまれたらボケ返し
シューズロッカーに貴重品を入れようとして、相方のおばちゃんにつっこまれたらボケ返してまたツッこまれて大笑い。
係りのおばちゃんに「赤いのれんが女性、青いのれんが男性です」と教えられれば、のれんをくぐるまでえんえんと「赤が女性、青が男性」と繰り返し呟きまくっているおばちゃん2人組とか
「珍道中やわ!かなわんなー!イヤーッアハハハハ!!!」とハイテンションに叫び笑いを続けながら歩いていくおばちゃんたちとか。
「あっ、マッサージ機あるわ。帰りにしていこか。あっ、お金いるんやんか。やめとこやめとこ」と、ありがちな会話をしているおばちゃんたちとか。
・・・なんかいいですな。おばちゃんて。
私もこの世界に片足つっこんだ身であります。 おばちゃんの奥義を究めるべく、研究をしておこうと思った春でした。
いや それよりなにより 次は絶対息子に「温泉旅館どこに行きたい?」と聞くのは金輪際やめます。 ええ。
私は露天付き離れの落ち着いた温泉宿が好きなんです。 こんなに賑やかで騒がしいのは もっとババアになってからで結構です。はい。
春休みですよおっかさん。
息子は先週末から春休みに突入し 成績表も前期よりしっかりアップしたので25日はご褒美にニンテンドーDSソフトを購入。
26日からは彼の友人たち数人と以前から約束していたキャンプ(一泊二日)に参加して昨日帰宅したわけですが(当然親は参加しなくて良い某施設のイベント。アウトドア苦手な母にお勧め)、その翌日にはこうして幼児教室時代のお友達&ママ友達と遊園地にきているわけですよ。いやいや春休みってのは忙しいもんです。
遊園地といっても絶叫マシンのひとつもない、お子さま向けの遊園地でありまして、チューリップが咲き乱れて非常に綺麗でありました。 おまけに今日はとてつもなく天気がよく、午前中にはそれほど咲いていなかった桜が、時間を追うごとにどんどん開花しているのがこれまた見事でありまして。
久々に揃った子供たちですが、まだまだ7歳同士。お相手は2人とも女の子ですがさほど違和感もなく楽しそうに走り回って遊んでおりました。まだまだかわいいもんです。
しかし お友達の一人はお嬢だというのにコースター類や絶叫系が全然平気ときました。 息子はというと 遊べるものといえばゴーカードやトランポリンやコイン式のミニカー類で、激しくまわったり、大きくゆれたり、高いところから落下したりするやつは全てダメ。 また 他力本願なモノレール系は良しとしても、自力で走らせるサイクルモノレールは途中で休憩しまくるわ、走れば遅いわで、後ろからお嬢たちに煽られまくる始末。
・・・かあちゃん情けなくって涙がでらぁ。
と、本人には言えないので本人が遠いところにいるときにママたちと大笑いしていた私ですが、少しはいいところを見せたかったのか、初めて自分から高いところから落ちたりあがったりするマシンに乗りたがりました。
といっても子供向けの小さいヤツですが
こんなの。
上のカエルが妙に英語圏顔です。
しかも しかもですよ。
「かーちゃん、一緒に乗ってよ」 ですと。
えーーーーーーーーーーー???
ですが息子が初めて自分からこういうマシンに乗ろうってんですからして せっかく彼に芽生えた男気をくじいてはいけません。
というわけで乗りました。
うひゃー。
まあ たしかに二十歳代の頃は 絶叫マシン大好きだった私ですが
今はすっかり三半規管も弱ってしまった四十路です。 上下左右に翻弄されるだけでメロメロになりかねませんですよ。
子供向けマシンとはいえ 微妙に覚悟して乗り込みました。
ら まあまあまあ
てっぺんまで上がったとおもったら ガクン、ガクン、ガクン! と 少しずつ落下
でもってまたてっぺんまであがって ガクン、ガクン、ガクン!!
・・・なーんだ、全然ショボいじゃん(・∀・)ニヤニヤ
と思ったら 隣に座っている息子の顔が ひきつったまま固まってます。
・・・ダメダメですな。
息子 すっかりカッコ悪い男をさらけ出してしまった遊園地です。
しかも行列嫌いなのまで判明しました。 さすが私の息子です。
というわけで 息子が思春期になって 彼女から遊園地デートに誘われても 彼は絶対
「・・・やだ。」
と言うに5000ペセタ と確信しました。 ククク...
2007年03月25日(日) |
イェイイェイイェイイェイ。 |
四十路が昔、ナイスバディだった頃 旦那はそーとー ベタ惚れだった
・・・今は?ねえねえ今は?
∧_∧ + (0゜・∀・) ワクワクテカテカ (0゜∪ ∪ + と__)__) +
(´-ω-`)...
狸寝入りされました。
愛はどこへいったの?
・・・加護亜依はタバコの煙と共に消えていったらしい。
平成版・高部知子ですな。
肩こりがひどいのでサロンパス貼って寝ます。
では股。
でもね この服 いつか 着るのよ
ナイス バティの 過去の遺産〜
・・・。
捨てられないでいたんです。 過去の栄光がいつまでも 馬鹿な女です 愚かな四十路です
ボン、キュッ、ボン 台無し
わかっているんです わかっているのにいつまでも クローゼットにウエストのくびれまくったワンピースが
ほら 私だってこんなの着てたのよと 今では唯一の生き証人である旦那でさえも聞いちゃいないようなこんな台詞を 心の中でいつまでも つぶやいてはひとり しがみついていたんです
何に?
そう!!!
過去の抜け殻に!!!
そして私は ついに クローゼットの中に住み着いていた亡霊に 別れを告げました。
衣類ケースに入っていたミイラのような過去の亡霊とも 思い切って別れることができました。
私は前に進むべきなのです。 カレン・キングストンも言いました!!!
「必要のないものを処分し滞っているエネルギーの流れを活性化させれば、幸運が舞い込んでくる」と!!!
↑これこれ。
私は不必要ないらないものや自分のエネルギーを吸い取るようなものと決別しなければなりません。 でねえとオラ、いつまでもエネルギーを吸い取られるばかりで 自分のための元気玉をつくることができねぇんだ!
オッス、オラ悟空!四十路は知ってるよな?
・・・というわけで
私は目下スペースクリアリング中であります。
2007年03月21日(水) |
もうお前なんか連れていきたくない。 |
息子が漢字検定と算数検定に合格したので (といっても漢字は一年生レベル、算数は2年生レベル) とりあえず褒美としてDSソフトを購入してあげまして (といってももちろん中古) そのついでにドライブに出かけました。
ヒマヒマしていた友人が遊びに来ていたので 一緒に秋月の杉ノ馬場へ。
・・・まだ桜のサの字も咲いてないのに。
まあ、小京都秋月 中途半端に老けた女が2人と少年が とりあえず小京都気分でも味わおうかと思いましてな。
で、 ひととおりぶらぶらと歩いている間中 息子は先程購入したDSソフトで遊びたくてたまらないらしく 「車にもどろーよー」とブツブツ五月蝿いわけです。
やっぱり小学生男子なんて邪魔なことこのうえない!!!
家に置いてくればよかったと思いつつ 土産物屋をひやかして 私は漬け物2種と柚胡椒、友人は桜の鉢植えを購入。
杉ノ馬場をあとにして、山のほうへと車を走らせ 「だんごあん」へと向かいましたですよ。
ここはなんていいますか 昔々のその昔 峠手前の茶店のような場所だったそうな。
下の駐車場に車を止めて 山道を登ること150m
特に風情のある建物ではありませんが 食券を買う窓口と、川のそばに設えられたテーブル 奥に座敷があって 今日はまだ肌寒いので座敷にあがり いただいてきたわけです、だんご汁。
だんごあんというだけあって だんご汁、串だんごなどもありですが 息子のイチオシは古処鶏串焼き。
数時間前に寿司を食っておきながら 大きな串焼きを一本ぺろりとたいらげ おまけに古処鶏の唐揚げも一皿完食。
私の息子はよく鶏喰う息子だ。
私たちはデカい器に入っただんご汁(だんごが小麦粉でなくて白玉粉みたいなツルンとしただんご)を堪能し まったりと過ごして帰路についたわけでございます。
いやいや、ヘルシーヘルシー。
息子は車に戻るや否や えんえんDSに興じておりましたが
・・・もう連れていくのヤメようかしらんと、本気で思う今日この頃であります。
でも連れていかなかったらいかなかったで、夫にチクるからいけません。
こうやって息子と母親はだんだん距離ができてくるのでありましょうか。 私はとっとと子離れしたいので願ったり叶ったりなんですけど そのくせこの少年、寝るときは未だに私と一緒の布団なんですよ? 小学校一年生のくせして。このマザコン野郎めが。
私がひとり寝できるのは一体いつの日やら。
えー ようやく発熱地獄、微熱地獄から脱し 風呂入ってなかったよなー自分、と思った私は 昨日午後、近所のスパに向かいました。
体を洗ってジャグジーでまったりした後 予約していた韓国式垢すりエステ&マッサージをば。
ここの垢すり、なかなかいいんですよ。 もー、念入りに丹念にあんなとこやらこんなとこまで垢すりまくってくれるんですからして!
あんなとこや!!! こんなことまでですよ!!!←どこやねん
とにかく 指の股から股のキワ、ケツの間まで丁寧にやってくださるから 二泊三日寝たきり四十路はすみからすみまでツルッツル!
垢すりが終わったらフェイシャル&全身アロママッサージ&パンチの効いた蒸しタオルマッサージ攻撃やあれやこれやの75分間です。 もちろんボディシャンプー&洗髪付き。
いやー 前回行ったのってたしか4〜5ヶ月位前だったような。
そうですよ 岩盤浴のほうに浮気しちゃって 久しく垢すりエステ行ってなかったんですなー。
うーん やっぱ月1は一皮剥いてもらわないとだめですかね、老廃物溜まりまくり四十路。
いいですよ垢すり! 全裸で照れるのは最初の3分間だけですんで。ええ!
2007年03月16日(金) |
あーびっくりしたこと。 |
えー 息子の部屋のクローゼットに押し込んだままの 彼が幼児の頃に着用していた衣類等を だーっと10着ばかり箱につめこんで
隣市のリサイクルショップに持ち込みました。
だーっとつめこんだ彼の衣類といっても 全てカステル・バジャック&ミキハウスで どれも1シーズンしか着てないものとか または着ても2〜3度ほどのやつばかりです。
他にもボーネルンドのおもちゃなど(ほとんど無傷で美品)とあわせて お店の人に査定していただきました。
ら。
「えー、2000円ですね」
「え?どれが?」
「・・・すっ、すみません、全部で2000円なんですけど・・・」
・・・・・・・・・・。
( ゚Д゚)ハア?
てなわけで 即座に荷物をまとめさせ 車に運んで頂きました。
あーびっくりした。
というわけで 手間暇かけてちまちまと オークションで売り払います。
・・・てゆーか誰か、うちまで買いに来ない? (´Д⊂
えー 13日の午前中は何も問題なく過ごしていた私が 正午あたりからじわじわと関節に違和感を覚えはじめ 時間を追うごとに悪寒が体をはしり 時計の針が1時を指す頃には もうすっかり病人と化してしまいまして
ここから地獄絵巻の始まりです...
熱をはかると既に38.5 節々だけならまだしも筋肉まで痛み、追い打ちをかけるように頭痛はMAX
も、、、もしかするとインフルエンザですか???
私が倒れるわけにはいかんのです 私が動けなくなるわけにはいかんのです 息子の送り迎えをせねばならんのです
フラフラする頭で家を出たのが午後2時半頃でしょうか 一番近い内科へ行き そのドアを開けようとすると
「午後は三時から」
・・・はあああああ・・・・
車に戻り気絶しようかと思いましたが そんなことでどうする私 たとえ今体温が40度でも 私は病院にいって薬をもらい 息子を迎えにいかねばならないのですからして!!!
気力を振り絞ってナビ様にお伺いをたてました。
北北西に進路をとれ。 750メートル先にクリニック有りと出ました。
沸騰する頭でナビ様の指示通りに進みましたら ありました。
午後の診察が始まったばかりで誰もいない受付に 呼吸も荒く目も虚ろな私はすがりつき 「しょ、しょ、初診なんですが・・・」 と言って保険証を差し出したあと そのまま気が遠くなってモウダメポになりそうでしたが
よくありがちな 「私、熱も高くて頭も廻らない状態なんですけど、そんなに根ほり葉ほり質問しなきゃ診察してもらえないんですか?」ってなことにもならず、症状と薬のアレルギーの有無だけを聞いてすぐに診察室へ通して頂けたとき、私はこのクリニックに神を見ました。そうです、神を。←弱り切っている証拠。
先生は脈をみて一通りの診察をしてくださると インフルエンザだったらまだ検査しても結果が出にくい(症状が出てから時間が早すぎるので)明日の朝インフル確定検査においでと言うと、解熱鎮痛剤と漢方薬を処方してくださり。
そっ、そうだったのか ここは漢方薬をメインに処方してくださる医院だったのかと 私は偶然の中にまたもや神を見たのでありました。←弱ってきた弱ってきた。
解熱鎮痛剤を飲んで息子を迎えにいき その後の記憶はほとんどありません。
ただただウンウン唸りながらひたすら寝ていたんですけれども それでも明日の朝は息子を学校に送らねばとの一心で 朝だけでも熱よ下がれと思えばその通りになるもので
翌朝14日は37.5まで下がり 息子を学校へ送ったのち、病院へいってインフルエンザの検査をしてもらいましたが
なんてラッキーなことでしょう。 インフルではありませんでした。勝訴です。逆転勝訴です。
といっても 先週、息子が風邪をひいていたので それをもらったに違いありませんが あまりの節々の痛みがひどいので こりゃーブームのインフルかとおもったんですけども
・・・単に歳のせいですかね...orz
先生からもう一種類別の漢方薬を処方していただき 「ゆっくり寝てるようにね」と言われ とにかく送迎以外はひたすら寝ておりました。
帰宅するととたんに熱は38.5度まであがり 送迎のときは37度台になる私の熱。 不思議なものです。人間なんて土壇場になればどうにでもなるもんであります。
14日の夜が山でした。 夜中にこれでもかというほど汗をどーっとかきまくり 汗で濡れまくったパジャマの気持ち悪さに目覚め 着替えて寝直したところでずいぶんと体が楽になり
今日の朝は頭痛が残っているものの 体の痛みは消えておりました。
人間、症状が軽くなればゲンキンなもので いきなりスタミナをつけたくなるものです。
熱が出ている間は葛湯以外ほとんど何も口にしていなかったので 今日の昼から豚丼です。
ご飯は少し、豚たっぷり。
喰ったら生気を取り戻した感じです。
嗚呼...
やっぱり肉だわ。
喰ったら元気も出てきました。 こーなったらこっちのもんです。
で ふと思いました。
熱出した日が私の記憶の中では ものすごい前の出来事のような気がするんですよ。
こうやって書いて、あらためて「なーんだ、13日の午後からだったっけ」と思いましたが、私の中ではもっと以前から寝込んでいた気分です。
本当ですか? 本当に今日は2007年3月15日ですか?
まさか 3007年じゃありませんよね?
・・・この三日間は遠い夢の中の出来事のようでした。
私、生きてますよね? 死んでませんよね??? これって現実世界ですよね????????←結構脳味噌やられたっぽい。
子供から もらった風邪は なぜ重い。
インフルエンザでなかったことだけが、せめてもの救いです。
と 病床からケータイでコレを書いている私は、やっと微熱四十路です。
薬局のおじちゃんがものすごく優しいので、人生まだまだ捨てたもんじゃないなと思いました。きっと弱ってるからそんな細やかな相手の気遣いに涙がでそうになるんでしょうか、それとも歳のせいでしょうか。
ただの風邪ですが、頭痛と関節痛がひどいです。 どちら様もお気をつけくださいまし。 特に子供の咳をまともにくらったらすぐうがいに走りましょう…(´Д⊂
2007年03月11日(日) |
地鶏そば( ゚Д゚)ウマーッ! |
今日はまたまた久々に 夫と2人きりで出かけました。
秋月に水汲みにいったついでに 御蕎麦ちきたで 地鶏つけ汁蕎麦をいただいてきたんですが
・・・うひゃー!!! ( ゚Д゚)ウマイジャナイカーッ!!!
なんですよーv
小さな鉄鍋に地鶏と長葱が入ったつけ汁が 固形燃料でグツグツ煮立っている中に 盛り蕎麦をつけていただくわけなんですが 添えられた柚胡椒がまた風味が良くて 食べ進めるほどにうまさが五臓六腑に染み渡るわけですよ。
うまー...(しみじみ)
で 蕎麦を食べ終えたあとは 残ったつけ汁で雑炊ときました。
追加料金250円でおねーさんがご飯入れて固形燃料追加して 地鶏の綺麗なオレンジ色の卵もってきてくれるんですねー。
もー、待ってる間もワクワクでしたが 出来上がって葱ちらして口に運んだときの
はあ〜♪
ってな嘆息ったら...
本気で幸せでしたよー。
窓から見える景色も自然いっぱいでまったりしてて なんともいえない癒しの一時でありました。
子供がいたらこんなふうにゆったり楽しめないのよね...
久しぶりにデート気分満喫して幸せたっぷりになりました。
嗚呼、、、
やっぱ専業主婦良いわ!!!←単純バカ
久々に友人と居酒屋で飲みつつふと思いました。
なんてゆーか 自分を再構築したいなと。
何を一体再構築?
脳味噌、ですかね。
わけのわからないことがしたいんだけど 息子の母なので 夫の妻なので わけのわからないことをしたら 夫や息子に迷惑がかかるんですよね。
わけのわからないことっていっても 私の場合は「仕事がしたい」ってだけなんですけど 仕事ってのも以前のようなおカタいもんばっか書くんでなくて なんていうか すちゃらかぱーだけどグッとくるような そんなのを書いて仕事にしたいだけなんですが
やっぱりねーーー 息子の母なので ○○くんのママがあんなこと書いてるなんて バレちゃった日にゃーいかんわけで
わりかし悶々としているここ一年なわけで。
ここで書いてるやつだって そーとーセーブして書いてるよなって自分でも思うんですよ。
時間ができたからそんなこと考えるんだろなーって思いつつ だけど息子が大学行くまでは足引っ張るような真似できんよなと グッと我慢の大五郎なわけですよ。
私の中の私!!! せめてあと五年は我慢しろ!!!
てゆーか まだ息子が私のこと必要とする間は 生産者の責任において 彼に淋しい思いはさせまいと 自分にいいきかせている私です。
書けなくなるのが恐いと思いつつ でも書くことなんて自慰と一緒 自分で好きにやってれば保てるかなと 思ったりなんかした花粉症の目がショボつく春の夜であります。
・・・?な内容でスミマセン
2007年03月08日(木) |
ささやかなストレス。 |
えー 私はどっちかっていうと 肉料理の好きな高コレステロール人間ですが 夫、息子 そして 現在同居している私の両親は どっかっていうと 魚派です。
私も魚は好きですよ。 ただ、趣向の順位が
果物<穀物<野菜<魚介類<肉
・・・ってだけなんです。もーもー。
で 完璧に海幸彦だらけの我が家において ひとり、山幸彦の私は孤軍奮闘ですが メニューはどうしてもメインが魚介類で副菜が野菜、デザートに果物ということになるわけです。
そして今夜も 皆がアジの刺身に舌鼓をうっているその横で ひとり密かに明日のお昼には豚の角煮を喰ってやると思っている私。
ああ中華が喰いたい モツ鍋喰いたい フォアグラ喰いたい ステーキ喰いたい 豚しゃぶ喰いたい...
これまでなら車で気軽に行ける範囲に美味なるお店がたくさんあった環境から、今では車でどこまでいっても居酒屋か隠れ家的フレンチなんて一風変わった人が脱サラでやってるのかよってな店しかなくて悲しくて悲しくて父ちゃん涙がでらあって感じなのであります。
最低月1は博多でご飯たべよっと...( ´-`)
2007年03月07日(水) |
今更リベンジしたいもの。 |
その1 【アメリカン・クラッカー】
これこれっ
これが流行ったのは 私がまだ小学校入学前。
もちろん我が家にもありましたが 私にデキるはずもなく カチカチ まではできても その先をやろうとして 何度顔面や腕にあのカタいボールをぶつけまくったことでしょう。
今ならきっと上手にできるはず・・・ と ひそかに思っていたりする私はわりかし粘着四十路。
その2 【地球ゴマ】
これこれっ
これも私が幼児の頃にブームになり 当然のように我が家にもあったわけだが 細い何かの上で廻すなんてできっこないまま いつしか廃棄されてしまった 遺恨の一品であります。
その3 【ホッピング】
これは小学生の頃に流行った気がしますが 我が家にはありませんでした。 友達が持っていたので させてもらった覚えがありますが 2回以上まもとにホップすることができず あっさり挫折した覚えがあります。
息子が通っていた幼稚園にこれが何台かあり 女の子はよくこれで遊んでいたようでも 男の子が遊んでいるのはあまり見かけませんでした。
これを見ると今でも少し 密かな闘志を燃やしてしまう四十路です。
子供の頃に出来なかったこととか 欲しかったのに手に入れられなかったものが 大人になって無性に欲しくなったりチャレンジしたくなったりすることってありません?私だけ?ねえねえ私だけ?こんなに粘着なのって私だけなんですか???
いや たしか友達も 自分に女の子が生まれたのをいいことに 子供頃欲しくて欲しくてたまらなかったシルバニアファミリーを
こいつら。
(子供のために)という名目で山のように買いそろえているらしく 子供は見向きもしないのに ひとり壮大なシルバニア王国を築き上げている模様。
そう みんなこうやって 幼い頃に「したくてもできなかったこと」「欲しくても手にいれることができなかったもの」に対し 大人になって密かにリベンジしたりするんでしょう。
私?
思うだけで買いませんよ、ホッピングなんて〜(´∇`)
・・・アメリカン・クラッカーは買いますけど何か?
我が家の道向こうの家に空き巣が入ったそうです。
奥さん、しかも真っ昼間ですってよ。
買い物に出かけた小一時間の間なんですって。 恐いですねえ。
いやいや ホントに物騒な世の中です。
空き巣に入られたお家は生け垣が高く 庭に誰かがいても隣近所からはまったく見えない状態だったんですよ。 で、庭に面したサンルーフのガラスを切って侵入されたとか。
その日は我が家も斜め向かいの家も在宅だったんですが へんな気配なんてまったく感じることなく なんてことない一日だったのに。
で、さっそく翌日には植木屋さんを呼んで生け垣をバッサリと短く刈り込んでもらっていました。 でも気持ち悪いことでしょうよ。家の中に侵入されたなんて考えただけで(´Д⊂
身近でこんなことが起きると 防犯対策って大事だよなーと思い知らされるわけですが 我が家はセンサーがあちこちついており 夜に敷地内に誰かが入ろうものなら電気が光るは音は鳴るわで大変です。 センサーの前を野良猫が通っただけでも反応するので迷惑至極。
窓を動かしても鳴るやつを付けてるのでこれもまた大変です。 うっかり解除し忘れて開けたり振動させようものなら キャーッ!!!ってな感じなわけでありますよ。 もちろん家財保険(空き巣などの被害もカバーされたやつ)にも入っておくのは基本の基本。
皆様も御家庭のセキュリティは今一度チェックし直してみてくださいまし。
「いつもいっしょにいてくれてありがとう」 というタイトルの作文を 息子が書いてくれました。
過日行われた授業参観で読んでくれたんですが 要約すると
・いつも一緒に勉強してくれてありがとう ・お母さんとの勉強は僕にとってすごい力になっています ・これからも難しい勉強にチャレンジしてもっと頭が良くなるように頑張ります ・だけどまだ未熟なのでこれからも力を貸してください
といった内容が、ちょうど原稿用紙一枚(といってもマス目はありませんがあのサイズの用紙)に程度にまとめてある感じです。
ここまでたどり着くのに、きっと原稿10枚くらいは書き直ししてきたんだろうなと思いつつも、まあ盛り込まれたエピソードは少ないながら一つのテーマに絞ってまとまっているような気がしております。
と 自分の子供のときは分析したり、発表の姿勢や声の大きさなどをチェックしてしまいがちになり、感動することもなかったわけですが 他のお子さまがお母様を前に読んでいるときは感動モノでしたね。
と言っても私のことです 単純に感動するだけでは終わりませんですよ。 私は子供達の作文にある傾向をみつけました。
女の子はこの作文で母親に対して「ごめんなさい」というフレーズや「お母さんのように」をよく使っており、男の子は自分が学校生活の中で頑張ったことを強調してそこに母への感謝を入れている傾向が多い、と。
面白いですね。
また、女の子のほうが母親のことをよく観察しており「いつもは××だけど」というふうに日常を暴露する傾向にもある模様。
男の子で母親の日常を暴露する内容を作文に盛り込んだ子はほとんどいませんでしたね。これも男の処世術が本能として備わっている証拠ということでしょうか。
ですが 女の子の作文で涙する母が多かったのも事実です。 というのも、この暴露を盛り込みながら「だけどお母さんは忙しくて〜・・・私は何もできずに(お手伝いできずに)ゴメンナサイ」という方向へ持っていっているので、母親的には「この子は私をわかってくれている」という感情になり、結果的に感動することになるわけです。
恐るべし、女子。 こんな小さくても本能的に相手の感情を操作する術を知っているとは!!!
いやいや それにしても作文はその御家庭が見えるというか、親子の関わりや子供の求めているもの等が見え隠れしていて面白いものです。
息子の作文なんてそうでしょ? ウチは孟母丸出しですからしてw
2007年03月04日(日) |
やはりスケート靴は25.0 |
今日も息子と母とスケートに行きました。 今度はリベンジです。 何の?一体何のリベンジなんですか?
・・・スケート靴ですよ!!!他に何があるってんですか!!!(´Д⊂
私の靴は24.5なんです。 だから だから!!!
スケート靴だって24.5でもいいじゃないですか!
さあ 薄い靴下を履いて出かけますよ!←本当はダメです
そして私は 私は私は 「24.5お願いします」 と言いました。
ドキドキ...
シンデレラの意地悪な姉の気分10000%
はっ、はけたわよぅっ!!!
強引につっこんだ足は痛くて痛くてたまりません。 それでも平気な顔してリンクに出ました。 滑りました。
滑りながら私の脳内に流れた曲はもちろん 嶋大輔の「男の勲章」でしょうよ。
泣きたくなるよなツライ時もあるけど いつも四十路は頑張ってきた 足の痛さに25欲しくなるけど 歯を食いしばり耐えてみた
二十歳の頃 大丸靴売り場で 店員のババアに 「24.5なんてありません」と 言われた悔しさ忘れちゃいないぜ
ツッぱることが四十路の たった一つの勲章だって この胸に信じて生きてきた
.....orz
もうだめです。 足が痛くてこれ以上滑ることが出来ません。 挫折です。敗北です。屈辱です。
「あのー、25.0にかえてください」
25のスケート靴を履きながら 私の脳裏には作詞作曲中島みゆきなこの歌が流れはじめるのであります。
・・・ あきらめました スケート靴は もう 25しか 履けない
向かいのベンチの どっかのオヤジと 同じサイズで 悲しい
四十路は四十路 二十歳やギャルや ましてや独身でもあるまい いまさら照れる かわいいキャラ設定には はじめから してない
私に合う パンプス類は おかま御用達の店にしかないけれど
居直りました スケート靴は 和田アキ子サイズ
・・・かもめはかもめです。
今年のスケートはこれが最後ねと 顔ひくつかせ四十路つぶやく。
日本人の足よ、もっと巨大化せよ!!!!!!
2007年03月03日(土) |
お別れの季節ですなあ。 |
3月になると ラジオからは卒業式に関連した曲がよく流れ 卒業式終えたような人たちと出くわしたりと
ああ お別れの季節なのねとしみじみ思う私であります。
そういえば 私(昭和41年丙午睦月生まれ)の卒業式では 小学校の時が「今日の日はさようなら」←メロディが流れるのでご用心 中学では「巣立ちの歌」でした。
高校はシンプルに「仰げば尊し」でしたが 私はこの仰げば尊しが一番好きでしたね。
もちろんその時代に経験したこと、気持ち、出会いなどがそう思わせたんてしょうけれども なんていうか 練習しなければ歌えない歌を 卒業式の為に練習していた時点で私は気分的に萎えていたのかもしれませんが。
で 最近は 「旅立ちの日に」という歌が 定番になってきているとのことです。
私はこの曲を歌っている卒業式にまだ出逢ったことがありませんが 息子の卒業式でいつか出逢うのでしょうか。
他人が歌うこの歌には 私は感情移入ができませんが きっと息子が歌うのならば その友達が歌うのならば 感動するんだろうなと
ふと思ったりする 別れの季節であります。
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