某突起名の人生つぶやき日記

某突起名の独り言。
あくまで独り言ですので・・・まぁ、お気になさらず。

2006年07月19日(水) 首吊り。











タイトルはここのところ軍用ロープを車に積んで、

首を吊れる場所を探す夜が続いたところから。





そんな事はどうでも良くて、本日、精神科の通院日。

なんというか、障害年金の手続きの為に前の通院日から

今日まで散々駈けずり回っていて疲労していたというのもあるし、

何故か何をしてもイライラするし、何故か何を考えても絶望的展望に傾くしで、

『もうこのまま母親に食い潰されて萎れていく人生なら今のうちに

散った方がマシだ。』という考えが夜になるにつれて色濃く出てきて

夜な夜な軍用ロープを車に積んで、首を吊れそうな廃屋・廃倉庫を

探して歩く夜が続いた話をカウンセラー氏にも主治医にもしたところ、

カウンセラー氏からは「これからは絶対にお母様からは自立していく

将来なので悲観しないで、今は本当に辛いと思うけれど、なんとか自制心を

利かせて踏ん張って。どうしてもダメなら応急措置的に入院するという手も

あるので、今度からそういう状態に陥ったらなるべく早く来院して。」との

コメント。主治医からは「おそらく今は障害年金の事で右往左往していて

休む暇がない上に睡眠の質が最悪なので疲労からそういう状態に陥ると思うので、

薬をとりあえず増量します。睡眠薬にハルシオンを足してメイラックスも

2mg錠に変更します。眠れない時の頓服も今までのセルシンに加えて

デパスを入れます。これで多分ぐっすり眠れると思うけれど、

どうしてもダメな時は我慢しないで早く来てください。いつも言ってるけど、

我慢しすぎなので万が一という事があるので。」と念押しされた。





薬が増えた事への焦燥感よりも、

これで自分も少しは眠れるかもしれないという安心感の方が強かった。





障害年金の方は前回の通院の時に貰った主治医の診断書を元に

自分で書いた申立書の内容に不味いところがないかケースワーカー室に

確認してもらいに行った。いつものワーカーさんは居なかったが、

その場にいた経験の長そうなワーカーさんが一通り目を通してくれて、

「これといって不味そうな部分はないし、精神的にも肉体的にも

辛かった感じがよく表れていていい」との事。





「障害年金が通るかどうか心配で心配で・・・。」というコメントに対しては、

主治医曰く「三級は取れると思うよ。(←だって僕がそういう風に

書いたんだもん。と言いたそう。)」との力強いお言葉。

100%安心できたわけではないが、「落ちたら落ちたで何回でも

(診断書を)書いてあげますから、その時は再申請しましょう。」と言われて、

そうか、次があるんだ、と思えて少し気が楽になった。





・・・と、ここで「障害年金の申請に必要なもの」というリストを

確認したところ、戸籍謄本が必要な事がすっかり頭から抜け落ちてしまって

いたので、病院をあとに車を走らせて市役所まで。これはすんなり

取得できたので、あとはもう落ち度はないハズ。





これで来週の水曜日に必要書類を提出して手続きすれば申請は完了。

やっとなんとか終わりが見えてきた感じ。





本日もスタバでハチミツたっぷりのチョコレートチャンクスコーンと

抹茶クリームフラペチーノを。





その後、何故か母親をリハビリの為に整形外科まで送り迎えするハメに。

途中で高飛車な口の利き方をするのでイライラの虫が沸騰して、

衝突寸前事故までスピードをあげてハンドルを切らないでおいてやったら

大人しくなった。怒らせて怖くなるくらいなら怒らせるような口の利き方を

するなよ、と。本当に母親とは極力距離を取って接しないとダメだと思った。





2006年07月05日(水) 雨の日は吉。











・・・病院の混み具合的には。

メンヘラーというのは大概が雨の日には具合が悪くなってしまって

引き篭もるので、雨の日に病院に行くと空いていて待ち時間がとても短くていい。

この方法の最大の欠点は、自分もメンヘラーなので病院まで行くのが辛い事。





というわけで、本日、精神科の通院日。

今日のカウンセリングでは、今まで核心に触れてこなかった

某突起名の最も古くて最も大きく最も忌まわしいトラウマについて話をした。

記憶のかすれ具合からして2歳かそれくらいの頃の話だったと思う。

虐待児だった某突起名はそれが原因で私は苦痛から逃れようと

自分自身を何人も産み出して、成長してからもどうにか苦痛を癒そうとして

無理矢理自分に更なる苦痛を強いた。父親から、母親から受ける虐待と

モラルハラスメントの数々。そんな話を淡々と話していくうちに

カウンセラー氏の肩が下がって俯きはじめ、カルテを書くペンは完全に止まった。





「壮絶なサバイバルだったと思います。今、こうして普通にお話して

いられるのが奇跡だと思うほど。辛かったね。」そう言われてはじめて

自分が今まで辛かったんだと思った。自然に涙が滲んだ。

そのトラウマのおかげで入浴や自分の身体に触る事や見る事に

禁忌感を植えつけられ、自分を汚れていると感じている某突起名に

カウンセラー氏は何度も「貴女の過ちじゃないのだから、

貴女が自分を汚れていると思う必要はなくて加害者が恥ずべきことなんです。

貴女は何も汚れてなんかいないんです。貴女はずっと被害を受け続けて

きただけなんですから。」と繰り返した。





最終的には両親が私に植えつけた様々な歪みから決別する事、

母親からの金銭的な癒着を断ち切る事を目標にしようというまとめで

話は終わった。今でも思い出すだけで全身が粟立つあの記憶から

いつか抜け出せる事を願って。





診察の方では最近夢見が悪い事、一晩中レム睡眠の中でドリームコントロールを

続けている事でなおさら覚醒状態に近い状態である事、

約3時間おきに完全に目が覚めて時刻を確認する事、そんな状態なので

とても眠った気になどなれず起きるのが辛い事などを話したところ、

睡眠剤を変えようという話になった。

ひさしぶりの薬の変更できちんと身体が思う通りに反応してくれるかどうか

心配だが、とにかく今の状態をなんとかしないと疲労が溜まっていく一方なので

とりあえず試みに応じた。





ダイエットも食事制限をやめて腹筋やストレッチを中心にして、

段差の多い鉄工所でNC旋盤を回す合間に踏み台昇降などをしている話をしたら

「腹筋や踏み台昇降はいいですね。基礎代謝が上がりますから。」と、

主治医も大いに賛成してくれた。





ケースワーカー室に行って障害年金の手続きの話をしてくるのは

診察の会計が終わってからなので、いつも某突起名は靴を履いて

外に出かけるところでやっと「いかんいかん、ワーカー室にいけねば」と

思い直して改めて靴を履き替えて病院の玄関を上がるのだが、

今日もご多分に漏れず、ワーカー室に行くのを思い出したのは靴を履いてからだった。





今日は前主治医のS先生に書いてもらった初診時の診断書の確認と、

現主治医に書いてもらう診断書を渡すだけの用事だった。

今度の水曜には現主治医の診断書も渡せるというので、

後はもうふたつの診断書を見ながら某突起名が申立書を書くだけだ。

申立書には自分の冬のような時代の事を詳細に思い出して書かねばならないので

そこが少し辛いところだが、これで障害年金がもらえると思って頑張ろう。





病院の帰りにはいつものようにスタバでスコーンにエクストラホイップつきで、

ハチミツをたっぷりかけて食べた。泣いた後は甘いものが一番だ。






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