今月から、「ジョジョの奇妙な冒険」第4期が始まった。 1回目の放送は「タモリ倶楽部」空耳アワード後編と重なってしまい、大抵の事は譲ってくれる主人も流石に見逃し難かったようで、 「こっちは土日も仕事、しかも翌朝はいつもより早く出かけなきゃならないけど、シオンは土曜日遅くまで寝ていられるからいいでしょ。ジョジョはリアルタイムで見て、タモリ倶楽部を録画してよ」 と言って来たので、そのようにした。 2回目以降はジョジョ優先で録画しているのでいいとして、今期もオープニングがハズレ……。 クラシックで言うところの現代曲みたいな、音が跳んで調を掴めない感じ。苦手だー。 あと、無理矢理オラオラとか入れなくていいから! そう言えば、第3期のオープニングがどんなだったか覚えていないや。1期と2期のは今でも歌えるのに! 3期は記憶にも残らない駄作だったという事で宜しいか。 今期はそのまま3期の続きなので、絵柄は変わらず。これも残念である。 だから!影を線で表現すると、漫画と違って動くアニメは絵が汚くなるんだってば!何度言えば! そして、ストーリーは続いているのにまたエンディング曲替えるし。 1期2期とイエスだったんだから、今回も3期同様バングルズでいいじゃん! 製作者に視聴者の声は届かないのだろうか。 だったらテレビ局にメールしろよって話だけどさ。 こういうのは、私みたいな原作をちゃんと読んでいないニワカじゃなくて、熱烈なファンが抗議してくれると思うのだ。
と、3期同様がっかりしていたら、何なの今回のエンディングは! オープニングよりいいじゃん!いっそこれがオープニングでいいよ! 強制的に夕食時に鑑賞させられた洋楽好きの主人は、 「どうせなら、曲想もオインゴボインゴ風味にして欲しかった」 と言うが、ごめん、全然知らない……。
テレビから流れて来た、タレントの金持ち自慢を聞いたうちの主人が、 「ケッ」 と吐き捨てるような音を発したので、 「やめなさいよ、それって普通の人には貧乏人の僻みとしか映らないから。どんだけ金持ちが嫌いなの」 と言ったら、こんな答えが返って来た。 「違うよ、金持ちが嫌いなんじゃなくて、お金が嫌いなの!」 そう言えば、この人はそうだった。 常人には理解出来ないが。私もその点においては常人である。 そんな常人の頭に、1つの考えが閃いた。 「そうだ! そんなにお金が嫌いなら、貴方のお金、全部私に頂戴よ。私はお金大好きだよ♪」 「僕の稼ぎはいつも、全部シオンに渡してるじゃん」 そういやそうでした……。
それじゃ足りないの、もっと沢山! とは、流石の私も言えなかった。流石に。
2015年01月28日(水) |
人を殺してみたかった |
昨夏の佐世保女子高生に続いて、今度は名古屋の女子大生が人を殺したそうで。 とは言え出身は宮城県らしいので、名古屋は大迷惑というところか。 高校時代にも同級生に毒を盛って失明させたと言う話が出ているので、これはきちんと捜査しなかった宮城県警にも問題があると思われる。 私立校は評判に関わるから、学校側が表沙汰にしたくなかったのは理解出来るが、隠蔽したら発覚した時に余計面倒な事になると何故判らないかなあ。というか永遠に有耶無耶に出来ると思っていたのか。 勿論、本人以外で一番悪いのは、親である。 子供というのは大きくなるにつれて親に隠し事をするものだが、それでもある程度は把握しておかないと。 子供が小遣いで手斧を買ったり、薬品を集めたりしていたら、何かおかしいと思わないのかね。 佐世保の女子高生もそうだったが、勉強が出来る子だと、人格や道徳心に問題があっても、おかしな点に目を瞑って、周囲は兆候を見逃してしまいがちである。 よくある話で、「おや?」と感じても、まさかね、とスルーしてしまうのが人間の悪いところ。 そしてこういう子供には「命の大切さ」を説いたところで、心には響かない。 だって所詮他人の命。 自分に関係無いのだから、「他人の立場になって考える」なんて、意味が無いのだ。
何がストッパーになるかは人によるだろうが、私の場合は、 ・面倒臭い ・可愛い妹を殺人犯の妹にしたら可哀相 ・一族から殺人者が出たら親戚も可哀相 かなあと思う。(考えてみたら両親は含まれない。自業自得的なものがあるのか) この名大生にも妹がいて、可愛がっていたらしいのに、何故そこまで考えが及ばなんだか。 妹の今後の人生、特に結婚において重大な支障を来たすのになあ。 私だって、今でもチャンスさえあれば人を殺してみたいと思わなくもないが(問題発言キター)、特段の理由無しに「殺したい」という動機だけで殺すのは如何なものかと思うのだ。 やはり虫や動物を殺すのと同じで、正当防衛や復讐(害虫)とか緊急避難(屠殺)など止むを得ない理由が無いと。
あれ? と、兎に角、人殺しはいけませんよという話であった。
2015年01月27日(火) |
安倍もイスラム国も人質も母親も頭おかしい |
この一週間ほど、どこの報道番組を見ていても「人質の解放が最優先」になっていて、それを前提として話を進めているのが不思議でならない。 2人の日本人は、行き先が危険な所だと判っていながら自分の意思で乗り込んだのだから、見捨ててもいいのではないだろうか。 日本の政治家と役人に多大なる迷惑をかけて、国民の血税を注ぎ込んでまで、何が何でも助けなければならない命だとは、私には到底思えないのである。 そうこうしているうちに湯川氏が殺されて、残るはひとりとなった訳だが、他国に借りを作ってまで助ける事は無いだろう。 借りを作れば後々面倒な事になるからだ。 先週金曜日には、後藤母が出て来て記者会見を開いていたが、あんな電波会見ではなく、 「息子が言っていた通り、全て本人の責任です。息子に言いたい。これ以上他人様に迷惑をかける事無く、日本男児として立派に死んで来い!」 とでも言っていたら、彼女の評価は上がったであろうと思う。少なくとも私の中では。
幾ら「全て自分の責任です」と遺言ビデオを残していようが、言質を取ったどー!とは行かないのが大人の世界らしい。 というか、いいトシした大人が、捕まったら自分だけの問題じゃなくなる事もわからずに知人を助けに行っちゃうってのがもうね。 最初にとっつかまった湯川とやらも、考え無しの人だったんだろうなあ。本当に、いいトシして……としか思えない。 男というのは「自分にも何か出来るかも知れない、やってみないとわからない」というのが好きなのかね。そこに浪漫を感じるのかね。 或いは友情とか? 家族そっちのけで危険を冒して友達を助けに行く俺かっけー!みたいな。 普通にアホかと思いますわ。死んだ人(或いは死に直面している人)を悪く言ったらアカンと言うのが日本の常識らしいけど、私の思考は日本人のそれじゃないから(寧ろ人かどうかも怪しい)。
あと、安倍総理は悪くないと言ってる人もいるらしいが、湯川がとらまえられていると知っていながら 「ISIL(イスラム国)と戦う周辺各国に総額で2億ドル程度、支援をお約束します」 と宣言した安倍が引き金を引いたとしか思えん。 なんでわざわざ「ISILと戦う周辺各国に」と言っちゃったかね。日本は一歩引いてりゃいいのに、自ら戦いに巻き込まれたいのか。 巻き込まれたいんだろうな。安倍は戦争したがっているとしか思えん。戦争になったって、自分は大将だから傷付かなくて済むもんな。 つーか、外国にくれてやる200億円があるなら、その分国内に回せよ。まず国内の人道支援をしろよ。なんで借金してまで外国に援助せにゃならんのだ。 色々と腹が立って仕方無い。 みんな死ねばいいのに。
録画した「LAW & ORDER:クリミナル・インテント」を観ていたら、こんな台詞が出て来た。 「妻には2種類が存在する。血統書付きと雑種。お前は雑種だ!」 なので、主人に訊いてみた。 「私はどっち? 血統書付きの妻? それとも雑種?」
「シオンはねえ……新種」
……何それ。 「ええと、新種って、何だかウィルスみたいに聞こえるんだけど」 「そうだね。或いは耐性菌みたいな」 どんな抗生物質も効かない最強の菌という事か、それとも単に厄介者という意味か、 どっちにしても、褒め言葉でない事だけは何となくわかった。
2015年01月12日(月) |
NHK「知られざる“コミケ”の世界」 |
本日18時10分から、NHKで「知られざる“コミケ”の世界」という、ドキュメンタリー番組を見た。 夕食の支度をしていた主人も、思わず手を止めて一緒に見入ってしまうほど、なんと言うか「異世界」であった。 年に2回開催されるオタク達の非日常空間の様子を見て、主人は 「一見開放された、巨大な閉鎖空間」 と評していた。 「いい歳をした大人にとっては、大学の学祭の延長なのかね」 とも。 うわあ……と思うところもあったが、まあ、参加者も主催者も、誰かに迷惑かける事無く幸せになるのだから、それはそれで良いのだろう。 これは参加者全員の悪意を排除しなければ成立しない。まさしく自治の世界である。 そんなイベントが40年も続いているのは、凄い事だと思う。
私も一歩間違えば、あちらの世界にどっぷり漬かってしまっていたかも知れない。 それならそれで楽しかったのだろうが、そうならなくて良かったと思った。基本面倒臭がりなので。
昨年末の日清食品やペヤングに続いて、今度はマクドナルドと、異物混入が話題になっている。 私は食品関連で働いた事は無いが、正直言って、異物混入はある程度は仕方無い事なのだと思う。 以前にも書いたが、干し芋にビニール、惣菜に髪の毛、レストランでの料理にもビニール、スーパーで買った味付け肉に塩ビ或いはプラスチック片と、思い出せるだけでもここ10年ほどで、ざっとこれだけの異物混入被害に遭った事がある。 宝籤にはちっとも当たらないのに、こんなんばっかり当たるよ!!キィィィイ〜!!
それでもこの私が、訴えてやる!とならなかったのは、相手の対応が誠実だったからである。 日清に関しては知らないが、今回騒動になったマクドナルドもペヤングも、私が目にした記事によると、最初の対応を誤ったがために、被害者の怒りの火に油を注いだのではないかと思われる。 ペヤングの担当者は被害者に対して当該ツイートの削除を「お互いのため」として要求し、歯入りポテトを販売したマクドナルドの店長は、殆ど手付かずだったセットの返金もせずに、無料券1枚を被害者宅に持参したと言う話である。そりゃブチ切れるわ。 勿論、世の中には、企業に難癖をつけて小金をせしめようと言う悪い人間も存在するので、企業もクレームの全てをハイそうですかと受け入れる訳に行かないのは理解出来る。 しかし最初から相手を疑ってかかれば、もし自分達に非があった場合、今時は特にネットで悪事千里を走るのだから、あっという間に評判を落とす危険性を考慮して、企業側は慎重に対応すべきであろう。
今時は赤ん坊の離乳食すらレトルト食品が出回っており、それにも虫が混入していたというニュースを聞いて、やっぱり口に入る物は、自分で材料を選んで自力で調理するのが一番確実なのだなと思った次第である。 でもお料理キライ。
わうわうで一挙放送された「魔法少女まどか☆マギカ」の録画を、漸く観終わった。 これは確かに、評判になるだけの事はある。 最初は絵が可愛過ぎて馴染めず、うじうじイジイジしっ放しの主人公に苛々したが、最後にはこの私が感動で涙するほど、素晴らしい出来であった。 一応タイトル通り、まどかが主人公らしいが、これって実は、ほむらちゃんの成長物語だよね? 話が進むに連れてどんどん重くなり、連続で見るのがしんどくなって、 「重くて心に負担がかかったから、別の録画を観ていい?」 とクリミナル・インテントを再生しようとして、アニメより犯罪ドラマの方が軽いのかよ!と主人に突っ込みを入れられる事もあったが、観終わった時にはその苦しみも全て洗い流されるような一抹の清涼感を味わう事が出来た。 そして、今時のアニメにしては、テーマ曲も素晴らしい。 主人に言わせるとエンディングの方が優れているらしいが、私はオープニングも好きである。 また、ネットで目にする「ソウルジェム」や「全ての魔法少女を、生まれる前に消し去りたい」などの言い回しは、これが出典であったのか、と勉強にもなった。
という訳で、今更だが、「ボクと契約して魔法少女になってよ!」が私のブームである。 しかしこの台詞を使える相手は主人だけなので、 「ボクと契約して、魔法初老になってよ!」 と、何とも真の抜けた台詞になってしまう。 そしてよく考えれば、主人は既に料理という魔法を使えるのであった。 料理キライ。
おフランスでテロ発生。 ムハンマドの諷刺画に怒ったイスラム過激派が、それを掲載した新聞社を襲撃したそうな。
なんだかなーと思うのが、この件に関してマスコミはこぞって「表現の自由」を標榜しているが、同じ事を個人がやったら、途端にヘイト・スピーチ扱いするんだよね?という事である。 また、フランスの諷刺画と言えば、フクシマを揶揄したものが記憶に新しい。 私の記憶によれば、あの時日本のマスコミは物凄い勢いで非難していた筈だが、フクシマをネタにするのは許さないくせに、イスラム教の教祖ならいじってもOKなのか? これには酷い矛盾を感じる。
この件について訊いてみたところ、うちの主人は、天皇や国家元首や教祖など、特定の人々にとって大切な存在に関しては、それによって怒り狂う信奉者や傷付く人がいるのだから、軽々しく揶揄すべきではないと言う。 しかし私は反対だ。 どんな些細な事だって、傷付く人というのは存在するのだから、そんなのいちいち線引き出来ないし、気にしていたら限(き)りが無い。 そんな事言ってるから、あんたの大好きなモンティ・パイソンが今の日本では放送出来ないんだよ!と言ったら、あれは別物だと抜かす。 要は、ブラック・ジョークがどこまで通じるかという事なのか。 キリスト教圏は割りと寛容で、教祖キリストや国家元首が揶揄されても平気だが(しかし教義にも寛容過ぎてホモを容認しちゃ駄目だと思うの)、イスラム教圏や日本やアジアではブラック・ジョークの文化が無いからか、真面目に受け取って過剰反応してしまう人が多いようだ。 個人的には、それってつまんなくね?と思うのだが。
イスラム教狂信者というと、私が思い出すのは「悪魔の詩」事件である。 うわーイスラム教徒ってキチガイだわー、これはアンタッチャブルだわーというのを、日本でも印象付けた事件であった。 そう言えば、流石のキリスト教圏でもユダヤ関連はアンタッチャブルらしいが、イスラム教とはこれからも戦い続けるのだろうか。 やはり特別扱いは宜しくないし、諷刺も出来ない存在というのは不公平で不健全だと思うので、シャルリー・エブド紙はイスラム教だけでなく、ユダヤに関しても、表現の自由を行使して、どんどん諷刺したら良いと思う。
年末年始は私の実家で過ごし、主人と2人で本日帰宅した。 主人の実家はまた今度。この時期は凍結した道路が怖いので、行きたくないのだ。
私の実家には、妹が産んだ赤ん坊がいた。 前回会った時は残念大会開催中(父と私と妹とで、赤ん坊なのに何故か加齢臭みたいな匂いがするだの、顔のこの辺が残念だのと頻りに残念がっていたので、その様子を主人がそう名付けた)だったが、今では湿疹も消えて首も据わりつつあり、時々「んきゃ」と声を上げて笑うようになっていたので、だいぶ可愛く思えた。 そして、抱っこしてミルクを吐き掛けられる事2回……ちゃんとげっぷさせたって言ったくせに!駄目じゃん義弟! 汚された服は実家に置いて来たので、これから自分用の服を作らねばならない。 それに対して、赤ん坊の服は増える一方である。 私の幼馴染が実家に寄って、また乳児服のお下がりを沢山プレゼントしてくれた。 着ぐるみまでくれたので、その場で早速着替えさせて写真撮影。 幼馴染は赤ん坊を抱っこして、 「知らないおばちゃんに抱っこされて吃驚してるね〜でもお正月だからね〜お正月は仕方無いんだよ〜赤ちゃんは皆に抱っこされて玩具にされるのが宿命なの〜仕方無いの〜」 と言い聞かせていた。 そして着ぐるみの中で、真っ赤になって暑さに耐える赤ん坊……何という聞き分けの良さ! 私よりよっぽど空気を読める零歳児に驚愕した。
さて、あれほど可愛く見えた赤ん坊だが、撮った写真を後から眺めてみると、何故かそれほどでもない。 一体何の魔術だったのだろう。 一方、写真で見てもうちの主人は可愛い。妻の欲目か。
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