夕暮塔...夕暮

 

 

やがては - 2003年12月31日(水)

何もかも やがては瞼の裏にしか映らないように流れ去ってく




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どのボタンを押しても全く動作しなくなってしまった携帯の暗い画面を見ているうちに、もうここでメモリごと綺麗さっぱり手放しても良いかと思い始めていたのだけれど、返事を待っているだろう人の顔を思い出したら僅かに胸がざわついた。こんな小さな玩具みたいなものを過信したらいけないとわかっているのに、こういう事になるまではいつも先送りにしている。電子機器を介した絆なんて脆い、おぼろげでしかなくとも、本当に信じていいものは自分と相手の間にしか結ばれていない。

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紺色の闇に満ちた広い冬野に、鐘の音が静かに響く。音のする方から微かに風がなびいて頬をかすめる、途切れ途切れの鐘の音と、水が流れる音だけが世界を震わせている。灯りも乏しい深夜というのに山のなだらかな背がくっきり浮かび上がって、その真上に登った大きな金色の月の船、白い煙に似た群雲の合間からは星の海。ねえ、とても、美しい除夜です。そちらはどうですか。彼だけではなく、今年関わり合ってきた人達にせめて何がしかの言葉をと思うけれど、うまく纏まらないままに手元をすり抜ける。
どうか、歓び多き一年となりますように。


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冬眠 - 2003年12月29日(月)

きりりと冷え切った廊下で、硝子越しに鯉の棲家を見下ろす。池と呼ぶには簡素で深過ぎる、堀と呼んだ方が正確かもしれないその人工的な器にたっぷり満ちた冷暗色の中で、鯉たちは殆どが水底で眠っている。かろうじて水面近くに上がって来ている子も、緩慢に鰭を動かすくらいで、ゆるゆるとしか進まない。
雪国の魚は粛々と冬眠する、それが当たり前だと思っていた時期の方が長い筈なのに、この頃は不思議に感じられつつある。

温泉に行ったり、祖母がお地蔵様の着物や帽子を縫うのを眺めたり、祖父にヒマラヤやモンゴルの写真を見せて貰ったり、暖かい床の上で母や弟とお昼寝したりしているうちに一日が終わる。私にも魚のように煩雑さのない静かな冬が訪れたらと思うことはある、けれどこういう風に過ごしていれば、充分に満ち足りて穏やかな日々。


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星の闇 - 2003年12月28日(日)

臘月の風に押されて天象を見上げれば彼方まで星の闇




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鐘の音 - 2003年12月25日(木)

数多度 通い来たこの道さえも今は鐘の音にふれて賑わう



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ご銘はどうしたものかしらと戸のこちら側でしばらく考えてから「鐘の音」と付けると、美しい師範が「ジングルベルと、除夜の鐘ね」とにっこりなさる。何年お会いしていても本当にお変わりなく綺麗で、そのうち私のほうが外見年齢を追い越してしまいそうな気さえする。


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7色目 - 2003年12月21日(日)

ずっと昔、虹の7原色の7色目は「ひかり」だと思っていた。一向に雪の降る気配もない東京で、懐かしい何かに濡れたような夕暮を見ながら、ふとそんなことを思い出した。


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羽音 - 2003年12月19日(金)

まどろみの夕雲よいつかこの先を彩って震わせる風になれ





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ほんの十数分の間、何もかもを鎮めてまどろませるような夕雲が流れる。広い池で鴨が泳ぐのを茫洋と眺めながら、水面を揺らす羽音を聴く。こういう時、いっそ自分がはかなくなってしまったらいいのにと微かに思う。手元に届くメールはきちんと現実的に、私に走れと告げている。こうやって引っ張りあげてくれる人がいるから何とかやっていけるんだなとわかっているのだけれど、少しわずらわしいような気がするのも事実で、それはちょっとだけ困る。





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夕暮れの魚 - 2003年12月16日(火)

帰宅しようとすると、守衛さんが大事にしている三毛猫が鳴きながら現れてこちらへ寄って来た。ごめんね、今日おいしいもの持ってないの。しゃがんで言ってみるけれど、通じていないのか最初から食事の世話など期待していないのか、にゃーんと鳴いて私の腰のあたりに身体を摺り寄せる。背中や肩のあたりをそっと撫ぜると、柔らかな毛並みが僅かに冷えているのがわかる。
北の地平近くは桜と薄色を混ぜたような色で霞んでいる、この時期特有の、不透明水彩みたいな白っぽい暮れ方だ。西は淡い金色の光にどこまでも透かされながら暮れてゆくけれど、空の高いところはもう澄んだ青紫をゆったりと広げている。一片の雲もない空を進む飛行機の痕跡は雲にならないうちに消えてしまう、夕陽に照らされてピンク色に染まったそれが、細い紡錘形の魚が泳いでいるように見えるので、視界から消えるまで夢中になって見上げていた。


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左手首 - 2003年12月15日(月)

左手首内側の肌のなめらかさ 確かめてなぞるきみの指先




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自分でも触ってみたら、本当に柔らかくてすべすべしているので驚いた。何か塗っているのかと尋ねられたけれど、特別な意味のある場所ではないし、何も手を加えていない。誰の手もそうなのだろうか。


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月と同じ - 2003年12月14日(日)

月と同じ色をした花の蕾む夜思い出す声の音のいとしき



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侵食 - 2003年12月11日(木)

久々に頭の中で数字が巡り始める、ベクトルの傾きを変えては数列を回転にかけ、整然と並んだかのように見える(あくまで、見えるだけの)数値の波間を探索する。もう私何回同じ事を説明したんだろうとぼんやり考えたら、だんだん無力な気持ちになってきた。同期は酷く苛々した様子で、2人きりになると「疲れた、本当にいやだ、自分が1つか2つの言葉しかしゃべれないオウムになったみたい」と怒りを滲ませ、私もそれに頷いて応える。
眠る時、数列が頭を駆け巡らないことを確認して僅かにほっとする、よかった、大丈夫、まだ侵食されてない。





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明滅するベクトルに浚われないよう鎮まった波の端を眺めて


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巡らない - 2003年12月10日(水)

一度しか巡らない星を摑まえる 冴えた空の中揺れる遊光




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それでも何ひとつ - 2003年12月08日(月)

ためいきを逃がしてそれでも何ひとつ変わらないことを確かめている



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ためいきを湯舟に伏せても何ひとつ色褪せぬことに安堵する冬








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賞味期限と品質保持期限 - 2003年12月07日(日)

大学時代の先輩と食事に出かける。フレンチをご馳走になったので、その後のお茶は私が。
「賞味期限っていうのと品質保持期限っていうのがあるんだよ。賞味期限ってのはこの日まではおいしく食べられますって期限で、それを過ぎても一応まだ食べられるの。品質保持期限は、この日を過ぎたらもう食べられませんってことなんだけど。…で、同期の女の子に、そろそろ賞味期限がやばいよってよく言ってて」
………そういうことを女の人に言うのはまずいんじゃないだろうかと思いながら、濃厚なチョコレートケーキを切り分ける。いや、やっぱりどう考えても良くない。この人そのうち闇討ちされないといいけど。確かに時々、男兄弟しかいない人独特の女性へのデリカシーの無さが垣間見えるけれど、基本的には善人で親切だし、女性を上座に座らせるとかの礼儀はきちんと身に付いている。そのあたりのバランスと、本当に害意がないことをどの程度理解して貰えるかが難しいところかもしれない。


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薄墨を - 2003年12月06日(土)

薄墨をおおらかに流す夕波を漕ぎいだす いつか果てを知るため




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何かを得たくて船を出す。だけど本当はその道は、果てを知るためというよりも、果てがないことを思い知るためにあるのかもしれない。
私が持っているものすべて、やっていることの何もかもが、そういう風に思えることがある。
誰かと親しくなること、誰かを愛すること、知ることや学ぶこと、変化することや胸を痛めること、歩いて行くことの総てが、果ても無く遠い遥かな回り道で、不可触の因果律の中にある。












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- 2003年12月05日(金)

ちょっとだけお買い物しようと思っただけなのだけれど、鳩居堂は大混雑でレジには長い列ができている。……だめ、これは、無理。3秒くらいで諦めて、大人しく美容院へ向かう。

幼い弟から、珍しく電話がある。ものすごく嬉しくて「どうしたの?」と尋ねると、「お母さんが、困ってることがあるんだって」。なんだろうと思って聞いてみたら、それは本当は自分が相談したいことで、うまく言えなかったので取っ掛かりとしてそんな言い方をしてみたらしい。…はああ、もう、とろけそうに可愛い。膝に乗せて髪を撫でながら育てたような記憶ばかりなので、この子に関しては私は本当にバカそのものになる。


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きらきらと和ぐ - 2003年12月03日(水)

きんいろに揺れる雲 風も何もかも目を閉じていまだきらきらと和ぐ




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12月に入ったのに、昼間の光の中にいればまだまだ秋の気配。
銀杏の葉がまばゆいばかりに輝いて空を覆う、金色の雲、閉ざした瞼まで染まりそうに強く。


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