夕暮塔...夕暮

 

 

ずっと予期せずに - 2002年08月31日(土)

この道を 振り返る日が来ることを ずっと予期せずにいたね君の隣



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お偉方と、夕方から飲み会。私は一応幹事の席に座り、もの凄く久しぶりに接待モードのスイッチをONにして細々と立ち働く。終わった後、「いやあ、話をすれば打てば響くように返ってくるし、働きようも素晴らしい。銀座のホステスより立派だった」 と評される。「あら、私、ホステスさんになれるでしょうか」 「や、あれはもっとフェロモンがないとね」 「…ええ!?」 ヤラレタ、という表情で隣席の上司と顔を見合わせて笑う。褒められたようでいて実はこきおろされている気がする、ああ全くもう、いつもながらこんな調子。


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インナー・ノイズ - 2002年08月30日(金)

あの日みた夢が始まる夏の暮れ インナー・ノイズの波を忘れて



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日は落ちた。空は不純物を漉したような青と薄みどりをゆったりと滲ませている、この時間はなにもかもが潤んでゆくようだ。その中で金星だけがただひとつ、鋭く研がれた刃の光。水の中、息を吐く事を忘れて水を掻く瞬間の、しんと澄んだ世界を思う。同じようにこの夕暮れを泳ぎたい、あまたの懸念事項が織りなす雑多なノイズも意味をなさなくなるくらいに、この胸のときめくような静謐の中を。夏の終わりの、美しい夜が始まる。


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擦れ違い - 2002年08月28日(水)

指先ですれ違うような日々だった それでも決して不幸ではなく



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月照の - 2002年08月27日(火)

頬濡らし鉛抱いた夜 月照の底にきざみこむ深き爪痕



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焦燥の - 2002年08月25日(日)

焦燥の夏をようやく泳ぎきり 彼岸佇む君へ微笑む



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午後の電話、ナンバーディスプレイは便利だ、しょっちゅう電話をくれる友人から。私は名も名乗らずに明るく電話に出る。すると向こう側の空気はとても重い、離職を決めた事を低い声で告げられて、ああ、流石の彼女でもやはり難しかったか、と思う。私は声から笑みを消し、ゆっくりと言う。「…そう、とうとう、決めたんだね」 


夜には久々に電話をくれた友人から旅行のお誘い、彼女とは毎年どこかしら旅行している。来月遅い夏休みが取れるから、あなたと旅行に行こうかなと思って、とのんびり言う。「どこらへんに?」「トロッコ電車に乗ってみたいな、って」「…あ、乗ってみたい!」 私は電話しながらいそいそとネットで検索する。美しい渓谷と温泉。魅力的だ。…金沢に一泊して兼六園を見て、その翌日に富山に向かって、交通手段とルートはこういう感じで、と彼女は次々話す。彼女の中ではすっかり細々と準備してあるのが面白くて、私はおかしくなってしまう。本人に自覚があるのかどうかわからないけれど、彼女の誘い方はいつもどこか確信犯的で素敵だと思う。決して強引じゃないのに、気が付いたらその気になってしまうのはどうしてなんだろう。


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水の中 - 2002年08月23日(金)

水の中 無我になるまでこの腕が 弧を描き時を止める瞬間



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全力で泳いだ後の心地良い高揚感と疲労が懐かしい。水に入るのが好きなのに年々プールから遠ざかるのは、泳ぐ前に化粧を落としたり、その後でまた日焼け止めや化粧を施したりという細々とした行程を避けたいからだ。コンタクトユーザになって、また一層敬遠する要素が増えた。大人になるとこうやって少しずつ面倒が増えてゆくのだろうか。勿論楽しみも増えているんだけれど、どんどん怠慢になっていく気がして。



どうしてまた、あなたの事を考えているんだろう。わからない人だと思っているのに、きっとあなたは私への気持ちを、どんどん忘れてしまっているんだろうと思っているのに。一回くらい、見合い、してみたら。そんな風に言われた。何だか投げやりな、気持ちの入っていない言い方だった。隣にいる共通の友人が、あ、という顔をした。おしゃべりな人だけれど、一瞬言葉を失った様子だった。私自身がそのときどんな顔をしていたのか思い出せない、ほんの2日3日前のことだと言うのに。彼に訊きたい、私はあの時、どんな顔をしてた? あなたがそう言うのを聞いて私は驚いて、どこか酷く落胆した。彼は悲しんでくれると、当然のように思っていた私は傲慢だ。どうしてそんな事言うの、するって言ったら、また怒るくせに。…そう笑って、冗談にして返そうと思って、私は結局言葉にできなくて曖昧に目を伏せた。いつまで経っても、そんなことばかり。やっぱりダメなのかもしれない、ダメだと思ってしまいたい。彼が一番正直だった時、私はとても頑なだった。あの頃に帰れたら、多分イエスと言える、そんな風に時々考える。もう遅い、難しい、私は多分、彼を傷付けすぎた。


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雲を読み - 2002年08月21日(水)

雲を読み 夏の終わりを風に尋く いつかはこうしてすべて凪ぐように



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一周年を過ぎて - 2002年08月20日(火)

気付いたら、この短歌日記を始めてから一年が過ぎていた。初期のを少し読み返すと、今よりずっと「読む」人の事を意識している事が明らかで苦笑する。けれどまあ仕方ない、そういうことも初々しさの一面と思えば許容できる。


同期が一斉にスポーツジムに通い始めた、そうでもしないとやってられないと口々に言いながら。私は全力で泳ぎたいと思うけれど、ジムに通う気にはならない。…まだならない、と言うべきか。

「父親にね、ノイローゼのノイちゃんって呼ばれるようになった…」
私達は弾けたように一斉に笑う。でも誰1人として完全に他人事とは思っていない所が苦しい。
「私なんかさー…お盆に家に来た親戚に、父親が毎回毎回 ”こいつ、おかしいんだよ” って私を指差して言うのよ、いや、本当に」
とうとう息抜きにと北海道旅行に連れて行かれたという話を聞いて、成る程と思う。道を歩いていて独り言を言うようになったら、確かに危険かもしれない。30にもなってこんな事に、と嘆く彼女を私はやんわり慰める、上手な慰撫になっているのかどうかはわからないけれど、無いよりましとは思う。


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触れたまま - 2002年08月19日(月)

触れたままこの世が終わればいいなんて大丈夫まだ思ったりしない




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空を塗り込めたように厚くどっしりした雲を背景に、下層の雲が恐ろしいスピードで流れていくのを、窓際に立って見ていた。薄雲の千切れるようにどんどん形を変えてゆくその隙間から、淡く茜が透ける。灰の雲を透過した光が何とも不穏な色で町並みを染めるから、ようやくの雨上がりを帰途につく人々が、ちっとも幸せそうに見えない。あの雲の上は、燃え立つような夕焼けだろうか。


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夏の影はただ沈黙の - 2002年08月18日(日)

濡れそぼる 夏の影はただ沈黙の中にあるだけ 誰の為にも




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電池交換を依頼していた腕時計を受け取りに行く。雨はゆるやかに鮮やかな色の夏花を濡らしている。台風が近い。髪を切りたいなあ、とぼんやり思う。長さはこのままでいい、少し軽くしたい。道なりに若い人向けの新しい美容室がいくつかあるけれど、ガラス越しの店内はどこも混みあっている様子。


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「牛肉偽装、やってるだろうとは思ってたんだけど、まさかこんな大事になるとは」
渦中の会社に勤める友人から久々のメールが届く。どうしているんだろうと少し心配に思っていたら、実にあっけらかんとしている。しかし、やってるとは思っていたのか……。私は全然疑っていなかったから、びっくりしたよ、と笑いまじりに返す。



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真夏を手渡して - 2002年08月17日(土)

君がこの指に真夏を手渡して 呼ぶ声も遠く穂波埋もる



君は今 頬に真夏を携える 笑む歯ひかりて世も眩むごと




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風の朝 - 2002年08月16日(金)

風の朝 月の夜 嵐吹く闇に 君想う時を目を瞑り過ごす




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「明日の試合、ポジションは?」
「わからん」
「明日の朝言われるの」
「…うん」
「……」
「……」
「ゼッケンはいつ貰うの? 朝付けるの?」
「もう貰った…もう付いてる、多分」
「何番」
「”1”」
「……それ、ピッチャーって事なんじゃないの?」
「…ああ、まあ、そう」
「………」


試合、見たいな、と私は誰に言うでもなく呟く。もう一度、更にもう一度。言う度に身体から色んなものが抜けて、私はどんどんしぼんでいく気がする。弟は黙っている、この子も随分大人になった、私を無理に慰めずじっと時を読む。私は明日代理出勤を引き受けた事を心底後悔するけれど、今さらどうしようもない。マウンドに立つこの子の手足は、どんな風に動くんだろう。

「もう行くから…元気でね、試合、がんばってね」
私はきっと笑えていない。黙って弟の手元を見つめる。普段ならいくらだって愛想笑いができるのに。弟は、東京で頑張ってね、と言う。こんな事言うようになったんだ、とはっとさせられつつ、言葉にできる程の元気がない。




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流星は - 2002年08月14日(水)

流星はゆうべのことよ この空を夜間飛行で悠然とゆけ



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エアコンを付けっぱなしで眠ってしまい、早朝に目覚めた。身体が冷えている。昨日夜遅くに庭に放したうさぎの事を思い出して下へ降りていくと、両親がゴルフウェアに着替えて出掛ける準備をしている。雨だというのに、中止にはならないらしい。
期待に反して、ケージの中は空っぽだった。しかも雨でかなり気温が低い、昔のうさぎ達と違ってあの子はずっと室内飼いで育てているから、雨になんてあたったことはない筈だ。じわじわと不安になってきて、傘を開いてパジャマのまま庭に出た。「この間は、墓所のあたりにじっとしてたって聞いたんだけどな」と、追ってきた父が言う。2人で屋敷墓の周りをじっくり探すが、見つからない。困った、もしかして凄く遠くまで行ってしまったのだろうか。ため息をつきながらもう一度家に戻ると、ケージの斜め後ろ、あのふっくらとした姿がある。
「……いた!」  私が歓喜の声をあげると、父が「さっきはいなかったのに」 と驚いている。背を撫ぜるとうさぎはちっとも濡れていない、代わりにひげの先に蜘蛛の巣がくっついている。どこに隠れていたの、とわたしは安堵してようやく笑う。


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三日月ひとつ - 2002年08月11日(日)

野の西に 三日月ひとつ星ひとつ きらめきて夏の宵に入るかな



血の縁で結ばれし子を救いあげ少女そのまま力尽きぬと





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血縁という言葉は、噛締めてみれば何という重さだろう。沖縄で今日亡くなった女の子は、溺れたいとこを助けて水際の友人に託した後、力尽きたのか自らがそのまま水に沈んでしまったという。夏は取り分けこの手のやりきれないニュースでいっぱいだ。
海難事故の報せを聞く度思い出す事件がある。世の中にこんな悲しくて優しい偶然があるのだろうかと、あの時わたしは初めて思い知った。もはや殆ど薄れてしまっている彼の面影を夏の瞼に映す、私は彼の、遠慮がちで穏やかな笑顔しか知らなかった。


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この声が - 2002年08月10日(土)

この声が風になればいい かたちなどとどめないまま君に届けと



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君のいない日々に - 2002年08月07日(水)

君のいない日々に慣れるよりおそろしいものなど無いと知った8月



あなた無しの景色にも馴れてゆくんだね 現実はなんて残酷なんだろ





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駅前にオープンして間もないファミリーレストランのカウンター席、かなり広い、書き物をするのには最適だな、と思って少し嬉しくなる。硝子が厚いのか、高架が間近なのに電車の音も全くしない。ビルとマンションの間からのぞく西の空が、淡く暖色に染まりつつある。夕闇が近い、食事を摂る人が続々と訪れるチャイムを聞いて帰宅を決めた。読み進めている文庫本は佳境に差し掛かっているけれど、いたましくて読んでいられない。


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朝顔の花 - 2002年08月06日(火)

一輪の朝顔の花に似た人よ 夕立にひそか姿しおれて



夕立に ひそか打ちひしがれている 朝顔の花一輪のひと




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凪の日が - 2002年08月05日(月)

凪の日が来るまで隣におりましょう 共に痛み共に憂い涙して



この弱き 君にも嵐は訪れん どうか堪え忍べ凪の来るまで




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限りなく - 2002年08月04日(日)

限りなく ギアはローに近付いていて それでもあなたに会えるもうすぐ



その夢に 君のことばに焦がれてる 夏は眩しいだけじゃないけど




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初めて買った若い女性向けの雑誌、電車の中吊り広告が何となく目を引いたのだけど、今ひとつ期待はずれだったかもしれない。一番がっかりしたのはコスメのページで、明らかに化粧品会社の販売戦略に乗っ取った商品紹介のページになってしまっている。機能的なものを紹介するとうたっていながら、この夏の限定商品と新商品のみでの構成。これじゃどうやったって記事を信用する気にならない。女性誌って一般的にはこんなものなんだろうか。コスメに関しては、口コミの方が余程信用に足るのかもしれない。
少し腹立たしく読み進めていると、面白い記事を発見。ベトナムでは路上で蓮の花束が売っているらしい。…ああ、いいなあ、と素直に感動してしまう。日本で売っていたら、即座に買ってしまうだろう。硝子の浅い器の上で、二つ三つ水に浮かべたらもの凄くきれいで幸せだと思う。蓮の花のお茶というのも売っているようで、「昔は蓮の花咲く上の霧を集めてお茶を沸かしていた」と記述してある。凄い、そんなのって、本当だとしたらまるで仙人の世界だ。


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したたる緑葉 - 2002年08月03日(土)

烈日にしたたる緑葉かき分けて ぬるき土の上探す足跡



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天満たす - 2002年08月02日(金)

天満たす閃光と轟きを畏れ 我らこの空を神鳴りと云ふ



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日記を書くのはもの凄く久しぶりな気がする。エディタを開くかどうかに関わらず短歌は時々詠んでいる、本当に死にそうな日は丸1日忘れている事もあるけれど、電車に乗っている時や慣れた道を歩いている時、頭の中を巡るのは歌にするための言葉の束だ。駅までの道で決然と太陽を探すひまわりの花、ノウゼンカズラは日増しに色を濃くしている、今日買ったのはリンドウ、深い青、どの花入れに活けようかと思っているうちに何だか眠くなってしまった。明日は朝が早い。


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