夕暮塔...夕暮

 

 

川沿いに - 2002年06月29日(土)

川沿いに 誰かの愛しいひとを乗せ 電車は湿った夜(よ)を駆け抜ける




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雨が降っている。黒い柔らかな生地のワンピース、これ一枚では多分冷えるだろうとカーディガンを羽織る事にした。新宿伊勢丹で買い物をした後、銀座へ向かう。
今日は同僚の送別会、彼女は今の仕事を辞めて、インターンシップのようなものに出るのだという。色白で凛とした人、態度にも表情にも媚びた所がなく、話し方も女性らしい甘さがない。クールで時に辛辣、だけど私はとても彼女が好きだった。上司に気を遣いつつの食事会は正直な所気詰まりな面もあるけれど、彼女の顔が見れるなら構わないと思う。
別れた後、全員宛に謝礼の携帯メールが入る。返信すると、すぐにレスポンスがあった。「あなたの事が、とても好きだよ」
こんな言葉を、容易く使う人じゃない。多分私はお別れを告げられたのだ。まだ雨は降っている、暗い帰り道、唯一間近に明るい携帯の画面をぼんやり眺めて立ち止まり、曇り無い空の下で平原に立つ彼女を想像する。梅雨の雨など知らない美しい大地、東京以外の土地に初めて暮らす彼女の憧憬を静かに考える。


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愁雨去り - 2002年06月28日(金)

愁雨去り 君待ち侘びるこの庭に 星滑り落つ音は響きぬ


雨止んで 香る六月闇の庭 君待ちあぐる一輪の百合



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珍しく入ったファーストフード、時間が半端なので半分くらいは空席で、殆どが一人で食事を摂っている。騒音の無い、なかなか落ち着く時間帯。何だか無性に脂っこいものが食べたくなった、これはそろそろそういう時期だろうな。昨日もクリームたっぷりのケーキを食べてしまったし、多分間違いない。それにしても見事にほぼ食欲だけで測っている、私の体調把握は極めてファジーだ。痛みを伴わないから気にしないでいられるんだと思う。これは遺伝に感謝しないといけない。母も妹達も、月の巡りで苦しんでいるのを見た事がない、歩けなくなる程辛いと訴えている子もいるのに。 「あなたはちっとも左右されないねえ」とドクターに言われた事を思い出す。…そうですね、私はいつも、割と淡々と上機嫌ですね。確かそんな風に返した。彼もそれに賛同した。私は些細な事で幸せになれるし、余程琴線に触れるような事でなければ、滅多に不機嫌にもならない。
私の座った奥の席からは少し眩しい窓際に、テスト期間だからだろう、この時間には珍しく中学生位の男の子が3人座っている、こちらに背を向けている一人の後ろ姿が弟にそっくりで驚かされた。何度か瞬きして似ていないところを探すけれど、何なのだろうあれは、これではあまりに似過ぎている。
あの名前も知らない少年が、私の愛しい子だったらいいのに。よく似た肩と背中、いつまでも見ていられたらいいのにと一瞬思う。だめだな、やはりどこか人恋しいのだろうか。今どうしているのかな、会いたい、声を聴きたい。


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梅雨空の下 - 2002年06月27日(木)

梅雨空の下にてあなたの寂しげな顔思い出す どうして今さら



氷塊をぎりり握りしむ心地する 梅雨空の下で君思う時




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風の吹く - 2002年06月26日(水)

風の吹くここへ来て君のしがらみも目眩もほどけて流れて行くから



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真夏の指 - 2002年06月25日(火)

ツユクサの 青で染めたる九つの 真夏まぶしく胸に封じいる




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いつからだろう、気が付いたら暖色を好きになっていた。昔はもっと苦手な色が多かった筈だ。ずっと敬遠していたピンクや赤を積極的に纏うようになって、わたしのワードローブは恐ろしく様変わりした。高校生までの私のクロゼットの中身は、白、水色、青、紺と黒ばかり。「パステルを着てるイメージがある」と言われて驚いたのは何年前だったろう。ゆっくりと禁忌を解凍するように色の好みは変わったと思っていたけれど、基本的なところでは多分幼い頃から殆ど変わっていないのだと、この間ふと気付いた。叔父の神前結婚式、三三九度のお酒を注ぐ子供の役目を負った時着ていた着物、あれは確か紫に近い青で菖蒲の花みたいな色だった。子供心にあの色はとても好きで誇らしかった事を覚えてる、子供用に限らず女性の着物の色は殆どが暖色で、あんな色合いは相当珍しい。小さな頃の断片的な記憶、真夏の朝の道で見つけた露草の青、摘んだら指が染まってしまった事、その時の頭上の抜けるように晴れた空、遠くの山の陰には入道雲の予兆があった。


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震えながらに花開け - 2002年06月23日(日)

いざ君よ 震えながらに花開け 生まれ来し謎を解く人見つけて



愛などと 何かに誓う愚かさを 今日は忘れよう君を祝うため




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夏に至る - 2002年06月21日(金)

夏に至る かがやく緑の道を行く 待っていてじきに君に向かい合う




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生徒達とトランプをして、少女1人が臍を曲げたまま時間終了。駅までの眩しくてやや長い道のり、朝はバスだけれど帰りはいつも歩く。公園沿いの遊歩道は季節の花が咲いて美しいから、雨の時でなければ別に苦にはならない。公園に繁ったくちなしの花、私はあたりに人気がないのを確認してそっと近づき、花に顔を寄せる。…いい香り、飽きる事などない、初夏の美しい甘さ。寝室に鉢を置きたいけれど、香りにつられた小さな虫が沢山ついた事件を思い出すと、正直な所かなり腰がひける。書泉に寄ってあちこちで新刊を物色する、欲しい本は沢山あるけれど今日は寄る所があるし、荷物が重くなるのには抵抗がある。丸山健二の『夕庭』が平積みになっているのを見つけて内心歓喜した、嬉しい、この間探した時は見つからなかったのに。岩井志麻子の単行本、毒々しいような苺のカバーは好みじゃないけれど、内容は割といいかもしれない。でもこういうのなら立ち読みでささっと最後まで読めてしまいそうだし、読み返す気にならないかも。購入はちょっと考えよう。


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むらさきに凪いだ - 2002年06月18日(火)

雨上がり こんな気落ちした時でさえ むらさきに凪いだ夜が始まる




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「…japonais de quatre……」 インタビューで声を詰まらせたトルシエのフランス語が耳に響く。地下道から出れば空は淡い灰紫、僅かばかりの西明かりで246号がまどろむ中を、半ば呆然とお茶の先生の家に向かった。…ああ、終わったのだ、ほんとうに、これで。雨上がりの夕暮れ特有の気配に、ゆるやかに落胆が浸食されてゆく。2002年6月18日、冷たい雨の降る火曜午後、日本はW杯出場初の決勝トーナメントにホームという利を得て進出し、トルコに敗れた。



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蛍籠 - 2002年06月17日(月)

蛍籠 座して仰げば星々の静寂(しじま)染まりぬ 悲しみに似て



世の中の われらふたりの静けさと悲しみ切り取る この蛍籠




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今月号の婦人画報に、蛍籠という江戸時代の移動式茶室を模して作られたお茶室が掲載されていて、とても素敵だった。細い木がわざと隙間を空けて組まれていて、名の通り四角い虫籠のようだ。天井は細かい格子状で、無数に漏れる光が星のように見えるのだという、いいな、あの中に座ったら、本当にそこだけ世界から切り取られて時が止まったように感じるんじゃないだろうか。









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のぼる三日月宵の風 - 2002年06月16日(日)

夏窓にのぼる三日月宵の風 口ずさむ歌は あなたに届くか



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淡々と - 2002年06月15日(土)

数人の友人からの携帯メールに受け答えしつつ淡々と過ごす、明日しなければならない事について考えながら、今日その予定を消化する事をあえて避けて。ソファのファブリックを選びに出掛けて、意に添うものが見つからず、何故かキッチンマットを購入して帰宅する。アイボリーのワッフル調生地の右隅に紺と水色でささやかにクローバーの刺繍、実際敷いてみたらなかなか映えて嬉しい。いい買い物をしたかもしれない。ラオックスでパソコンを見る事にする、やはり実際見比べてしまうとプリウスが見た目に可愛くて魅力的だ。硝子の使われたデザインが女性向けでいいと思う。買うのには少し躊躇してしまうけれど。今使っているのはNEC、バリュースターのすごく旧い型。液晶モニターが出始めたばかりの頃に買って、愛着もあるから手放し難いけれど、流石にもう動作が苦しそう。

コンタクトレンズを外して、眼鏡をかけてパソコンに向かう。明らかに視界がクリアだ、やっぱり今のレンズでは視力が足りないと思う。街を歩く時でさえ、たまに目を眇める。乱視矯正用のディスポーザブルレンズが体質に合わなかったのが悔しい。もう一回チャレンジしてみようか、という考えが頭をかすめる。駄目なものは駄目なのかもしれないけれど、何にせよこれではいけない。


「ゴスペラーズを見たんだよ。今日来てるの」
スタジアムでワールドカップの受付をする妹からメールが来る、この子は最近、5年近く付き合った恋人と別れて、新しい恋をしている。少しの見返りも見込みもなくても芯から燃えるようにして何もかもをその人に向けて、酷く分の悪い環境で頑張っているらしい。私にはこの子がとても可愛い、世間で高いステータスを得るような、いわゆる賢さはないかもしれないけれど、感受性豊かでストレートだと思う。見た目にはたぶん雑駁で豪放で礼儀に欠けた今時の子なのに、話す時には美しい敬語を使い、文章を書かせると予測をはるかに超えて豊富な語彙で楽しい言葉を綴る。どうやったらこんな素直で優しい素朴な子が育つんですか? と感動したように両親に尋ねた小学校教員の気持ちがわかる。それなのに、彼女が今熱く恋をしているお相手は、何だか掴みきれない感じのキックボクサー。
「意中の彼がベッカムヘアにしたの。真似って感じで軽くひいた…ギャグのつもり?」
…ギャグだといいね、と苦笑しつつ返す。そうでなかったらちょっと痛い、…悪いけど。




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香る水無月の - 2002年06月14日(金)

目を閉じて 香る水無月の奈落へと 落ちてゆけ君よ 何も望まず





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昨日届いたソファの上でうたたねをするのは、もうこれで何度目だろう。アイボリーのラブソファ、布張りで座面高が高めという条件はどうしても譲れなかった、私は皮革のソファの座り心地が苦手だし、低い椅子にかける時一気に腰を落とさないといけないのがかなり苦痛だ。身長が高いせいもあるのかもしれない。しかし、ここでしょっちゅう眠るようになったら生活が乱れるだろう、実際今日もそうだし。コミットしすぎる事に注意しないといけないと思いながら、新しいクッションを選ぶ私は少し矛盾している。


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その声を - 2002年06月13日(木)

その声をこの耳に閉じていま胸にどうか焼き付いて命果てるまで




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「今日ね、怖い夢をみたの……」 
何という事なく始めた話だったから、返事なんて期待していなかった。「俺も」と珍しく自分の事を話してくれた時の驚きを、苦しいほど鮮明に思い出す。あなたがこんな風に私を甘く苦しくさせるから、私はいつまでもあなたのことばかり考えていないといけないのに。同じ夜2人別々のベッドで恐怖に震える夢を見た、そんな些細な、意味があるのかどうかもわからない偶然ひとつで。


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ひとことで - 2002年06月11日(火)

ひとことで楽になれる言葉知っている けれど使わない 決して選ばない



君が今投げた言葉を永久にこの世のあらゆる辞書から消したい 




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ジョージ・ウィンストンの「憧れ」が流れる窓辺、レースのカーテンが風をはらんで膨らむ。はるか海の向こうの殺伐とした情勢を携帯画面のニュースが淡々と告げている。小さな画面に並ぶ文字、熱波に揺れるこの世の中からまるきり隔絶したように、遠い国では人が人を殺す。だけどろくに語られる事もなく情報は硬質なままに通りすぎていくばかりで、その流れを止めるだけのエネルギーが今の私にはない。恋しくて会えない人を思い出す、年末のメール、あんな些細な事あの人はもう忘れてしまっただろうな、…会わないのは私の不義理でもある。ああ今年も命日が過ぎたと溜め息をつく、初夏に飛び降りた少女の面影、私の覚えている彼女は記憶の中で知らぬ間に歪んでしまっていないだろうか。気になるけれど確かめる気持ちになれないのだ。わかってる、私にこんな事を言う権利はない、だけどどうしても拭い去れない、あなたは知っているのかな、あなたは、色んなものを、変えてしまった。………



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睡る蓮の - 2002年06月10日(月)

睡る蓮の花になり地から水空を 見上げればすべて いとしうるわし 




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あの一瞬から - 2002年06月09日(日)

ふと面を上げてきらりと瞬いた あの一瞬から気付いてしまった



陽が照らす 初夏の道はなんて柔らかい 隣にあなたがいない時でも




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このところずっと迷っていた、ソファを注文する。今週中には届く筈、白くやわらかなラインのソファ、窓際の光、今日は快晴。


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花くちなしの - 2002年06月07日(金)

夕闇に 花くちなしの白き顔 差し向け囁く「夏は来たりぬ」




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見下ろす校庭は夏に満ちて、正午過ぎ、土がまばゆく光を反射する上を帽子を被った子供達が駆け抜ける。「人が信用できない」とくっきりとした発音で少女が言う、その表情にいつものふざけた調子がないので、私は笑わずにじっと耳を傾ける。この一見底抜けに明るく、傷つく事から程遠そうに見える子が、奥に何を抱えているのかが、最近ようやく少しずつ見えてきたように思う。
一度帰宅した後、日が落ちて涼しくなったのを見計らい買い物に出た。西の空はまだ少し明るい、ほんのりと霞んで、オールドローズの花弁を光に透かしたような色をしている。


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夏を待ちかね - 2002年06月06日(木)

物言わず夏を待ちかね夕闇に覗き込む白いくちなしの顔




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津波の夢は見なくなった、と友人が言う。私は彼女の夢の話を聞くのが好きだ。何それ、と夢の話を初めて聞いた子が尋ねると、一時期はディープインパクトの夢ばかり見たのよと自嘲気味に笑った。「…解釈し易すぎるよ」「そうね、本当そう思うよ、自分でも……それでね、最近は代わりに、雪山の夢を見るようになったの……」 


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変わらぬ人など - 2002年06月04日(火)

時を経て 変わらぬ人などないことを 知っていて何故に期待するのか



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群青の帳 - 2002年06月03日(月)

群青の帳にひそりと星の波 息を詰め君の指を見ていた




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思いがけず仕事が忙しい、アポ無しの訪問が絶え間なく重なってつくづく疲労した。こんな筈じゃなかったのにと思うことで余計にだめになる。帰りの電車の中で眠っていたのかどうかすら曖昧だ、眠った記憶はない、瞼を閉じたまま起きていたような気もするのに、それにしては車内でのアナウンスが耳に残っていないのはどういう事だろう。帰宅して途端に夕食を摂る気が失せる、ああ、もう眠ってしまおう。ドラッグストアでクナイプのバスソルトを買ったけれど、今夜は湯船にゆっくり浸かる体力も時間もないようだ。


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パライソと - 2002年06月02日(日)

パライソと呟き死する夢の海の 狂おしくこころ焼き払う碧(あお)



パライソと祈るごとくに呟いて 君を思ひぬ 夢の死の海




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「愛しても愛しても、愛し止まない」



慄然として目覚めた。なんでこんな夢を見たのだろう、透明度の低い碧緑がゆるりと揺れる水面を見ながら、幸福感と陶酔と後悔が表現し難く入り交じった気持ちになった私は、一体誰と入水したのだったか。最後のシーンが鮮烈過ぎるためか、そこまでのストーリーが想起できないけれど、あれはおそらく自殺だったろうと思う。ああ違う、2人なら心中という事になる。でも相手が思い出せないなら、その事自体に大した意味はないのかもしれない。それよりはるかに私の胸に焼き付いているのは、寸前の感情と言葉だ。パライソ。朝起きて冷たい水を喉に流し込みながら、高校生の時に読んだ遠藤周作の小説を思った。私の中にこの言葉が何らかの重大な意味を持って生きているとすれば、確実にあれの影響だ。



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模様替え - 2002年06月01日(土)

旧いベッドを解体して、粗大ゴミ処理センターに電話をする。窓枠やエアコンを綺麗に拭い、窓際の汚れた壁を清めると、寝室の雰囲気が随分変わった。枕元のワゴンに硝子のランプを置く、試しに点灯して緩急を付けて伸びる光りの美しさに満足する。黄ばんだカーテンはもう捨ててしまおう、アイボリーの遮光カーテンと甘さのない格子レース、レースの方は替えがあったので、とりあえずそれだけかけておけばいい。曇り硝子だし、まあこれで困らないだろう。
机の移動に伴って、パソコンと周辺機器を動かす。コードが恐ろしく多い、しかもあちこち絡んでいて嫌になる程煩雑だ。ああ、疲れた…。
ふと思いついて、ネットでぼんやり風水を調べてみる。ベッドの向きが変わったので、東枕はどうなんだろうと気になったのだ。けれどなかなか面白い、そうなんだ、枕にタオルを巻いてはいけないのか。毎日バスタオルを被せて取り替えているのだけれど、やめてみようか。

コーヒーを飲んでいると専門学校に通う妹からメール、「ワールドカップの受付のバイトをする事になったの」。
身長160cm以上の女の子、という注文が付いている事から友人伝いに話がまわって来たという。よくわからないけれど、話を聞いているとどうやら「女の子」の前には、「ある程度以上の容姿の」という条件が隠れているのだろう。妹は駆け出しのモデルの女の子達に混じって働くらしい。化粧の仕方もうるさく注文を受け、立ち歩き方は勿論の事、しまいには「落とし物の拾い方」 まで研修で細かく指導されたとかなり呆れ気味だ。
「要するに、エレガントに振る舞えって事らしいんだよね……」 
辟易した様子の妹に、そう、とあっさり返しながら、あの豪放な子が少しはエレガントになるかしらと内心少々期待している事は、本人には秘密。


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