りとるのひとりごと。
DiaryINDEXpastwill


2006年04月30日(日) 生きるって本当に・・・・

朝、目を覚ますも、体がだるくて動かない。

頭も痛くて起きられない。

何度も上体を起こしては倒れこむ。

息子はとっくに起きて階下で遊んでいる。

たまに部屋に来ては、
「ママ、いつまで寝てるの〜〜???」と言って去っていく。

着替えるだけでたっぷり1時間はかかった。

立ち上がることが出来たのが昼の12時。

本当は一日寝ていたかったけどね・・。

母親はそういうわけにもいかないのだ・・。


昨日の自傷の痕は、今日のほうが生々しい。

前回と場所は一緒だが刃を当てた回数が多いので、
腕の内側がほとんど真っ赤だ。

ますます憂鬱になる。

おじさんは休日だったが出かけたので顔を合わさずにすんだ。

今までも、おじさんに対しては心のシャッターを
ほとんど閉じた状態で接していた。

下数センチ開いていたシャッターを、完全に閉めることにした。

私のささやかな抵抗。

早くここを出て、一生おじさんとは会わずに過ごしたい・・。



なんとなく。

なんとなくなんだけど・・。

10代、20代、30代と辛いことが多い私の人生。

幼少期が一番幸せだったかなあ。

今生では、もう幸せになれないような気がしてきた。

今生は、ひたすら試練&克服のための、修行の場というか。

死ぬまで崖に落ちては這い上がる人生かな・・なんて。

かなり気弱。

この状態から脱却したい、と思うものの、
そのためのエネルギーが蓄えられない。

楽しいこと、嬉しいことのエネルギー。

子供の成長は確かに嬉しいことだ。

だけど、そうじゃない、そうじゃなくて・・。

ううん。難しいなあ。表現するの・・。


もう寝よう・・。


2006年04月29日(土) 谷底にばっかり居るよ・・(涙)

役員に決まってから1週間が過ぎた。


崖から突き落とされ這い上がり、
また突き落とされては這い上がり、

何度も何度も這い上がって、前向きにやっていこうと思ったら、
また突き落とされた・・・。

何度這い上がれば平穏な日々がやってくるんだろう。


今回突き落としたのは同居してる例のおじさん。

帰ってくるなり私にまくしたてた。

「猫をいいかげんにしろ!」
「ガリガリやったりそこらじゅうに垂れ流したり、
俺もキレるぞ!!」
「絶対食事中は猫を追い出せ!」
「そうしなかったら危害を加えてやるぞ!
宣告しておくからな」

私は怖くなって謝り、ただただ「ハイ・・」と返事するのみ。

逃げるように自室に戻ったら涙が滝のように溢れてきた。

私の愛娘2匹は、ガリガリはしてるけど、トイレのしつけは
しっかりしているつもりだ。垂れ流してなんていない。

おじさんは猫の目つき一つとっても気に入らないらしく、
私のしつけがなっていないと文句を言う。

猫ってなかなか言うこと聞いてくれないんだけど・・。

目つきまで直すなんて無茶だ。

危害を加えてやる・・なんて、もう脅しになっている。

自分の大切な家族に危害が加えられるかもしれない恐怖。

おじさんならやりかねないだけに、恐ろしくてワンワン泣いた。

部屋の外で猫が「ニャア・・?」と心配そうに鳴いた。


泣いて泣いて目がボコボコに腫れ上がり、
しばし我を忘れてボーっとした後、
気がつくと手にカッターナイフを持っていた。

ああ、また・・。

やっちゃった・・。

相変わらず切れ味の悪いナイフのせいで、
傷が浅いわりには皮がボロボロ。ミミズ腫れも酷い。

母の鮮血がボトボト、という自傷に比べたら、
情けない感じなのだけど、やっぱり辛いものは辛い。


やはりここでは住めないか・・。

愛するものを失くす前に何とかしなければ。



2006年04月28日(金) 4位は絆創膏。転んでばっかり。

仕事中おろそかになった家のことを
今日一日かけて片付けるぞーと。

こういうとき、男って仕事さえしてりゃいいから楽だなーと
思ってしまう。おじさんを見てると特に。

仕事でヘロヘロになり夕食の支度がおろそかになると、

「おかずが何も作ってない!食べるものがない!!」と怒る。

子供じゃないんだから・・(汗)

排水溝が汚い、ゴミ箱がいっぱいだ、洗濯がしていない、
ブツブツブツブツグダグダグダグダ母に文句を言うので、
母は精神的にかなり参っている。

先日の自傷はおじさんにも原因があるのだ。

母と私は仕事と家事と育児、おじさんは仕事とゴルフと飲み会。

うう・・。




気を取り直して。

最近の息子関連の消耗品ベスト3。

第1位 マスク

給食当番の有無にかかわらず毎日必要。
(世の中変わったものだ)
衛生面を考え使い捨ての紙マスクを持たせているが、
使い捨てに慣れない私はちょっと考え中・・。
綿マスクでもいいかな〜。経済的にはどっちもどっちだが。

第2位 靴下
第3位 靴底

登校だけで往復1時間半かかる息子。

当然足まわりの消耗は激しいものがある。

1週間で靴底がかなり磨り減っているのには驚いた。

おまけに靴下はすぐ擦り切れて穴が開く。

数日ごとに「ママ〜見て〜〜」と足を上げる息子・・。

穴からひょっこり顔を出している指先(笑)

うーん、あんまり続くようなら穴を繕ってふさがなくちゃ。

買い足してばかりいられないよ〜。

靴も、知り合いのお母さんが「1シーズンで3足は要るわよ」と。

ううむ。こりゃ足腰強くなるはずだわ。


2006年04月27日(木) お茶はやっぱり出すべきか・・・

今月の仕事終了・・やれやれ〜。

今朝も胃が痛くて薬を飲んでいった。

さて行くかと思ったら学校から電話が。

朝から雨なので中止だと思っていた遠足がある〜〜〜??

慌ててリュックサックにおやつやらお絞りやら入れて、
自転車でダッシュ!!!!

職場と正反対の学校へ向かい(約15分)、
リュックを渡してランドセルを受け取り、その足で職場へ。

・・ギリギリセーフ・・。

職場へランドセルを持っていったので当然みんなは驚いた(笑)

まだピカピカのランドセルは注目の的。

その後天気はすっかり回復・・まあ、よしとするか・・。



遠足も仕事も終わってホッとする・・・間なんてない。

明日は家庭訪問なのだ〜。

どあ〜掃除しなくちゃああ。


2006年04月26日(水) お友達になりたい人・・・

役員の集まりで、たまたま隣にいた人に
「立候補されたの?」と聞かれたのに、

「りこんされたの?」としか聞こえず、

「いえ、死別です」と答えた私。

ああ、大バカだ〜〜〜〜〜。

恥ずかしいよ〜〜〜〜〜〜。

「いえ、そうじゃなくて・・」と困惑した相手。

当たり前じゃ・・。

「ごっごめんなさい!うち母子家庭なので、
つい離婚って聞こえてしまって・・」

どう言い訳しても後の祭り。とほほ〜。

穴があったら入りたかった・・。



気を取り直して。

役員、なったからにはできる限りのことはしようと。

委員長さんが良い感じの方で、この方の力になりたいと
思ったのもある。

苦手なタイプだったら協力したくなかったかも・・。

でも、その人も委員長を決める際、くじで当たってしまい、
納得いかないまま泣く泣く引き受けたと聞き、共感したのだった。

加えて、綺麗な人なんだよね〜(爆)

嫌みな美人じゃなくて、感じの良い美人。うう羨ましい。

この人が委員長なら頑張ろう。ということで。


しかしPTA会長、気合入ってるんだよね〜〜(汗)


2006年04月25日(火) もーダメ・・・

午前に学校の役員会、午後に仕事。

分刻みのハードスケジュールだったのでヘロヘロ・・。

おまけに職場では胃けいれんを起こしてしまい顔面蒼白。


夜は夜で息子がわけのわからない駄々をこねて大泣きするので、
私も限界を超えて爆発・・。

息子の皿やらフォークやら割りまくり。

その後ずーっと鬱々状態が続く。

息子の機嫌が直っても私は延々と鬱々。

頭はガンガンするし吐き気はするし、もうイヤ〜。


てことで・・。

かなりバイオリズムが低調な今日なのであった・・。


2006年04月22日(土) 試練、試練、また試練・・・。

生まれて初めて「保護者」としての参観日。

一人ドキドキ。

授業は無事終わったが、その後待ち受けていたものは・・。



保護者懇談会。

つまり、学級委員&PTA役員決めの会。

昨夜さんざん悩んだあげく、今年は立候補を見送ろうと
思っていた。

母が自殺未遂をして間が無いし、私自身も春特有の
いろいろな症状でそれどころではなかったのだ。

立候補する人は誰もおらず、あみだくじで決めることになった。

クラスから3人が選出される。

「ではまず一人目は・・。

りとるさん」


・・・え???

ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ?!


そう。

役員になっちゃったのだ。

それも、何だかよくわからない委員会の担当に・・。

さらに、その中で一人、代表を決めることになったが、
これまた私が一番不利な「じゃんけん」で・・・。

私がじゃんけんに勝つわけがないじゃないか〜!

ということで。

もちろん、負けたっす。クラス代表になったっす(号泣)。

他の二人は「やった〜〜〜」と小躍りしている。

茫然自失の私。

さらに、学年委員長および副委員長。

これは長も副もやることは同じらしい。
(要は交代でやるだけ)

って、1学年2クラスしかないじゃないかああああ。

責任が重い仕事だったらどうしようと、ついうっかり、
「うちは母子家庭なので、いろいろやることが多いと、
ちゃんとできるか自信が無いのですが・・」と言ってしまった。

すると、もう一つのクラスの委員長が、

「母子家庭だなんて言われると・・ねえ・・」

と、他の人にニヤニヤしながら目配せ。

軽いショックがここでもまた。

言わなきゃ良かった。



もう、涙出そうになった。

なんとか委員会とかいうのの委員と、

学級委員長と、

学年委員長。

一気に3つもの役職を与えられてしまったのだ。


ショックで頭がガンガン痛み出しつつ教室に戻る。

「では委員長さん、あとはよろしく〜」

・・は?

「司会。やってくださーい」

・・へ?

小学校に来るのが20数年ぶりで、
保護者としては生まれて始めての懇談会で、
クラスの中に知り合いは一人もいなくて、
何が何だか分からないのに、いきなり

司会やれだと〜〜〜〜〜〜?

「そんな・・急に・・言われても・・あの・・」

もう頭はパニック状態。

酸素不足かえさ不足か、水面で口をパクパクする鯉みたく、
しゃべろうにも口が動くだけで声が出ない。

見かねた隣の人が、
「今はこうこう、こういう状況だから、
こう言ってこう進めれば良いのよ」と説明してくれた。

うわーじゃあ代わりにやってくれよ〜〜〜。

が、子供じゃないんだからそう言う訳にもいかず。

とりあえず、まんま言われたとおり言ってみた。

何とか懇談会はすんだものの、ショック引きずる引きずる。



懇談の中で、何か相談事はないか先生が聞き、
私は、子供に家の鍵を持たせたいが・・と切り出したところ、

「それは、お母さんが決めてください」

・・そうじゃなくて・・。

「分かりました。大丈夫ですよ、そういう方は
他にもいますから」
とか言って欲しかったのだ。

何だか悪い質問をしてしまったかと恐縮してしまった。

周りは水を打ったようにし〜〜〜〜んとしてるし(涙)

私が何か悪いことした〜?!


帰宅して、夕食の支度をしながら涙が出てきた。

不安と心細さが津波のようにどどーんと押し寄せてきたのだ。

頼りにしたい先生も、一言も声をかけてくれなかった。

にんじんを切りながら涙がポタポタこぼれ落ちた。

背後で遊ぶ息子に悟られまいと嗚咽を必死でこらえたが、
涙は滝のようにあとからあとからあふれて止まらなくなった。

涙でにんじんも包丁も見えなくなった。それでも切った。

肩がぶるぶる震えた。まっすぐ立っていられなかった。

心細くて心細くて、誰かの支えが欲しくて欲しくて。


役員になったことが嫌なんじゃない・・。

それはいつか巡ってくることで、転校でリセットされたとしても
いい経験になることは間違いない。

私はもっと、人とのかかわりを増やすよう課題を授けられたのかも
しれない。

でも、課題というか試練が次々とくるので、
精神的に参ってきてしまった。

逃げ出したい、でも絶対逃げない。

立ち向かってやる。

不安でたまらない、心細くて泣けてくる。

でも絶対乗り越える。

母はかつてPTAがらみでいじめをうけ、精神科に通った。

私もつらいことが待ち受けているかもしれない。

けど・・きっと何とかなるよね・・。

もっと気楽に、って言われるけど、
私のこの心細さは、分かってもらえないかも・・。


責任感が強すぎってのも、ちょっと問題アリだなあ。



2006年04月21日(金) リリーさんの過去は私の未来かもしれない。

今日は午前から目が腫れぼったい。

朝丁寧にしたメイクもドロドロ状態・・。

というのも。

先日やっと図書館から連絡がきて、
「東京タワー」を借りられたのだ。

江国さんじゃない方ね。

いやあ、半年・・それ以上待ったかな。本当に待った。

でも、待った甲斐がありました。

少しずつ読み進め、今朝一気に読了したのだが、
後半あたりから涙腺が刺激され始め、我慢しつつ読んだものの、
ついに爆発・・・。

最後のあたりは、もう涙がボロボロ流れる状態。

鼻水も一緒に流れ出るので、ティッシュを何枚も使った。


読書でこんなに泣いたのは本当に久しぶりだ。

前回がいつだったか忘れたくらい久しぶりだ。

泣けるとは聞いていたものの、私はそんな簡単に泣くかいと
思っていたのだが・・・はい泣きました。思いっきり。

詳しく書くとネタバレになってしまい申し訳ないので控えるが、
泣けた理由は簡単。私自身の状況とかぶったからだ。

かぶりすぎて私の将来を読んでいるようで、
怖くもなり辛くもなり悲しくもなり・・・。

また、ところどころの文章がズキーンときたりして、
「ああそう、そうなんだよ、私もそう思っていたんだよ!」と
激しく共感したりもした。

同じこと思ってる人が他にもいたんだなあーと。


借りる際、カウンターで
「まだ158人あとに待っている方がいますので、
早めにお願いします」

と言われたが、さっさと返す気になれない。すんません。

もう一度響いた文章を読み返したいなと。

私と母、父、ダンナ、息子・・。

自分のことももう一度考えてみたいなと。

いい本だった。

ベストセラー嫌いの私だが、これは別。うん。


2006年04月20日(木) 息子よ誘惑に打ち勝つのだ〜

今月の仕事が始まったが、
自分より息子のほうが家を出るのが早くなり変な感じ。

7時半前には「いってきま〜〜す」と家を出る息子。

まだまだ新鮮さ・緊張感満載(笑)。

息子を見送っていると、何だか感慨深い。

その1時間後には私が家を出る。


しかし・・。

一年生には登下校の途中にさまざまな誘惑があり・・。

私の頃は、学校の近くで怪しいおじさんがいろいろなものを
売っていたっけ。

伸び縮みする便利なボールペンとか・・。

欲しくて欲しくて、家に走って帰りお金を貰い、
学校近くまで舞い戻って買ったこともあった。

私は普段物を欲しがらない子供で、お金を請求することも
なかったので、母は怪しいと思いつつお金をくれたのだと思う。

今思えば悪いおじさんだよな〜と思うよ、ほんとに。

で、今、息子を誘惑しているのはタバコ屋の前にある
「ガチャガチャ」だ。

お金を入れてレバーをまわすとカプセル入りのオモチャが
出てくる、あれ。

ガチャガチャ好きの息子は、毎日タバコ屋へ寄り道しているらしい。

あれだけ学校や家で「寄り道禁止」と言われてるのに・・。

まあ私も寄り道したけどね。今はこんな世の中だからね。


金くれ金くれとうるさい息子に困惑の私と母。

しまいに私の財布を勝手に開けて「(100円玉が)3つある!」と
言い出すし・・おいおい!親の財布勝手に見るな!!!

将来こそっと親の金を盗む息子の絵を想像してしまい、
頭が痛くなってしまった。ダメ母だよねほんと・・。

が、ほいほい孫にお金を渡す義母と違い、母も私も
頑として息子にお金をあげなかった。
(母はすでにその日貯金用に200円息子にあげてたし)

いやあ、息子荒れた荒れた。

でもなあ・・こういうことはきちんとしないとね・・。


タバコ屋のおばーちゃん!

しばし店頭からガチャガチャを撤去して〜〜〜。

子供が寄り道しに入ってきたら叱ってやって〜〜〜〜。


2006年04月17日(月) もはや悲鳴をあげております・・・。

もはや更年期か。

それとも春特有の症状か。

自律神経か。


夜中、突然体中が「カーーーッッ」と熱くなって、
「熱でも出たかな・・参ったな・・」と思いつつ耐え、
朝になって元に戻っている、ということが最近多いのだ。

カーッとなる、といえば更年期障害をイメージする私は、
若年性更年期障害かも、と思った。

が、そういえば今は春。

春と言えば、自律神経で毎年病院のお世話になっている私。

いろいろな症状で病院に行くも、診断は一言。

「うん、そりゃ神経やね。」

先生・・いつもそれだけかい・・(汗)

特に、一日の気温差が大きいと私の神経は悲鳴を上げる。

「今の時期はしょうがないね・・」

って、せんせ〜い!


そんな症状に加え、息子が小学校にあがり朝早くなったので、
私が先に起きていなければ!というプレッシャーがものすごく、

夜明け前から何度も何度も目が覚める。

しかも「すわ寝坊か!」と心臓がびくうっとして。

で、時計を見て安堵するのだが、一度驚いた神経は、
そう簡単に落ち着いてはくれない。

ドキドキドキドキ、心臓の鼓動を聞きながら必死で眠りに
つこうとする・・寝なくちゃ、寝なくちゃ・・。

なので、目覚まし時計が鳴るより先に目を覚ますのは
悪いことではないものの、心身ともに疲れがたまるのは明らかなのだ。

このストレスが引き金となり、過食が進みつつあるので
体重は増え続け、さらに胃が痛み出し、まったくもって悪循環。

今週は加えて仕事が始まり、初の参観日、保護者会、
病院通い、息子も初の5時間授業。

来週は仕事、息子は遠足、でもって家庭訪問・・。

怒涛のイベントラッシュで、私、体持つかしら(涙)

息子が元気なのがちょっと救いかな・・とほほ・・。


2006年04月16日(日) 親の自己満足なんですが。

嵐の初登校週間が終わり、
土曜日は仕事(これも初めての業務ばかり)をして、

やれやれ〜、やっと休みだ〜〜〜〜。

・・・なんてのんびりしてはいられない。


たまった洗濯物を一気に片付け、
掃除をして、にゃんこのトイレを洗って、
息子の上靴と長靴も洗って、
その間息子に食べさせて、
月曜日の準備をさせて、

さて車洗って雑巾縫おうかと思ったら、思い出した。

先日写真館で撮った息子の写真、選びに行くんだった・・。


で、母を連れて(目は多いほうがいいので)いざ行かん。

むずがる息子をなだめつつ(何歳だよもう)写真を選び注文。

ついでに七五三の写真も撮ることになった。

母がこれだけはずーっと気にかかっていたらしいのだ。

お参りだけでは形に残らない。と。

嫌がる息子をアイスで釣って(笑)、何とか撮影。

6歳なりたての早生まれ息子なので、七五三のはかまは
すべてサイズがバッチリ。

顔立ちがミョ〜にハッキリしている息子は、
着物姿がなかなかサマになっていて、母などは絶賛していた。

息子も苦しいながらもまんざらじゃない様子。

母は「これでつかえがとれた〜」と満足げだったが、
また写真選びに来なきゃならないんだった〜〜・・。

こりゃ、すべて手に入るのは5月半ばだな・・。


2006年04月14日(金) 花の誘惑

よ、ようやく金曜日・・。

ちょっとバテ気味のりとるっす。

朝が早いので午前中からいろいろ用事をこなしてしまい、
昼前にもうバテバテで(汗)

午前11時にはお腹がなってフラフラなので、早めの昼食を。

一日が早いったらありゃしない。

息子は昨日、初の午後下校で、さすがにお疲れ気味だった。

それでも帰り道、花を見つけると浮かれまくり。

タンポポ、桜草、ビオラ、レンゲソウなどなど・・。

いちいち立ち止まっては、
「きれいー!」「これうちにもある!」「この花育てたことある!」
と大声で話す話す。うううるさすぎ・・。

一緒に帰る子のお母さんに、
「花に興味があるんだ〜!」と驚かれてしまった。

そういえば、花屋に行けばミニブーケや鉢植えを欲しがり、
園芸屋に行けば花の苗を欲しがる。

母に似たのか・・。

私も花は好きだけどここまでじゃないかも。


他の男の子は道端の花をちぎっては投げ捨てていたが、
息子はそれを拾って大事に家まで持って帰った。

その後は「ハイママ何とかして」なんだけど(苦笑)。

花が好きなのはいいことかな。

未来の雁屋崎省吾(字なんか違う・・)か〜なんちゃって。

あんな才能、あるといいなあ。


2006年04月13日(木) 私も食べたーい。

本日より給食開始。

帰りも午後1時半と、2時間半延長。

どちらにしてもあっという間に時間がきてしまうのだけど・・。


話によれば、息子の通う学校は給食がことのほか美味しいらしい。

小学校の給食の味なんてどこも同じ、と思っていた私はビックリ。

今はメニューも昔と変わったもんね〜。

私は揚げパンが好きだったなあ(逆がレーズンパン)。

でも、おおよそ学校のパンはパサパサで美味しくなかったっけ。

牛乳もビンで運ぶのが大変だった。
(お腹を壊すので冷たい牛乳が飲めなかった・・)

今は紙パックにストロー。

楽しみなデザートは冷凍みかんだった。

今もなおあるらしいのがソフトめん。ああ懐かし〜〜。

米飯はもう四角いステンレスの容器じゃないらしい・・。
(私の頃はしかも週に1、2回しかなかった)

今はパンもごはんもいろいろ種類があるらしい。

いいなあ〜。


・・と、ダラダラ書いてやっと本題。

息子、初の給食の感想は・・。

「美味しかったよー」

だった。ホッ。

が!驚いたことに!!

牛乳は全部飲み、フルーツ盛り合わせも全部食べたというのだ。

さすがに聞いたときはわが耳を疑った(笑)

みかんやパイナップルなんて絶対食べなかったのに・・。

牛乳も家では絶対飲もうとしなかったのに・・。

・・ちょっと感動した。

明日はカレーライスだから心配ないよね。

と思ったら息子、

「アスパラがねー・・。アスパラは絶対無理・・」だそうな。

メニューを見るとしっかりアスパラの文字が。

おお、抜かりなくチェックしてるな、息子。

アスパラ美味しいのになあ。


2006年04月12日(水) 可愛い子供服・・そろそろ卒業?!

今週は太陽を見てないような(汗)。

昨夜は雨の激しさでうるさくて眠れなかったが、
朝になってあがっていたのでホッと一息・・。

雨の中の登校はなかなか大変なので・・。


しかし、一緒に行く男の子たちって、
相変わらずテンション低い〜。

世の中み〜んな、つまんね〜の・・って顔だよお。

もっと元気出そうよ〜〜〜。

子供は元気でなくっちゃ〜〜〜。


それに、今の子供って、何だか厚着。

昔は、1集団に1人は真冬でも半袖半ズボンの子がいたぞ。

見てるこっちが寒くなったくらい(笑)

でも今は何かごちゃごちゃ着てる・・。

月曜も、息子のみ軽装で、後の子達はブルゾンやら
ジャケットやら、ボコボコはおりもので完全装備。

30〜40分も歩けば暑くなるんじゃ?と思うけど・・。


そういえば、姪もいつもボコボコに厚着されている(苦笑)。

以前、冬に5枚着ていたことがあって、
義母と二人でビックリしたことがある。

脱がせても脱がせてもまだ着てる・・コントみたく(爆)。

義妹は私より10も年下なんだけど・・不思議。

本人は暑がるし動きづらそうだし、
体温調節もしにくくなってしまうのでは・・?!

・・でも義妹には何も言えない。


話はそれたが。

この時期は、子供に着せていく服で悩む悩む。

晩御飯のメニューくらい悩む。

その点はまだ真冬のほうが楽かもね。


2006年04月11日(火) 結構しっかり者のくせに泣き虫。

一日雨・・・。

朝、ランドセルにカバーをかけ、レインコートを引っ張り出して
着せて行かせたが、帰りはどうなることやら。

「帰りも雨だから、カバーしてレインコート着てくるんだよ」
と言い聞かせてみた。一応(笑)。

「わかった〜」なんて返事が返ってきたが、半信半疑の私。


昨日と同じく11時過ぎに迎えに行った。

激しい雨の中ゾロゾロと帰ってくる子供たち。

おお!

息子はちゃんとランドセルにカバーをかけ、
レインコートを着ているではないか!


・・ちょっと感動した(笑)

ランドセルカバーをしていたのは息子と、女の子がもう一人くらい。

レインコートに至っては息子のみ。

すでに傘の骨がボキボキに折れている子数人・・。
(男の子ばっかり)


しかし、男の子はどーして傘で遊ぶかなあ。

でもってドロドロの田んぼに入るかなあ。

長靴の中まで泥が入るじゃないかあ。

女の子がいれば「そんなとこ入っちゃダメなんだよー!」って
叱ってくれるらしいんだけど(笑)

男ってばホント〜にもう(汗)

そういえば私も小学校の頃、ふざけてばかりの男子に注意して
「うるせーブス〜〜」って言われて頭来てたっけ。

「男ってバカばっかり!!」って。

今も昔もしっかりしてるのは女の子なのね。


帰宅した息子は昼食後におやつを食べたがり大泣き。

母は眉間に縦皺がクッキリ・・。

褒めたり叱ったりもう大変。

しかし、本当に泣き虫の息子。

ただ話しかけても泣いたりする。

「泣いてばかりじゃダメだよ〜」

「泣いてなんていないもん!ウワ〜〜〜〜〜ン」

・・・。

泣いてるって(汗)

すぐメソメソする息子に母もキレ気味。

最近は息子が泣き出すと私も母もため息が出てしまう。

とほほ・・。





2006年04月10日(月) 小学校初日なのだ!

本日初登校。

ってことで、昨夜は寝付けなかった私。

隣でグーグー寝ながら回転して私をキックしまくる息子が
羨ましいったらありゃしない。

朝は朝で4時半くらいから目が覚めて何度も時計を見る始末。

どうも息子より私のほうが緊張しまくっていたみたい・・。


早めに家を出て大きな通りで待っていると、
10分くらいしてようやく上級生たちがやってきた。

男の子グループ総勢5人。

道路に横一列に広がって歩くのはやめてくれーい。

息子が一番道路の端っこを歩いていた。エライ。

私は見送るだけで終わったが、学校までついていく親も
いたようで、私って放任過ぎ?!と不安になってしまった。

何だか、だいじょ〜ぶかな〜なんてぼんやり思ったもので。


が、家ではずっと心配で心配で。

8時20分になれば、
「ああ、予鈴が鳴った・・席についているかなあ・・」

30分になれば、
「始まった・・トイレとか大丈夫かなあ・・」

その後も時計を見ながら、今頃どうしてるだろうと
思いをめぐらせ、心配ばかり・・(苦笑)

新一年生を持つ親ってみんなこうなのかな。

初めて幼稚園に行ったときも心配だったけど、
(まだオムツとれてなかったし・・・)
登下校の心配は無かったしなあ・・。

そのときそのときで違う心配ってのがあるものなのね。

親ってずーっとずーっと子供の心配していくんだなーと実感。

母は、
「ちびりとるなら、あれで結構しっかりしてるから大丈夫」
なーんて言いつつ、実際は私や弟の心配ばかりしてるし。

言ってることと実際が違うぞーと。


午前11時、下校時間。

中間地点まで迎えに行く。

大通りの向こうで先生に引率された一年生がゾロゾロ。

やれやれ。息子もちゃんといた。

「ママー」「ママー」とみんな大騒ぎ(笑)

幼稚園よりずっと大きくて重いランドセルを背負った息子は、
途中でちょっとぐずって泣いたものの、何とか無事帰宅・・。


あ〜疲れたあ(爆)

眠気と疲れと続く緊張感とでもうクタクタの私。

が、まだ難題が!

体操服が無いのだ〜。

今週着ていく日があるというのに、
店はどこも120、130サイズが売り切れ・・。

体操服は学校指定で学校で販売する、という固定観念があって、
(今は自由なので驚いた)今まで買うことを考えてなかったのだ。

遠くまで足を延ばしてやっと見つけたときは本当にホッとした。

自分の頃の考えのままじゃダメなのね〜(当たり前か)。

帽子や机の引き出しを買うなんてのも昔は無かったことだし・・。

時代の移り変わりを実感。


帰宅して意識朦朧としつつ夕食を作った。

今晩も早く寝るぞおー。

明日雨なのが憂鬱・・。


2006年04月09日(日) 休日が待ち遠しくなりそう・・・

ああ、今日は良いお天気。

明日から荒れる・・って、おい(汗)

最初から雨はないでしょ〜〜。とほほ・・。


しかし、息子入学でワタワタしていたら、
PCのメールソフトがおかしくなってしまった。

送受信完全に不可能・・(涙)

私よりはPCに詳しい弟がいたのでみてもらったが、
原因が分からず。丸2日四苦八苦した。

仕方なく他のメールソフトを立ち上げてみたら、
何とか送受信ができた・・どーなってんだか??

正負の法則とはいえ、いろいろイベントありすぎ!!


ま、何はともあれ一段落・・。

明日からは高校生の時以来の早起き生活が始まる。
(バス乗り継ぎで片道1時間半かかってたのよね・・)

ぐわ〜、血圧上げなくちゃ〜〜〜。


2006年04月08日(土) ボーっとしたい・・・・

息子のピカピカのランドセルに真新しい教科書を入れる。

うう、お、結構重いぞ。

これ背負って学校行けるのかしらん。

親の不安は尽きない。


息子は昨日から弟にベッタリだ。

弟は帰るに帰れずギリギリまで家にいることに。

息子が弟にじゃれる姿は、まさに休日に父親に
まとわりつく子供そのもの・・。

弟が帰ったら息子の喪失感は凄いだろうなあ。

弟はすっかりヘロヘロ状態。

息子はまだまだパワー全開。

こりゃ仕方ないか・・。


私も少々ヘロヘロ気味ながら、溜まっていた家事をこなす。

掃除機久々にかけたかも(爆)

病院へ行ったらどっさり薬を渡された。

数値には出ないものの、ヒノキのアレルギーがあるかも、とのこと。

咳や痰、鼻水の症状に加え、外出すると喉が痛むのだ。

当然機嫌が悪くなり息子を叱りまくる私(汗)

もーちょっと息子の声が小さくならないものかなー。

しかし、入学式での校長の挨拶の内容を覚えていたので驚いた。

聞いていないようで聞いてるな〜。

私のほうが上の空だったかも(汗)


2006年04月07日(金) ピカピカの一年生。

息子、晴れて小学生。

あー、もう今月はドタバタでPCに向かう暇すら無く・・。

入学式が終わってホッとする間もなく、
名前書きやら書類記入やらに追われてばかり。

ヘロヘロ・・。

遠方から弟が来て入学式に行ってくれたので助かった。

あの荷物は重すぎる〜!!!

慣れないスーツにパンプスだけでも片道40分はキツイのに・・。

弟はすっかり荷物持ちになりにけり。

息子は帰り道すっころんで大泣き・・とほほ。

幼稚園からの友達や近所の知り合いもみんな他で、
息子だけポツンとクラスが別になってしまった。

これは息子というより私に与えられた課題か・・。

もっと声をかけてママ友達を作れっていう指令なのかなあと。

はあ・・憂鬱だ・・。

一匹狼ママを探そうにも、だいたいグループが出来ている。

幼稚園や保育園で一緒だったとか、近所の仲良しグループとか。

ここに入っていくのは至難の技・・。

ああもう、息子より私がどうにかなりそーだ。


来週からいよいよ怒涛の日々が始まろうとしている。

天気までが私をあざ笑うかのようだ・・。
(予報ではあまりよくないみたい)

は〜。



2006年04月01日(土) 自殺未遂

気が付けば4月になっていた・・。

日記更新は気になっていたけれど、3つの理由があって
今までできなかった。

一つは仕事が忙しかったこと。

一つは風邪を引いて体調がすぐれないこと。

で、あともう一つは・・。

あー、これ書きたくなかったからPCから遠ざかってたのかなあ。



先週、息子の誕生日を祝った夜、母がまた自殺を図った。

以前にもトイレなどでリスカしていたようだが、
おバカな私は血まみれのペーパーを見て自分の出血かと思っていた。

その晩は、錯乱したのか、母は夜中に突然パジャマのまま
家を飛び出した。

道路の真ん中でぼーっと突っ立っていたのを、
警察に保護されたのだ。

一歩間違えれば車に撥ね飛ばされていた。

夜中に何度か電話がなったのは、知らせを受けた叔父から
だったのだが、私は気分が悪くて起き上がれなかった。

何だか分からないが気分が悪くて眠れなかったのだ。

隣では息子が延々と咳をしながら眠っていた。

朝、母が行方不明なことを同居のおじさんから聞いたとき、
(「夜中に急に出て行ったけどどこいったんだろー」と)
私は胸がざわざわとして嫌な予感がした。

ふと電話を見ると留守電のメッセージが入っていた。

聞くと叔父からで、母が警察に保護されているとのこと・・。

私は何がなんやら分からず、一人パニクった。

息子が真っ青な私の顔を覗き込み「どうしたの?」と聞く。

「ねえばあばは?ばあばがいないよ、どこいったの??」

母を捜す息子。

私は心臓の鼓動が大きすぎてクラクラしながら、
震える手で電話帳を開き、警察の番号を調べた。

あ・・。

デジャヴだ。

6年前の。

ダンナが逝ってしまった日。

同じように、電話帳を開いて警察の番号を調べたんだ・・。

当然、フラッシュバックが起こり、その場で倒れた。

胃の中のものが全部出そうになった。

体中の血が、すーっと消えてなくなっていくかのようだった。

あの日と違うのは、お腹の中にいた息子が、今はそばにいること。



必死で体を起こして警察に電話をしたら、
母はすでに叔父のところに送られたとのことだった。

私の名や住所は頑として話さなかったそうだ。

叔父の家へ母を迎えに行った。

母は何事もなかったかのようだった。

いきなり問い詰めるのもと思い、私も何も言えずにいた。

結局なんだったのか、今もって母は話してくれない。

精神的に自分の容量を超えるものがあったみたい、と
後日母からメールが来た。

でもよくわかんない・・とも。

自分でもなぜそうしたか分かっていないようだ。


叔父に「しばらくお母さんのこと気をつけていて」と言われ、
私も心の余裕がまったくなくなった。

朝昼晩、母の具合が気になり落ち着かない。

私を産んだばかりに苦労ばかりしているので、
私の不安は私自身を責める方向へと向かっていく。

仕事していても買い物していても涙が出る。

「誰か助けて!!」と心の中で叫ぶ。

誰か私の叫びに気付いて欲しいと・・。


数日後、母の腕にすさまじい自傷のあとを見て、
さらに気が動転した。とっさに気付かないふりをしたが・・。

去年の私の自傷が、かすり傷に思えるほどのものだった。

胃がキリキリ痛んだ。

めまいがした。

母は私を産んだ頃も酷い鬱で、精神科に通っていたらしい。
(今でこそ「心療内科」なんてあるが、当時はなかった)

その頃に匹敵するか、それ以上の鬱が母を蝕んでいるのか・・。


これから一年でもっとも母と私が体調を崩す季節だ。

息子はますます口うるさく手がかかって仕方ない。

来週は入学式、新しい環境に息子より私がついていけるかどうか。

不安で不安でたまらない。

怖い。

大丈夫、って思っても、心のどこかで怯えている。

パートナーがいないと、こういうときにつらいな〜。

「俺がついてるよ、よしよし」って言ってもらえるだけで、
どんなに心が軽くなるか。安心できるか。

母も友人も私を支えてくれるのだから、
贅沢言っちゃいけないんだけどね。

でも、母のことがあって、余計に私も不安定になっちゃった。

入学式、息子と二人きりは寂しいよ・・。


りとる |MAILHomePage

My追加