りとるのひとりごと。
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2002年03月31日(日) ミッキーマウスの木

うわあああん。

いきなり「泣き」から入る今日。

だって。だって。だってえええ。

今朝、息子を抱っこして階段を下りようとしたら、
何かを踏んづけたのだ。

ちょうど足の裏の、土踏まずに当たった。

「ん?こんなところにゴミ落ちてたっけ??」

そう思い見てみると。

「ギャッ」

・・・大きなゴキブリがひっくり返ってた・・・。

ああ、踏んだあの感触がまだ足の裏に残ってる・・。


で、ティッシュを取り包もうとしたら、

ジタバタジタバタジタバタ。

ひえええええ!!!!

いいいいいい生きてるうううう!!!!

ギャーギャーわめきながら何とかティッシュに包んだ。

昨日はカメムシ、今日はゴキブリ・・。

んじゃ明日はムカデか????

いやだああああああ〜。



気を取り直して。

今日は天気も良く、早速ラベンダーの寄せ植え作成。

完成後カメラでパチリ。

なかなか上出来。よっしゃよっしゃ。

で、その後また園芸店へ。

というのも、昨日見た「ミッキーマウスの木」が気になって・・。

以前から、息子の記念樹をどうしようか考えていて、
鉢植えでも良いかなと思っていたのだった。
ちょうどこの木は開花が息子の誕生日の頃だし。
なにせ珍しい。
本でしか見たことがなく、昨日初めて実物を見た。

昨日は2本あったのが、今日行くとすでに1本売れていた。

「これはなかなか他では見つからないですよ。うちも何とか
2本だけ手に入れましたけど、もう1本しかないですしね」と店員。

ふう、間に合ったのねん。

ホッとしているとアナウンスで「オークションが始まります」とな。

息子は同居父にみてもらい、母と二人で会場へ。

いつもの価格の半値近いということで、つい買ってしまった。

母は初恋草、私はタイツリソウ、他にもちらほらと。

ああ花を見るのは心が和むわ。

息子も暴れまくって疲れたようで、今日はすぐ寝ちゃった。

ミッキーマウスの木、大切にしなくっちゃ。


あ。で、なぜミッキーマウスの木かというと・・。
黄色い花が真っ赤になり、実が緑から真っ黒になって、
その姿がミッキーマウスのようだから・・だとか。
たしかに実がミッキーの鼻そっくり。
ミッキーよりプーさんの方が好きだけど(笑)


2002年03月30日(土) カメムシにまたやられた・・・

ぐえええ。

ぎぼぢわるううううい。

寝室はいまや毒ガスが充満し、長居してると吐き気がしてくるのだ。

息子はスヤスヤ寝てるけど・・。


今日は天気が良かったのでシーツを洗った。

しかしどうやら干している間カメムシがくっついてたようだ。

取り込むときはいつもバンバンと払うのだが、払いが弱かった。

カメムシは室内までついてきた。

息子が寝る前、どうも部屋が臭いなーと思ったら・・。

ぶうううううううん。

うわあああああああ。

カメムシいいいいい。

・・・・。

何とか格闘して生け捕りに。潰すとさらに地獄なので。

しかしシーツに、部屋に染みついたカメムシの匂いは
そう簡単には消えないのであった。

おえええ。

今も自分の身体から何となくカメムシの匂いが漂い・・・。

頭クラクラ、吐き気おえ〜。

今日はこれで2匹目だ。

茶色くてばかでかいカメムシ・・いったいいつまで出るの??

もういやああん(涙)



話は変わって。

今日は息子を母に預け、友人と園芸店巡りをしてきた。

春よねえ。

店の苗も種類が豊富、色とりどり。

ゆっくり食事もできたし。お茶も飲めた。

ああ何て贅沢。

家に帰ると息子が再びベッタリ。やんちゃ。

母曰く
「今までおとなしかったのに。ママ帰ってきたらこうよ」

・・・おいおい(涙)



明日はガーデニング〜。


2002年03月29日(金) 手に入れたとたん失った幸せ

12月に植えたチューリップ、ついに第1弾が開花。

ヒマさえあれば窓からボーっと見る。

やっと咲いてくれた。長かったなあ。

・・なのに雨が降ってきて花閉じちゃったよおおん。

プリプリ。


プリプリといえば、私は今日も一日息子に怒りっぱなし。

母に「感情的になってるから良くない」と言われてしまったさ。

うう、何だか追いつめられてるよー。

もっとマシな母親になりたいんだけど・・。

難しい・・。


難しいといえば、ささやかな幸せをGETするのは何て難しいの。

私の夢は、
三枚目だけど心が暖かい男性と結婚して、
子供産んで、
小さいながらもマイホーム建てて、
家族で平和に暮らす・・ことだった(と思う)。

世の多くの人が実現させていることだ。
決して夢ではないと思っていた。
当たり前のように実現できるものと思っていた。

・・・が、

思っていた以上に難しいことだった。

結婚して子供は産んだ。

が、生まれてきた子に父親はいなかった。

ダンナは家を建てることを計画していた。

しかしどこからもお金が借りられず愕然としていた。

相当ショックだったらしく、職場からメールが来たくらいだ。

ダンナが死んだのはそれから幾日もたたない頃だった。


ダンナと子供と暮らすことが夢で終わるなんて。

世の中離婚率はグッと上がり、母子家庭も父子家庭も珍しくは
なくなったようだが・・。

ダンナは病気を苦にしていたわけでもなく、
リストラされたわけでもなく、
学生で、いじめに遭い続けていたわけでもなく、
巨額の借金を抱えていたわけでもない。

・・・なんで死んだんだろ?????

鬱のせい。と簡単に片づけたくなくなってきた。

そんなもののせいで私と息子は自死遺族になってしまったのか。

大切な大切なたった一つの自分の命をダンナは自ら消し去った。

それほどまでに鬱とは恐ろしいものなのか・・。

うち勝てなかったダンナも私も情けない。

くやしい。


くやしいと言えば、テレビで子供がお父さんと遊んでいるのを
見るにつけ、くやしい思いでいっぱいになる。

幸せそうな夫婦、家族を見ると蹴り飛ばしたくなる。

こんな性格だから幸せになれないのね、ほほ。

あー泣けてくる。

もういやん。


2002年03月28日(木) 愛する男からの暴行・・・。

昨夜、夜明け前にキレた。

大声で怒鳴った。

真下で寝ている母はビックリして、その後眠れなかったらしい。


毎晩のことなのだが、息子は寝ぼけて私を蹴りまくる。

ガンガンガンガン蹴り、蹴り、蹴り、私の身体の下に
もぐり込もうとするのだ。

・・んなことしてどーするよ・・。

「たかが子供に蹴られるくらい」と思った方、
2歳児の蹴りをなめてはいけない・・・。

お腹の一番柔らかい、弱い部分を立て続けに蹴られるため、
私は布団の中で苦悶の表情となる。

と同時に腹が立って腹が立って、こちらも全力で息子を押し戻す。

息子も負けじと身体全体で襲いかかる。

息子の頭突きもハンパではない。
何度も鼻が折れそうになった。
激痛。涙。
目も潰れそうになった。
歯も折れそうになった。
・・。

泣きながら、蹴り&頭突き。

毎晩。



あー、

朝まで一度も起こされずにぐっすり寝てみたいぞー。

永遠に寝てるダンナが恨めしい。

いかんね、またダンナ引っぱり出して。

最近育児バトルネタばかりだなー。

も少しほのぼのとした話題がないもんかしら。

・・・。
・・・。
・・・。

ない(爆)


2002年03月27日(水) 泣き言言わせておくんなさい

ぐおおお・・・・。

一日無人島でのんびりしたいぞ。

それが無理なら一日入院したい。

もういやっ!っていうほどのんびりしたい。

ダンナのことも
息子のことも
家族のことも
みーんなみーんな忘れて


・・あまりに非現実的な発言でありました。

昨夜あれだけ遅く寝たのに、息子はいつもどおり起床。

グッタリ眠る私を身体全体使って起こしにかかる。

・・・拷問だあ。

息子よ、おまえの親はたった一人しかいないんだからね。

大切にしておくれよん(涙)


今更ダンナに恨み言言ったって始まらないんだけど。

言いたいぞ。うずうず。

そりゃダンナには安らかに眠って欲しいけど。

それもなんだかずるい。

死んだ者勝ちだなんて思いたくないぞお〜。

ダンナがうらやむくらい、
自殺しなきゃよかったなーって思うくらい、
私と息子は幸せにならなくちゃ。

って、聞いてる?ダンナっっ。

「こんなに手が掛かる子初めて見た」って母親に言われたぞー。

わはは。

・・・って、嬉しくないよ(涙)

今日も息子は私にベッタリ。

私もダンナにベッタリくっついていればよかった。

・・あ、無理だ。

ダンナ汗っかきだから、気持ち悪い(爆)


2002年03月26日(火) 育児ノイローゼ?!

・・・・。

息子、つい先ほど眠る。

午前1時半。

・・・・。

エンピツ更新する余裕まるでなし。とほ〜。

・・・・。

こうなるには夕方からいろいろあったわけだけど。
今日は逐一書く元気がない・・。

疲れたっす。

母に責められた。
「なんでこんなに手が掛かる子なの。一体どういう育て方したの!」

泣きそうになってしまった。

最近胃が痛い。

頭もクラクラするし、肩こり酷いし、首がこわばる。

何もしたくない。

遺族年金考えもせず使いまくる。

母は「ちびりとる殺して私も死にたい」とまで言い出すし。



もう寝よ。


2002年03月25日(月) バスルームで泣きわめいて

天気も良く、気温もそこそことなれば、世のママさん方は
子供と散歩に出かけたり公園で遊んだりするのだろーなー。

「子供は外が好きだもの、家の中ばかりじゃ可哀想」

そりゃそーだ。

んなこと分かってる。

しかーし。


息子を外に連れ出すのが怖い。

「外で遊ばせてあげないと」と思えば思うほど憂鬱になる。

ムリヤリ自分を奮い立たせて息子を外に出すこともある。

が、近所の方に「すみませんすみません」とペコペコ謝る事ばかり。

気を遣ってハラハラしてぐったり疲れる。

近所にいる小さい子は女の子ばかりなので、息子のやんちゃに
ただただ呆然として泣き出すばかり。

散歩に行っても遊びに行っても最後は泣き叫ぶ息子を抱えて帰る。

自分も半べそかきながら。



なので、今日は外に出たがって泣きわめく息子を一喝して、
一日家にこもっていた。

もういやだ、もう疲れたよ・・・。

ずっとべったりくっつく息子。息子の座椅子と化す私。

夜、お風呂にお湯を入れようと息子から離れた。

とたんに大泣きして追いかけてくる息子。

ムリヤリ引き剥がしてお湯を入れる。

結局お風呂に入っても泣きっぱなしの息子。


次第に泣きやみ、静かになった。

やれやれ。

身体を洗い、息子を抱き上げ湯に浸かった。

少々ぬるめのちょうど良い湯加減。

しかし息子は、湯に浸かったとたん泣き叫ぶ。

その泣き方たるや、拷問部屋の囚人みたい。

ぜっったい虐待と思われる。

まるで自分が殺されるかのような叫び方。

私の声なんて完全にかき消されてしまった。

諦めて湯から出すと少し落ち着いた。


じゃあ出るかと、バスタオルを取り息子の身体を拭き始めた。

とたんに。

またさっきの大泣き。

「殺されるうううう!!!!!」ってな感じ。

・・・・。

勘弁してくれえ・・・。

私まで涙が出てきた。


かつて虐待されて死んだとされる子供の親が反論したことがあった。
近所の人が言うに、時折風呂場から「殺される!ギャアアア」という
子供の叫び声がしたというが。
親曰く「息子は顔にお湯がかかっただけでも大泣きした」
ホントなら、めちゃくちゃ親の気持ちが分かるよ・・。



「母親なら子供の気持ちが分かるでしょう」といつか言われた事がある。

・・・わっかんないよ。

息子の気持ちなんて分かんないっっ!!!!

私は母親失格だ。

せめて言葉が通じればと思うこともある。

息子のしゃべる意味不明な言葉も「母親なら分かるでしょう?」と
言われたことがあるが、分かるわけないっつーの。

息子は私のお腹から出てきた宇宙人なの。

お互いを理解するにはまだ時間がかかる。



私も人間。

時には頑張れないこともある。


2002年03月24日(日) やはり無謀な行為であった・・・

ううさむさむ。

黄砂で車がきったないのなんの・・でも洗っても1日で元通りさ。

でもそんなばっちい車で外出。

いい加減冷蔵庫がからっぽなもので。

で、いつものように息子は母にみてもらって・・と思ったが、
息子は何かを察して絶対私から離れてくれない。

磁石のNとSのように、ぴったーりくっついてばかり。

とほほ、これじゃあ出かけらんないよお。

仕方なく、連れていくことにした。

買い物の間は寝ていておくれ〜とかすかな希望を持ちつつ。


最初の目的地に着く前に、息子ご就寝。

本屋、写真屋、ペットショップとまわったところで息子が
目を覚ましてしまった・・。

あとは食料品買うだけだったのに〜(涙)


しかたなく、息子を連れてスーパーへ。

カートに息子を座らせる。

店内に入る。

1分経過。

「ギャアアアアアン」

おいおいおい。

おまえはカートで1分しかもたんのかいっっっっ!

カートを押して走る。

えっと、卵、牛乳・・・こんにゃく・・あ、肉だ肉・・。

店内をカート押して走る女。

カートにはギャンギャン泣く2歳児1名。

レジで会計済ませて、急ぐあまり品物を忘れそうになる始末。

こっちが泣きたいよ・・。

頭に浮かんだ必要最低限の食料品を買い、のけぞる息子を抱えて
般若の表情で駐車場を走る私。

腕が痙攣して息子を取り落としそうになる。

ますます泣く息子。

チャイルドシートに押しつけてベルトを締める。

車を出す。

家に帰るまで泣き続ける息子。

イライライラ。運転に集中できない。

アクセルをぐぐぐっと踏み込む。

車が悲鳴を上げる。

手のひらが汗でぐっしょりになる。

家に着き、開口一番。

「もう絶対連れていかない、もーイヤ!!」

その後も一日私にくっついて離れない息子なのであった。

・・頼む・・トイレだけは行かせて・・(涙)



2002年03月23日(土) お買いあげ〜♪

まーた寒くなっただわ。

息子に蹴飛ばされて布団からはみ出るから風邪引きそーよ。

一度で良いから布団の真ん中で寝させてちょうだい・・お願い〜・・。


さてさて。

本日車を3時間半かっ飛ばして、猫の店にいった。

知らない道で右往左往しながら、ようやく到着。

こぢんまりとした店内は猫、猫、見渡す限り猫だらけえ〜。

猫嫌いの人入れたら拷問部屋に早変わりだわ(笑)

わたしゃ朝から晩まで居たいと思ってしまった。

可愛い仔猫が次々と出てきて「買って〜」と訴えてくる。

うんうん、買ってやるぞ、買ってやるぞ(←おやぢ・・・)


んで。

買いました。

シルバー&ホワイトのスコティッシュフォールド。

チンチラゴールデンのエキゾチック。

計2匹様。

当初スコとアメリカンカールをかうつもりだったが、母が
「この子モコみたい!この子がいい!!」と言い出して。

モコの毛を短くした感じのエキゾチックだった。

ああカールちゃんごめんねごめんね〜。

2匹ともまだ生後30日あまりなので、まだ母乳。

引き渡しは1ヶ月後の予定。


あ、名前考えなくちゃ・・。


しかし怪獣ちびりとるは店内でもおとなしいのは最初の5分だけ。

あとはもうギャーギャーうるさくて落ち着かず、母が車の中に
連れ込んだ。
店の前は車がビュンビュン走ってるし、そっちへ飛び出そうとするし。
車の中で遊ばせておくと機嫌が良い。
いつもはチャイルドシートばかりだから。

帰りは車中で寝てしまい、そのまま布団の中へ。

ベスト着たまま、オムツも替えられず、歯も磨けず・・・たはは(汗)


2002年03月22日(金) ねこネコ猫

エンピツの更新をする今、私の両目は疲れ果てている・・。

ううん目が痛いじょ。

しばし猫関連のHPをあちこち渡り歩いてしまった。

というのも。

今日は母も連れて割と大きなペットショップへ行った。

猫を探しにだ。

昨夜もネットであれこれ調べて、スコティッシュフォールドという
耳の折れた猫が良いのではと思い、聞いてみる。

店員、しばしPCのマウスを操作し、
「雌ですよね、あ、ありますよ」

で、色を聞いたのだが何だか訳分からない名前でさっぱり想像が
つかなかった。

それよりなにより、値段を聞いてぶっ飛んだ。

ににににじゅうまんえん?????

「人気が高いのでブリーダーさんも足元見てくるんですよー・・」
と店員。

ひえー。

足元見られまくりじゃ〜。

店頭にはアメショーの雄がいた。138000円。ううん。

高いなあもう。

で、ネットでいろいろ探しているというわけ。

金額が全然違うもんで。

まあ保証や何やらは大手だとあるのかもしれないが、20万も
仔猫に出せないってば。

ハムスターが何匹買えるだろって店員に言って笑われたさ。

しかしネットで調べていたら、アメリカンカールも良いななんて。

こっちは耳が後ろに折れている(カールしてる)。

結局は耳。

私って、耳フェチ?!

↑なんじゃそりゃ。

(私の得意技。一人ツッコミ一人ボケ)


2002年03月21日(木) 焦るな比べるな大丈夫

我がやんちゃ息子が2歳になった。

いやあ、長かったような短かったような(って、ゴールじゃないんだから)

でも「1歳児」と「2歳児」では気持ちが全然違うなーっと。


で、ダンナの実家に行き、お彼岸なのでまずはダンナにお参り。

ほら、ちびりとる、こんなに大きくなったぞ。もう2歳なんだぞ。

義妹とその子供(息子よりちょうど1ヶ月後生まれ)と、義父母と、
近くのファミレスへ。

店内放送で「本日、市内からお越しのちびりとるくんが2歳の
誕生日を迎えられました〜!!」と流れ、居合わせたお客さん達の
拍手の中、息子は写真を撮ってもらった。

・・が、写真は見事泣きっ面。とほほ。

怖がっちゃってカメラの方、向きゃしない。

1度目は失敗、2度目で何とか撮れたのが泣き顔というわけ・・。

たはは・・。

しかしケーキも食べられてプレゼントももらって、息子はなかなか
ご満悦であった(と思う・・)

で、息子の従妹、1ヶ月年下の女の子。

1歳から保育園に入っている。

そのせいかどうかわからないが、もうトイレで用を足せるらしい。

ダンナの家にいたときも「ちっちする」とトイレに行き、母親の
介助が必要だったとはいえ、補助便座無しでおしっこをしたのだった。

・・・。

す、すごい・・。

義妹は「もうオムツとれそうです」

・・・。

いかん、いかん、ここで焦ってはならぬのだ!!

従妹は従妹、息子は息子。

比べちゃなんねーだ!!

・・でもごめん、ちょっとだけ焦った(汗)

いいよいいよ、息子よ、おまえのペースで行くがよい。

絶対やれるって。うん。


ちびりとる、HAPPY BIRTHDAY!!

んでもって、母歴3年目に突入なのだ〜。





2002年03月20日(水) ただ傍にいてくれれば良い存在

昨日、19歳で息を引き取った愛猫モコ。

私の高校合格のお祝いに、我が家の家族となった。

両手にすっぽり収まる小ささだった。

手に取ると小刻みに震えていたのを覚えている。


実家がいろいろゴタゴタして、家族の精神的苦痛がピークに
達したときも、モコは私たちのことをじっと見守っていた。

母が家を出て、弟も遠方の大学に行くため家を出て、父と二人で
生活していたときも、モコは私を見守っていた。

私が辛く苦しいとき、モコはそっと私の傍に来て、何喰わぬ顔で
丸まって眠った。
それがどんなに心安らいだか・・。

結婚して家を出て、たった2ヶ月だがダンナとモコと暮らした。

しかし転勤で遠くに行くことになり、モコは一人暮らしの母の元へ。

そして昨年末の引っ越しで、ここに来たのだった。

あちこち引っ越ししても文句一つ言わなかった。
猫によっては抗議としてあちこちにフンをしたりするらしいが。

息子がしっぽを力づくで引っ張っても、毛を掴んで持ち上げても、
ささっと逃げていくだけだった。
大人なら噛みついたり引っ掻いたりしただろうが、息子には決して
危害を加えなかった。賢い猫だった。


モコが死んだ日の朝、私はモコの夢を見た。

モコを抱き上げるのだが、ぬいぐるみみたいに手足が固定されている。

へんなの〜って思った。

夢だからまともに考えなかった。


モコは眠るように息を引き取った。
安らかな死に顔でホッとした。
母は固くなったモコの身体を撫でながら涙をボロボロ流した。

「ありがとう、今までありがとうね」・・そう言いながら。

その日のうちに火葬場へ。

私が大事にしている寄せ植えの花をたくさん摘んで、モコのまわりに
敷き詰めた。

ありがとう。大好きなモコ。

忘れないよ。

本当にありがとう。

ゆっくり休んでいいからね。

あの世でダンナに会ったらよろしくね・・。


2002年03月19日(火) 17年間ありがとう

ショックで現実を受け入れられない未亡人、りとるっす。


家族の一員、我が愛猫が天国へ旅立っていった。


19歳という高齢、安らかな死に顔だった。老衰だと思う。

ごめんね。

すぐ気づいてあげられなくて。

ごめんね。

息子にかまってばかりでひとりぼっちにさせちゃって。

ごめんね。

・・・・。



今日は気分がどんより沈んで、まともに日記を書く自信がない。

書きたいことたくさんあるんだけど・・つらくて・・。

すみません。

この穴埋めはちゃんとします・・。


2002年03月18日(月) 安定した生活はいつ訪れるのか

母がそろそろ限界だ。

再婚から3ヶ月。

一日も早くここを出ていきたいと言う。


昨年、私がダンナの家を出たい、でなければおかしくなってしまうと
母に漏らし、母の友人A氏が私たちに救いの手を差しのべた。

中古の一軒家を一生懸命探し、契約。

昨年私たちが引っ越してきたこの家だ。

で、A氏の説得で母はA氏と入籍した。

母はA氏を、愛しているというより友達に思っているようだった。
A氏は・・よくわからない。

母を本当に愛して、一生不自由ない生活をさせて、幸せにして
あげたい・・そう思って入籍したのかどうか甚だ疑問だ。

現に、今もって生活費を1円も母に渡さない。

電気代や水道代はA氏が払っている。

しかし食費、日用品代などのお金は母と私が出している。

母は夜パートに出ているが、月の収入はほんのわずかだ。

母は体の具合が悪く、いつもぐったり帰ってくる。

が、A氏は妻である私の母に「昼も働けば?」と言うらしい。

で、自分は趣味のゴルフ三昧。

身の回りの世話もすべて母がやっている。

一番得しているのはA氏だ。

自分の城を持てて、身の回りの世話をするお手伝いさんもいるし、
好きなゴルフにいつでも行けるし、食事も事欠かない。

で、母が我慢の限界に来たらしい。

もともと再婚する気なんてなかったのに。

あなたのせいだ・・と私に言う。

私がダンナの家で我慢していないからこんなことになったと。

赤の他人である私と息子を引き取って同居してくれるA氏には
感謝している。

が、結婚したなら最低限妻になった人をいたわってあげてほしい。

母は娘の私が言うのも何だが、先が長くないと思う。
身体はもうボロボロ。
病院で精密検査を受けろと言っても「結果が怖いから嫌」の一点張り。

だからこそ一日も早く精神的に落ち着いた生活をして欲しいのに。

A氏は「そういうこと言う人に限って長生きするんだ」と取り合わない。

死んでからじゃ遅いんだよ。

それは私がよく分かってる。

相手が死んでしまってからアレコレ後悔してももう遅いんだ。


母は一日も早くここを出たいと言う。

もうすぐ遠くの大学に行っている弟が帰ってくる。

実の父を交えて、4人で話し合おうと思っている。

引っ越しして3ヶ月。

また引っ越すかも。

やっと息子がここの生活に慣れてきた感じだけど・・。

一番可愛そうなのは息子だ。
(今日も寝起きで2時間泣いてくっつかれた・・とほほ)

息子のためにも、親の私や祖母である母が落ち着いた生活をしないと。

すべては話し合いにかかっている。


2002年03月17日(日) うら若き男とイチャイチャベッタリ

玄関先でぼ〜っと花を見ている不審者、未亡人りとるっす。

物思いに耽ってるように見えて、実はな〜んも考えていないのだった(笑)

花を見るときは無心。それでいいのだ(byバカボンパパ)


今朝は起きてもグッタリ。

一晩中息子が泣く・寝る・泣く・寝るの繰り返しで、ぐっすり
眠れなかったのだ。

朝、息子は突然ガバッと起きあがってドスドスと1階に
降りていってしまった。

いつもなら私と一緒に着替えてから一緒に降りていくんだけど。

でも息子がいなくなってから30分、ぐっすり寝させてもらいました。


息子は最近特に甘えん坊だ。
一日私にくっついて離れない。
「ひっつきぼぼ」っていう草花の実があるが(服にくっつく
イガイガのある実)、あれみたい。しかも泣くというおまけつき。

今だけとはいえ、疲れる・・・。

腕はしびれるし腰は痛い。

うわ〜ん。

先日体重計に乗せたら12.8圓世辰拭
身長は寝ているときにメジャーで測って約90センチ(笑)
めちゃめちゃ平均だな〜〜。

これがずっしり乗っかってくるのだな。

まあこれからどんどん大きくなるんだろーけれども・・。

真夏はピッタリくっつかれたら暑いな〜〜。

去年も二人して汗だくでくっついてたものなあ〜。

子供は汗っかきだからねえ。

ダンナもそうとうな汗っかきだったが。

汗がポタポタしずくになって落ちるくらい。すごすぎ。


あー息子も2歳かあ。
「行っちゃった」を「ん〜ちゃっあ」って言うのはおもろいぞ。はは。
「パトカー」はなぜか「ばーちゃ」
トヨタの車「will vi」は「うーあーちぇ」
ちびりとる語、奥深し。





2002年03月16日(土) 気疲れで胃もグッタリさ

うぐいす、あまりによく聞こえるとうるさいものなのね。
息子を叱っている時に「ホ〜ホケキョ」と合いの手入れるの
やめてくれないこと???

ということで、春うららの未亡人りとるっす。

今日は母の再婚相手の両親、兄夫婦、甥の計5名ご来訪。

昼食(かにすき、刺身、あら煮などなど)を振る舞った。

おみやげは最高級いちご・・い〜なあ。


三つ指ついて母とお出迎え。
緊張するする。
90近い老夫婦、その息子夫婦70代・・一気に平均年齢がUP。

息子が何かしないかとヒヤヒヤハラハラドキドキ。

息子がいるとまともに食事できないので、車で連れ出した。

小1時間後帰宅、みんなすっかりできあがっていた。

息子、行動開始。

まず手始めにビールをひっくり返す。

あっちのグラス、こっちのグラスが倒されテーブルはビールまみれ。

こっちは防戦一方。

母はお客の接待にも追われてんやわんや。

気がつくと息子がビールを飲まされていた。

思わず、

「ダメっ!!!」と叫んでしまった。

アルコールなんてこの歳の子供に飲ませたら、肝臓に負担がかかって
一生傷めたまま生きることにもなりかねないのだ。
(実際私の弟がそのせいで肝機能障害になってしまっている)

「アルコールは飲んじゃダメでしょ!!おじさん(私の弟)みたいに
なったらどうするのっ!!!絶対ダメ!」

母も負けじと「人の子だからってメチャクチャしないでよ!」と
再婚相手・・つまり夫に怒った。

私の剣幕にその場はし〜ん・・・。

私、言い過ぎた??

でも。

自分の子供は何よりも大切だもの。
逝ってしまったダンナとのたった一人の子供だもの。

ついカッとなっちゃった。

面白半分に1歳児にアルコール飲ませるなんて許せない。

しばらく怒りが収まらなかった。


もー今日は気疲れしちゃった。
胃もキリキリ痛んで悲鳴をあげちゃった。
息子も眠くて目がうつろ・・慌ててお風呂に入れた。

息子はいつもお風呂でおしっこするんだけど・・。

今日はなんとウンチまでしてくれた・・。

たはは・・やられた〜〜。

キミにはかなわない。負けた。


2002年03月15日(金) 春はりにゅうあるの季節なのだ

昨日、日記を更新した後、突然リニューアルしようと思った。

思い立ったが即行動・・が性分のようで。

長時間かけてあれこれ変えてみて、これに落ち着いた。

でもってBBSも作っちゃったもーん。頑張ったもーん。

・・って、ちゃんと返事できるんかい!って自分へツッコミ。

息子が早く寝付いてくれれば大丈夫と踏んだ。


てな訳で、引き続きご贔屓のほどをよろしくお願いいたします・・。


今日は雨。

息子は家の中で恐竜ちびりとると化し、破壊行為を繰り返す。

溜息つきながら一日中片づけてる私と母。

こちらの言うことなんかま〜ったく聞かない。

逆ギレして物を投げたり大声を出す。

子育ては忍耐だ。うん。


雨上がりに散歩にでかけた。

と、見知らぬおばさんが向こうから歩いてきた。

おばさんはチョコチョコ歩く息子に気づくと、自分のカバンを
ごそごそやりながら歩いてきた。

で、私たちとすれ違うとき「はいどーぞ」

・・息子に棒つきキャンデーを渡した。

・・アメはまだ食べられないんですけど・・。

お礼を言うとおばさんは笑って去っていった。


ここで考察。

1.おばさんのカバンにはいつもお菓子が入っている。
2.おばさんは小さい子供を見るとお菓子をあげたくなる。

・・・ん?
ひょっとして私もそうか??
私もおばさん????


ひえええ〜〜〜。


2002年03月14日(木) 「女」でなくなってる「未亡人」

アル中のイライラ未亡人、りとるっす。

あーもうイライライライラ。
カルシウム不足だなこりゃ。

最近ちと思うに、私は女を捨てている。

化粧も別に気合いを入れないナチュラルメイク。
(コスメ新商品チェックは欠かさないけど)

ヘアスタイルはストレートロング。ちょいと茶髪。

服装はオールユニクロの日がほとんど。

下着も通販の安物。洗濯機でガンガン洗ってる。
(ホントは手洗いしなくちゃなんだけど)

ああ私、ピーコに「ファッションチェックする価値もないわ!」って
言われそうだ(笑)

ちょっと自分にも投資したほうが良いのではと思い、息子を
母に預け買い物へ。

その結果。

買ったのは、

息子の服。
および卵と鶏肉とめんつゆ。
ビールにリキュールにスピリット。わはは。

服がアルコールに化けましたとさ。

とほほ。

モテモテのおしゃれ未亡人は夢のまた夢だわ。


しかし。

結婚生活たった8ヶ月で未亡人になっちゃって。

結婚のいいとこどこなのさ〜?!

セールスの人や外出先で「奥さん」とか「奥様」って言われるとね。
ちょっとムカッとするのね。
「ダンナは死んだからもう奥さんじゃないもん!!」ってね。

奥さんでいたかったさ。私だって。

でも今はそう呼ばれると悲しい&ムカつく・・。

誰のせいって思いたくない。


もっとケンカしたかった。
もっと一緒にいろいろしたかったし行きたかった。

何よりも、もっと一緒に生きていたかったよ。

どーして先にさっさと逝っちゃうのさ。

置いてけぼりくらった私と息子、途方に暮れちゃうじゃないの。

未亡人なんて。

なるもんじゃない。

まあ歳を取ったらどちらかが先に逝くわけで。

普通男の方が寿命短いから、未亡人にもなるだろう。

いつかは、未亡人になっただろう、私も。

でも、なぜ今もう未亡人なんだろ。

こんなに早く(未亡人に)なる予定じゃなかったぞ。

しかも自死遺族だもの・・。

ともに白髪の生えるまで。
生きていくはずだったのに。
ダンナはたった一つの大切な命を粗末にしてしまった。

イライラの上に憂鬱にまでなってきちゃったなー。


でもまあこれが現実なのよーん。
こういう人もいるのよ、世の中。

生きてやるもん。
しぶとい未亡人なのだ。わはは。

・・・しかし「女」は取り戻したいなあ・・ううむ。


2002年03月13日(水) ちびりとるワンマンショー

私という人間は強いんだか弱いんだか。
自分でもわかりゃしない。
たぶん「ずるい」ヤツなんだ、うん。

いつも何かに「依存」してる気がする。

ダンナが生きてる時は、ダンナに依存してた。
ダンナはそれが重苦しくて耐えられなかったのかもしれない。

今はどうやら「アルコール」に依存しているみたい。
酔ってふわ〜んってなると、現実から逃げられる気がして。
決してアルコールが好きなわけじゃなく。
ほろ酔いの、あの感じが好きなのだ。
今日はビールがきれてて苦しかった・・。
明日ケース買いしてこよ・・。

依存してちゃいけないんだけど・・。
ごめん、しばらく依存させてくれい。
(・・って、誰に謝ってるんだってか)


しかし、それにしても、男の子ってのは。

どーしよーもなく「甘えん坊」だな〜〜〜〜。

畳で滑ってコロンってこけても、
「わーん」
って抱っこをせがむんだもん。
おいおい、今のは絶対痛くないだろーって思うんだけどー。

朝からギャンギャン泣いて抱っこ抱っこでしがみつき、
顔を洗うことも、
トイレに行くことも、
洗濯物を干すことも、
一杯のコーヒーを飲むこともできない。

うわーん、勘弁してよおん。


しかし今日は勇気を振り絞り、久々に母と息子とデパートへ。

案の定、息子は店の物を勝手に持ち出して逃げ回る。

追いかけて捕まえると泣き叫ぶ。のけぞる。

おまえはエビかっ!!

どうも眠いらしく、ずっと抱っこで腕がピリピリしびれる始末。

地下で母が買い物している時に、やっと下りてくれたと思ったら
試食コーナーに置いてあった「おたま」をガシッと掴んでしまった。

「これはダメ」と取り上げた。

息子のスイッチがON。

ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

周りにいた「店員」「お客」、すべての人がこっちを振り向いた。

私と息子に注がれる「視線」「視線」「視線」・・・。

私は息子をムリヤリ抱き上げその場を逃げるように去った。

しかし行く先行く先、人々の目、目、目・・・。

泣き叫び続ける息子。

もう穴があったら入りたい!!消えたい!!状態だった。

そこへ見知らぬオバサンが。

「眠いの?眠いの?ハイ、どうぞ」

オバサンは自分のカバンをごそごそやって、お菓子を取り出した。

泣きやんで受け取る息子。

ひたすら謝る私。

「いいのいいの、私小さい子が大好きだからみんなにこうしてるの」

オバサンはニコニコ笑って去っていった。

オバサン、どうもありがとう・・。

でも・・・。

レジ出るときちょっと緊張したぞ。

万引きしたと思われないかって。

お菓子、むき出しそのまま状態だったからなあ・・。


私が独身の頃は、こういう「子供泣き叫び状態」現場にいると、
「ったくもう、うるさいなあー・・。
親は一体何してんのよ。
早く泣きやませるか、どっか連れていってよね!!」って
思っていたものだ。

しゅびばしぇん。

私が未熟者でした。

親にならないと分からない苦労・・。
今ようやく分かりました、ハイ。
みなさん、泣く子供は大目にみてやってください・・。
子供が小さければ小さいほど、泣くのはある程度仕方ないんです。
親ばかりを責めないでください・・。
親も頑張ってるんです、一生懸命やってるんです・・。
白い目で見ないで下さい・・。
ううう。


デパート行っても買う物の所へ直行。
帰りもそそくさ。
疲れた・・。
まだまだ息子を連れての買い物は無理だなこりゃ。



2002年03月12日(火) 宇宙一?!寝起きの悪い男

死んだダンナは3人兄弟だった。

で、3人が3人とも「なかなか起きられないタイプ」である。

どうやら義父に似たらしい。

次男は起こすと「起きれないんじゃー!!」と逆ギレするらしい。



で、我が息子。

どうもその辺りのダンナの家系の血を受け継いだらしい。

寝起き最悪男。



ダンナもなあ・・なかなか起きない困った人だった。

休日もヒマさえあれば布団を敷いて寝てしまう。

死ぬ直前の休日もそうだった。

「頭痛がする」と言って寝てしまったんだった。

そんなダンナだったので、私はいつも一人で寂しかった。

そう言うと、「じゃあ一緒に寝ればいいよ」って言うし。

あのなあ、そう寝てばっかりいられるかーい!
夜眠れなくなるっての・・・。
が、ダンナは昼いくら寝ても夜もぐっすり。おいおい・・。

でも「あの日」は、珍しく朝ガバッと起きた。
あと10分、あと5分・・って布団の中で粘るダンナだったのに、
朝早くからパッと起きてゴミ捨てしたりして。

「今日は遅くなると思うから先に寝てて」
ダンナはそう言って、

「行ってきます!」と元気な声で仕事に出かけていった。

実際は仕事には行かず死に場所に向かったんだけれど。

それが生きているダンナを見た最後だった。


おっとと、脱線しちゃった。

寝起きの話。

今日の息子は夕方に力尽きて私の腕の中で寝てしまった。

小一時間後。

目覚めると同時に泣き出す息子。

それはそれはすさまじい泣きっぷり。

しかし、ここで「どうしたの?」とか「泣かないで」なんて
声を掛けようものなら、泣き声は数倍にボリュームアップ。

ギャアア〜

が、

ウッギィィヤァァァァアアアアア〜〜〜〜

になるわけだ。

向こう3軒まで聞こえるのではというほどのすごさ。
虐待してる?って思われるよこりゃ・・(汗)

この泣き叫びに5分でキレる人は、子供を作っちゃいけない。

しかしさすがの私も30分たつとキレた。

拳でテーブルを
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンッ!!!!!!
と殴りつけた。

じ〜〜〜んと痛みが走る。
当たり前か。なはは。

そのうち息子は私の背中に乗っかりつつ落ち着いてきた。

ふ〜〜〜〜。やれやれ・・・。

しかしなんでこう寝起きが悪いんだろーねえ・・。
そんなに泣くことないのに・・。
泣きたいのはこっちだぞ・・。
もう昼寝なんてしなくていいよ、はぁ。


2002年03月11日(月) 死ぬってわかっていたら

春やねえ〜。
ウグイスがうるさいくらいの今日この頃。
毎日花眺めて無心になる。

春が来ると、息子の誕生日も来る。

ダンナが死んで2ヶ月後、私は息子を産んだ。

あと2ヶ月すれば自分の子供が産まれるって時に、ダンナったら
どーして死ねたんだろうなあ・・。

顔を一度でいいから見たい、一度でいいから抱きたいって
思わなかったのかな。

思わなかったから死ねたのかもね。
思ってたらきっと死ねない。

生まれた時からお父さんがこの世にいない息子。

ごめんね・・・。


ダンナと出会って1年は「仕事仲間」

その後1年半は「恋人」

その後半年は「婚約者」

その後8ヶ月は「夫婦」

そしてダンナは死に、2ヶ月間「妊婦&未亡人」の私。

息子を産み、2年、「母&未亡人」やっております、はい。

きっとあっという間に、ダンナといた年月より、いない年月の方が
長くなってしまうんだろうな・・。

で、ダンナとの年齢差も開く一方さ。ふん。


ダンナがすぐ死んじゃうって分かっていたら・・。

私どうしただろう。

やっぱり結婚したのかな。

うーん。

子供は作らなかっただろうな・・。

もっと優しくできたかな。

私と結婚しなかったら、ダンナはもちょっと長生きできたかな。

自死遺族特有の苦しみだな〜。

考えなくてもいいことなんだけど考えてしまうバカな私。

自分で自分の首絞めてるよ〜・・・。

ダンナはそんなこと望んでないと思うけど・・。

何が「オレが死んだらいい人見つけて幸せになれ」だよ!!

バカダンナだよ、ったく。
んなこと言って死ぬんじゃなーい!!

いい人なんて、店でも売ってないし道ばたに落ちてるわけでもなし。
簡単に見つかるかっ!!!(怒)

見つかると嬉しいけどさ〜(涙)


2002年03月10日(日) 鶯の 声で目覚める 母子(ははこ)かな

イヤでも「春」を感じる今日この頃。

自分にも春が来て欲しいと願う未亡人、りとるっす。

まず飼い猫に春が来た。
ニャアニャアうるさいニャア。
人間でいうともう80くらいのおばーさんなんだが。

さらにウグイス。

「ホ〜ホケキョ」で目覚め、
「ホ〜ホケキョ」を聞きつつ洗濯物を干し、
「ホ〜ホケキョ」を聞きつつ花に水をやる。

今日はさらに「ホ〜ホケキョ」を聞きながら洗車した。

すぐ裏でさえずっているので時にうるさいくらいだ。

春だにゃ〜。

でも朝晩は冷えるので今日も灯油を買いに走った。

そろそろムカデの薬を家の回りぐるっと撒かねば。
もう撒いてる家もある。
虫 イコール ムカデ・・ううう。
彼岸よ来るなー(暖かくなってほしくない・・)。

息子、ついにまた一つ言葉を覚えた。

「きーきーや」

さて何でしょう?!






答えは。





「救急車」





おそまつ。



2002年03月09日(土) 母の母の実家

ダンナがやってきた?昨日から一夜明け。

今朝は初恋の人の夢を見た。わはは。

小学校6年生かな。遅かったほうかも。
隣の席で喘息が持病の色白の男の子。
去年の同窓会には来なかった。

来なかったから余計に残念で会いたい気持ちが膨らんでいる。

どーなってるんだろうなあ。

太ったかな。禿げたかな。背はどれくらいかな。
奥さんいるかな。子供はいるかな・・。

ふふっ。



さて、今日は母の母の実家に行った。

私としては以前行ったのが記憶にないくらい昔で、場所すら
もう覚えていなかった。

車で1時間以上、超超田舎。

車は来ないし庭は広いし、息子には格好の遊び場かも。

野菜もてんこもりにもらったし。

庭にたわわになっていた金柑もたくさん採ってきた。

帰り道、30分もたたないうちにチャイルドシートの息子が大泣き。

ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

オエーッ

泣きすぎでせき込むほど・・。

狭い密室で狂ったように泣かれ、運転している私も狂いそうだった。

家に着く頃は頭がガンガン。結局家まで泣きっぱなし。

どうも車に乗っているのが飽きたようだった・・でもねえ(汗)

家に着くとケロッとして笑いながらテレビを見ていた・・。

つつつ疲れたぞ・・。

疲れた勢いでビール飲んだらさらに疲れた・・。

うわははは。

ダンナのバーカ(意味なし)




2002年03月08日(金) 彼を感じた

今日は不思議な日だった。
端から見れば花粉が飛びまくりの平穏な?!一日だったのだが。

息子が母と遊んでいるスキにささっと外出。

引っ越し前によく行っていた子供服店へ行った。

店長はじめ店員さんたちに「おめでとうございます!」攻撃を受けた。

そう、子供服キャンペーンの、全国で1000人の当選者の一人が
私だったからだ。
(と、これは以前日記に書いたことだけど)

「本当にいつもラッキーですよね、あやかりたいです」なーんて
言われてしまった。

「悪いこともあれば良いこともあるものですね」と私が言うと、
「何か悪いことがあったんですか?」と店長。

「子供が生まれる前に主人が亡くなったんです」

「え・・・」絶句。

こういう場でも「自殺しちゃいましたー」なんて言えないんだよね。

どうも「自殺」って禁句という感じがある。

「だから主人が子供にプレゼントしてくれたのかなって・・」と
その場をまとめようとしたが、自分の声が震えたのが分かった。

やばい、泣きそうだ。

慌てて店を後にした。



この店に向かう途中、そして帰る途中。

信号で車を停めるたび、なぜか涙が出た。

次々とダンナとの事が思い出されたのだ。

信号待ちの間、いつも私の手を握りたがったダンナ。
パトカーを見ると少年のように目を輝かせてたダンナ。
障害のある身体で、器用に運転していたダンナ。
車の中で流れていた音楽。

次から次へと、フラッシュバックされていく。

ダンナがそばにいる。

そう思った。

こんなに突然ダンナとのことを思い出すなんて。

きっとそばにいる。

また涙が出た。

ダンナが死んで、もう2年以上たつのに。

傷は癒えない。

これが自死遺族のさだめなのか。

こんな思いをするために私は生まれてきたの?!



人生って。

楽しいことばかりじゃダメなんだよね。

苦しいこと辛いことがたあっくさんあるから、楽しいこと嬉しいことが
よりいっそう胸に沁みて、生きる糧になる。

自死遺族は、そこにプラスアルファの苦悩がついてまわっちゃう。

自分が、そして息子が、まさか、自死遺族になろうとは。
息子なんて生まれる前からだものなあ・・。

ダンナのことは、もう許すも何も・・。

でも今日は、ダンナがそばにいたような気がして、気恥ずかしいような
もどかしいような、不思議な感じがした。

う、やばい、また泣きそうだ。

ほんっとに泣き虫だなーもう・・。
一人の時しか絶対泣かないけど。
でもダンナは見てるかもね。


2002年03月07日(木) ふわふわ不安定

自分はどうすればいいのか模索中のりとるっす。
もう考えるのに疲れて脳味噌パンクしそうだ・・。

近々、父と母と3人できちんと話し合いをしたいと思っている。

これからどうするべきか。

両親は正式に離婚しているし、母に至っては再婚しているわけだから
今更これからどうするかも何もないんだけど。

でも母は再婚したものの、行く先に不安を抱いているようだ。
どうしても再婚相手を全面的に信頼できない。
夫婦なのにすごーく気を遣うらしい。

母は身体も弱っているし、普通は「僕が幸せにするから。
不自由はさせない」とか何とか言わないものかなー。

それが、夜の仕事だけでなく昼も仕事しろなんて言うらしい。

それに自分の妻なのに生活費も渡していない。

端から見ても「夫婦」と言うより「共同生活者」という感じ。

これって不自然だよなあと思う訳。

お互い愛し合って結婚というのとは訳が違ったし。
経済的に協力しあうという感じで入籍したのだ。

長続きしないと母が感じるのも無理ないかもしれない。


私は私で、ここに長くいるべきかどうかすでに悩んでいる。

引っ越ししてたった3ヶ月足らずなのにねえ・・とほほだな〜。

まあ今年はもう引っ越ししないとは思うが・・。

あまりにもムカデが多かったらちょっと考えるかも(笑)

ダンナ〜。見てる〜??

私どうしたら良いのかな。
どうするのがベストなんだろう。
どうすれば幸せになれるかな。
どうすれば息子にとって一番良いのかな。

五里霧中。

母は最近具合が悪いらしく、しきりに「私癌かも」と言う。
母が死んだら私はここにいられない。
父の所に行くしかない。借金だらけの父の所に。
もうダンナの実家には戻れない。戻る気もないけれど。

怖い。

自分の周りの人が死ぬのが怖い。

ダンナが死んだときと今でも思い出す。

ダンナの会社に荷物を取りに行った時のこととか。

ダンナのデスク上には花瓶が置いてあった。

あー死んだんだなって思う。

思わず泣いて、ダンナの同量の人がハンカチ差し出したっけ。

職場の人たちの哀れみの視線を一身に受けていたっけなあ。

「気の毒に・・。お腹大きいのにダンナに死なれちゃって・・。」

わーもうやめよーっと。

どーしても過去を振り返ってしまうなあー。
たまにならいいけどねえ・・。

前を見ないと、見ないと、見ないと・・。

うーしんどい。



2002年03月06日(水) 警察が来た〜

まずは昨日の「その後」。

1時間半ほどで火は消し止められたようだった。

外を覗くと、家の前で「これから聞き込みに入ります」と
無線連絡しているオジさんと目が合ってしまった。

ピンポーン。

我が家のチャイムが鳴った。

オジさんは背中に「POLICE」と書かれたジャンパーをはおり、
ヘルメットをかぶって汗だく状態だった。

一番よく見ていた私が事情聴取を受けた。

生まれて初めての事情聴取・・って思ったが、そういえば初めてじゃ
なかったんだった。

初めては、ダンナの自殺の時だったんだっけ・・・。

「奥さん、こちらも仕事なので申し訳ない・・」って言われたなー。

もうあんな事情聴取は二度としたくない。


警察が聞き込みしていたのは、火元が分からないからだった。
放火だったら怖いものねー・・・。

しかし昨日のオジさんは、その辺にいるオッサンという感じだった。
(おじさんごめんね)
しきりに「ああ暑い暑い・・」と言い、ヘルメットを取っては
わずかに残った髪の毛がベッタリ付いた頭皮をハンカチで拭っていた。
「いやあ私暑がりなもんで〜」だって・・。
うん、確かに暑がりだ。こっちは寒いって。
モリモリ太ってるから、そりゃ暑いでしょうよ・・・。

「何か思い出したことがあったら警察に連絡ください」と言い残し
太った警察おじさんは去っていった。
何だかドラマのセリフみたいだって思ってしまった・・。
うう不謹慎きわまりない私。

今朝、新聞を見ると2人行方不明とあった。
消防隊員を含め2人がケガをしたらしい。

一人は遺体が発見されたようだが、もう一人はどうなったんだろう。

今朝もまだ煙がくすぶっていた。

一日パトカーや消防車が停まっていたので、はたまた不謹慎とは思ったが
息子に見せたくて連れていった。

息子は本物のパトカーや消防車を見て「ウワー」って見入っていた。

でも亡くなった人がいると思うと気が重い。

窓を開ければ残骸が見える状態がしばらく続くだろう。



今日も雨だったので、久々にパンなど焼いてみたりした。
やっぱり手作りは美味しいなー。
あーまた太る・・。
太ると口の中(の肉)を噛みやすいんだよねー。
今日もまた噛んでしまった。いい痛いじょ。




2002年03月05日(火) 今でも心臓バクバク

今日は一日のどかであった。

な〜んも今日はネタがないなーと思いつつ、夜息子を寝かしつけ、
PCの電源をオン。

PCに向かっていたら、外で季節はずれの花火の音がした。

引き続き「ワアー」「キャー」という声。

ボンッ、パーン・・・。

・・・うるさいなーもう・・。

息子が起きるっちゅーねん!!

この雨の中花火なんて誰がやってるんだと外を見てみた。


花火なんて可愛いもんじゃなかった。

炎が夜空を明るく照らしていた。


・・・・。


うわー!!!

火事じゃんかあああああ!!!

しかも目の前じゃないかああああああ〜〜〜〜。

斜め前の家のそのまた前の家。


心臓がドクドク音をたてた。

火の手はみるみる巨大化し、天高く舞い上がった。

消防車と救急車のサイレンが聞こえてきた。

そして消防隊と炎との闘いが始まった。


すさまじいほどの火の粉と煙が舞い上がり、さらに炎は膨れ上がり、
自分の家も燃えるんじゃないかという恐怖を初めて味わった。

消防の放水がめちゃくちゃちっぽけに見えた。

荒れ狂う炎はまさに悪魔のようで、私は「恐怖」を感じた。

同居している父が「カメラカメラ」というので、2階から撮ろうと
窓を開けた。

「あっちちちちち」

恐ろしいほどの熱風でとても窓を開けられない。

部屋の暖房は切ったのに、部屋はむせ返るほど暑くなった。

怖くなりつつも写真を撮った。
撮ってどーなるってものでもないんだけど・・。
火事の家の人に失礼じゃないかなあ・・。

おびえて泣き叫ぶ近所の犬。

野次馬でごったがえし、まるで縁日のようなにぎわいだった。

「くずれるぞおおお!!!」

消防士の叫び声。

骨組みだけかろうじて残っていた家も、音を立ててくずれていった。

私は息子が起きないかハラハラした。

ここからは炎は見えなくなったが、まだまだ消し止めるには時間が
かかりそうだ。
こうして書いている間も、ずっと放水の音が続いている。

それにしても消防士さんってすごいなー。

あんなに間近なら相当な熱さだろうに。

果敢に炎に立ち向かう消防士さんの姿はとても凛々しかった。

昔「バックドラフト」なんて映画があったけれど。
(すっかり「炎の鉄人」を連想させるようになっちゃったけど)

消防士さん、本当にご苦労様。


救急車が何度も行き来したが、誰も亡くなっていませんように。

引っ越し前も近所で火事があったけど、その時は留守宅だったので
けが人もいなかった。
あの時も炎が屋根の上までぶわわーーーって上がって怖かった。


今ちらっと外を覗いてみたが、まだ鎮火してない?ようで煙がすごい。

斜め前の住人が消防の人たちに話をしていた。

あ、「第一陣撤収」だって。
メガホンで言われると息子が起きるうううう。

燃えていた辺りが方々からライトアップされている。


あー何だか疲れた・・心臓バクバクの夜だわ。



2002年03月04日(月) 義妹?!来訪

毎日風が強くて花粉がよ〜く飛びそうだな〜。
今のところ花粉症セーフの未亡人りとるっす。

今日もルンルン(死語)ガーデニング〜。

でも恐竜息子が邪魔して邪魔して邪魔して邪魔して
ウキ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!

大事にしている満開のビオラの鉢をひっくり返された時には
思わず叫んでしまったぞ。

近所のオバハンビックリしただろーなあ。

前に、飼っていたハムスターを、連れ子が触ったのに激怒して、
その子を熱湯風呂に浸けたっていうバカ男がいたけども。

このバカ男の気持ちがすっこ〜〜〜〜しだけ分かった気がした・・。

思わず息子を家の中に押し込んだものなあ。

でもなんとかガーベラとデージーを植え付け、ベンジャミンを
植え替えしたのであった。ホッ。

ついでに昨日植えた球根、プラスチックの鉢だったのが気になり、
素焼きの鉢に植え替えた。

たっぷり2時間かかりましたとさ。


さて。

今。

階下には母の再婚相手の娘がきている。

今年29。独身。

母親と住んでいる。

しかし父親っ子・・らしい。

イチゴ狩りに行ったとのことで、イチゴを持ってきたようだ。

私はまだ挨拶一つしてない。

すっぴんだしなー、眼鏡かけてるしなー、パジャマだしなー。

このいわば「義妹」とも言える子なのだが、28にしては
まるで20そこそこのギャルと言う感じで、子供っぽい。

息子に夜遅くチョコレート勝手に食べさせるし、自分の嫌いな食べ物は
一度取った後鍋に戻すし(!)、帰り際お礼の一つも言わない。

先日のバレンタインでは息子にチョコをくれたのだが、
「ガキにあげて」と自分の父親に渡したそうだ。

・・ガキだとう?

うちのやんちゃだけどメチャメチャ可愛い息子を「ガキ」だとー!
(↑親バカ)

ちょっと・・あいや、かなり腹立った。

会ってなんかやるもんかープンプン。

あ、帰ったかしら。ほほ。

29にもなったらね、金髪はやめよーね、金髪は。


2002年03月03日(日) 階段落ちふたたび

すっかり春めいてきまして。

最近はうぐいすに続きトンビもよく鳴いている。

ピ〜〜〜〜ヒョロロロロ〜〜〜〜って。

おお、トンビだ。って思う。

ただそれだけ(笑)


車のタイヤもノーマルチェーンジ!!
春植え球根も植え付けちゃった〜。
カサブランカ、綺麗な花を咲かせてねん。

んが、我が愛しのチューリップにアブラムシ付着!!
うう、あったかくなるとね、虫も出てくるさね。
ひと思いに息の根を止めさせていただきました。合掌。


で、また息子が階段から落ちた。

私が2階で洗濯物を干していたそばで、フ〜フフ〜ン♪と鼻歌を歌い
ゴキゲンだった息子は、何か思いだしたのか歌いながら一人で
階段を下りていった・・ようだった。

突然

ゴトンゴトンゴットーン!!!

と、すさまじい音。

引き続いて息子の泣き声。

手にしていた洗濯物を投げ捨てて走っていった。

まーた落ちちゃったねえ・・・。

息子もしばらく泣いておさまった。あまり痛くなかったようだ。

ホッ。

毎日毎日何かしでかしてくれるよホントに・・・。

夜には自分の足の上にイスを倒して大泣きだった・・。


近所に、梅が見事な公園がある。
梅のシーズンにはたくさんの人でごった返す。

良い天気だし、ちょっと行ってみようかということになった。

母と、母の再婚相手、私と息子。

公園はすでに人、人、人・・・の状態だった。

カップルや家族連れが多かった。

息子を遊具で遊ばせたのだが、回りも子供とその親だらけ。

若い父親も多く、子供を抱いて滑り台を滑らせ、その様子を
若い母親が必死でビデオに撮っていたりした。

見るのが辛かった。

幸せそうな夫婦と小さな子供・・・。

父親と遊ぶ笑顔の子供・・。

子供を愛おしそうに抱く父親・・・。
それを笑顔で見つめる母親・・。

夢だったのにな・・。
現実になる寸前ではかなく消えた夢。

涙が出てきたが、母達がいるので必死で堪えた。

ダンナと息子と3人で、1日でいいから居たかったなー・・・。

幸せそうな家族を見るのはつらい。

本音。





2002年03月02日(土) 天国からのプレゼント

イヤハヤ疲れましたわ。

本日午後発、往復4時間運転してしまった。

「なんだそれくらい」って思われるかもしれないが、私にしては
久々に「走った〜」って感じ。

母が日頃自分の車をほったらかしにしているので、このままじゃ
バッテリーあがるから動かしたい!って言ったわけ。

一緒に行かない?って言われても、母の車にはチャイルドシートが
ついてないよーん。

なので恥ずかしながら2台連なって行ったのだった。

「○○村の豆腐買いに行こう」

かなりかなり美味しい豆腐で、近くじゃまずお目にかかれない。
この豆腐食べたらスーパーのは豆腐と思えなくなるくらい。


途中までは母の後ろについて行けた。

しかし。

母は信号が黄色になるとバビューンとスピードを上げて行ってしまう。

さらに自分の前に車がいないと、またまたバビューンと行ってしまう。

前に車がいても、その車が飛ばすと一緒にバビューンと行ってしまう。

おいおい(汗)

ついていけないぞ。

おまけに途中で霊柩車見ちゃうし。
ダンナが死んでからは霊柩車見るとやばいのよ。
条件反射で涙がぶわわ〜〜〜って出てきて、視界がぼやけちゃって
運転しにくいのなんのって・・。とほほ。


それにしても、豆腐を買うのに片道2時間・・。
ここぞとばかりに母は20丁も買っていた・・。
けど自分たちで食べるのはそのうち4丁だけ・。

・・4丁でも多い?
けどめちゃめちゃおいし〜のよ。うん。



さて、
いいかげんタイトルに触れねばなるまい。

昨日の夕方、ご飯の支度で餃子を焼いていたら電話が鳴った。

「りとるさんですか」

ダンナの実家近くにある、よく行っていた子供服の店からだった。

「おめでとうございます」

「は???」

どうやら、去年応募してすっかり忘れていたキャンペーン賞金に
ズバリ当選したらしいのだ。

金額は、今まで懸賞で当てた最高額だった。

心臓はバクバク。

餃子は黒こげ。

息子はスヤスヤ。

電話を切って思った。

ああダンナだ。

ダンナが今月2歳になる息子にプレゼントを贈ってきたんだ。

涙が出た。

ありがと。ダンナ。

ちびりとるの学資保険に全額当てることにするよ。

助かるよ。ダンナ。


今朝は、うぐいすが鳴いていた。春だな。




2002年03月01日(金) 瞳孔開きっぱなしの女

タイトルの「女」とは、実は私でございます。
いやあ、今はかなりまともになったけどね。

数週間前から、どうも右目に飛蚊症の症状が出てうっとおしくて
ならなかったので、今日新しいコンタクトを取りに行った際に
検査を御願いしたのだ。

亡き祖父は網膜剥離で失明、母も同じく剥離で昨年手術したから
私もちょっと慎重になっていた。

検査は簡単、目薬さして目をジロジロ見られるだけ。

この目薬が少々しみるのだが、なんと瞳孔を開けてしまうのだ。

薬をさして20分ほどたつと、だんだん右目がおかしくなってきた。
まぶしいというかぼわっとするというか、とにかくヘン。

で、瞳孔が開いたかどうかを調べるのだが、これがまさにドラマで
見るシーンそのもの。

病院の臨終の場で、医師がペンシルタイプのライトを、患者の目を
グッと開けてチラチラ動かす、あれだ。

何だか自分が死んでる人みたいに思えて変な気持ちになった。


完全に瞳孔が開いた後、いよいよ検査。
しかしこれがちと痛かった。

カメラのズームレンズみたいなのを、目の中にグリグリ入れられるのだ。

とめどなく勝手に流れる涙涙・・・・。

顕微鏡みたいなのでひたすらひたすらジロジロジロジロ見られる。

結果、飛蚊症は生理的な物で異常なしだった。ホッ。

ただ、網膜の一部分に薄いところがあるらしく、将来そこに穴が開き
剥離を起こす可能性があるので、眼底検査は定期的にしたほうがいい
・・とのこと。

へえーそうだったのか・・こればっかりは自分では分からないもんね。

検査やってみて良かったな、うん。


終わってから鏡を見て驚いた。

目は、白目と黒目に分かれてて、黒目のさらに真ん中に真っ黒な部分が
あるのだが・・。

普通、その真っ黒な中心部分は小さな円・・黒目の3分の1くらいの
大きさなのだが、瞳孔が完全に開いた状態だと、その真っ黒部分が
黒目の大部分を占めるのだ。

・・ううややこしい説明。文章ヘタ。分かるかなあ・・。

だから右と左の目を比べるとぜんっぜん違って面白い。

あー、瞳孔が開いた状態ってこんなんなんだ・・。
生まれて初めて見たぞ・・。

死んだ人の目って、こんな風なんだ。

ダンナも発見された時はこんな目だったんだ。

私が勇気を出して見たダンナの死に顔は、薄く目を開いていた。

はは、いつも薄目開けて寝ていたもんなあダンナ。
死んだときまで薄目開けてたよ・・。

自分の開きっぱなしの瞳孔を見ながらそんなことを考えた。

これからテレビドラマで死んだ人がカッと目を見開いてても、
黒目が真っ黒じゃなかったら興ざめしちゃうなーなんて。わはは。


で、この薬の効き目は個人差あって、だいたい半日で治るらしい。
私も今はほとんど苦にならなくなってきた。
鏡を覗くとまだ少し真っ黒部分が大きいんだけどね。
瞳孔開いている間は距離感が掴みにくくて、車のドアに思い切り
頭ぶつけて痛かったよー(涙)

目は大切にしましょう。まる。


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