りとるのひとりごと。
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2002年02月28日(木) ちびりとるの摩訶不思議語

あー今年も6分の1終わったな(笑)

引っ越ししてしばらくは、私たち大人は神経がトゲトゲしていて
毎日が不安定だったのだが、息子はそれをいち早く察知していた。

というのも、最近は引っ越し直後より落ち着いてきたからだ。

以前のいたずらぶりったらそれはもーひどいもんだった・・。

母と共に、心身ともクタクタになった。

だが最近は急に物わかりが良くなったというか、言うことを聞く事も
あったりするのだ。
夜中にギェエエエって泣くことも最近はない。

大人の気持ちを敏感に察知するのが子供だなと改めて実感。
特に親の気持ちはね。一種の超能力だなありゃ。

息子もいよいよ2歳を間近に控え、言葉が増えてきた感じ。

びっみょ〜〜〜に違うのがまた笑える。

「葉っぱ」→「あーぱ」
「クマ」→「んま」
「パン」→「アン」
「美味しい」→「おし〜」
などなど。

あ、でも「ねんね」は「ねんね」だなあ(笑)

今日はブラジャー持って「ぶーあー」だって・・あのね〜、
そんな言葉は早く覚えなくていーのっ(恥)

自分の汚れたオムツは専用バケツに捨ててきてくれるし、
タオルで床や家具など、あちこちをせっせと拭き掃除してくれる。
私や母のまねっこなのはもちろんだが、見ていて面白い。

来客があると(今日はガスの集金だった)、私がいない間は
息子が一生懸命相手をする。
どうも世間話をしているのか何なのか、アレコレとおしゃべりするが
日本語じゃないので相手は困惑するばかり。

息子「あーにゃーなーねー、だーあーうんねえー、うーあんねえ・・」

客「ははは・・」

相手はもう笑うしかないのだな。

最近はテレビドラマを真剣に見てたりするのが面白い。
「温泉へ行こう3」がお気に入りのようだ。
ウオッシャー!!

温泉いーなー・・。
ゆっくりお風呂に入りたい・・。



2002年02月27日(水) 鬱で死んだダンナ

昨日はちと吐きすぎかしらん。

今朝は息子が先に目を覚まし私を起こしににかかったが、
目は開いても身体がど〜〜〜〜〜にも動かない。

全身が鉛のようにずっしり重くて、グッタリ・・という感じ。

朝から何なんだよおヤダなあも〜と思う。


電話帳で近辺の心療内科をチェックしたりしてみた。

いざ調べてもなかなか行けないんだけどね・・。
踏ん切りがつかないというか。どこ行けばいいか分からないし。
意気地なしだあね。

ダンナは、おそらく死ぬ数日前から「鬱状態」だったんだと思う。

鬱と自殺は隣り合わせだからね。

だから周りの人間も当人以上に大変なんだけど・・。

でも鬱ってなかなか一般には理解されない。

病気って思ってもらえない。

鬱は、一生懸命な人、生真面目な人、つまり頑張りやさんが
なりやすい病気のようだ。

だが、周りからはただ単に「元気がない」って思われるだけで、
「元気出せ!」「ガンバレ!」って、言っちゃいけない言葉を
つい言ってしまう。

鬱から自殺未遂になったりすると、
「後ろ向きなヤツ」「ウジウジとした弱虫」「意気地がない」って
思われて、本人はますます病気から抜けられなくなる。

私の母は鬱が持病で、鬱になると体調が悪くなる。
病院で半日点滴を打てば治るのだが。
自殺も考えるが、娘である私が夫に続いて母親も自死で亡くすと
可哀想だからと抑えているようだ。
今も母はクスリなしでは眠ることさえできない。
医者に「先は長くない」って宣告されたそうだ。

いつ母が自死するかハラハラしているのも正直なところだ。

私自身は鬱とまではいかないかな・・って、自己判断は良くないね。

自殺を考えても、実行には移さない。

楽になりたいとは思う。
が、
死んじゃダメだ。
それだけは。

身体を痛めつけて・・つまりリストカットなどの自傷行為も、
気持ちは分かる。でも痛いの苦手なんだな私(笑)

みんな多かれ少なかれ悩みや不運不幸はあるもので、いちいち
鬱になってちゃやってられないと思う人もいるだろう。

だけど「十人十色」

心の痛みに耐えられる人絶えられない人、

壁を乗り越えられる人挫折してしまう人、

意志が強い人弱い人、

病気になる人ならない人。

病気になってみないと、なった人の苦しみは分からないと思う。

私はダンナの苦しみに気づいてあげられなかった。

自分のことで頭がいっぱいだった。



心の病気って、簡単なものじゃないんだよね。
目に見えないしね。
手首の切り傷の方がよっぽどSOSが分かり易いよね。

でも、どうなんだろーなー。
未遂を繰り返すのは・・。
自死遺族としては何とか止められたらいいのにって思う・・。
自死遺族がこれ以上増えて欲しくないよ・・。

自死遺族の悲しみ苦しみは計り知れない。

簡単に楽になれそうにないや。
今日も吐いたな。わはは。


2002年02月26日(火) やばい、発作が

また襲ってきた。



発作・・と自分では思う。

実行には・・たぶん移さない。


「消えたい」病、鬱とはまた違う気がするんだなこれが。

今日の午後、母と二人でまた憂鬱な話をしていた。
父が財産分与を拒否するので、裁判に訴えて給料の差し押さえを
するんだとか、父の愛人に私が電話しろとか・・。

私は父が嫌いだが、母にホイホイ協力する気にもなれない。

出来るなら穏便に解決して欲しいのだ。

両親の泥沼状態の争いは見たくない。

さらに母は、再婚相手にも不信感を抱いているようだ。
早く籍を抜いて家を出たいと思っているらしい。



夕方

母が仕事に出かけ、息子が腕の中で眠り、その寝顔を見ていたら
涙が溢れてきた。

絶対思ってはいけないことをまた思ってしまった。


「死にたい」


「消えたい」


あんな人の良いダンナに、身重の身で捨てられた私。
生きてる価値があるっての???

ひとりぼっちで息子を産んだ訳でもないし、今も一人じゃない。

なのにこのとてつもく巨大な「孤独感」は何なんだ?!

心がずしっと重い。

どうして息子は父親なしで生まれてこなきゃならなかったの。

病気や事故ならこれも運命と諦めもつくだろう。

生きたまま別れてもしかり。

だがダンナは自らを殺した。


なんで?!

なんで死ななきゃならなかったの。

ダンナが死ななかったら私は私の居場所をしっかり持っていたのに。
充実した気持ちで日々を過ごすことが出来たのに。

でも今は、私はいったいどうすればいいのか分からなくなってる。

義父母との同居を解消し、安息の日々が訪れるかと思いきや。

ここもまた、いつ出ることになるか分からないとは。


心がズタズタで。

この痛みを身体の痛みに転嫁したいとまで思った。

リストカットし、血まみれで倒れている自分を想像した。

あーだめだ。

そんなことしたらまたみんなに迷惑かける。

自分の心を押し隠し、殺さなくては。

我慢しなくちゃ。

私は母親でもあるんだ。

しっかりしないと。


・・そう自分に言い聞かせていたら、自分が可哀想になった。

また泣いた。

もう先が全然見えないよ。

真っ暗だ。

自分で明かりを灯すしかないのに。

今はそんな意欲も沸かず・・。



泣いた後、食べた。
気持ち悪くなるほどに。
胃が痛くなるほどに。
自分を痛めつけた。
苦しい思いをするのは自分なのに。
こんなことしたって空しいだけなのに。
アルコールは幸い切れていた。
こんなだから体重が増える一方なんだなあ(汗)
バカだよな〜。

こんな日記書くとまた心配して下さる方々がいるので心苦しいけど、
書かないと壊れてしまいそうなので・・。

いやあ、どっしり暗い内容でトホホ。


2002年02月25日(月) ダンナの性を名乗ること

最近は春を感じるな〜。
母を見てると花粉がかなり飛んでるようだけど。
虫さえ出て来なきゃなあ・・虫さえ・・・。

今日はコンタクトレンズを新調しにでかけた。

15年ほどずっとソフトを使い続けていたが、ある日眼科医に
「アレルギーだからソフトは良くないよ」と一言言われただけで
あっさりハードに替えてはや1年あまり。

しかしハードの扱いは慣れてないせいで、1年にしてはかなりの
傷物になっているらしい(涙)
ソフトのこすり洗いの癖が抜けてないのねえ・・。

しかし眼科はめっちゃ混みまくりで、待たされた1時間の間に
いろいろ考えることができた。
(目を使うので待合室の雑誌には手を出さなかったのだ)

何となく、名字についてつらつら考えた。

私は今ダンナの性を名乗っている。

3年近くたつのかな。

ダンナの籍にはいるとき、正直姓が変わるのが嬉しかった。

自分の名字が嫌いだった。

父と同じ名字(当たり前なんだけど)がイヤだった。

よく、女性は結婚してしばらくは、変わった自分の性に戸惑い、
病院や銀行などで呼ばれてもすぐ反応できないなんて事を聞くが、
私はむしろ嬉しくて、新しい名字で呼ばれてもすぐ反応していた。

そして8ヶ月後、ダンナが自殺した。
一人でさっさと逝ってしまった。

父は、一度は嫁に出した娘が帰ってくるのは近所に恥ずかしいと、
私が実家に帰るのを拒否した。

私も旧姓に戻す事は全く考えもしなかった。

母も、離婚してからも父の性を名乗っている。

その方がいろいろ好都合なのだそうだ。

私は、むしろ今の方が、ダンナの性で呼ばれることに戸惑いを感じる。

ダンナと一緒にいた時間より、ダンナがいない時間の方が多く
それでもダンナの性を名乗っていると、どうしてもダンナを
思い出したりして・・・。

あ〜何書いてるんだかワケわかんなくなってきたあ〜。


・・姓名判断ってどこまで信用していいんだろね。
性が変わって、私人生暗転してるんだろーか。
まあ好転したとは言えないけど、暗転とも思いたくないなあ。
ダンナの画数は最悪の凶数だったらしいけど。
私はまた性が変わることがあるんだろか。

ダンナは自分の画数が悪いのをかなり気にしていて、息子には最高の
画数をと考えたのが、実際息子の名前になっていたりする。
だから息子は名字が変わっちゃうとダンナの努力はパーになるのだな。

ま、いっか。ダンナの責任だ。うん。

名字が変わるのってややこし〜なあ。


2002年02月24日(日) 家族殺すのやめて

今日も花粉が飛びまくりの一日だったっす。
洗車&草むしりで汗だくっす。
息子は泥&水まみれっす。

ますますやんちゃでかんしゃくを起こしたりいたずらも盛んな
我が息子。

用意した物を食べないなんてことはしょっちゅうだ。

だが、それに腹を立てて子供を殺した親が逮捕されたらしい。

相変わらず虐待のニュースが絶えない。

方や子供が欲しくても欲しくてもできない夫婦もいるというのに。

今回殺された2歳の子は、足の骨が折れてたそうじゃないか。

骨が折れるほど蹴るって、どーいう神経してるんだ親は!!

あほちゃうかあ!!!!!


一番信頼しているはずの両親に殴られ蹴られ死んでいった子は、
一体何を思っていたのだろう。

この世に生を受けてわずかな時間で死を迎える。

この子の絶望を考えると涙が出てくる。


私だって息子にカッとなることがしょっちゅうだ。
イライラして怒鳴ったこともある。
手で押しのけたことだってある。
つい手を挙げる親の気持ちが分かる。

だけど、殺したり殺す寸前までいってしまうことは絶対ない。

大切な大切な息子だもの。

かけがえのない宝だもの。

息子が死んだらきっと気が狂ってしまう。


子供を虐待する親は病んでいる。
そう思う。
病んでいるのなら、必ず治療法があるはずだ。
でも悲劇は繰り返される。
大人達は後悔し対策を立てるが、結局変わらない・・。


同じように、子供に殺される親も悲劇だ。
夫に殺される妻、妻に殺される夫、
孫に殺される祖父母・・。

憂鬱になる事件ばかり。

は〜あ。

私が偉そうな事言える立場じゃないんだけど、どうもやりきれなくて
つい吐いてしまいました。



友人からメールがきた。
「昨日結婚一周年だったから二人で温泉行ってのんびりしてきたよー」
って。

いーなー・・。

結婚一周年の日はダンナが自殺して4ヶ月後に来た。

寂しくて泣いたぞコラ!!!
義父母が花をくれて、よけいつらくなったりして。
結婚記念日なんて大嫌いだああああああ。


2002年02月23日(土) 怖がりすぎだぞ息子・・・

今日もあったかかったな〜。

玄関に置いてあった鉢花がいきなりしおれてグッタリしてたので
慌てて水をあげる。

よく見たらビオラなんて間延びして何だかひょろひょろのもある。

うーん、まだまだガーデニング初心者だわ。いい株を見分けてない。

勉強しなくちゃと図鑑買ってきた。

本屋に行くとあれもこれも欲しくなる。

観葉植物でしょ、庭木や果樹でしょ、ハーブでしょ、
寄せ植えでしょ、ハンギングでしょ、庭造りでしょ、
も〜ありとあらゆる種類の本がずらり。
予想外に長居してしまった・・・。

図書館の本は、手元にずうっと置いておけないし、汚れないか
息子が破らないかヒヤヒヤするからなかなかね。
図書館で借りるのはハードカバーの小説がよろしい。



昨夜、ついにゴキブリらしきものが出没した。

お風呂上がり、息子と二人で階段を上っていったら、いた。

ちいさいのが。

薄暗くてよく分からないが、茶色っぽい。

「ヒエー」と言ってしまったのが良くなかった。

息子も「ウエー」と言ってあとずさり、泣き出してしまった。

私は慌てて殺虫剤を探しに行った。息子は泣いている。
なかなかない。ああもうどこにあるんだあああ。

見つけたのは夏に使う虫除けスプレー・・。
ええいままよとばかりに、むんずと掴んで階段へ。

シュオオオオオオ〜〜〜〜〜と、ひたすらかけまくる。

全身薬剤まみれになった虫は、ついにこときれた。
窒息したのかな。
まだ息子は泣いている。

あの程度の虫でワンワン泣いてたら、この先思いやられるなあ・・。

ばかでかいムカデでも出たらどうしよおおおお。

息子と一緒に泣くしかないな。うん。


2002年02月22日(金) いったい何が見えるの???

寒い時期に寒くなる話、いいんでないの?!
今日もダイエット挫折の未亡人りとるっす。

えと、リクエストもありまして、今回はコワイお話。

コワイというか、不思議なんだけど・・。

昨夜、息子は寝る前に部屋の天井と壁の繋がる部分を指さしつつ、
「ママー、ママー、ママー」と私を呼んだ。

何だろうと見てみても何もない。

「??
何かいるの?」

って聞いても息子は返事をするはずもない。

じいいいっと天井近くの一点を見つめていた。

ちょっとゾッとした。


数週間前、息子と近所を散歩していた。

私は息子に気をかけつつ歩くので、あまり前を見ることが出来ない。

息子の方を見ていたら、「チリリン」と近くで自転車のベル音がした。

「あ、自転車が来た、どかなくちゃ」と息子と避けようとして前を見た。

誰もいない。周りはだだっぴろい畑だけ。

ふと横を見ると、

畑の片隅に、明らかに捨てられて時間のたったボロボロの自転車が
横たわっていた。

ゾッとした。


私は大学時代一人暮らしをしている頃も部屋中ラップ音で
眠れなかったりしたが、別に霊感が強いわけでもない。
おばけを見たこともない。

でも家の中でも時折不審な音がしたりして、怖いぞ・・。
ムカデの方がもっともっと怖いけど・・ヒエエ〜。

ダンナは見てみたいけどな。
傍にいるのを感じてみたいけどな。
ダンナが怖がって近づかなかったりして。わはは。ありうる〜。

息子には見えるのかな、だとしたらちょっと妬けたりして。


しかし息子よ。

最近おもむろにズボンをパンツ型オムツを脱ぎ捨てて、
じょじょじょ〜〜〜っと部屋の中でおしっこするのには参るぞ。

「チー出る」とか「ちっこ」とかせめて言ってくれれば(汗)

こりゃ暖かくなる前にトイレトレーニング開始かな?!

補助便座買ってこなくちゃ!


2002年02月21日(木) 雑草ってやつは

本日のタイトルは、私が好きな漫画家田島みるくさん風にしてみました・・
・・って、分かる人いるかな?!

うう、腰痛い・・。
明日起きるときが怖い・・。

今日は暖かかったこともあり、ちょっと張り切って庭の掃除など
してみたのであった。

母がまずやりだして、息子がそれを見て外に出たがってうるさく、
仕方なく外に出たら私もやりだしてしまったというワケ。

引っ越し以来まったく手を着けていない、雑草だらけの庭。

前住民が手当たり次第にいろいろな花木を植えて、もう何がなんだか
ワケ分から〜ん状態で、どこから手を着けて良いか分からなかった。

母と二人「この芽なんだろう」「あ、こんな所にチューリップの芽が」
なんて言いつつ、目打ちやドライバーを使って草むしりをした。

息子はあっちへ行き、こっちへ行き、ウロチョロウロチョロ。

何度も何度も庭石でつまづいてコケまくっていた。

しまいには靴のまま部屋に帰り、絵本やミニカーを持って庭に
出てくる始末。

剪定した枝や抜いた草と一緒に捨てちゃうぞ!


3分の1もすすまないうちに母がギブアップ。

腰が痛くて動けなくなったらしい。
ヘルニア持ちだからなー・・・。

で、その後は一人で黙々と作業した。

3時間ほど過ぎて私もギブアップ。

ゴミ袋3袋分の草や枯れ葉、枝を回収した。

半分くらいはできたかなあ・・。

ホントに雑草ってやつはしぶとい。

根が思ったより深く這っていたりする。

私も雑草のごとくしぶとく生きて行かなくちゃーなあ・・。


で、恐ろしいことに、ここはムカデが出まくるらしい。
隣家のおばーさん曰く、
「ノイローゼになるくらい出た」って・・・(汗)

ギョエエエエエ〜。

ムカデエエエエ〜。

タスケテエエエ〜。

涙涙。

春が怖くなった今日この頃なのでありました。


2002年02月20日(水) 楽しいひととき〜のはずが・・・

未亡人りとる、今朝もまたダンナの夢を見たのであった。

何だか定期的に見るなあ・・なぜだろ。

ダンナは家の裏にぽつんと一人たたずんでいた。

あたりは薄暗く、どんよりとした感じがした。

ダンナを見つけたとたん、一目散に駆け寄って抱きついた。
「頼むから消えないで」って思いつつ。
(ってことはこれが夢って分かっていたのかなあ・・)

ダンナは、

すまなそうな、

困ったような、

苦しそうな、

悲しそうな、

泣き出しそうな、

元気がない顔をしていた。

「また絶対会いに来て」って言うと、無言で去っていった。

何だったんだろ。

ダンナの夢見ると、朝起きたときの無力感ったらないよ。
もうぐったり。
しばらく夢の中から出たくないという思いで、何も考えられない。
息子が寝起きでグズグズ泣いても放っておく。

自殺ってやっぱり死んでも苦しみ続けるんだろうか。
安らかに眠るなんてこと、出来ないのかなと思ってしまう。
夢の中のダンナの表情は、いつもそう思わせる暗さだ。

はぁ・・・。



だが昼から気を取り直して寄せ植えに着手。

4日もポット苗放ったらかしだったからな〜ごめんねえ。

やっと今日はお天気良くなったし。

嬉しはずかし楽しい趣味のひととき〜〜〜。

・・・のはずなんだが。

かえってストレス溜まったぞ・・(汗)

原因はもちろん怪獣ちびりとる。

私がせっせと土入れたり苗植えたりしているそばで、

鉢底土はひっくり返すし、

テラコッタの鉢の角を割っちゃうし、

苗にスコップで砂かけるし、

ドボドボとジョーロで水あげまくるし、

車道に出て行っちゃうし、

叱ると逆ギレしてジョーロやホウキを投げまくるし、

広げた培養土を踏みまくり服は土だらけ。

頼むよう〜〜〜(涙)

5つの寄せ植えつくるのに3時間以上かかったぞ!ったく。

知らないおじさんのあとをついて行っちゃったり、
車が来ても車道の真ん中で寝るし、
そこを無理に抱き上げると反っくり返って大泣きさ。

わはは(涙涙)

犬みたいに鎖に繋いでおけたらどれほど楽か・・。

早く門つけてほしいぞ・・はあぁ・・。

しかし寄せ植えは良い感じにできあがり、思わず写真撮っちゃった(笑)

ビバ!ガーデニング!!


2002年02月19日(火) ダンナいなくたって

いつまで寒いんだろーなあもう。

園芸店はたいてい外に苗がずらっっと並べてあるから、寒い日は
最悪なのだわ。
北風ピューピュー吹かれた日にゃ、ゆっくりも見ていられない。

だが、今日は温室つきの所だったので出たくなくなった(笑)

にしても、私としてはナビもなしで、一人きり1時間半かけて
遠方の園芸センターまで車を走らせたのは偉いぞ。

以前の私なら、ダンナに頼り切っていただろうから。

ダンナは自分が運転するのが好きなので、私はいつも助手席だった。
ダンナが助手席にいるのは飲んでいるときだけだったかな。

で、私はかなり車に弱く、すぐ酔ってしまうタイプ・・。

よって、地図を見ながらナビ・・なんて役は絶対無理なのだった。

ダンナは「使えないヤツ」って怒ってたようだけど・・。

私は助手席でボケッとしているばかりだった・・。


それが今や!!!

一人で長距離走るんだからたいしたもんだわはは。

自分の運転ですら酔うときもあるんだけどたはは。

かーなり方向音痴でたまにとんでもないところに迷い込むけど。

ダンナがいなくったって、やれば出来るんだもん。

ダンナは草葉の陰でハラハラしてるだろーけどね。


で、わざわざ遠くまで行ったので買わないわけにはいかず、
迷った末木立ちクリスマスローズ・・フェチダスを買ったのだった!

思ったより高かった・・くすん・・。

どうか盗られませんよーに!!
(裏の山に散策に来る人が多くて、よく近所で盗難があるらしい・・)

これで春まで花・鉢の購入は打ち止めであります。ハイ。

・・のつもり。



あ、一つだけ書いておきたい事があったんだった。

今日行った園芸センターで見かけた老夫婦の話。
歳は60代後半といったところだろうか。
温室内にずららっと並べられた花の苗を見て回っていた。

だんなさんが斑入りブルーデージーに目を留めた。
(これは私も気になっていた花だった)

だんなさん「おお、こんな花があるんだな」

奥さん「あらホントねえ」

だんなさん「これはたくさん寄せ植えすると映えるだろうなあ」

奥さん「そうねえ、可愛い花やしねえ」


ああこんな旦那様欲しいと思った。
じーさんだったけど、いいじーさんだ(爆)

花好きな男に巡り会ったためしがないりとるでありました。



2002年02月18日(月) 我が愛しのクリスマスローズ

昨日の衝撃的体験から一夜明け。

朝起きて台所に行くと、うぐぐ、生臭い・・・。

どうも生臭いのが苦手な私・・だから海の物は苦手・・。

海も苦手・・。

というより、たくさんの水が苦手。

何だか怖い。

赤ん坊の時に浴槽に落とされたからだろーか。

ま、泳げないからなんだろーけどね(笑)

溺死だけは堪忍してください。



今日は北風ふきすさぶすさまじい寒さの中、また園芸店へ
行ってしまった・・。

先日見たクリスマスローズが気になって気になって、同じ物が
近くにないか探しに行ったのだ。

私が欲しいのは、クリスマスローズでもちょっと珍しいもの。
花が鈴のように愛らしい、フェチダスという種類なのだ。

しかし収穫なし・・。

くやしいから苗をまた買ってしまったぞ〜(汗)
鉢も買ったぞ〜(汗汗)

昨日からヒマさえあれば園芸雑誌をめくり、クリスマスローズに
見とれる状態・・。

こりゃちょっと遠いが行かねばなるまい。

フェチダスが私を呼んでいるうううう!!!


今日は雨あられみぞれ雪ヒョウ、あらゆるものが空から降ってきた。
なので植え替えできず。

また良いお天気で暖かくなってくれないかしらん。

土いじりしたいぞー。

癒されたいぞー。

ああ私が死んだら、溢れんばかりの花で私を覆い尽くしてねん。

キクとかありきたりのじゃやーよ(笑)


2002年02月17日(日) 生まれて初めて風呂場での○○○

今日も一日平穏に終わるかと思いきや、ポコポコとエンピツネタが
降って沸いて出るのでございます。

未亡人りとるの人生、山あり谷ありでありまする。


さて、今日は初体験2連発。

母の再婚相手は、根っからの魚好き。
わざわざ遠くの市場まで買いに行く強者だ。

今日もマグロ、ブリカマ、アサリ、そしてアンキモを買ってきた。

私は実はアンキモ食べたことがない。

白子ならずう〜っと昔に一度あるんだけど。

で、アンキモに大根おろし、ポン酢、一味唐辛子をかけて食してみた。

むおお。

濃厚な生臭さが何とも・・・。

しばらく食べていて、ふと箸を止める。

???

何やらうごめく物体が(汗)

箸でつまんでみる。

つままれた糸くずのような物体はクネクネ身体をくねらせた。

「ヒエエエエ〜〜〜〜!!!!!」

よく見たらいくつもいるでないの。

もう涙目。

数匹は食べちゃっただろうなあ・・・ううう。

はやく体外放出したいよお(涙)



何とか気を取り直し、食後、入浴タイム。

普段通り息子を先に洗い、自分が洗い、先に湯に浸かる。

ふ〜、極楽極楽。

・・・・。

???

く、くさい・・・。

また息子のおならかな???

立ち上がって洗い場を見ると。

息子よ・・。

生まれて初めて風呂場でウンチかい・・。

どーりで静かなワケだよ(汗)

晩ご飯モリモリ食べたからなあ・・。

狭い風呂場内はみるみる息子の排泄物の匂いが充満した。

ひええええ。

まだ浴槽の中じゃなかったからいいかな・・。


というわけで、平穏とはいかない一日なのでありました。


2002年02月16日(土) 花愛でる未亡人

息子を初めて母に預け半日外出。

引っ越ししてこの家にも慣れてきたし、大丈夫だろうということで
友人と園芸店めぐりをすることにしたのだ。

いやあ疲れた・・。

息子といるのも別の意味で疲れるが。

足を伸ばし友人オススメの巨大園芸センターや、個人の園芸店を
昼食食べがてらまわった。

いや〜、外食も喫茶店も久しぶりで感激・・。

ゆっくり食事だなんて・・感涙。

久々にゆっくり味わって、良く噛んで食べることが出来た。

ああなんて贅沢。

園芸屋で大量の花を友人とじっくり見回った。

最近は花の種類も増えて、見応え充分。

あれもこれも欲しくなってしまう。

友人は「園芸が趣味なんてオバンクサイって言われてさ〜・・。
あまり人に言えなかったけど・・りとるがいてくれて嬉しいよ!」と
思い切り喜んでくれた。

確かに、今でこそ「ガーデニング」なーんてこじゃれたネーミングで
ちょっとばかしブームになったりもしたけど・・以前は
「土いじり」「園芸」なんて暗くてジミ〜なイメージだったもの。

でも花を愛でるなんて素敵なことじゃない。

花を見ていると心が安らぐよ。

今回もまたクリスマスローズを買ってしまった(笑)
全種類欲しいくらい惚れてしまったぞ・・。

帰りにお茶でもと立ち寄った所は、同じ建物の隣に心療内科があって
ちょっと心惹かれてしまった(汗)
受診していこうかと思ったくらい・・わはは。

帰りは大渋滞にあって往生したが、充実した一日だった。

・・しかし、自分で運転せず大渋滞にハマッたおかげで、少々
車酔い気味で帰宅・・・。

気持ちわる〜・・頭いた〜・・。

いまもなお少々気分が悪いのであった・・とほほ・・。

母は「花でストレス解消になるんなら良いんじゃない」と
言っていたが、確かにね。
息子はお利口していてくれたみたいだし。

しかし夜お風呂に入っていて、私が顔を泡だらけにしている時に
いきなりシャワーのお湯を熱湯にしたのは、私への仕返し?!
目も開けられないし大騒ぎしてしまったぞ。

たまには母を解放しておくれ。オネガイ。
あー気持ちわる。


2002年02月15日(金) 今日もテレビでダンナ観覧

ここのところ体調が良いんだか悪いんだか。

胃がギュッと痛んだり、吐き気がしたり。

しかしつわりであるはずないしなあ・・。

ストレスかなあ・・。

急に太ったのも良くないなー。3キロ増・・。

息子がたまに夜中「ギャアアア」って泣きながら私を蹴るので
それもしんどいんだよね・・お腹蹴られてから具合悪い・・。

しかし今日は割と平和な一日だった。

夜、いきなり息子がズボンとオムツを脱いで、台所で
シャ〜っておしっこしたのには慌てたけど・・。

おまけにトレーナーまで脱ごうとするし。

おいおい息子よ、まだお風呂のお湯入れてないよ。

で、慌ててお湯を入れ、一緒に入る。

ときどき隣の犬の鳴き声がするのが、今日は静かだった。
「あれ、わんわん今日は静かだね、ねんねしてるかな」と
私が言うと、

「ねんね」と息子。

おお。

ねんねって言ったぞ!

昨日に引き続きカンドーの嵐!!!

いやあ。

子育てって

ホント〜に

いいもんですね。

by.水野晴夫(って、字これで良かったかな?)

・・・古・・・。

30過ぎの熟女なもので、申し訳ない(笑)


ところで、父からの慰謝料がまったく振り込まれなくなり、
母は毎日「首くくりたい」と言っている状態。

近い内に父の所に乗り込んで話し合いをしなければと思う。

私は思ったことをきちんと言葉にするのが苦手なので、手紙でも
書こうかなと思ったりして。

何ならまた父の愛人と対決したっていいし。

ただ父は逆上するタイプなので・・カッとなって殺されるなんて
ことがないように祈りたい。

春の訪れと共に春が来ますよう。

(今日の日記は徒然なるままだな〜・・)


2002年02月14日(木) 感動した!

2歳を目前に控えた我が息子。

ハイハイやお座り、つかまり立ちや一人歩きは順調にこなしてきた。

だが、何度も日記に書いているが、言葉がとても遅い。

見た目は1歳になったころから「3歳くらい?」なんて言われていて
しゃべるのが当然だろうと思われてしまうこともしばしばだった。

挨拶もお礼もしないなんて、親のしつけがなってないと思われたことも
きっとあったと思う。

だがそれだけに、息子が一つ一つ、言葉・・日本語を話すたびに
すさまじい感動が私を襲うのだ。

今日、寝る前に息子は布団までおもちゃのバケツやスコップを
持ってきた。

二人でしばしおままごと。

バケツを食器に見立て、スコップでおかずをすくって食べる。

「アムアムアム・・・うーん、おいしい。おいしいね」と私が言うと
同じように息子も
「アムアムアム・・オイシー」
と言ったのだ。

ただそれだけなのに、胸がいっぱいになって涙が溢れてきた。

「おいしい」って言った、すごい、すごいぞおおお〜って(笑)

息子の頭をなでまくり「そうだね、おいしいね」と言った。

息子はまた「アムアム・・おいしいー」

頭なでまくり。

言葉をしゃべるととたんに人間らしくなってくるものだ。

いままでは「怪獣ちびりとる」だったからなあ・・。

親バカと言われればそれまでだが、親ってみんなこういうものじゃ
ないかなって思う。

子供の成長が親に感動を与えるのだよ。うん。

ダンナ、死ななきゃこの感動を共に味わえたのにねえー。残念だわ。

らいおん頭のオヤジじゃないけど、まさに「感動した!」なのだ。

生きる気力も沸くってもんよ。わはは。



あ、そういえば今日はダンナの月命日だっけ。

先月は3回忌、その前は引っ越し前でみんな揃ってお参りしたから、
今日は初めて月命日のお参りに参加(?)しなかったんだった。

義父母もいつまでお寺さんを呼んで月5千円払うんだろう。

バレンタインも、チョコ仏壇に供えたって結局食べるの義母だし。

心の中でいつものように「バーカ」って言っておくよ。
手を合わせながらね。


2002年02月13日(水) 「母子家庭同然」という言い回し

ダンナが死ぬ前は気にも留めなかった言葉が、死後やけに気になる。

それは「母子家庭同然」という言い方だ。

自分自身が母子家庭になってから何度かこの言葉を目にした。

ネットでの掲示板。
新聞の投稿欄。

ネット掲示板では「ダンナが毎晩遅くて〜。これじゃ母子家庭同然
だよお〜」云々のカキコミだった。

新聞の投稿欄も同じ。「うちはダンナの帰りが遅く、これじゃまるで
母子家庭って感じだ」というような文章。

今日、新聞を広げて読んでいたらまたまたまた見つけてしまった。

ある男性からの投稿。
毎晩帰りが遅く、休みもままならない夫。
そんな夫に妻が吐いた言葉がこれ。

「これじゃ母子家庭も同然。保険金かけて死んでみろ」

・・・おいおい。

読んでいて腹が立った。

この言葉を吐いた女にというより、新聞社の編集部に対してだ。


以前、同じ新聞社に抗議したことがある。
さきに書いた「これじゃまるで母子家庭」の投稿にだ。

電話をかけた。
何度かかけてようやく担当者がつかまった。

マスコミに電話なんて初めてのことでこっちが緊張気味。

だが何とか、こういう言い回しはやめてもらいたいと伝えたいと
電話に出た担当者=オッサンに話すと、

「ハッハッハ」

オッサン笑った。

「別に〜この人もそんなつもりで言ったんじゃないですよ〜」

わかっとるわいそんなこと!!!!!

「母子家庭の人を差別してるワケじゃないですよお〜」

このクソオヤジ。

そうじゃないって。

「片手が無い人に「片手落ち」と言っているのと同じくらい
傷つくんです」なんて私も苦し紛れの文句。

「は〜そ〜ですか。じゃこの方(投稿者)にそう言っておきますよ」

始終小馬鹿にされたような感じでその日は終日不愉快だった。

翌日クソオヤジからまた電話があり、
「相手の方(投稿者)が、やっぱりそんなつもりで書いたんじゃないって
言ってましたよ。謝るつもりはないが、友達にならなってあげても
いいって言ってましたから、電話番号教えますね」
だって。

うが〜(怒)

友達になら、なってあげてもいいだと〜〜〜???

胃の内容物がグツグツ煮えましたよわたしゃ。

で、今日また同じ言い回しをそのまま掲載している編集部の
デリカシーの無さに腹が立って立って。

世の母子家庭の方すべてが、この言い回しを気にするとは
思っていないけど・・。

私が気にしすぎなのかもしれないけど・・。

ツライんだもの。

「うちは母子家庭も同然。金残してダンナ死ねばいいのに」なんて
そんな言葉見たくないよ・・。

ダンナ死んで欲しくなかったよ・・・。

生きていて欲しかったよ!!!!!!

帰りが遅いからってなんなんだよっっっ!!!!

甘えるのもたいがいにしろーっ。



ということで。

当事者でないと分からない傷みってのはあるもんです。

今の私は、この言い回し大っ嫌いです。

と同時に、自分も何気なく人を傷つける言葉を発しているんじゃないかと
思ったり。
言葉ってすさまじい力があるから。
気をつけないとと思う。

てなわけで、怒りモードのりとるっした。


2002年02月12日(火) 不幸は事実

今日は至極平和な一日だった。
息子が猫の飲み水を何度もひっくり返したのは参ったが。

今日はちょっと言い訳しちゃおうかな・・。


不幸。

私は確かに不幸な目に遭っている。

で、そのことも含めて日記・・つまり「未亡人りとるの独り言」を
書いているのだが・・。

決してウリにしているわけではない。

「不幸をウリにしている」「他人の同情を買いたいのか」などと
いつメールがくるかビクビクしているのかもしれない。

それくらいの中傷はサクッとかわせればいいのだが、あいにく私は
そこまで強い人間ではない。

今までに悲しくなった匿名メールは1通だけだった。

他はみんな、励ましやアドバイスの暖かいメールばかり。

世の中捨てたものじゃないって思うほど。みんな優しい。

支えられてもらえるありがたさを痛感する。

不幸なんてね、遭わなきゃ遭わない方がいいのよ。
当たり前だけど。

辛い目に遭えば遭うほど人は他人の痛みが分かるなんて
よくあるセリフだけど。
辛い目に遭えば遭うほど人は卑屈になるってこともあるのよ。

うう、ひねくれてるなー・・私・・。

今日は何を書きたいのかワケわかんなくなってしまった。

とにかく、私は日記にウソ一つ書かない。

「不幸」も「事実」のうち。

そんなもんウリにしたって悲しくなるだけ。

そもそも日記なんだから「ウリ」を作ることないし。

不特定多数の人が読んでいるわけだけど、その方々にサービス
しているわけでもない。

でも同じような境遇の方が読むとフラッシュバックされるかもしれない。
そんな場合は申し訳ないと思う。

あーそういえば私は最近しょっちゅうフラッシュバックだなー。

タレントの藤井隆がダンナに似ているんだよね(爆)
オカマキャラの時じゃないときだけど。

テレビ見て
  ダンナ見つける
     不思議な瞬間

字余り。


2002年02月11日(月) バカは誰だ?!

私宛のカタログがたくさん届いているということで、
今日はダンナの実家に行った。

行きの車内では息子がギャアギャア狂ったように泣き叫び、
運転も荒っぽくなってしまった。
スーパーの駐車場でクラクション鳴らしまくったのは私です。
すびばしぇん。

義父の大好物、大判焼きを手にいざ。

着いてとりあえずダンナの仏壇へ。

蝋燭を灯し、線香を立て、お鈴を鳴らし、さてお参り。

心の中でつぶやく。
「バーカバーカバーカバーカバーカバーカバーカバーカ」

心のこもったお参りなのだ。わはは。

ダンナを責めても仕方ない、総てをダンナのせいにするつもりはない。

だがどうも仏前に来ると「バカ」しか言えなくて・・・。

ダンナが死んで間がない頃は、朝から晩までダンナの遺骨の前に
座り込み、
「私が悪いんだ、私のせいだ、私がいけないんだ、私が・・」って
思いながら、ずーっとずーっと線香の火を灯し続けてたもんだが。

久々に会った義父母は歓迎してくれた。
息子は最初とまどい気味だったが、すぐ慣れて走り回る。

夕食もご馳走になった。

いざ帰ろうと外に出てビックリ。

雪が積もってる〜〜〜!!!

車が四駆のスタッドレスで良かったよ、ホッ。

にしてもすごい吹雪だった・・。

それよりバカだったのは、洗濯物を出しっぱなしにしてきたこと。

帰って見てみると、洗濯物には見事雪が積もっていた。

雪が積もった洗濯物を見たのは生まれて初めてだよ・・とほほ〜。


で、最高にバカだったのは。

肝心の私宛のカタログ類をもらい忘れたことだった・・・。

ダンナにバカバカ言っておいて、結局一番バカなのは私でありました。

ちゃんちゃん。


2002年02月10日(日) 死後2年というのに

ダンナの実家に行くつもりが、義父母が外出していてNG。

一日家にいてせっせと掃除しまくった。

しかし床の拭き掃除って癖になりそう(笑)

風呂場を毎日洗うのはすっかり癖になっちゃった。
ダンナの実家での習慣だったのだ。
それまでは1週間に1回程度だったんだけど。

しかし。

最近夢見が悪いせいか、ダンナのことを思い出す。

ダンナとはつき合いだして2年で結婚した。

8ヶ月後、人里離れた河川敷で遺体となって発見された。

エンジンがかかったままの不審な車がある。

近隣の住民から警察に通報があったそうだ。

警察がかけつけると、車の中にはアルコールや酔い止めの薬が散乱し、


運転席で男性・・ダンナが血まみれになって死んでいた。


車内にホースが引かれ、窓にはガムテープで念入りに目張り。

私が車を見たときは、警察から引き渡されたあとだったので、
車内は割ときれいになっていた。

シートに付着した血が少し残ってっていたらしいが、その段階では私は
ダンナが頸を掻ききったことは知らされていなかったこともあり
全く気づかなかった。

社員証で、まずダンナの会社に連絡が入る。

会社はダンナの実家に連絡する。

ダンナの両親は私の母に連絡する。

つまり私は一番後回しにされたって事。


遅かれ早かれ真実を知ることになるんだから、妊婦だからって
知らせるの後回しにすることないじゃない。

警察の事情聴取は電話で行われた。なにせ距離がありすぎたので。

「奥さん・・気を確かに持ってくださいね」

ドラマみたいなセリフだよ・・。

私は警察の質問に淡々と答えた。

警察は自殺と断定した。



何なんだろ。
もう2年以上たつっていうのに。
昨日の事みたい。

ダンナと過ごした時間をボーっと思い出す。

息子の声で我に返る。

別の人を好きになっても、ダンナのことを忘れることはないんだろうな。

ダンナを愛していた・いなかったは別として、あんな強烈な別れを
一方的にされちゃあ、忘れようたって無理っしょ。

あああああもう!!!!!

今日のはホントに独り言っす。すびばしぇん。



2002年02月09日(土) 会えるのは嬉しいけどつらいよ。

どーしてだかなあ。

今日も夢の話なのよね・・。

今朝、またダンナが出て来ちゃって。

で、これはいつものパターンなんだけど・・・。
私は「これ現実だよね???現実だよね???夢じゃないよね??
ホントは死んでなかったんだ〜。やっぱり死んでなかったんだあ〜」
ってワアワアわめいて喜ぶワケ。

で、その時は本当に現実だと思っている。

今度こそ、今度こそこれが現実だよね???って確認しようとする。

今まで泣いてばかりいた自分が馬鹿馬鹿しくなったりする。

「んも〜あんなに泣いて損したよお〜」なーんて言ったりして。

何度こんな夢を見ただろうか。


今朝もそんな感じだった。
ダンナは死んでなんかいなかった。
生きていた。
ダンナのぬくもりを感じて「ああ良かった」と心から安堵する私。

ダンナが自殺なんかするはずないもの。

妊娠8ヶ月の私をひとりぼっちになんかするはずないもの。


目が覚める。

正真正銘、本物の「現実」を目の当たりにする。

「ダンナは頸を掻ききってガス吸って血まみれになって死んでいった」

愕然とする。

そして失望する。

以前は絶望してたけどね・・最近はちと成長して「失望」かな・・。


夢の中で思いっきり舞い上がって、目覚めて思いっきり落とされる。

夢の中でだけでもダンナに会えるのは嬉しいことは嬉しいけどさ・・。

朝起きたときのしんどさったらないよ・・。

全身鉛のようだよ。そりゃ3キロ太ったから実際重いんだけどさあ(涙)


苦しいなあもう・・。

現実逃避したいよ・・。


2002年02月08日(金) 「たすけて」の文字

昨日あんなことがあったので書くのを忘れてしまったが、
昨日の入浴で再び息子が溺れた。

沈んだ息子をとっさにすくい上げたが、息子は
「ゲホッゴホッゲヘッゴホゴホッゲホゲホッゴホゲホゲホッ・・」
と激しくせき込んだ。

しかし濁り湯の入浴剤はこういうとき焦るなあ。

沈んだ息子が見えなくなっちゃうんだもん・・。

息子はカッと目を見開いたままだった。ちと怖かった。

乾燥肌の息子と私のため、保湿成分入りの入浴剤を使っているのだが、
どーしてどれもこれも「濁る」タイプなんだろーなあ。

無色ってのもあるにはあるが、ほとんどが濁る。

弟などは「湯が濁っていると汚い感じ」と言って嫌がったものだ。

濁る入浴剤が多すぎる。メーカーさん考えてちょ。


話は変わり、今朝、強烈な夢を見た。

私はとある建物にやってくる(学校みたい)。

私宛の包みが渡される。

バルコニーらしきところに出て、包みを開けてみた。

ダンナの会社の手帳と、走り書きのメモ。

メモにはこう書いてあった。



「たすけて」



まぎれもなくダンナの筆跡だった。

私はふと上を見上げた。

数階上の窓から、私を見下ろしている目。


ダンナだった。


泣いていた。


私は慌ててロープを探し、上に放り投げた。

ダンナはその一室に監禁されていたようだった。

監禁した犯人はダンナが逃げたのを知り消えていった。

泣きながら私にしがみつくダンナ。

私も一緒に泣いた。


夢の中で、私はダンナのSOSに気づき、ダンナを救うことが出来た。

現実ではどうだ。

私はSOSに気づくこともなく、ダンナは一人死んでいった。

私はダンナを救うことは出来なかった。


あの世で。

ダンナは救いを求めているのだろうか。

「たすけて」という文字が目に焼き付いている。

私は何もできない。

今もダンナが苦しんでいませんように。

そして私も。

いつか苦しみから解放されますように。


2002年02月07日(木) 父の愛人との対面

軽い気持ちだった。

実家に残してきた服や本をちょっと取りに行ってこようと思った。

息子を母に託し、車を走らせること約30分。

実家に着き、車庫のシャッターを開けたら。

いつもは空の車庫に車が入っていた、しかも見知らぬ車。

ひょっとして。

来てるかも。

まだ見ぬ父の愛人。

ガスや水道を使っている音がする。やっぱり誰かいる。

一瞬、躊躇した。

だがシャッターを開けた音を聞かれたかもしれない。

ええいままよ。

乗り込んでやれ。

鍵でドアを開け、ずかずか入っていった。

不思議なくらい落ち着いていた。

台所に彼女はいた。

私を見てかなり動揺していた。

まあ格好も格好だったし(下半身下着一枚だった)。

ちょっと強烈な第一印象だったな、うん。目に焼き付いちゃったぞ。


父の愛人は2人、うち1人とは会ったことがあった。
今回は会ってない方の愛人。
ストーカー行為、自殺未遂をした人だった。

私はてっきり気が狂った女だと思っていた。

今日見た限りではちょっと違っていた。

歳は母と同じくらいだろう。

しかしここ3日高熱で寝込んでいたらしく、やつれていた。

2時間ほど話した。
私は荷物をまとめて動き回っていたが。

私がいる間、数分ごとに彼女が口にした言葉。

「ごめんなさい」
「申し訳ない」
「許してね」

何度も何度も言われ、私は正直戸惑ってしまったくらい。
「いいんですよもう」「気にしないで」なんて一言も言わなかったけど。

彼女に対しては長年恨み辛みを抱いて生きてきた。

すぐに許せるというものではない。

だが・・。

何だか「もういいや」って気になってきた。

「もう済んでしまったことはアレコレ言っても仕方ないので」
私はそう言った。

目の前の、私を苦しめたはずの人が哀れに思えてきたのだ。

思えばこの人も父に苦しめられた被害者なんだ・・って。

そうじゃないかもしれないけど・・そう思った方がいい気がした。

話している途中、彼女は泣き出して「ちょっとごめんなさい」と
離れたこともあった。

「涙は女の武器」なんてバカなことを一国の長が言っていたが、
武器として彼女は泣いたんじゃないと思いたい。

帰り際、彼女に携帯の番号を渡された。
「何かあったら、私正直に全部話しますから」と。

とりあえずは父と母がちゃんと話し合うことが必要だ。

車を走らせながら思った。

「今日のエンピツネタは決まりだなー」

こんなことしか考えられない自分。

涙の一つも出やしない。

ダンナが死んでから泣きすぎたな。ちょっとタンク枯れ気味。

何とかしなきゃな。何とか。

今晩はなかなか寝付けそうにない。


2002年02月06日(水) 平松絵理の歌及び血液型について

珍しく長いタイトルだなあ・・。

今日はあったかかったー。上着要らなかったもん。
車の中はなおのこと。暑いくらいでね。
息子も赤い顔して寝てた。

で、タイトルの血液型についてなんだが。
人間はおおまかに4つの血液型に分けられる。
A,B,O,AB。

私の家族は私以外みなA。バリバリのA。

私一人だけ仲間はずれ。

だが時に、私の中にもAの血が混じっているのかと思うことがある。

私は仕事となると「A型気質」になってしまうのだ。

きちんきちんとしないと気が済まず、デスクの中も上も整理整頓が
行き届いている。

「りとるさんってきちんとしてるね〜。A型でしょ〜。」
なんて言われる。

で、「実は」って言うと驚かれるんだなー。

しかし家の中じゃA型のかけらも出てこない。

適当、いい加減、ダラダラのグチャグチャ。

おおざっぱ。無精。細かいこと気にしな〜い。

不思議なものだが、血液型性格診断って当たってることも多い。

たった4つに人間が振り分けられる訳ないんだけどね。

そんな私がなぜか苦手とするのはBの人。

嫌いじゃなくて、苦手。分かるかなあ・・。

つまりBの人にはいつも振り回されるんだなこれが。

Bのペースに巻き込まれる。逆らえない。

で、常々「Bとは合わないから結婚相手もBはありえないな、うん」
なんて一人納得していたのだ。

んが、ダンナはBだった・・・。

わははは。

学習能力ないのか私は〜〜〜!!!

結局ダンナにも振り回されたって訳。

さすがに凝りました。はい。

でもBの人って不思議な魅力があるからつい・・はは。
やっぱり学習能力ないわ。とほ。

かくいう私はO型であります。


順序が逆になってしまったが、平松絵理。

数年前に「部屋とYシャツと私」という歌がヒットした。

これ、どうも賛否両論・・好き嫌いがハッキリ別れたようだった。

ヒットした当時は当然独身だった私はこの歌が嫌いだった。
「なんじゃこの女々しい歌は。やだね〜〜」なんて思っていたもんだ。

ダンナと婚約中、カラオケボックスに行ってたまたまこの歌を歌った。
歌った理由はただ歌いやすそうだったから。それだけ。
「懐かしいなーこの曲」なんて感じで。

そしたら「来た」

つまりこの歌の「歌詞」と自分の境遇が一致していたため、もろ
琴線に触れてしまったのだな。

歌いながら涙がボロボロ出て、しまいには歌えなくなって号泣した。

バカだな〜・・・。

特に「先に死なないで・・」みたいな詞があったように思うが、
その辺りは絶対歌えなかった。泣けて泣けて。

その後カラオケで最後まで歌おうと挑戦したことがあったが、
やはり途中で泣き出してしまって駄目だった。

一緒にいたダンナは不思議そうに笑っていた。

今思うと、第六感で予期していたのだろうか。
「夫の死」に関する「詞」に反応していたんだから。

きっと今でもこの曲を聴いたら泣いてしまうだろう。
あのときのダンナの優しい笑顔を思いだして。

平松絵理は職場でも会ったことあるけど・・うーん、罪な人ね(笑)


2002年02月05日(火) 愛想なしのT●S●I●Aさん

はああ(感涙)、やっと洗濯機直ったあ。

先日修理に来たおとなしいお兄ちゃんの予告通り。

信用してなかったけどちゃんと来てくれた(違う人だったけど)

しかし愛想無しだなあ。

黙々と部品交換をして「直りましたんで、じゃ」

おいおい。

もちっと説明してくれたっていいのに。

どこがなぜどう壊れたのか。

東○っていやあ一流メーカーなんだし、一応。

なのにそそくさと来てそそくさと帰っちゃうんだもんなあ。

ま、直ったからいいんだけどね。うん。もちろん無償だったし。


それにしても私の贅肉は困ったもんだ。
今日、テレビでダイエットの特集をしていたので釘付け。

リバウンドしないダイエット3ヶ条とやらをやっていた。

‥按譴靴震ぬきの食事
■械古戮里湯に30分半身浴
しっかり睡眠

・・・・。

1歳児の母には無理だわ・・。とほほ。

今日、久々に母子手帳なんぞ開いてみた。

2歳児の記録ページを見て愕然とする。

「成長の記録」

「はい」か「いいえ」で答える欄がある。

・走ることが出来ますか
・スプーンを使って自分で食べますか
・クレヨンなどでなぐり書きをしますか
・テレビや大人の身振りのまねをしますか
・2語文(ワンワンキタ、マンマチョウダイ)などを言いますか
・・・・・
・・・・・

・・・なにょお???

に、2語文????

ううう。

世の2歳児は2語文をしゃべるのね・・すごすぎる・・・。

パラッと1歳半のページを見たら、
「ママ、ブーブーなどいくつか言葉をしゃべりますか」で「いいえ」に
○がしてあった。

思いだした。1歳児半健診・・。

絵に描かれたジュース、靴、乗り物などを見せられ「ジュースはどれかな?」
って聞かれたりする。

そこでちゃんと指さしできれば親としては万々歳なのだろうけど。

息子は何一つできなかった。
(ジュースは飲ませてないから当然分からないし)

「2歳になってもしゃべらなかったら相談して下さい」
その時そう言われたんだっけ。

別に気にもとめなかった。

そのうちしゃべるだろうって感じで。

今もそんなに焦ってない、ちょっとだけ焦ってる(笑)

ちょっとだけね〜。

来月2歳の息子、しゃべる言葉は3つ。
「ママ」「目目」「ワンワン」
以上。


2002年02月04日(月) コインランドリー初体験

今日は暖かい一日で、まさに春が立つ!という感じだった。

思わず庭に出てボーっと雑草を眺めてしまった(笑)

片やボーっと出来ない性分の母はせっせと靴を磨いていた。


悲しいかな、買って1ヶ月あまりの洗濯機はいまだ壊れっぱなし。
早くて明日直るそうなんだが・・・。

さすが3日たつと洗濯物がどっちゃりになってしまう。

今日は良いお天気、ということで近所のコインランドリーに
行ってみることにした。

息子が母に気を取られているスキにささっと車を出す。

車で数十秒のコインランドリーは出来て間がないようで、とても
きれいだった。

うまれてこの方30数年、お恥ずかしながらコインランドリー初体験。

いかにも慣れたように中に入るバカ=私。

しかしコインランドリーの洗濯機って洗剤も柔軟剤も要らないのね。
昔から?そんなことないよねえ。
しかも一番小さくても10埓える。
10圓呂佞気っていたので隣の16圓鮖箸Α

てんこもりの洗濯物入れてもまだ半分以下って感じ。でかいのなんの。

しまった・・もっと持って来るんだった・・。

・・なんて思いつつお金を入れて・・と、え!

な、700えん???

高いな〜〜〜〜〜(汗)

しかし隣の22圓裡坑娃葦澆茲蠅磴泙瀬泪靴世韻匹發機繊

当然のふりしてお金投入。とほほ。

私の他に2〜3人いたが、みな慣れた感じだった。

さらに驚いたのが正面にどどんっと並ぶ乾燥機。

でかい。でかすぎ〜〜〜。人間2人は入るぞこりゃ。

そこでは布団が2〜3枚グルグル回りながら乾かされていた。

しばし見とれる私。

う、やばい、初めてってことがバレバレだわん。

そしらぬふりして持参した本を読む私。
京極夏彦ってところがしぶい???わね。ほほ。

かくして30数分の初体験は終了したのであった。

しかしそばにいないと洗濯物ごっそり盗られることもあるらしい。
物騒な世の中だな〜。

いろいろ勉強になった一日であった。まる。


2002年02月03日(日) 動かないと怖い

未亡人なのにお腹が妊娠3ヶ月。

うっ笑えない(涙)

焦りまくり、今日はひたすら動いた一日だった。
家から一歩も外に出なかったのに。

2階の廊下と1階のフローリングすべてをせっせと磨いた。

掃除機かけまくった。

その後ストレッチやら自己流エアロビやら。

テレビ見ながらでも腹筋運動。

ま、1日動いたからって腹の肉がヒュッと引っ込むわけないんだけど。

相変わらずプニョプニョなんだけど。

でもやらずにいられない(笑)

吐いて食べて吐いてというパターンもよくあるらしいが、私は
吐くのが大の苦手。

明日からもせっせと動こうっと。
で、せっせと食べる(爆)


昨日の日記で皆さんにかなりご心配をかけてしまったようで反省。

不特定多数の方が読んでいるというのをつい忘れて、本音=グチが
マシンガンのごとく出まくりまくり。

改めて、読んでいる皆さんは不愉快だろーなと気づくおバカ状態。

「独り言」ということで大目に見てやっておくんなまし・・。


この日記書いてる途中で母が帰宅、「太巻き買ってきたから食べよ」って。

今何時だと思ってんの・・今日はあと1時間しかないよ・・。

またデブへの道一直線だ・・とブツブツ言いつつ半分食べた。

大人3人無言で同じ方向を向いて太巻きにかじりつく姿は滑稽そのもの。

海苔業界の陰謀なんだけどね。これ。

豆まきはやらなかったが、息子が分かるようになったらやりたい。

昔からの行事って結構大切なのだ。親としてちゃんと教えていかないと。

親から子へ、子から孫へ。ってね。

何より福が来て欲しいもん。

今日は怪奇現象も多くて怖かった。その辺はまたいずれ機会があれば。


2002年02月02日(土) 満腹中枢よ何処へ・・・

私って壊れかけてるのかなー。

頭は元々壊れかけなんだけど(汗)、神経まで壊れつつある・・。

食べても食べてもお腹がふくれないのだ。
「満腹感」がないというか「食べた〜」という充実感がないというか。
だから食後に大福やら草餅やらムシャムシャ食べてしまう。

さすがに今日は少し気持ち悪い・・。

でも食べても食べても満たされない感じがして不安になる。

出っ張ったお腹を見て焦る。

食べるのやめなくちゃ。

我慢。

お金使うの我慢。
食べるのも我慢。
息子のいたずらにも我慢。
両親の勝手にも我慢。

わあん、どれだけ我慢すればいいのよお。

こういうのやっぱり過食症っていうのかしらね。
じゃあ次に来るのは拒食症???そりゃないな多分・・。
子持ちで拒食症なんてやってられないもん。

精神的に満たされていない証拠なのかな。

よくよく考えると、私の人生、大好きなmewmewさんがかつて
開いてたHP「人生劇場」みたく、結構波瀾万丈だったかも。

十二指腸潰瘍で苦しんだ小学時代。

いじめで苦しんだ中学時代。

仲間の裏切りと恋愛で苦しんだ高校時代。

ADの仕事でこきつかわれ、ディレクターと半同棲してた20代前半。

ダンナと知り合い、結婚した20代後半。

妊娠中にダンナが自殺した30代前半・・つまり今。

そして中学時代からずっとストーカー(父の愛人)に苦しめられていた。

思い返せば私が幸せだったのは幼稚園までと、親元から逃げた大学の
4年間くらいだろうか。それだけ幸せな期間があれば充分??

結婚が決まったときは「これでやっと父の愛人に苦しめられなくて
すむんだ、やっと幸せになれるんだ」って思ったものだ。

ははは、その期待はたった8ヶ月で裏切られたけど。

簡単には幸せにはなれない。

私が甘かった。ずうずうしすぎたんだな、うん。

私の期待にダンナは押しつぶされちゃった。

今日、階段をボーっと見ながら「ここなら首吊れるなー」なんて思った
バカな私。
いやあ、母とちょっと話して、生きる気力そがれたもんで。

話の内容は記したくもないようなイヤなことばかり。
この先一体どうなるんだろうと不安ばかりが募る。

ネガティブ思考の母の傍にいるとこちらも鬱になりそうだ。

「生きてたって仕方ない」
「先が長くない」
「子供なんて産まない方が良い」
「自分の子供なんてアテにしない」
「もう出ていく」「籍を抜く・・」

毎日こんな事ば〜っかりブツブツ言ってるんだもん・・。

うがー。

もうやめ・・。


2002年02月01日(金) 息子落ちる

今日は良くないことだらけ。

朝、洗濯機が壊れた。

去年末ネット購入したものだ。れっきとしたメーカー物。

早速修理に来てもらったら、部品がイカれてるから交換ですって。

はあ。

まだ買って1ヶ月そこそこなんスけど。

「こちらが何か悪い使い方でもしてたんでしょうか・・」と聞くと、
「いえ、それはないですよ」だって。

「初期不良ですか?」って聞いたが返事なし。

ったくもー高かったのにい。

しかも部品が届くのが火曜日だってえええ???

洗濯できない・・とほほ・・・。


さらに、息子が階段から落ちた。

ほぼ最上段からゴロゴロと。

一瞬の出来事であっけにとられて身動きできなかった私。

自分で足を踏み外したようだが、足から滑るように落ちたので
本人はビックリした顔はしたものの泣かなかった。

それより落下途中で取り落とした風邪薬のビンを取れと要求。

あんたねえ・・そんなもん両手に持ってるから落ちるんだよ・・。


さらに、母が私が大切に取って置いたたくさんのレシートを
勝手に捨ててしまったらしく、私は怒りまくり。

その後母とは口を利かなかった。

私が子どもの頃から私の物を勝手に捨てる母だった。

同居によりこんな害もあったとは・・ううむ。


お金がないので外出を控える。
外出しないと運動しない。
でもしっかり食べる。
贅肉がつく。

うわああああん。

仕事はちょっと考えるのをやめようかと思う。
やっぱり息子の傍にいようと思う。


そういえば先日美容院に行ったとき、会話の中で自然に私が再婚を
考えていることを話すと、美容師さん(店長)に
「ええっ?もうそんなこと考えてるの??」と驚かれてしまった。

ダンナが死んで2年。

自分の幸せを考えちゃいけないの?

「息子に父親がいないと可哀想だし」と言うと、
「ああそれはあるかもね・・」と納得してくれた。

「愛し愛される関係の人が欲しいの」なんて言えない雰囲気だった。

やっぱりしばらくはつつましく未亡人やってないと駄目かな。

死ぬまで未亡人かもしれないけど。それはわかんない。

「ダンナは自殺したの。私と子供を置いて。だから良いでしょ?」って
言ったら美容師さんの反応も違っただろうけどね。

どーでもいいが向かいの家の犬がうるさあああい。


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