**Secret**..miho
FRIEND
2004年05月07日(金)
今日は約1年ぶりに親友と会いました。よく私の日記に登場する、精神科へ通っている人です。その親友とは同期&ゼミの先生が同じなので、今でもとっても仲良しで、また、同じような境遇にいるので、心から信頼できて話しやすい人です。前回に会ったのは確か…ちょうど去年の今頃「キャップ&ガウン授与式」で、お祝いに来てくれた時ぶりかなぁ。その時は、3月に卒業するつもりだったけれど、結局は延びちゃった…それでも今でもずっと応援し続けてくれている、とても優しくて心強い親友なのです(*^_^*)

親友との待ち合わせは2時だったので、その前に大学へ行ってゼミの先生にお手紙を渡す事にしました。大学へ着いたのは1時過ぎ頃だったかなぁ…先生の金曜日の予定はフリーなので、研究室にいる事は分かっていました。でも、いざドアの前まで行くと、ノックをする勇気が出なくて、結局はポストにお手紙と静岡のお土産である新茶を入れて立ち去ってしまいました。ミュールの音が廊下じゅうに響いて、もしかしたら
気づかれるかもしれないと戸惑いながらも走らずにはいられなくて、
猛ダッシュで後ろを振り返る事もなく、大学を後にしました。

親友との待ち合わせ場所は駅の中央改札口でした。お薬の副作用&過食で体重が80舛砲發覆辰舛磴辰燭,辰童世辰討い燭里如△舛磴鵑般技に落ち合えるかどうか不安になっていましたが、ちょうど私が待ち合わせ場所に到着した時に横から名前を呼ばれ、グッドタイミングで会う事ができました。本当にビックリだったよぉ(・・。)ゞうん、確かに驚く
ほど太っていたけれど、面影は少しも変わっていなくて、何だか無性に懐かしく思えて嬉しくなっちゃいました(*'ー'*)♪ちょうどランチ
タイムだったので、そのままカフェまで歩いて行きました。

その親友は地元の人なので、岡山には色々と詳しいんだよねぇ☆
っていうか、私が知らなさ過ぎなだけなんだけどねぇ。。(^_^;)ゞ
今まで倉敷はともかく、岡山には全く興味がなくて、いつも大学の友達と遊ぶ時には、色々な場所へ案内してもらっているくらいなのだぁ(・・。)ゞ今日はとってもオシャレなカフェに連れて行ってもらったよぉ♪♪こんなお店があるなんてビックリでした。。何となく都会チックだったよ☆店内は若者ばっかりで、今日は平日だったので、900円のランチが650円でお得だったのだぁヾ(*^。^*)ノ 私と親友は、ドリアランチをオーダーしました。お子様ランチみたいなワンプレートで、サラダとデザートとドリンク付きで、雰囲気も最高だったし、ウキウキしながらランチを楽しめました(*^▽^*)♪

食事中に二人でね、いろんなお話をしたよぉ(*^_^*)♪
私の知らなかった過去のお話とか、これから向かって行こうとしている事、どんな症状なのか、どんな気持ちでいるのかとか、私に対する事とか、まるで今日初めて二人きりでお話をするような感じでした。もちろん私からも素直な気持ちを隠し隔てなくお話する事ができて、とても心が和みました。何でも話せて解り合える関係って、すごく居心地が良くて一緒にいるだけでありのままの自然体になれるんだよねぇ(^-^)友達って、いいねぇ♪♪でも、今は誰に対してでもっていうわけにはいかないんだぁ。今、私の心はまた入院中のように閉ざされつつあるから、
少しでも多く光を注いであげないと完全に真っ暗闇になっちゃいそうで怖いよ…

親友から、私の大好きなキティーちゃんのヌイグルミと直筆の絵をプレゼントしてもらったよぉ(≧∇≦)♪その親友は絵がとっても上手なんだぁ☆☆私からは、親友の大好きなプーさんのハンドソープとミツバチのストラップをプレゼントしました。別にプレゼント交換をする約束なんてしていなかったんだけど、自然とそんな形になっちゃって、何だか嬉しかったです(-.-*)親友にゼミの先生のお話をしたらね、久々に会いたいなぁって言うから、昼食を済ませてから一緒に先生の研究室へ行く事になりました。お手紙を置いて来た後だからドキドキだったけど、親友も一緒だから大丈夫かなぁって…本当は先生に顔も見せられずに後ろ
めたい気持ちだったんだ。途中で記念のプリクラを撮りました。
初ツーショットだったからドキドキだったよ☆ミ

先生の研究室の前まで行くと、やっぱり怖くなって、親友の手を引っ張りながら「怖いよぉ…やっぱり嫌ぁ。。」って、またワガママを言っちゃった**でも、親友が「じゃあ、やめようか??」って優しく言ってくれたから、我に返って、覚悟を決めて会う事にしました。親友は堂々とノックして中へ入って行ったけれど、私はドアの後ろに隠れてずっと一人で怯えていました(>_<)親友が何とか仲裁してくれて、ようやく研究室の中へ入る事ができたけれど一度も先生と顔を合わす事ができなくて、座ってからもずっとうつむいたまま…なんでこんなにも気まずいんだろう。。これじゃあ、千葉へ行くのも、卒論だけじゃなくて、先生からも逃げているみたいだよ…今後の行方が不安でいっぱいです(≧_≦)

さすがは親友!!明るくて気さくな性格だから、先生と友達のように同等に話し合っていたよ。子供みたいにおふざけモードな先生は初めて見たよ。。私の前では真剣そのもので、大人の男性っぽい雰囲気が漂っていたのに…やっぱり私は先生のゼミを受けていないから、その分、隔たりがあるのかもしれないなぁって実感してしまいました。これから本当にうまく卒論指導をしてもらえるのかなぁ…その前に、違う方向へ向いてきちゃっている私の心をどうにかしていかないと…どんどん恐怖心が強まって行っているもん(≧_≦)このままだったら、きっと私の心は
完全に閉ざされてしまう…。

二人の会話を聞いていると、見えなかった部分が少しずつ見えてき出して、嬉しいような複雑な気持ちになって行きました。私は絶対に先生とはこんなにも親しくなれないよぅ。。親友も先生も私に気を遣ってくれて、途中でちょくちょく私に話題を振って来てくれたんだけど、素直に答えられなくて…何だか申し訳なくて、その場を立ち去りたい気持ちでいっぱいになってしまいました。9月に卒業の場合、学長室で卒業式を行うんだよって、初めて聞いて戸惑ってしまいました。その卒業写真まで見せてもらったけど、ちゃんと卒業式用のキャップ&ガウン&フッドを着用していて、本格的な卒業式でした。私はその写真を見て、本当に9月までに卒論を仕上げられて卒業できるのかどうか、急に不安が一層増して、泣くまいと思っていたのに涙が溢れ出てしまいました。

できるだけ涙に気づかれないようにふるまいましたが、もう限界でした。二人の会話が盛り上がっていたので、その間に涙を伏せようと努めました。親友が今度ゼミ仲間で飲み会をしようって先生に提案したら、先生が私も一緒にどうかって誘ってくれて、お酒はダメなのかな?って色々と尋ねてくれて、すごく嬉しかったんだけど、私は本当のゼミ仲間ではないし、複雑な気持ちでした。親友が今日のランチで私を太らそうとしたんだけど、ちょっとしか食べてくれなかったって先生に言うと、食欲不振の事を心配してくれて甘い物だったら大丈夫かな?って、真剣に考えてくれたり…机の上には私が書いたお手紙が無造作に広げられていて、どんな気持ちで読んだのかなぁって、しばらく考え込んでしまいました。お茶、大好きなんだよって、新茶の事を色々と尋ねられたり、さっき部屋にいたんだからノックしてくれたら良かったのにって、言ってくれたり…先生の一つ一つの言葉に密かに嬉しく思っている自分が
いました。

途中で親友が「プリクラ撮ったんだよー」って、いきなり先生に見せたからどぎまぎしちゃった。。恥ずかしいよぉ(≧o≦)先生はプリクラの事をあんまり知らないみたい。そして、プリクラに写った私の姿を見て言った言葉が…「えぇ?!何だか顔が違う!!17歳くらいの少女みたいだぞぉ!!」って。。若く見られる事は嬉しいけど、何だかショックな言葉だったよぉ…(T_T)私は先生の前では、たいてい悲しい顔をしているか泣いているかだから、きっと普段の笑顔の私を知らないんだなぁ…そんなにも幼く見えるのかな。っていうか、プリクラなんて実物とは違って写るものだもんねぇ…σ(^_^;)先生が「ちょうだい」って言うと、親友が「1枚だけだよー」って言って、「えぇ〜1枚だけぇ??んーじゃあ、端っこの大きいやつ。ノートの裏にでも貼ろうかなぁ。」って話していて…何だかホントに可愛くて笑っちゃいました。

しばらくして親友が「そろそろオイトマしようかしら…」って言いました。私にとっては「もう?!」って感じなんだけど、そこが私の大人げないところなんだろうなぁ…結局、先生とはお手紙の内容の事をほとんど話せませんでした。ただ、荷物はどうするのか、近くに図書館はあるのか、親戚や場所についてちょこっと尋ねられただけです。それと、いつ旅立つのか…「来月??」って聞かれて、「いいえ、来週の月曜日の外来が終わってからすぐにでも…」と答えたら、一瞬だけ先生の顔は
真顔になったよ…何を考えていたんだろう…。

研究室を出て行く際に、やっぱり先生の顔を見る事ができなくて背を向けたまま「失礼しました…」って立ち去ろうとしたら、「卒論…千葉で頑張ってね。また来てね。」って笑顔で言われて、悲しさがジワジワ込み上げてきました。お手紙の中で、私はきっとまた強がってしまった…先生は私の事を信用し過ぎだよ…「本当に大丈夫?」って疑われたかった。少しくらいは反対の意を表されて、説得されて引き止められてみたかった…それなのに、あっさりと許されちゃったよ…先生、私は思っているほどに強くはないんだよ…不安でいっぱいなんだよ…

研究室を去った後、2時間くらい親友とラウンジでお話をしました。周りは学生たちで賑わっていたよ。私たちだけが異なる雰囲気でした。私はまだ卒業をしていないのに、何だかここに居ちゃダメなような気がして…でもね、今では何だかここは無性に恋しく思える場所だよ。私は、なんでここでは卒論を書く事ができないんだろう…なんでここから離れようとばかり考えてしまうんだろう…だんだん自分の意志が見えなくなっていって、恐怖が増していって…でも、もう引き返せない。
前へ進んで行かなくちゃ!!じゃないと…

駅で親友と別れました。「またね」って手を振って分かれたんだけど、
また寂しさに襲われそうになって、グッと堪えました(≧_≦)
これからは、弱音を吐かずに頑張って強く生きていかなくちゃ!!




2004年05月06日(木)
生花をドライフラワーにしたがる気持ちって、何だろう…
人間はどうして思い出という過去の存在を実体に留めようとするの?
失う事が怖いから??何か心の支えとなるものを求めているから??
ううん…私にとっては、思い出なんて絶望に過ぎない。
だって、現在という時空には、もう存在しないものなんでしょ??

ここに、常道からはぐれてしまった愚かな人間がいる。
過去に縛られ、未来に怯える、どうしようもない人間が…
でもね、私はずっとバカみたいな生き方に憧れていた。
外界からの束縛を物ともせず、何の確信的根拠も一切なく、
ただひたすら無我夢中で一点に向けて駆け抜けて行けるような…
ずっと自分には不可能であると思っていた。

グチャグチャなお部屋にポツンと一人で座っていると、
行き場もなく迷い込んでしまった宇宙にいるような気分になる。
変だよね。私は今までずっとここで生活してきたじゃないの。
でも、ここには絶望的な過去しか存在せず、
未来への道は閉ざされている。
私はここを終着駅にしなくちゃいけないのかもしれない。
確かなものなんて、まだ姿も形も全く見えないけれど…

全てが儚く思えてしまうのは、自分がまだまだ未熟である証拠。
実体化する能力なんてね、全ての人間が
持ち合わせているはずがなくて、
今という時間を生きる事に対して満ち足りているように感じられるのは
きっと儚さも何もかも幸せへと繋いで行ける能力があるからだよね。
無能な私は今、全ての事象が怖くてたまらない。
もうこれ以上、過去の思い出に縛られたくはなくて…

どんどん過去になっていく日々に怯えて背を向けてしまう。
今がどんなに楽しくても、その瞬間を過ぎてしまえば過去になる。
私は、今という時間を未来へと持続させて行けるような確信的な
安定性を常に求めてしまう…例えそれが偽りであっても。
今はただ一途に信じる事しかできなくて…
失う事が怖い…裏切られる事が怖い…思い出にすがって生きていく事も
できなくて、目に見えない未来を切り開いて行く勇気もなくて、
今の私は生きている価値もないよ。

全てをリセットして前へ突き進んでいくためには、何が必要なのかな?
今一番の恐怖は、再びゼロからスタートする事への不安感ではなくて、
今後も過去を作り上げて行かなくちゃいけない事への恐怖だった。
もう過去なんていらない。未来だけを信じて歩んで行きたいから…
でも、人間は足跡を残さずには歩けないから、結局は過去を受け入れて
自分をごまかさずに心底から信じて歩んで行くしかないんだね。

絶対なんて言葉は、よっぽどの勇気と自信がない限り
言えない言葉だけど、今なら確かな証拠がなくても信じて
頑張れるような気がします。
どんなに不安でも、どんなに辛くても、一生懸命な自分に誇りを持って
生きて行けるような、そんな自分らしさになりたい…
そして、誰かに必要とされ、誰かを必要として生きていく生き方が、
当たり前のような幸せに巡り合える事を信じています。




MY OWN WAY
2004年05月03日(月)
最近では、ただ青い空を眺めているだけでも心がほっとできる。
青空は果てしなく一面に広がっているけれど、どこで見上げてみても
必ずしも同じように見えるわけではないという事を知りました。
それは、星空だって同じ事だよね。


3日前の夜、以前から募っていた不安定な私の情動は限界に達した。
もはや自分ではどうする事もできない極度の不安と恐怖に襲われ、
現実に対する逃避の気持ちは加速度を増し、抑制不可能となった。
次第に今まで抑え付けられていた自己の弱い内面が浮き彫りになって
行き、現実に加えて自分自身からも逃走したい気持ちでいっぱいに
なった。過去・現在・未来の全てにおける自分という存在価値に嫌悪感
を抱き、私はただ無気力に涙を流して悲嘆する事しかできなかった。

お布団の中に入る事さえできなくて、時計を見ながらソファーの上で
ただ一人泣き続けていた。時間ばかりが無情に流れ去って行く…
そして3日後には、私は現実という生き地獄へ再び投げ出されるのだと
思うと遣る瀬なくなり、生きていく事さえ辛くて消えてしまいたかっ
た。子供のように駄々をこねてワガママを言う事もできず、それまでの
ように泣くだけ泣いて自分の中に押し留めようと努めてみたが、
もう強がりな自分は愛想を尽かれ、平気なフリをして笑顔でいる事も
不可能だった。むしろ、この気持ちを誰かに理解してもらいたくて、
救いを求めていた。

時計は2時を過ぎていた。それまでずっとそっとしておいてくれていた
おばあちゃんが心配をして初めて声をかけてきたので、
大丈夫だと言ってようやくお布団の中に入った。
それでも涙は止まらない。おばあちゃんに
気づかれないようにお布団にうずくまって泣き続けていた。
せめて眠りに付く事ができれば楽になれると思い、
安定剤を飲んだが効果はなかった。
涙が止まらない…眠れない…辛くて苦しくて、もうどうしようもなくて
隣に居るおばあちゃんに「もう寝ちゃった…?」と声をかけてみた。
「ううん、どうしたの??眠れないの??」
という返事を聞き、安堵した。

おばあちゃんになら何でも話せそうな気がして、思い切って心のモヤモヤを全て打ち明けてみようと決心した。でも、簡単にはこの複雑な感情を言葉で表現する事はできなくて、話せば話すほどに悲しみが込み上げて来て、涙で声にもならなくなっていったが、破裂寸前の私の心は出口を求めて必然的に片言ずつ流れ出て行った。おばあちゃんはかなり動揺して私を疑っていた。でも、この悲しみの涙は明らかに本物で、おばあちゃんに伝わらないはずがなかった。最初は決まり文句のような励ましの言葉を並べるだけだったが、頑張り屋の私をよく知っているおばあちゃんは、誰よりも私を理解しようと努めてくれた。これが両親ならば、感情に押されて叱咤されていただろう。

翌日におじちゃんと話し合う事になった。
おじちゃんなら冷静に判断して良い対策を講じてくれると信じていた。
相変わらず私の涙は流れ続けていたが、私を理解しようとしてくれて
いる相手がいるのだと思うと不思議に不安な気持ちは軽くなっていた。
この情緒不安定な状態では何も手に付かない。
今最も大事な卒論さえも…
前回、我が家へ戻ってからの生き地獄における苦痛がどんどん甦って来て、もはや、再び同じ苦悩を味わう事に対する恐怖心は不可避となっていた。これ以上に心に傷を負いたくなくて、可能ならば心の安らぐ場所に居たい。現実逃避かもしれない…子供染みたワガママかもしれない
けれど、私にはもう地元へ戻る自信も勇気もなかった。
せめて心が落ち着くまでは…

私は決して自分の心の内を言葉で言い表したわけではないけれど、
おじちゃんはそんな私の気持ちを察してくれて、優しく受け入れて
くれた。もしも今ここで再び地元へ戻ってしまえば、旧の木阿弥で、
私の症状が改善される事は決してないだろう。それならば、環境を
変えるしか他に方法がないと思われ、生活の場をここに移してみては
どうだろうかって…夢のような話だった。
私、ずっとここに居てもいいの??許されるの??
もう地元へ帰らなくちゃいけないっていう恐怖に怯えなくてもいいの?
もう遠くから心の故郷を思い焦がれている自分とはさよならできるの?
地元に対してホームシックにならない自信だけはあった。

おばあちゃんもおじちゃんもこのアイディアに心から賛同してくれた。
私は本当に甘えちゃってもいいの??
それこそ完全に現実逃避だよ…
私にとって親戚の家での生活は、幼い頃から限りなく夢に近い憧憬
だった。いくら願ってみても、決して叶わない現実だと思っていた。
病気になってから尚更に…でも、今なら叶えられるかもしれない。
早速おばあちゃんは両親に電話をして、相談を持ち掛けてくれた。
私は今まで両親に自分の素直な気持ちを伝えた事がない。だから、
きっと解ってなんてもらえないよ…こんな無謀な事を許してもらえる
はずがない。でもね、私の苦悩は決して偽りでも中途半端なものでも
ないんだよ。本当はずっと理解してもらいたくて、一人で
思い悩んでいたんだよ…

私は、いわゆる世間知らずの箱入り娘だった。
特にお母さんからは、今まで過保護に厳しく育てられてきた。
束縛されていた分、自分の素直な意志を表出する事はほとんどなかった。忍従の精神だけが養われていき、本当の自分は心の奥へと追い遣られていた。例えばファッションに関しては、頭のてっぺんから爪先
まで、お母さんの采配を通らないとダメだった。少しでも気に入らない部分があれば、注意を受け、私の自由意志はねじ伏せられていた。病気になってさらに悪化した。外出時においては、いつ、誰と、どこへ行くのか、全て監視されており、場合によっては禁じられたり、門限などの厳しい条件を突き付けられていた。外泊なんて一度もした事がない…だから余計に、親戚の家での生活は自由気ままで居心地が良かった。私はきっと両親の傍に居たら、いつまで経っても一人前の大人にはなれ
ない…両親も子離れができないと思うよ。

おばあちゃんからの電話で私の決断を聞き付けた両親は唖然として
いた。いきなりの出来事だったから、驚くのも無理はない。でも、私の症状には薄々と気づいていたみたいで、そのためにだったら咎められはしないけど、心の中では反対している様子がありありと伝わってきた。今まで何だかんだ言ってベッタリの親子だったからねぇ…いきなり一人娘が遠くへ行っちゃうなんて、想像もできないだろうなぁ。。裏切りの行為かもしれない。でも、私はそれを強く望んでいるの。ワガママだと思われても仕方がないよ。でも、ここで踏み出さなくちゃ、後で絶対に後悔しちゃうもん!さすがは私のお父さん、電話だけでは納得ができ
ないからと言って、急遽、私のもとへ飛んで来る事になったよ…
でも、私はもう絆されないからね。

その日の夜8時頃、お父さんが本当に私の目の前に現われた。
おばあちゃんとの電話では「娘を迎えに行きますから。」と言った
らしい。お父さんの事だから、きっと私を厳しく叱咤する事なんて
ないだろう…予想通り、私の元気そうな姿を見て、安心して
言葉を失ったようだ。
どうやら私が駄々をこねてワガママを言って、おばあちゃんたちを
困らせていたと思っていたみたい。。逆に、私は快く受け入れられて
いたんだよ。「みほはもう今年で24歳にもなるのに、そんな悩み事を
抱えているなんてまだまだ子供だなぁ…」と、笑われちゃったよぉ。。
確かに大人げないかもしれないけど、私にとっては今までずっと
重大で深刻な症状だったんだよ…
きっと両親や家庭内環境にも問題があったんだぞぉ。。

一応、親戚の家での生活の話は何とか承諾された。
でも、それには大きな問題や条件や犠牲や困難が立ちはだかっていた。もちろん、生半可な覚悟ではないので、自己責任で最後まで遣り遂げる事を約束した。無事に卒論を仕上げる事が第一の目的だから、それは
何としてでも頑張らなくちゃいけない!!むしろ、このような状況の方が、自分のためだけには頑張る事ができない私にとっては好条件なのかもしれない。ただ私の両親は、親戚の家での滞在期間を「卒論が完成するまで」と勝手に思い込んでいるようだ。私の中では、恐らくこのままずっと千葉で生活する事になったら、もう地元へ戻って来る事はないだろうと思っているんだけどね…この事は両親には内緒にしておこう。
きっと今そんな事が分かったら猛反対されちゃうから…
知らぬが仏だよ。時が経つにつれて、なるようになるよね。

親戚の家で生活するとなると、まず一番の問題は外来だぁ。。
私は今の病院と主治医が大好きだから、1ヶ月に1度くらいなら、千葉から倉敷へ通うつもりだよ。ちょうどゼミの先生に卒論指導をしてもらうのも1ヶ月に1度くらいで良いかなぁって…他の先生だったら、1週間に
1度のペースなんだけど、私のゼミの先生は楽チン(?)なのだぁ♪♪
ただ、親戚の家で病状が悪化しちゃったり、風邪を引いちゃったり
したら、ヤバイぞ…主治医のもとへは絶対に行けないし。。
そもそも主治医は私が千葉で生活する事を許可してくれるのだろうか…
ゼミの先生だって、私のワガママを受け入れてくれるのだろうか…
ほぼ前代未聞だよね。。
私は迷惑をかけてばっかりだぁ(≧_≦)

病院と学校の事を考えてみたら、4週間くらい千葉で過ごして、1週間
ほど地元へ帰って用事を済ませてから、再び千葉へ戻るっていう感じ
かなぁ…住民票は倉敷なのに、生活の場は千葉で本籍は静岡って、
なんか変だぁ。でも今は仕方がないよね。。
いつかは自分の大好きな場所で、ずっと生活して行けたらいいなぁって
思っているよ☆今は少しずつ出来る事から始めて前進して頑張って
行こう。両親の下を離れて生活できるだけでも進歩だよね☆
あ…彼氏にはこの事は言えない。。超遠距離になっちゃうよぉ(≧o≦)
逆に元カレとは近距離になってしまう…
今では彼氏とは1ヶ月に1度くらいしか会えていないし、
離れている事には変わりがないから…
でも、同じ遠距離でも少しでも近い方がいいよね。。
一体今の私には何が一番大切なんだろう…
こんなにも子供みたいに感情に流されてばかりで本当にいいの
かなぁ…この冒険を乗り越えるためには、もっと心の整理が
必要なのかもしれない。

今日お父さんと一緒に地元へ帰ってきたけれど、来週にはまた
旅立ちます。今度は本当の旅立ちだよ。
でも…果たしてどうなっちゃうんだろうねぇ。。
不器用な私の事だから、自爆しないように気をつけなくちゃ(≧_≦)




m a i l



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