解放区

2006年10月13日(金) いつか朝は来る

朝は7時45分から仕事が始まる。

前日の当直帯で入院となった患者のプレゼンテーションを当直医から受け、内科医みんなで診察する所から一日は始まる。それぞれの専門を持つ医師がそれぞれの議論を行い、入院患者の治療方針が決まっていく。議論の中で、思いがけない疾患が浮かんできたり思いがけない治療法が議論され、プレゼンテーションする側も参加する側も緊張が抜けない。

その後は手早く入院患者の夜の状態をチェックし、時間があればベッドサイドに足を運んで患者を診察し、時間が無くても新たな指示を看護婦に出す。

9時からは外来が始まる。診察を待つカルテは次々と重ねられていく。ゆっくり話を聞いて診察を行いたいが、時間は限られている。決められた範囲内で診断を下し、治療法を決めて処方しなければならない。一つ見逃せばすぐに訴訟につながる時代である。一刻も緊張が抜けない時間が過ぎていく。

診察をしている間も、病棟からのコールは止まない。急変した患者がいれば外来を一時停止し病棟に行き処置を行い、軽度であればとりあえずの処置を看護婦に指示する。そうしているうちに、午前の外来が終わる時間と、午後の外来が始まる時間はほぼ重なることとなる。この間水分を取る時間さえなく、トイレもガマンしなければならない。

引き続き午後の診察が始まった。休み無く患者を診ていく。一つ一つの訴えに耳を傾け、必要な検査をオーダーし、また次の患者を診る。「まだ待つの!」と叫んでいる声が待合室から聞こえてくる。

午後4時、ようやく患者の列が途切れた。ごはんを食べる時間もなく病棟に上がり処置をする。4時半からは当直である。次々と救急車が来れば病棟の患者を診ているヒマもない。この30分の間に重症患者から診ていかなければならない。

4時半きっかりから救急室からのコールが鳴る。「72歳男性、自宅で急に意識を消失。既往歴は不明」「20歳女性、自宅で倒れている所を母親が発見、周りには眠剤の空ケースが100錠ほどあり」「55歳男性、呼吸苦を訴えている。意識レベルは低下している」

救急患者は時間を選ばない。救急車が重なれば、トリアージを行い重症患者から処置を開始する。処置中に病棟患者の呼吸が止まったとPHSが容赦なく鳴る。身体は一つしかないから、時には厳しい決断をしなければならない。

待合室では発熱患者が「何時間待たせるの!」と怒鳴っている。怒鳴れる元気があるのだと安心しながら、どうやって謝ろうかと考えている自分がいる。


午前3時。ようやく患者が途切れた。次々と吐き出される検査結果を見ながら、ようやく初めての水分を摂る。

検査結果を見て家族を呼びいれ説明し、入院の手続きをとる。山のような入院書類を書いていると救急室の電話が鳴った。「66歳女性、全身の痙攣が止まらないとのことです。既往歴及び投薬内容は不明。あと2分で到着します」

必ず朝は来る、と自分に言い聞かせて診察椅子から立ち上がり、てめえは新しいゴム手袋を両手に嵌めた。



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