2003年09月28日(日) |
Factory23(Love will tear us apart 鳳・宍戸) |
『Love will tear us apart』
宍戸さんはすぐに見つけられる。
前はどこにいてもあの髪型ですぐ目に付いた。うちの学校が髪型にうるさくないからって、あそこまで伸ばしている人はいないから。
あれ以来、宍戸さんが髪を伸ばす気配はない。でも俺にとってすぐ目につく存在である事は変わらない。 だから今だってすぐに見つけてしまうんだ。
バスの中、人をかきわけて進む。文句を言われたり、わざとらしく押し返されたりしても、全然気にならない。
だって俺には一つの事しか見えてないし、一つの事しか頭にないんだ。
他の事なんかどうでもいい。そう言うと、それは違うだろと叱られる。いつもいろんなことで怒られるし、叱られる。
先輩だから、年上だから。他にもあるのに、宍戸さんはそれを認めない。
じゃあ、これってなんだろう。俺ってなんなんですか。
そんな風に、はっきり訊けたらいいのに。
「おはようございます」
宍戸さんは、おぉ長太郎かと顔をあげる。眠そうですねと言うと、眠いんだよと帰ってくる。
「お前、何時にメールしてくるんだ」
「え、寝てたんですか・・っていうか起こしちゃいました、俺」
「まぁそうなるな」
「なんでマナーモードにしないんですか」
忘れてたんだよという口調が少し機嫌が悪そうだ。
「すいません。寝てるって思わなくて」
「あぁいいいい、もう」
面倒くさそうな言い方。こんな風に言われるのは好きじゃない。なんだか、どうでもいいみたいに扱われる気がする。
「宍戸さん」
あくびをした口元をゆがめながら、宍戸さんが視線を上げる。
「お誕生日ですね」
おめでとうございます、なんて続けて言いたくもないのに、俺の口からはスラスラそんな言葉が出る。
「なんだ、覚えてるのかお前」
今日は宍戸さんがまた一歳、俺から離れる日。忘れたりしませんよ、と俺は言う。いい奴だなぁと宍戸さんは笑って隣り合った俺の腕を叩く。叩いてから大きな声で言う。
「えらいなぁ覚えてるんだ、俺の誕生日」
俺じゃない、違う人に聞こえるように。
え、宍戸、誕生日なの
宍戸さんの横から声がする。
「そう。なんだぁ、なんかくれんのか」
なんで俺がお前にくれてやるんだよ
宍戸のほうが俺らをおもてなしにするってのは・・・
「なんで俺がおごんなきゃいけないんだよ、主賓だろ、主賓」
あ、おごるっていった
狙いはそれか
「俺の口から言わせるなよ」
宍戸さんが笑う。楽しそうに、自由で、屈託なく、馬鹿みたいに笑っている。
宍戸さんは俺の前でもこんな風に笑う。笑うし、怒るし、喜びも楽しさも全部表面に浮かび上がらせて、隠し事なんかないみたいにさらけだすように。
だから最近、俺といる時に時々浮かぶ表情も、本当なんだ、たぶん。
じゃあ、俺の時もなんかしてくれんのかよ
「お前、いつだっけ」
覚えてないのはお互いさまだぁ宍戸
俺らにばっか言わないで、そこの後輩にも言えよ
後輩という言葉が聞こえて、俺が宍戸さんを見下ろすのと、宍戸さんが俺を見上げるのとが、同じ瞬間に起こって、なんだか見つめあう感じになる。
「長太郎、お前は・・・」
「え、俺っすか、じゃあ」
宍戸さんと俺の間に挟まれていた腕を引き抜き、宍戸さんの首の下に掌を軽く当てる。
「せめて、気持ちだけ贈ります」
バカかお前はと肩で押しのけるようにして手を払う宍戸さんは少し顔をこわばらせて、そんなんいらねぇってとすごくおかしな冗談を聞いたみたいに笑う。宍戸さんの友達が、後輩わりとおもしろいな、みたいな事を言うのも聞こえた。
「うちの部変わった奴ばっかりだ」
宍戸さんは、そんな事まで言ったりする。おかしなぐらい、まだ、笑いを引きずりながら。
その後、宍戸さんは俺がそこにいないみたいに振舞っていた。
バスがついて、皆が一斉に出口へ向かう。俺は宍戸さんと並ぶようにして進む。
「宍戸さん」
俺の声が聞こえているはずなのに、まだ怒っているのか機嫌が悪いのか、宍戸さんは目を向けようともしない。
「宍戸さん」
覗き込むように身体を傾けて、宍戸さんの視界に無理やり入ろうとする。お前、邪魔になってるぞと宍戸さんがこっちを見た。
「すいません」
俺は謝る。最近それは宍戸さんに会う時の、俺の口癖みたいになっている言葉。何にあやまるのか。訊きたい事を口にしない事、隠す事、宍戸さんの友達の前で宍戸さんに触れた事、宍戸さんの事しか頭にない事。
宍戸さんははっきり物を見ようとするように、まばたきをくりかえして俺を見て、ちょっとだけ頭を傾ける。
バスの運転手が早く降りるようにアナウンスで叫ぶ。バスのタラップを降りようとした時、人に押されて、俺は少しよろけた。自分で体勢を立て直そうとする前に、すべりこんできた腕が俺を引っ張った。
「すいません」
俺はまたさっきと同じ言葉を口にする。でも腕は離れず、そのまま俺の指に指が絡み、俺の掌を思い切り握り締めた。
狭いタラップを降りる、ほんの数瞬、階段三段分だけ、俺と宍戸さんの手は結ばれていた。人と人が肩を寄せ合い、降りようとする中で、俺たちの手は埋もれてしまい、誰の目にも触れなかっただろう。
地上に降りた瞬間、パッと逃れるように宍戸さんが身体を離す。
「またな、長太郎。放課後」
宍戸さんは軽く手をあげると、先に降り、もう歩き出していた友達の方へ声をかけ、追いかけていった。
バスから降りた一番最後の生徒が駆けて行く、その後にようやく歩き出す。さっき触れ合った手を制服のポケットにつっこんで歩き出す。俺はこんなことにも、何かを得たような気がしてしまう。だから、俺のほうが宍戸さんからもらうものが多い気がする。
俺は宍戸さんから奪うように、いろいろなものをもらっている気がする。 宍戸さんは。 宍戸さんはどうなんだろう。
俺から、もし欲しいものがあるとしたら何だろう。宍戸さんは、あれが欲しいなとかこれが買いたいなとか、わりと口に出す人だ。そういうのでも、そういうのじゃなくても、宍戸さんが俺からもらいたいものってないのかな。
本当は何が欲しいんですか?
そういうことが訊きたい。
でも、そんなもの、ないのかもしれない。
★Factory20の前あたりの話★
2003年09月22日(月) |
Factory22(樺地・跡部) |
開け放たれた窓から夏のノイズが零れて広がる。
なんだ、あれ、蝉か。うるせぇ。
彼は目を覚ます。真新しさの香る畳から顔をあげ、大きく伸びをしながら、ゆっくり意識をこちら側へ取り戻す。
待っているのが、退屈で、暇で、ゴロゴロしている間に眠ってしまったらしい。
伏せていた腕についた赤い跡を消すように擦りながら、身体を起こすと、部屋の真ん中に置かれた座卓の向こうに横たわる影が見えた。
お前、なにやってんだ。終わったのか。
その呟きにもぴくりとも動かない。彼は膝立ちになって広げられた原稿用紙に目をやる。ちまちました文字が格子を埋めていることだけを見て、それを脇に寄せると、彼は座卓の上に身を乗り出し、横向きに寝ている相手の肩を強くゆすった。
起きろ、樺地
深い寝息のリズムは変わらず、相手は彼の手を避けるように転がると、座卓の足に頭の後ろををくっつけるようにして止まった。
ジローみてぇ
寝起きの悪い友人を彼は思い出す。思い出しながら、少しひんやりした木肌の上に腹ばいになり、肘をついて覗き込む。
そういえば寝ているところなんてあんまり見た覚えがない。去年も今年も夏合宿は部屋が別だし、練習試合の移動の時もずっと起きていて、駅が近づけば皆を起こしてまわるような奴だから。
いつもまっすぐに向けてくる瞳はうっすら閉じられていて、眉尻が力なく下がっている。規則正しい呼吸音を漏らす緩く開いた口元が時々餌を求める雛みたいにパクパク上下する。あんまりにも安らかで、滑稽で、彼は笑いを堪えながら、無防備な頬に触れてみる。思ったよりザラザラしていることにちょっと驚きながら、つまんだ指で頬を引っ張った。
ヘンな顔
小さく声を上げて笑っても、ずいぶん強くつまんで伸ばしていても、相手は目覚めない。今度は閉じたまぶたに指を置く。無理やりのぞかせた瞳の、意志の閃きに欠けた鈍い輝きが痛ましく気味が悪くて手を離した。
それでも相手は起きない。
彼はあ〜あと溜息ともつかぬ声を張り上げながら手を突いて、そのまま座卓の上に乗り、相手をまたいで、窓辺から外を見上げる。青い絵の具に塗り残されたような雲がポツポツ浮かぶだけ、差し込む日差しをさえぎるものは何もなく、目に痛いぐらい光る庭の緑からは、蝉の声ばかりが静かな部屋に響く。
俺がわざわざ来てやったっていうのに
まだこれだけ終わってませんと学校指定の原稿用紙を指して言う。この間からずっと抱えている夏の宿題だ。かわりに書いてやるとまで言ってやったのに、自分でやるの一点張りだ。さっさと終わらせてやろうと横から口を出せば、結構ですと言う様に黙って首を振る。
大抵のことは言う事をきくのに、ヘンなところで忌々しいほど頑固な奴。
暑ぃなぁ、クーラーねぇのかよ
シャツの襟をパタパタと動かして首筋に風を送りながら振り返る。壁際にクーラーはあるものの、リモコンが見当たらない。
目で探しながら、畳に転がった相手を見れば、寝返りをうったのか、今度は座卓の下に頭をもぐりこませるようにして、彼の方へ背を向けていた。彼は斜めに射す陽に灼かれ、ところどころ汗でシャツが張り付く広い背中に、体当たりするように身体をぶつけ、寄りかかって座る。
首を捻って見ても相手の様子は変わらない。彼はあくびをして、ずるずると身体を畳へすべらす。
つまんねぇから俺まで眠くなってきた
頭で思い切り相手の背中をドンと突つき、大きなあくびをすると、彼は伸ばした身体をゴロゴロと転がし、折り曲げた腕を枕にして、うつぶせに寝転がる。
おやすみ
怒鳴るように張り上げた声も夏のノイズにかき消され、彼は眠りの階段を一歩一歩降りてゆく。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
陽射しの熱とは違う、あたたかい何かを感じて、あなたは目が覚める。身を捩じらせて後ろを見ると、あなたの傍ら、あなたの背中に息がかかるほどの近さに、人が寝ている。あなたはそっと起きる。その人がひどく安らかで心地良く、ほんの少し微笑むようにして眠っているのを見て、あなたの心にあたたかい何かが流れ込んでくる。そのあたたかい何かが、あなたの手を動かし、その人の汗ばんだ前髪に、あなたはおっかなびっくり、そっと触れた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
彼はふいに胸をしめつけられるような多幸感を覚える。
どうしてなのかは分からない。たぶん夢だからだろう。
これは夢だ。
彼には分かっている。
彼は賢いから、夢と現実を取り違えることなど決してない。
夢で感じたことを、現実に持ち越しなどしない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
★メモ。夏の日の午後★
2003年09月11日(木) |
Factory21(跡部) |
どうしてこいつここにいるんだろう
振り向くと、一歩後ろを歩いている相手の瞳が真っ直ぐに彼を照らす。ずっと見つめていたような、気づいてすぐさま向けたような、偶然顔をあげただけのような、そんな眼差し。
「なぁ、樺地」
彼の方に身体を傾かせる相手は、耳だけでなく、全身で彼の言葉を待ち受けているみたいに、いちいち真剣で。
そんな風に人の話を聞くのが、相手の癖だと分かっている。
けれど、他の誰より、彼に向かっては深く傾き、距離を縮めているような気がする。
だからって、なんてこともないけれど
なにか、くだらなくて幼稚で馬鹿げていてわがままでつまらなくておかしな事を言わなくてはいけない。これを失わせるような何か。
でも彼の舌は痺れ、彼の声帯は凍りつく。
気がついちゃいけない。それに名前をつけちゃいけない。名前がついたら、それを無視する事ができない。
どうしておまえここにいるんだろう
彼は歩き出す。後ろから聞こえる確かな足音。彼を脅かす音。
★メモ★
2003年09月10日(水) |
Factory20(鳳・宍戸) |
名前を呼ぶ、その声以外の音が全て消えてしまうほど心に響いても、その事を顔や態度に出したりなんかしない。俺はそう決めたから。だから前みたいに、なにげなく振り向く。
周囲の音が耳に滑り込んでくる。
昼休み。購買の前。普段と同じ。
「あ、宍戸さん」
こんにちはと頭を下げる。
「お前なに、今日、弁当じゃないんだ?」
「あぁ弁当なんですけど・・・足りないっかなぁって」
昼休み、屋上で一緒にご飯を食べながらダブルスの作戦を練っていた頃、いつも食いすぎだと呆れられて、だって腹が減ってしかたがないんですと答えたら、お前の胃はブラックホールに繋がってると笑った。
ついこの夏のことなのにずっと前のことみたいだ。
ブラックホールに繋がったのは胃じゃなくて胸の方。それは何もかも奪い取って吸いこんでどっかにやってしまうのに、たった一つ、食い込んで取れなくて、くちばしに釣り針が引っかかった鳥みたいに、引きつれて引っ張られてどうにもできなくて痛いままだ。
「またかよぉ、あいかわらずだなぁ」
宍戸さんがちょっと笑う。前はこんな時、肩とか背中とかバンバン叩いてきたりもした。宍戸さんはそういうリアクションをする人。
たぶん、もう、しないんだろうな、俺には。
「宍戸さんもパン?」
「親が寝坊してさぁ」
宍戸さんは宍戸さんのお母さんが作ったご飯が何より一番好きらしい。はっきり口に出した訳じゃないけど、やっぱり家で飯食うのが一番だとかよく言うから、いつだったか、なんか旅行から帰ってきたオヤヂの一言っぽいですねって俺が笑ったら、一年ぽっちしか違わないのにオヤヂ呼ばわりかよと、俺の頭を両方の拳で挟んでぐりぐり押しつけてきた。痛いです、止めて下さいって、屈んでた俺は立ち上がって、笑いながら宍戸さんの両腕を、硬くてしなやかでまだ治りかけの傷もあった腕を掴んだんだ、思い切り。
いてぇぞ離せよって宍戸さんが言う。口元は笑ってるみたいになってたけど、俺を見上げる目は大きく開かれて、驚いているような、困っているような、そんな感じ。
だから離した、あの時は。
「長太郎、買うなら俺の分も」
購買の前の混雑を横目で見て、えぇ俺が突入っすかと答えたりする。
「ついで、ついで」
宍戸さんが500円玉を俺に差し出す。しかたがないですねって俺は肩をすくめて受け取る。
受け取る拍子に指先が触れた。宍戸さんの表情は変わらない。
指ごと捕えたくなった時にはもう宍戸さんの手は去った後。
「何がいいんですか」
宍戸さんの体温がじんわり残る硬貨を、俺は拳の中に包むように持ったまま訊ねる。
「コロッケパンとかねぇかなぁ」
「もっと早くこないとダメですよ、それ」
「じゃあなかったらツナサンドと・・・」
俺は先輩の言う事をハイハイと聞く後輩。前は本当にそれだけだった。今、またそうならなくちゃいけない。
でもどうすれば戻れるんだろう。
「じゃあいってきます」
俺が手をかざすと、宍戸さんは少しの間その手を見上げて、パチンとハイタッチする。ぎこちなくタイミングがずれた分、心がギシギシ、落ちてきた重い何かが当たってきしむ。
「いってこい」
言いながら宍戸さんは大げさだってゲラゲラ笑い出す。俺も馬鹿みたいにゲラゲラ笑いながら購買の列に入り込む。
人をかきわけて、パンを掴んで、注文して、精算する時、宍戸さんから預かった金はポケットに入れて、財布からまとめてお金を出した。こんな事に、何の意味もない。
「やっぱなかったかぁ?」
「人気あんのは早く来ないと」
「移動でさ、四限。おまけに終わるのおせぇし」
パンとお釣を渡す。細かいのがなかったから多めに渡して後で差額を返して下さいって言う。
「別々に払えば良かったじゃん」
「そんな状況じゃありませんよ」
まぁそうだよなと宍戸さんがお金をしまう。パンを両手に抱えて、俺を見上げる。何か、言葉を待っているみたいに見えた。何か言おうとしているように見えた。俺が何か言ってもいいように思えた。宍戸さんは誰とも一緒じゃなくて、ここに一人で来ているように見えた。
宍戸さん、屋上にでも行きませんか。もう寒くてちょっとつらいかもしれないけど、そんな長く引き止めないから。何にもしないから。ただちょっと一緒に飯食いましょう、夏の時みたいに、テニスの話とかしながら。
そう言おうとした時、宍戸さんが誰かに呼ばれて横を向く。
「すぐ行くって」
宍戸さんが叫ぶ。俺と宍戸さんの間を裂くような大声だ。でも周囲は人がいっぱいでうるさいから、そのせいだけかもしれない。俺は考えすぎなのかもしれない。
「じゃ、また」
ありがとな、と宍戸さんはパッケージの端をつまんで持ったパンをヒラヒラさせながら、向こうで待ってる友達たちの方に行ってしまった。俺はただ見送るだけ。
距離を保ったつもりなのに、階段のところで見上げたら宍戸さんのずっと履きっぱなしで灰色めいている上履きがチラリと見えた。追いつきたくないのに、追いつくように足を早める。頭上から宍戸さんと誰かが喋っている。俺とは関わりのない世界にいる宍戸さんの話が、耳に降ってくる。
五限、だりぃ
寝るな、絶対
いっそ昼寝って科目があればいいじゃんな
宍戸、それ何パン?
マヨツナ
うまいのかよ
知らねぇ、ツナこれしかないみたいだし
いいよなぁテニスは後輩いっぱいいて
あいつあれか、部の後輩なんだ
そう
でけぇなぁ。何センチだ、あれ
伸びてぇなぁ、俺も
あ、やっとわかった、宍戸がペア組んでた奴だろ、あれ
ペアとか言うなよ、ダブルスだろう
「あぁ、組んでたよ、前」
俺は足を止める。ぐるぐると円を描くように上へ延びてゆく階段の端からのぞく宍戸さんの上履きを目で追いながら。そのうち俺の視界から宍戸さんの靴も姿も声も雰囲気も全部消える。でも俺の足は釘で打たれて固定されたように、そこから動かない。
前。以前。過去のもの。今はない。今がないならせめて前に、元に戻れればいい。でも一度変わったものは元に戻らない。それに、本当はそんなのちっとも望んでないんだ、俺。
宍戸さんはどうなんですか。
それでも腹は減る。こんなに痛くて辛くて悲しくても、いつもと変わらなく腹は減るんだ。
人間て、なんて生き物なんだろう。
ひどいよ、本当に。
★ハワイさんところのゲスト用に夏書いたもの・・・もう少し時間をいただけそうなのでワガママ言って取り返してきました(次回こそもっと!>意気込み)鳳宍は原作がチョモランマすぎて、何をやっても凡庸になってしまう。精進あるのみ★
2003年09月06日(土) |
Factory19(樺地・跡部) |
天の底が破れて、じゃぶじゃぶ水が落ちてくる。その水は道路の上をつやつやと磨いて、あふれて溜まって流れていく。どこか遠くの方から大きな石を転がすような音が聞こえてきました。
まったく、降るなんて。天気予報のやつ
ブツブツ言ってる跡部さんの右肩は雨で濡れている。お母さんの持たせてくれた折り畳みの傘は人間二人用の大きさではないからです。跡部さんは俺のカバン濡らすなよと言ったのに、はみ出した肩が濡れるのは平気だ。カバンは濡れても乾かせばいい。人は濡れると風邪をひいたりします。
傘を持つ手を横にずらしたら、邪魔だと言って、跡部さんの手が傘の端にかかる。水滴が弾けていっぱいに飛び散った。
うわ。なんだよ、もう
跡部さんはシャツの袖で顔についた雨だれをぬぐう。シャツの色が雨に濡れたところから暗く変わって、ぺったり身体に張り付いています。
ウゼェなぁ。濡れた方がマシだ、こんなの
跡部さんが離れるたびに、追いかけて、広げた傘の中に捕まえる。さっきからその繰り返しです。
おい、カバン濡れんだろ
跡部さんに手ごとぐっと押し戻されます。ちょっとの間だけ上に重なった手が冷たかったので、また傘を持つ手を伸ばした。
いいかげんにしろよ、樺地
その時、向こうの空に金色の矢が降ってくるのが見えました。ずっと上の方から斜めに折れて走り、地上に消えるまで、ほんの一瞬。あたりを照らしてまた暗くなる前に数を数え始める。50数え終わる前に空の上から巨大な太鼓の音が何台も何十台も何万台も響く。
ワッと声をあげた跡部さんに腕をつかまれた。
わりに近いな、この・・・
全部言わないうちにまた光が見えた。跡部さんの足が止まる。跡部さんにつかまれた腕も止まる。だから身体も止まります。今度は前より少ない数で音が降って来た。跡部さんがまたワッと叫んだ。
驚いた
跡部さんが目を上に向ける。
な
たしかにちょっと驚きました。
だろ?
また光と音。跡部さんは今度は何も言わなかったけど、腕を掴む跡部さんの手にぎゅっと力がこめられるのが分かった。
このへんは建物がでかいからな、落ちるにしたって避雷針だ
ちょっと早口で、さっきより歩くのが早い。腕を掴まれたままなので、傘がちょっと傾いている。さっきより跡部さんが濡れないのは良い。
もうすぐ着きますよと言うと、分かってると大きな声がすぐ傍で聞こえた。
全身水浸しになりたくねぇだろう、急ぐぞ
その後跡部さんは笑ってんじゃねぇぞ、樺地と肘で脇腹をつついてきた。
胸の内側からとても小さな握りこぶしがトントン叩いてくるような、この気持ちも、笑いというものなのか。
跡部さんにはいろいろな事を教えてもらえる。
★夏だな夏だな夏なんだな★
優秀な執事はそこにいることも感じさせず、普段は透明で、家具のように主人が必要とされる時にだけそこにいる事を思い出させる存在らしい。
その点で言えば、この家の執事は優秀とは言えない。
朝食を盆に載せ、ベッドに運んできた執事を見て彼は思う。彼の機嫌を察してか、執事は軽く目礼だけして、黙って彼の前に朝食を置いた。
その手を思い切りつかんでも、動じる気配もない。
「お前は優れた執事には程遠いな、樺地」
蔑むような響きを帯びた言葉にも、おっしゃるとおりですと執事は言葉少なに答えるだけだ。彼は眉をひそめ、唇をゆがめると、目の前に置かれた食器を薙ぎ払った。
物の壊れる、繊細で、不快な音が室内に広がる。
「気分が悪い。片付けさせろ」
吐き捨てるように呟くと、彼は執事の存在を遠ざけるように上掛けを頭の上まで引っ張りあげて、横たわる。
樺地が、苛立たしく、舌打ちの一つでもして、自分に怒りや憎しみを宿した瞳を向ければいいのに。
でもそんな事を、あの男は絶対にしない。
カチャカチャと壊れた器を片付ける音がする。メイドを呼べばすむのに。ご主人様の癇癪や気鬱は執事の胸に留めておくべきとでもいうのか。
優秀な執事は誠心誠意、主人に仕える。執事と主人、その線を踏み越える事は決してないのだろう。
執事が家具なら、 主人は偶像だな
仕え、高みに座らされ、眺められるだけ。俺が欲しいのは温かい人間の手。脈打つ心音と体温を持つ、同じ人間としての手なのに。
彼は世界を遠ざけるように、外界の脅威を避けるように身体を丸める。どこにいても、何をしていても、この存在を自分の中から追い出す事ができない。
だからこの男は、執事として優秀ではない。
★マキシマムで口走ったマスター&サーヴァント幻想によるもの。考えナッシング!な衝動。執事の口調だって知らない。まぁ遊びが一番!てなことで。個人的には執事より森番が・・・(あらあら)★