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2003年08月09日(土) Factory17(ジロー・跡部)


「跡部が忘れ物なんて珍しいなぁ」
また珍しいかよ。滝の言葉に跡部はわずかに肩を竦める。授業の合間の10分間休憩で部室まで行って帰って来るのが面倒な上、自分を意識しまくっている隣の女子とまた机を寄せるのも嫌だった。
「悪ぃな」
借りた教科書を受け取りながら、滝の肩越しに見えるよその教室に目をやる。
「なに?」
滝が怪訝な顔で後ろを振り返る。
「ジローは?」
「あぁ。ほら、後ろ」
滝の答えと同時に、後ろから肩に手が回され、背中にかかった重みで跡部はよろめく。
「ジロー、てめぇ・・・」
彼が振り落とす前にジローは手を離し、どうしたの跡部とヘラヘラ笑いながら言ってくる。
「跡部、教科書忘れたんだって」
「へぇ、めっずらしい」
「ジローは珍しくないものな」
一年の頃しょっちゅうあれを忘れたこれがないとジローが借りに来ていた事を跡部は思い出させるように言う。
「もう、大丈夫。全部置いてあるもん、学校に」
「お前、それ自信満々に言うことかよ」
「だって安全じゃん」
ジローって置きっぱなしのジャージも家庭科室の洗濯機で洗おうとしたんだと滝が呆れたように言う。
「それでさ、ゆすぎの前に見つかって追い出されてんだよ、ジロー」
「ケチなんだ、あそこの先生!だからさぁ俺のジャージすごいアタックくさいの、今」
「バカだなぁ、お前ら」
「えぇ、“ら”じゃないよ、跡部」
「でも滝も成功したらやろうって言ってたじゃん」
言ったっけ?言ったよぉとやり取りする二人の間に流れる何かを、跡部は遠くに眺める。
「じゃあ借りるな、滝」
うん、部活の時に返してくれればいいからと手を振りながら滝が教室へ入ってゆく。
「ジロー、お前、たまには持って帰って勉強でもしろ。追試で地獄見るぞ、また」
「わぁ、跡部までそんな事言う」
「言ってやってんだ、ありがたいと思え」
「いいよぉ。もう、一人に言われれば十分だって」
ジローが笑いながら言う。笑って言うのだからそれは冗談で、深い意味なんかないはずだ。だから聞き流すように、知らねぇぞ、また地獄めぐりだと笑って言ってやれる。
 以前、ジローが熱に浮かされたような顔をして「もう俺一人ぼっちじゃないかも」と呟いた時、傍にいて、それを聞いていたのは跡部だった。その言葉が跡部によるものでない事は明らかだった。ジローはあの時夢中すぎて気づかなかっただろうし、自分は深く考えすぎなのだろう。それは分かっている。
「じゃあまたね。俺、今日は部活行く」
「毎日来いよ、バ〜カ」
 跡部は背中を向けて教室へ向かう。途中で少しだけ振り返るが、次の授業の始まりが近づき、慌しくなる廊下にジローの姿など見えない。当たり前だ。跡部は滝に借りた教科書を胸に押し付けるようにして持つ。見えない鉄球が当たっても、跡部の心は強いから砕けることも欠けることも絶対にない。あんなのは鉄球でもない、ただゴムボールみたいなもの。でもゴムボールでも跡は付く。その跡がいつまでも彼に思わせる。
 ジローには一人いればいいらしい。その一人は俺じゃない。
 
 俺は、一人だって必要ない。






★今書いてる話のボツにした一場面。中二の四月。跡部はジローの事が好きだとかなんとかでなく、いわば同志的な思いを抱いていたのに裏切られた(と思っている)のでいろいろ思っている(マイ妄想内での設定にすぎませんがね)★




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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