日記でもなく、手紙でもなく
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明日はもう7月。 7月の食べ物というと土用の鰻がすぐ連想されるのだが、ウナギの養殖というとすぐ浜名湖という図式が刷り込まれていたりする。 しかし、今や浜名湖のある静岡県の養殖ウナギの生産量は全国第四位に止まっている。今日の日経に、県別養殖ウナギ生産構成比(2001年)が掲載されていて、第一位は何と鹿児島県。日本全国の養殖ウナギ生産量全体のうち38%を鹿児島が占め、愛知が34%、更に宮崎11%。静岡は1割にも満たない9%という数字になっている。
実は、かなり以前から浜名湖というのは名目化していて、その反対に鹿児島鰻などは知られていなかった。それもそのはず、鹿児島県で養殖されたウナギは生きたまま出荷され、静岡/浜名湖で加工された後、<浜名湖の鰻>とラベリングして再出荷・販売されていた。ある意味で、鹿児島は浜名湖ブランドの下請けをやっていた、ということになる。 ところが、食品表示偽装問題があちこちで発覚して問題になったが、昨年ウナギも産地を明示していく必要が出てきたということだ。鹿児島は鹿児島で、安価な中国産ウナギよりも<安全>を売らないと、生き延びることはできなくなってしまう。こうなると、『鹿児島鰻』もやはりブランディングが必要、ということになってくる。
ところで、鹿児島県産ウナギのうち、大隈半島での養殖がその85%を占めるという。日本全国のウナギ養殖のうち、32%強、つまり全国の約3分の1が、大隈半島産のウナギ。安心・安全というのは確かに大事なことではあるが、それだけではなく(それを基本に置き)、鹿児島鰻として更にどのような付加価値をつけていくか、というのが勝負どころになる。<大隈半島>生産ということがその付加価値を高めるのであれば(例えばその自然環境や気候、土壌や水という風土そのものに由来する要素など)、そこから持ってくるという手はあるのだろうが。
| 2003年06月29日(日) |
トニー・ハッチ:3枚組CD |
池袋のオンステージ・ヤマノに寄る。
"The Essential Tony Hatch Grooves Hits and Themes"(Castle Pulse/ PBXCD354/ C2003)が置かれている。3枚組CD、全60曲入りで2180円(ほとんど通常のCD1枚分の値段)。 Pulseレーベルから出るCDは、その親レーベルのCastleの音源(旧PYE音源)の既発売CDからの再編集がほとんどで、かなり安い価格で登場する。このセットも、最近5〜6年の間に出てきた、ハッチのオーケストラによる録音や、ハッチの曲をとりあげた歌手の編集盤CDなどからの再編集盤。これくらい安いと、大半は持っていても、つい手が出てしまう。
Disc 1: The Tony Hatch Orchestra and Sound / Disc 2: The Songs of Tony Hatch / Disc 3: By Themes という構成。この手のセットだと、解説のインレイは、曲目とアーチストくらいしか書かれていないことが大半なのだけれど、1枚目のCDのインレイには、ミック・パトリック&マルコム・ボゥムガートによるコメント(2003年4月付)が小さい文字で2ページ半、各ページ2段組で記載されている。 1枚目のCDでは、ハッチ作曲のWhile the City Sleeps; I Know a Place; Beautiful in the Rain; Where Are You Now(この曲の出だしはまさにバカラック曲)などの他にも、他の作曲者の曲をとりあげハッチの編曲の面白さを味わえる曲、Music to Watch Girls by, バカラックのWives and Lovers, ドアーズのLight My Fire, フィフス・ディメンションのUp, up and away, ポップのLove Is Blue, レイのA Man and a Woman, ポルナレフのSoul Coaxing(ばら色の心)なども収録されている。 2枚目は、少し前に出た2枚組CDの圧縮盤のようなもの。3枚目のテーマ集も大半がハッチ作曲のものだが、それらの間にベン・ケイシー、ペリー・メイスン、あるいはM*A*S*Hなどの曲が入っていたりする。
他に見つけた盤としては、ジゼル・マッケンジー&ヘレン・オコンネル"Gisele & Helen, Helen & Gisele"(Vocalion=UK/CDLK4138/ C2002)。二人の珍しいデュエットを6曲とそれぞれがソロで歌った9曲を含む計24曲(録音は1951〜53年);"The Best of Victor Young & the Brundwick Studio Orchestra (1932-34)"(Collectors'Choice: SonyMusicCMG=US/ A70074/ C2003);Hildegard Knef & Bert Kaempfert "Knef Sings Kaempfert Swings"(Mercury=独/ 586760-2/ P2002)。 最後の盤は、Knefの歌を既存のベルト・ケンプフェルト楽団の曲に重ねたもので、面白い企画だと思ったものの、実際に聞いてみると歌が下手くそで面白くない盤。
| 2003年06月26日(木) |
<Fullmail> |
というFree Mailがありました。 なくなりましたとさ
ポータルサイトにくっついている、西洋絵画好きが集まる、とある掲示板。
その掲示板主催者の提案でオフ会が開かれ、参加することに。 今までだと、なかなかこの手の集まりは、ちょっと....と躊躇してしまうところがあったが、この掲示板で色々な情報が得られたり、教えられることも多かった。やはり絵画を見るのが本当に好きな人が多いのだろうと思ったことと、そこそこ文章がしっかりしている人も多いので、投稿している人の年齢も、少し高いのではないかと思ったところがある。
一般的にオフ会(ネット上でのオンラインの反対、オフラインでの実際の顔を会わせての会)というと、若い人だと結構軽いノリで集まれる。 それだけに、掲示板の中味が薄いと、若い人だけだろうなぁ、などという思いが先行して、やはり躊躇してしまうのだ。
7人が集まったのだが(うち一人は、そこに投稿している人の奥さんで、ご主人と一緒によく美術展へ行っている人)、絵が本当に好きなだけあって、ちょっと話をするだけでそこに溶け込んでしまい、初めて会ったという感じがあまりしない不思議。 ほとんどがフェルメール好きだったのも面白く、同時に谷川俊太郎の<散文>の頭にある、「フェルメールへの渇き」という文章を読んでいる人が二人もいた、という驚き。
こういう会は、不思議に話が弾み、それと同時にお互いに刺激しあえるのが本当に面白い。 また、近いうちにぜひ、ということで、恵比寿で散会。
日経朝刊に連載されている『私の履歴書』は現在、岡山の企業<林原(はやしばら)>(でんぷんから低カロリー甘味料を生み出した企業として有名)の社長である林原健氏の連載が続いている。 今日のそのコラムには、メセナ(社会貢献)について語られていて、やはり1991年に第一回メセナ大賞受賞企業だけのことはある、と思わせた。
(メセナというと、その企業の本業とはあまり関係のない慈善事業のように捉えられるかもしれないが、)林原のような研究開発型企業では、�‖莪譴房勸�の創造性・独自性が重要であること、�⊆勸�一人一人が関心ある異分野の知識・経験を持つことで、その組合せから新しい発想が生まれること、��メセナは社員が未知の分野に興味を持ってもらうために有効であり、会社を離れても社員の人格を豊にする、また、�ぅ瓮札覆�あるから地方の一企業でも大企業と同じくらいの知名度が得られており、良い印象を持たれ、そのことは営業を支える力になる――という点について触れられている。 ある意味で、メセナは林原にとって生命線であり、不況でもメセナのための経費は決して削減しない、というのである。
恐らく、広告をして知名度を上げるより、(内なる)社員を活性化し、それとともに、(外に向けては)良い意味でその企業のことを理解してもらう仕組みとして、メセナが重要な役割を担っていると言いたいのだろう。
ただ、「地方の企業にこそメセナが必要」と林原氏が言い放っている意味は、かなり深い。 企業はより高付加価値を生み出していかないと、生き残れない時代に入っており、そのためには旧来以上に独創性を高めていく必要がある、という意味でもある。オンリー1を目指すこと。 それは林原氏が研究開発型企業として言っているような方向を、日本の多くの企業が目指さなければ達成できない、ということであり、社員をその方向に活性化していくためには、異なる分野の人々との交流機会とその交流時間を増やす必要がある、ということに繋がってくる。 特に、大都会にある企業ではなく、地方にある企業であればあるほど、異質の分野の人々との交流機会や交流時間が限られるとするならば、企業の環境としてそれを増やしていく仕組みが重要なのだ、と言っているのだと思う。
| 2003年06月14日(土) |
稲房安兼の抹茶水無月 |
茶団子をおみやげに持って帰るという話をしていたので、午前中に宇治まで行く。
昨日の夜京都に着いた時は、さほど蒸し暑く感じなかったものの、今日は上着などを着ているとかなり汗が出てくる。
平等院の入り口すぐ前の店で、抹茶ソフトクリームを買うと、挽きたての抹茶を漉し網に入れて、上からふりかけてくれる。ちょっとかけると美味しいからという。 確かに、一口食べてみるとそれがよくわかる。いろいろやってみるものだ。
いつものように宇治川まで出ると、雨がぱらつき始める。あまり長居してもしょうがないかと思い、いつも茶団子を買う店まで。 30粒入と83粒入の二つを買った後で、<水無月>と書かれた張り紙が見えたので、抹茶の水無月を四つ別に包んでもらう。
家に帰ってから、さてここの水無月どんなものか、などと思い一つ食べてみる。上に敷き詰められた小豆の粒が大きく、土台の外郎の部分も水っぽくない。さすがに、抹茶らしい抹茶の味が口の中に感じられるのは、茶団子の味と同様。思ったとおり美味しい水無月だった。
| 2003年06月11日(水) |
山口百恵≪Momoe Premium≫ |
昨日ネット上のニュースをチェックしていたら、《百恵CD、22年6カ月ぶりトップ10》という記事があった(スポニチ)。 そうだった、2ヵ月前くらいに、山口百恵のCDボックス・セットが、5月末か6月初め頃に出るという記事を読んでいたことを、急に思い出した。山口百恵の全アルバムを、今回新たにリマスタリングし直して、完全限定予約販売ということで出していたはずだった。
記事をよく見ると、「デビュー30周年記念のCDセットである<Momoe Premium>(6/4発売)が、オリコンの16日付アルバム・チャートで初登場8位を記録。百恵作品の(アルバム)トップ10入りは、<伝説から神話へ>が1980年11月19日(=百恵挙式当日)に記録して以来。」と書かれている。やはり、CDセットが売上チャートにも入ったということだった。 しかも、9日段階(発売後5日間)で、4万セットを出荷したということだ。
もともと、最初にも書いたように、限定予約発売ということで、基本的には予約をとっておいて、それだけの数量を発売日に出荷するわけだから、売れれば更にプレスして出す、というような性格のものではない。だから、次の週にはチャートではランク外に落ちてしまうことになるが、しかしそれでも、税込定価29800円が4万セット出た、単純計算では12億円弱のお金が動いた、ということになる。 たいしたものだ。
1980年に15〜20歳くらいで山口百恵ファンだった人というのは、既に38〜43歳。これくらいの年齢なら、3万円程度なら捻出できなくはない金額だし、結婚している人だと、自分の子供の年齢が、自分が山口百恵を聞いていた年齢にかなり近づいているはずだ。4万セットというのは、当時のことを考えると、驚くほどの数ではないのかもしれない。
しかし、もう一方で、確かに24bitリマスタリングで音は良いのかもしれないが、既にSME(Sony Music)では、百恵のアルバムというのは、大半というか全てCD選書という形で、廉価盤として発売済みである。何か特別なものが付いているのかどうか、もう一度チェックしてみた。 一つはLPアルバムのジャケットや中の歌詞カード類を、そのサイズのまま収録したハードカバー160ページの写真集。<たすき>の写真まで全て収録されている。これは、ファンにとってはセットに一緒に付いているオマケとして、かなり嬉しいものだろう。他にも、全アルバム22タイトルに加え、10曲入りオリジナル・カラオケCD1枚、更に未発表音源「東京の空の下あなたは」(1977年ロンドン録音)のCDシングル1枚が付いている。
全アルバム22枚入りでセット価格29800円としても、1枚あたりにすれば1355円程度。1枚ずつCD選書のアルバムを買うよりもお買得だし、オマケも大きい。しかも、カラオケCDというのは、ファンのリクエストにより選曲した(シングルA面を除く)アルバム収録楽曲のカラオケ10曲、ということになっている。 ここまでのことは、セット商品としてのお買得感、音質改善というクォリティ・アップ感を増幅している、という内容である。買う側の合理的選択を刺激するものだろう。
ただ、もう一点、かつてのファンの心理をつかんでいるのではないかと思うのは、(旧来CD選書で発売されたものは、かつてのLPアルバムでは入っていた百恵のナレーションが全てカットされているのだが、)今回のボックス・セットのCDでは、ナレーションまで全て収録されている、ということだ。 そういえば、かつて出ていたLPでは、(全アルバムではないにしても)曲と曲の間などに、ナレーションが入っていた記憶があるが、何枚かCD選書を聴いたときには、そのことは全く考えずに(私などは)聴いていたのだと思う。しかし、かつてのファンからすれば(人にもよるのだろうけれど)、入っていたはずのナレーションを削ったアルバムというのは、不完全なアルバムであったに違いない。なぁんだ、と腹を立てた人だっていそうだ。このあたりが、かつてLPアルバムを聴いていたファンの心情を、うまくつかんだのではないかという気もする。
ところで、「完全予約限定盤」というのは、予約しないと絶対買えないか、というとそうでもない。一つは、メーカーのほうから、売る力のある店には、あえてそれを置いてもらうようにしたり、また自店の顧客のことをつかんでいる店(その限定盤が置かれているかどうか、問い合わせが必ず入るような店)では、客からの予約注文がなくても店からメーカーに発注する形で仕入れておく、ということもある。もちろん後者の場合は、読み間違えて、売れなければ在庫になるリスクを伴うことになるので、置いておけば必ず買いに来る客がどれくらいいるか、というのを予めつかんでおく必要がある。
限定といっても、CD1枚だけの商品ならまだしも、このような枚数の多いセット商品は、売れない場合の金額的リスクも高いし、場所もとる。売れもしない商品に場所を取られるよりも、良く売れる商品をその場所に置いたほうが、売り場の単位面積あたり売上効率は良くなるのだ。 だから、このようなセットものを置いて、売り切る力を持つ店というのは、店舗面積が広く、扱う種類・店頭在庫も多い店でないとなかなか難しい。小さい店では、売れなかった時のリスクを考えると、予め発注をかけることは怖くてためらわれてしまうことになる。
ただ、この仕入れをうまくやればやるほど、欲しい商品が置かれている店という評価が(その店の顧客から)なされることになる。結局そのことが、リピート客を増やす一番大切なポイントになるものだろう。 書店にしても、CDやビデオ/DVD、ゲーム含むパソコン・ソフト、あるいは玩具などを扱う店(=少量多品種型の店)では、仕入れのための発注リストがどれだけ的確に切れるか(=それを買いに来る客がどれだけいるか、ということをどの程度つかんでいるか)という点が、ショップ/ストア・ロイヤルティの高さ低さに影響を与え、その結果として、売上を大きく左右するポイントにもなる。
話が少し逸れてしまったが、山口百恵CDセットがチャート・インしたという記事を読んだ昨日、会社の帰りに銀座山野楽器に寄ってみた。この店だと、外資系のCD店より客層の年齢も高いと思われ、別枠で発注をかけているかもしれないと思って、カウンターで聞いてみた。ところが、既に完売状態で、メーカーのほうでも追加生産はしないのではないか、というすげない話だけで終わってしまった。
かなり以前のことだが、やはりSMEから<筒美京平作品集>がセットで出たことがあり(4枚組のものが上下2点)、この時はこんなものが出るとはつゆ知らず、それを知った時はやはり完売状態だった。この時ばかりはどうしても手に入れたいと思い、SMEの関連会社にいる知り合いにも電話をして、入手できないものだろうかというお願いをした。結局それもダメだったのだが、当時まだ六本木にもあったWAVEで、追加注文を受ける旨の告知が店頭に出ていて、この時は本当に嬉しかった記憶が残っている。 今回は、その追加にも応じない、ということらしい。
実は今日、渋谷タワーに寄ってみた。銀座山野でダメなら、ここもたぶん売れてしまっているとは思ったが、一応見ておくだけは見ておこうと(普段は最初に5Fに行くのに)2Fに直行し、山口百恵のCDが置かれているコーナーを見た。雰囲気としては、「や」で始まるアーチストの棚に、大きいセットは見当たらない。しかし、良く見るとポラロイドで撮影されたボックス・セットの写真に、レジ・カウンターに商品は置かれている旨、手書き文字が添えられている。 これを見て、タワーの発注力にほとほと感心すると同時に、ずっしりと重いセットを持ち帰ることにもなってしまう。
| 2003年06月05日(木) |
ヴィア・アクア・サンタ |
六本木ヒルズへ行った日、この店に久しぶりに行きたかったのだが、電話をしたらアウト。機会を見つけて行こうと思っていた。
知り合いから6時前に電話が入る。本当は先週食事でもしようかという話にしてはいたのだが、予定していた日が都合わるくなり、一週間ずらすことに。 7時に落ち合うことにして、この店に電話を入れたらOKだという。
待ち合わせ場所からタクシーに乗って、混む道を避けて順心女学園前まで。交差点名として、順心女学園というのは残っていても、今ここの建物は順心英語ビジネス専門学校になっているらしい。
メニューが特に変わったわけでもなく、味も薄いわけではないのだが優しさを感じさせるのはそのまま。前菜を一口食べただけで、かなり感激されてしまう。 今日は、イカ墨を練りこんだパスタを2人とも選ぶことになる。 今までと少し雰囲気が変わったのが、最後のデザートの時に、女性パティシエの人がワゴンを席までもってきて、そこでお皿にすべて盛り付けてくれるところ。 相変わらず焼き菓子の種類がこの手のレストランにしては多い。 珍しくデザートは、一緒に行った人と全て違うものになり、それではということで、私の皿に乗ったものも、少しずつ食べてみたらと勧めてみる。
エントランスから席に着くまで、少し高級感漂う店なので、最初はちょっと緊張したけど、食べているうちに本当に気分がよくなり、最後のデザートを食べ終わると、とってもリフレッシュした、というのが今日初めてそこへ行った人の感想。 好きな店に一緒に行って、本当に喜んでもらえるのが、(連れて行った側にとっては)今日の一番のご馳走。(w/k)
葬儀参列のため、幡ヶ谷と代々木上原の間にある、代々幡斎場まで行く。 地図で見る限り、その斎場へは代々木上原からも幡ヶ谷からでも、距離的にさほど変わらないように見えた。ただ、幡ヶ谷から行ったほうが何しろ近いという話や、代々木上原で降りて歩くと、坂を登っていかないといけないようなイメージがなんとなくあった。
帰りなら少し歩いても良いだろうと思い、そこで一緒になった人と上原方面へ歩いていくことにした。 一番の問題はどこも住宅街の中の道路で、これが上原へ出るメインの広い道路だというのがないこと、ほとんど下りになるのだが坂道が含まれること。それで、道がわからなくなってしまう。 この道で良いはずと思って歩いていき、途中で子供を抱いて散歩をしていた人に、念のため代々木上原の駅を確認してみると、約90度程度の方角違いをしていたことを思い知る。
それでも下り坂を歩いてこちらの駅へ出るのはまだしも、斎場へ向かう時に上原から歩くと、地図上では幡ヶ谷からとさほど変わらなく見えるものの、時間的に2倍程度かかることになりそうだ。
代々木上原の駅というのは、千代田線から小田急に乗り換えたり、電車で通過してはいるものの、駅の外を見たのは初めて。坂を降りきって、駅構内の店が両側並ぶ通路を通っていくことになる。改札までの距離が結構あった。
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戻りの代々木上原の次の駅は、代々木八幡。友人がここに住んでいたことを思い出して、ちょっと降りてみる。 一見駅前から富ケ谷方面へ抜ける道の雰囲気は変わらない。
その頃は、イタリア料理といってもパスタ専門店が多かった。富ケ谷へ抜ける道の左側に、今でも<はしや>が営業していて懐かしい。 ただ、変わっていないようで、それでも少し変わっている。
富ケ谷の交差点付近に、粉と卵という洋菓子の店があり、その2Fの喫茶室では、店頭のケーキ類だけではなく、ソースがかかったデザートのような菓子も食べられた。その店の建物は残っているが、営業している雰囲気は既にない。
駅へ戻る時、裏道を行くと、できてあまり間もないというようなトラットリア風の店があり、ちょっと店内を覗いてみると、なかなか賑わっている雰囲気。
過去と今とを重ねながら、やはり時間はずいぶん流れている。
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