兼松孝行の日々つれづれ

2001年11月30日(金) 日々つれづれ

いろんなアーティストを見ていて思うことがある。
30代前半に手数をひろげることに成功した人は、そのあとも残ることができる。
30代前半に頑張った人は40代の円熟期にむけて緩やかにそして確実に上昇するカーブを描いていくことができると思う。
たとえ感性が鈍ったとしても、そこを技術でまかなっていくことができる。

そういう意味で芝居をやってる自分としては、演出で残っていける演劇人でありたいと思っている。
劇団以外でも演出をやってみたいと思っているし、実際にオファーはある。
なかなか実現にはこぎ着けないが。

だからこそ、今この30代前半の時期に時間の許す限り演出をしていきたいと思っている。
その第一歩は残念ながらできなかったのだけど、これから先芝居を続けていく上においてできるだけ回数を重ねて演出としての幅を広げていきたいと思っている。
役者をすることは演出のプラスにもちろんなるのだけど、演出そのものをする事に比べると、雲泥の差がある。
これから年を重ねて行くにつれて、いろんな感受性や柔軟性が鈍ってくると思う。
早い内に沢山の回数の芝居を演出としてこなしていきたいと思う。
そしてその機会を増やすための努力をしていきたいと思う。

もちろん仕事や家族を犠牲にしてまで芝居が出来る立場にはないので、演出をするチャンスというのはそうたくさんある訳じゃない。
一回一回のチャンスをものにしていきたい。



2001年11月29日(木) 迷子&稽古!

朝体育館に出勤したら見知らぬ2才くらいの女の子が寒さに震えながら立っていた。
いつもの掃除のおじさんが「迷い子だなも」というので名前を聞いたが返事は無し。
家の場所も聞いてみたが、返事は無し。
寒い場所ではなんだったのでとりあえず体育館の中へ。
はじめは手をつないで歩いていったが、足を見たら何と裸足だったのでだっこして体育館へ。
さすがに女の子の手は冷たくなっていた。
そして、事務室に入ってほっとしたのかはじめに出た言葉が

「ジュースのみたい」

・・・おいおい、今まで寒かったんじゃないのかい。
で、仕方がないので自動販売機でジュースを買ってあげる。
「好きなのをおしな」といって出てきたのが緑茶・・・・

「ジュース!!」

・・・・おいおい。

といってる間に上司は警察に電話。
とその時子どもを捜しに来たお母ちゃんの姿が!
化粧ばっちり服装ばっちりのお母ちゃん。
「ごめんね、ねちゃって・・」
と子どもに謝っていたが、どうみてもそのまま寝てしまう格好ではない。
そして家は目の前の4階建てのアパート!
そこから抜けだしてきたようだ。

まあ、警察沙汰にならず一安心。

仕事は予算査定。
財政の人との戦いである。
しかしこの時期税金も冬の時代。
マイナスシーリングが絶対命令。
こういう事業畑は事業のグレードを維持しながら予算カットはなかなか難しいものがある。
しかし、上手いこと言いくるめられて次々とカット!
なんだか疲れだけが残った。

稽古はぼちぼちと進む。
オイラは隣の文化会館で舞台制作の劇団員と、作る予定の道具の見学。
しかし、そこはやはりプロの仕事。
道具を見た瞬間にこれは無理だと判断。
プロと同じものではなく、代替手段で乗り切っていこうということにせざるを得ない状況になった。

稽古中、オイラがもっともおそれる武器のサンプルが登場!
で、でかい・・・
おまえほんとにそんなん使うんかい・・・
果たして本当に五体満足に本番を迎えられるんだろうか・・・・



2001年11月28日(水) タイヤ選び

愛車ランティスのタイヤが磨耗してきたので、タイヤ選び。
いろんなところで見積もりもらって来た。

オイラは実は車好き。
ランティスは2台目の車。
前はファミリアインタープレーX1500DOHCに乗っていた。
この車とは日本全国陸続きのところはほぼ制覇した。
車の中で寝泊まりもした。
飯も食った。
さすがにト○レは外でしたけど・・・
で、4年半乗って14万?走った。
初期故障がたくさん出て手放さなくてはいけなくなった
本当は長く乗っていたい車だった。

そして2台目のランティスクーペType-Rにグレードアップ。
エンジンもV6 2000とグレードアップ。
ガソリンもハイオクにグレードアップ。
ホイールも16インチにグレードアップ。
オーディオも7スピーカにグレードアップ。
と、お気付きの方もいると思うのだけど、要は前に車より金くい虫なのだ。
当時はクラス初の16インチだった。
クラス初ということは裏を返せば他にはないということなので、様々な消耗品が高いということである。
で、結婚して小遣い生活になったオイラには職場と家の往復でガソリン代が結構苦しいのであった。

余談はさておき・・・
タイヤ選びにいろんなところを回った。
不思議なのはカー用品店よりもガソリンスタンドで交換した方が安かったりする。
たとえば同じB社のタイヤが大手カー用品店の交換費用別の値段と、ガソリンスタンドの交換費用込みの値段が同じだったりするから驚き驚き。
イメージでは大手カー用品店の方が安いと思うのだけど、実はそうじゃない。
恐るべしイメージ戦略!
というわけで交換するお店は決めたまでもどのタイヤにするか悩み中である。
いや、正確には嫁さんと交渉中である。
欲しいのはブリジストンのポテンザRE711・・・しかし高い!

そいえば最近やっと秀次の顔が回復の兆し。
よかったよかった。



2001年11月27日(火) トヨタカップ他

トヨタカップテレビ観戦。
試合内容はともかくとして、終わったあとの両チームの姿を見ていると、盛り上がらなかった国立競技場のお客さんとは裏腹に、この試合にかけて来た両チームの姿勢が凄まじいものであったことがよく伝わって来た。
試合を見ていて感じたのは、一芸に秀でる、それも並外れて秀でる人とたちが集まるとこんなに素晴らしい集団ができるんだということを感じた。
満遍なく何でもこなせる人ばかりいなくても、個性派ぞろいでいいんだと思った。
もちろん、ある一定のレベルはこえなくては行けないとは思うのだけど。

そういえば、東海大地震の想定震度が変更になった。
名古屋市で震度6弱。
静岡県全体で震度6強!

ウーム、かつてのノストラダムスの大予言よりも恐ろしい宣告だ。

それもこの数十年の間にくるかもしれない、といわれ続けている。
ちなみに、はじめいわれていた予想では2001年にはとっくのとうに地震は来ているのである。
地震は予想が出来ないけど、余計な不安もあおらないで欲しい。
かといって備えはしておいた方がいい。
その辺情報をどうやって流して行くかが難しいところ。

オイラも行政の人間としてちょっと考えなければいかんなと思った。



2001年11月26日(月) 稽古!

取りあえず嫁さんの発熱は治まる。
やれやれといったところ。

今日はまずは昼間に舞台業者さんと打ち合わせ。
今後の進行の方向について概略での打ち合わせ。
この業者さんはいつもうちの劇団を応援してくれている。
ありがたい限りである。

そして稽古。
役者不在のため当初の予定とは違う場面を作る。
この間自主稽古で作った場面。
概略は概ねOKになってホッとする。
もちろんそれだけで決まりではなく、演出がいろいろ肉付けをして行く。
どうもこの場面オイラには大きな試練が待ち受けているらしい。
セリフを間違えないようにしないと。
え?試練て何かって?
それは本番見てのお楽しみということにしておく。

しかし、自分の体力がずいぶん落ちていることに気がついて情けない。
場面的には少し動く場面を作っていて、それを1時間くらいずっとやって訳だけど、結構汗かいてちょっと息も乱れたりした。
もちろんゼーゼーハーハーではないけど、昔はへっちゃらぴーでやってた稽古量なのにちょっとショックだった。
ここんとこ睡眠時間が平均4時間くらいだということも災いしたのかな。
もうちょっと睡眠がとれる生活に変えて行かなくてはいかんなぁと思う今日この頃。

稽古後の飲み会(これやるから睡眠がとれないんだろうなあ)では、マニアックネタで盛り上がり、ちょっと真面目な展覧会の話もしつつ、美味しい目にもあいつつ、大分へべれけになった。



2001年11月25日(日) BOOWY/LAST GIGS

嫁さんが発熱!
チンチンと言う表現がピッタリである。
てなわけで今日は子ども寝かせ係り。
子どもがねたあとBOOWY/LAST GIGSのDVDを見る。

オイラ達の世代の「ロック」のイメージのほとんどをこのバンドがもっているような感じ。
例えばスタイル。
例えば楽器。
例えば舞台装置。

今から10年以上前のライブだから、さすがに演出面はしょぼいし、バンドの面々の頭は黒髪なので時代を感じ出せるものがあるけど、この映像から取っ手見れるパーフォーマンスは素晴らしいものがある。
自信に満ちあふれた演奏。
卓越したテクニック。
高いテンション。
どれをとっても超一級品である。
ひさしぶりに映像と言う媒体でライブを楽しむことが出来た。

このバンドの成功は布袋のギターと、氷室の甘いボイス、そしてなんと言っても硬質なリズム、この当りに当時の音楽シーンにはなかった個性として認知されたことではないかと思う。
布袋のコーラスのあの声質は誰にもまねできないし、あれのお陰で他のバンドがさんざんまねしても埋もれずに生き残れたんじゃないかと思う。
それにライブ中、微動だにしないベースの松井。
彼が全くと言ってイイ程動かないから、ビジュアル的にバンドが硬派に見える。
彼が動き出すとどうも落ち着かない絵になってしまうし、曲のイメージにバンドがあわなくなって来る。

なかなか素敵なものが見れて嬉しい今夜である。
そしていま、テレビではC&Aのライブが。
音楽な一日である。



2001年11月24日(土) ジュニアスポーツ教室&小牧市演劇講座

ジュニアスポーツ教室2回目!
例によってオイラが講師である。
今回はスポーツチャンバラに挑戦。

スポーツチャンバラとは空気でふくらました棒で剣道みたいに試合をするのである。
空気でふくらんでるからよほどのことがないと痛くはない。
あと、剣道みたいに面胴小手で勝負が決まるわけではなく、どこが当たっても負けというスポーツである。

オイラ自身も初めての競技で覚えたての状態でやっているのであんまり上手い講師とは言えないので、興味を持ってくれるか心配だったが、幸い男の子女の子関係なく興味を持ってくれて、特に高学年の女の子の方が積極的に興味を示してくれた。
低学年の女の子で1人泣いている子がいたが、まあ、なんとか無事終えることができた。

教室の休憩中、事務室でタバコを一本吸った。
で、もどってから6年生の女の子が、「くっさ〜、タバコすってきたでしょ?一日の本数×すってる年数=400を越えると病気になるよ」と指導を受けてしまった。
こいつはいつも人のことを「かねさん、かねさん」とほとんど上下関係無しの状態。
教室の参加者の中でもっとも背が高く(165僉)リーダーシップも発揮するしきりやさん。
この子に敵はいない。

参加者の1人に小学1年生の男の子がいる。
彼は春の教室にも参加してくれたこだ。
彼は春の教室はブラックリストに名前が載るほどのやんちゃものだった。
人の言うことは聞かないし、他の友達に危害は加えるし、すぐ転がってだだこねるし・・・
しかしその彼も半年経った今では、一年生なのにみんなのなかに積極的に入っていってプレーを楽しんでいる。
ルールもちゃんと守ってやるようになった。
まさにこれを成長といわずして何というのだろう。

仕事が終わったあと、オイラと同じく小牧市で教室の仕事をしている劇団員の主催する小牧市演劇講座を「見学」しにいった。
その日は教講座の最終日で即興芝居の発表会が行われる日でもあった。
この講座には他にも劇団の副代表が参加していた。
まずは発声練習から行われていくが、この発声練習はオイラ達が苦労して苦労してやっとこせできたことをいとも簡単にやらせてしまう仕掛けなんかがあり。プロの指導はさすがだと思って拝見していた。
稽古もすすみしばらくしてから講座の先生から「一緒にやりましょう」という声がかかった。
この日は退団した劇団員が「のまん?」と誘ってきたので、そいつと見に行くことにした。
で、二人で参加と言うことになった。
それぞれグループがあって、オイラ達はおばちゃん3人組と一緒の5人グループ。
春夏秋冬とテーマがあり、そのテーマに関連した言葉3つを入れてストーリーをつくっていくというもの。
他の班は前回か前々回から既におだいが出ていて詳細な打ち合わせも行われていた様子である。
そして我々は急造グループ。
みんな初顔合わせ。
テーマは「春」キーワードは「春」「桜」「花見」ということになった。
場面設定はおばちゃん達3人に花見を最初にやってもらい、オイラ達二人が場所取りをしていた所を占領されたという設定にした。
でもこれだけでは多分芝居は出来ない。
ある程度の信頼関係がないとコミュニケーションがとれずお互い主張試合で終わってしまう可能性がある。
そこで実はもう1人呼んでいる劇団員がいて、その人が来たら花見の幹事をしてもらってお互いのパイプ役になってもらおうと考えた。
一番あとから来る人が一番つらい役である。
まさに欠席裁判である。
すまんのう。
で、オイラ達の順番は一番最後。

それまで行われていた即興芝居はどれも入念に打ち合わせがなされていて、どの辺が即興か解らなかったが、ストーリー展開や笑いのつぼを押さえた芝居や、無自覚なんだけどちゃんととれてる立ち位置の距離感や様々な部分で参考になった。
同時に上手いか下手かはおいといて、これだけの時間で個々まで人に見せられるものができるのに内の劇団員は何故ああなんだろうということ考えたりもした。
オイラの中では、余分な緊張がこちらの集団には存在しないことが理由なのかなと思った。
それだけ劇団では「うまくやろう」「失敗しないようにしよう」という意識がよけいな緊張を生んでリラックスできないでいるんだなと感じた。
素直に気持ちを出していければ、簡単にできることが、素直に出せない状況でやってしまっているのかなあ、なんてことも思った。

で、オイラ達の番が回ってきた。
オイラにとっては1年ぶりぐらいに知らない人の前での演技である。
結果は予想どおり幹事役の劇団員に1人頑張ってもらって、オイラ達はおばちゃん達をいじったりして遊んだ。
久しぶりの演技はなんの蓄積もないまま行われたけど、結構楽しかった。
またこんな経験もしてみたいなと思った。



2001年11月23日(金) 緑地公園&自主稽古!

午前中新聞の広告を見ていて安いプリンタを発見!
嫁さんが「ボーナス出るから買おー」と言うので早速電気屋さんに行ってプリンタを購入。

うちはいつでもそうなんだけど、何か欲しいものがあったら、その金額が高かろうが低かろうが、買うときめる判断はものすごく早い。
あっという間に購入すると決まったもので、最も高いものは「家(増築)」!
そろそろ作ることを考えようか、と思って数日後には建築屋さんに設計のオーダーをかけていた。
「車」もそろそろ買おうかと思ったその日の夕方には判子を押していた。
そして今は立派に借金を返し続けている。
果たしていいことなのか悪いことなのか・・・

で、プリンタを買ったその足で、堤防沿いの緑地公園で家族4人で遊ぶ。
秀次や弥生はひさしぶりに来た公園に大満足。
疲れることも知らず延々と走り回っていた。
嫁さんも普段会えない友達に偶然にもたくさんあっていろんな話をして満足そうだった。
オイラは休みの関係で弥生と出歩くことは殆どなかったけど、彼女の笑顔がいっぱい見れとこ、秀次が入院していたことも関係なく元気なこと、そしてたくさんの友達とあって楽しそうに会話している嫁さんを見ることが出来てとても満足だった。

お昼からは自主稽古。
今回はオイラのリハビリはなく、ほぼ他人の稽古。
演出助手らしき仕事も仰せつかったので、稽古に来ていた人たちにいろいろダメ出しやらアドバイスやらをする。
そして、台本の稽古ばかりでなくエチュードなんかもしたりした。
前にも書いたけど、エチュードはその役者を割と裸にできる作業だったりする。
今回は芝居に出る新人さん達が全員参加していて、台本をもった稽古では見れなかったところをたくさん見れた。
で、思ったのはみんな割と心の動きは柔軟なんだなあということを感じたし、台本の稽古を見ていて思った問題点が、エチュードをやることによって再確認が出来たし、何となく思っていた解決方法が正解だったと確認できた。
演出から与えられた宿題の場面作りも概略は完成し、あとは本役に(ほぼ代役で作ったのだった)イメージと段取りを伝えて動いてもらえればイイ感じになった。
なかなか有意義な稽古だった。

稽古後の飲み会は、先の某市長選で働いた劇団員が、飲み会を設定してくれた。
とてもうれしいことだ。
しかし!
不覚にも途中でくたばってしまい、目がさめた頃にはみんな「バトルロワイヤル」を食い入るように見入っていた。
とほほ・・・



2001年11月22日(木) 走ろう会打ち合わせ&稽古!

今晩は走ろう会の打ち合わせ。
会議なのに時間はなんと午後8時から!
そして場所は稽古場所の2階!
てなわけで、稽古参加を半ば諦めつつ打ち合わせ会場に向かう。

打ち合わせは助役以下の役場の面々と各地区から選出されたスポーツ協力員さんからなる運営委員、そして体育指導委員さんが参加。
そしてオイラは説明係。
昨年も同じ会議で同じ役割を担ったけど、その時は全然緊張しなかった。
しかし今回はどうも浮き足立ったようで、緊張しまくりの説明になってしまた。
でも、会議自体は30分で終えてやる!と、豪語しておいたとおり30分で終了!

そして1階の稽古場へ。
稽古場では芝居の導入部分のシーンをやっていた。
みんな銃を構えてかっこいい!
音きっかけで各々の役者が紹介される段取り。
うーむ、なかなかだなあ。
あれ、まてよ?
オイラはなんでこのシーン見てるんだ?
あー!
このシーンオイラでてないのか!
ちくしょーいいなあ、出てぇなあ、かっこいいシーーンだもんなぁ・・・
ねー、演出一緒に出ようよぉ。
といいつつもこのシーンの稽古が終わって銃の構え方なんぞをしっかりとチェックしておいて、終わったあと小姑のように各役者に銃の構えについてディスカッション。
そして、あっという間に終了時間。

稽古後の飲み会は、元劇団員であり元職場の同僚であり高校の後輩でもある子のお家で秀次の快気祝を渡して飲み会。
顔はちょくちょく見てるけど久しぶりにゆっくり話が出来た。
彼女はとても辛い経験をして来たけど、今は表情もとても穏やかで日々の生活を楽しんでいけるようにしている姿勢も垣間見えて、オイラとしてはとても安心、という感じだった。

それからまた別の元劇団員に子どもが生まれた。
めでたい!



2001年11月21日(水) 稽古!

仕事でミスの連発!
作った資料が更正前のやつだったり、監査ではケアレスミスも見つかってしまう!
体育館の職員はみんな揃ってアバウトな人たちが多いので、あまり細かいことをチェックしない。
かく言うオイラもその一人。
そんなわけで、いろんな人から怒られまくり・・・とほほ。
明日からまたがんばろっと!

で、今日も稽古。
稽古とは言っても劇団の振付け師が振付けをする為に場所を借りたところを借りて稽古。
新人さんの読みを中心にやっていった。
振付け師が演出なので、オイラがあーでもないこーでもないといろいろ注文を付けながら進んで行った。
そういえば、オイラはいままでは役者の稽古の時は人のことより自分のことで精一杯だったような気がする。
それが今では人にあーしてこーしてという立場まで大出世を遂げてしまった。
もちろん演出以外でと言うことだが。
で、思うにそれはオイラのレベルが劇団の上のレベルに来てしまったと言うことなのかなと。
て言うことは、裏を返せばオイラが役者として上がって行かないと、いわゆるレベルアップは頭打ちってことかい?
うーむ、御大層な立場になったものだ。
それは一重に上手い奴がだんだん辞めて行った結果だともとれる。
これは由々しき事態だ!
お客さんが芝居を見てへっぽこだと思わないようにしないと!

で、振付け師のダンスは完成を見ないまま稽古時間終了。
さて帰ろうと思い、車に近づくと、なんとダンス振付けチームは稽古場の外の寒いところで続きをやろうとしていたので、さすがにそれはみんな風邪ひいて死んでしまうと思い、オイラの知っている秘密の稽古場を紹介し、そこに行って更にダンスの組み立て作業。
オイラは別の部屋にいて今後のことについて各裏方さんと連絡を取り合っていたのでどんなダンスになったか分からないけど、オイラも踊れるダンスになっていることを期待する。



2001年11月20日(火) 日々つれづれ

その1
弥生の唄う歌に吃驚した。
♪こまっちゃうわー デートにさそわれて〜
♪あなたに〜 あえーて 本当に よかった(以下略)
いつの間にそんな歌覚えたん。
でもオイラ達の世代が、おじさん達の前で坂本九や加山雄三を唄うようなものなのかな。

その2
久々にNHKの放送のラストを見た。
今日は深夜放送が機器メンテで休止とのこと。
で、出た出た!
青空に棚引く日の丸に君が代のメロディー。
そして、久々に見るしょぼい地球儀!
この時代にそろそろ写真とかCGとか使えよな。
これを見て思ったのは職場のこと。
そう言えば職場って過去の物と同じ内容の書類は新しく作り直さずコピーを重ねて行ってだんだんしょぼいものになって行くよなあなんてことを思い出した。



2001年11月19日(月) 掲示板&稽古&めでたし!

ふと、子どもと一緒にテレビを見ていたら駅には掲示板があると言うことをやっていた。
そういえばオイラは昔駅の目の前に住んでいて、大学に通学する時によく掲示板を眺めてから通っていたことを思い出す。
しかし眺めていてもいつも書いてあることは、駅での忘れ物が書いてあるばかり。
もちろん時々
「○○、怒ってないから帰ってこい。」
「××で待つ」
というのもあった。
最近は携帯電話の普及で殆ど利用されなくなったんだそうな。
それを見ながら、駅の掲示板にオイラが謎の人物として登場し、
「バーコード頭のおやじの写真をとってバーコードで読んでみろ」
とか
「エビがタイしょって来る格好で横断歩道をあるけ」
とか
ショーもないことを書いて、それにシンパシーを感じてくれる人を集めて秘密結社を作ると言うショーもない空想をしたりした。

さて、今日も稽古。
いつもの時間に来るはずの演出がなかなかこなくて演出助手も欠席。
膠着状態が続く。
その間にオイラはホワイトボードとにらめっこして演出に出された宿題の場面を完成させるべくコマを動かしていた。
そしてちょうど演出がやって来た時に、構想は完成した。
あとは役者がオイラが想像したスピードで動いてくれるかどうかにかかっている。
みんな!動いてね!
で、稽古はしばらく代役をやる。
その後オイラが代役をやっていた役者がやって来たので、今までやって来た場面をさらりと流す。
その中で、またもいろいろな発見があった。
自分の癖、他人の癖、台本の読み違え、出来てる役者、出来てるつもりの役者、出来てないつもりの役者等々。

役者に限定して芝居に関わると、演出の時には分からなかった部分が分かるようになって来てなかなかたのしい。
で、思ったのは、演出は結構役者と対話をしてるつもりだけど、実は役者から見るとただの講釈垂れに見えてしまう瞬間がある。
そしてかく言う自分も思い起こせばそうだったのかなあ、とふと思う。

稽古後今日は飲み会に行かず。
で、家でおとなしくしてたかと言うとそうではなくて、休団中の劇団員がうちにやって来て、その人所有の音響機材の引き渡し。
そして、ちょいと今問題になっていることについてディスカッションしてみたりする。
小耳に挟んだ段階ではちょっとした行き違いの話だと思っていたが、実は結構深刻な話だ。
お互い反省したり困ったり愚痴ったりで、今頭を抱え中。

全然話は変わって、オイラの友達に彼女がいることが発覚!
どうも数年前から付き合っていたようだ。
そいつは昔から結構ばれる嘘をつくやつなのだが、こればっかりは今の今までやられたって感じ。
で、今思うと過去に不自然だなあと思ったことの全てが一本の意図(糸)で結びつく。
まあ、でも余計な詮索は別にして、めでたしめでたしと言ったところか。



2001年11月18日(日) スポーツ後進国日本

職場のテレビで単純事務をしながらゴルフW杯を見ていた。
最終18ホールで凄まじいアメリカの追い上げにはさすがに恐れ入った。

しかし!
しかしである。
4カ国という史上稀に見るプレーオフでものすごく盛り上がるはずなのに、なんだあれは!
アメリカが第一ラウンドで敗退した瞬間18番ホール近辺の人たちがドドーッと動き出すではないか!
世界選手権だぞ!
世界最高峰の戦いだぞ!
お前らタイガーウッズで盛り上がってる場合じゃないんだよ!
目の前の一番大事な結果を見ずして帰るのかぁ!

なんとも世界に恥を曝す結果にとても切なくなって来た。
日本はまだまだスポーツが文化ではなく見せ物小屋と同じレベルなんだなあと思わざるをえなかった。



2001年11月17日(土) 自主稽古!

自主稽古1回目。
久しぶりに役者をやるオイラのリハビリ稽古。
芝居の台本にかかる稽古はちょびっと台本を流した程度。
あとはほとんどエチュードの連発。
稽古には退団した劇団員を含めて4人来てくれた。

エチュードを何度も重ねていくうちにだんだん自分自身の良くないところがみえてきたり、陥りやすいパターンがみえてきたりで、今後役者をやっていくための課題がみえてきたりした。
なかなか有意義な稽古だった。

その後の飲み会は、一番新しい劇団員の旦那さんが帰ってきたと言うことで、劇団員のおうちでちょびっと飲み会。
オイラはどうも疲れていたらしく、途中で事切れてしまった。
いきしの道で飲み屋の前で張ってる警察がゴロゴロいたので帰りはお酒を飲んでない劇団員に運転してもらって帰った。

しかし警察もあんな露骨にお店の前にいなくてもいいのになあと思った。



2001年11月16日(金) 体育指導員会

定例体育指導委員会。
12月に行なう走ろう会の打ち合わせ。
この大会も殆ど雨知らず。

そいえば、先日この走ろう会のコースを計測してみた。
コースは同じ堤防を走るのだけど、各々1、3、5?コースに分かれている。
昨年の感触からして、どうもコースが短いような気がしてならなかった。
一応陸上競技を大学時代までやって来たものの感想として、あの走りでこのタイムはどうも早すぎると感じていた。

そしてコースを歩きながら、計測器をころころと転がした。

結果・・・
1?コースは概ねオッケー。
5?コースは少し距離が短いが、ちゃんとやると隣の犬山市までコースがはみ出てしまうので概ねオッケーとしよう。
四捨五入すれば5?になるし。
3?コースは・・・あれれれれぇ!?
おいおい、四捨五入しても・・・ならないぞぉ。
コース名称が(こわくてかけない)?コースにしなきゃいけないんじゃないのかァ?
こんなんで誰も文句言わずよくぞこれまでやってこれたねえ。
しかしもうイベントの告知はやっちゃってるし・・・そうだ!
(こわくてかけない)?は扶桑弁で3?と言うことにしよう!
そうしよう。
今決めた!
オイラが決めた!

・・・とこのように事実は曲がって伝えられるのであった。

うーむ。



2001年11月15日(木) 稽古!

初めて自分の本役で立ち稽古。
以前作っていたシーンらしくオイラ以外の人達の立ち位置は作られていた。
それを見た瞬間自分の役が芝居の本筋を背負う役ではないということに改めて気がついた。
そして同時に、だったらいい意味でこれを壊してしまおうと、自由にふるまってしまおうとの覚悟ができた。

そして進んでいく稽古はオイラにとってとても楽しいものだった。
いろんなことを想像していろんなことを試すことができる。
演出の指定はとりあえずきいといて、まあ、それをまもりつつも何とか自分自身が、この舞台にたった意味がある舞台にしていこうと思った。

稽古後の飲み会ではチラシの件でいろんな意見が交わされていた。
チラシを作ってくれるデザイナーもやってきてくれて、忌憚のない意見を言ってくれた。
少々落ち込んだ劇団員もいたが、これも彼の愛情の表れだと思う。
反省するところはきちっと反省して次につなげていきたいと思う。



2001年11月14日(水) ビーチボールバレー大会!&張付けの刑!

職員互助会のビーチボールバレー大会。
ビーチバレーボールではなく、ビーチボールバレー。
要するにビーチ(砂浜)でバレーボールするのではなく、ビーチボールでバレーボールするのである。

で、体育館職員の宿命で準備運動係と審判係を任命される。
準備運動係は既に予行演習みたいなことをしているので難無くこなす。

そして審判係。
もともと陸上競技の審判員は公認審判員の資格をもっていて、やったことはあるのだが、多種目の審判はちゃんとするのは体育館につとめていながら実は初めて。
で、やってみて面白いなあと思ったのは、審判員の胸先三寸で試合がどうにでも動くと言うこと。
試合している職員達には申し訳ないと思いつつ、笛を吹くタイミングを変えてみたり、微妙な判定をとったりとらなかったりしていろいろ試してみたが、思惑どおり試合は進んで行ってしまう。
こっちのチームに勝たせてやれ思うと、笛のふき方一つでほんとに試合が動いて行ってしまう。
審判の言うことを聞かないチームや、クレームを付けてしまうチームがなかなか勝てないのを今まで仕事でいろいろと見て来たが、要するにそういうことなんだなあと言うことが実感できた。
同時に審判がいろんな意味で難しいと言うのはこういうことなんだろうなあということも実感できた。
いろんな意味で勉強になった。

そう言えば、話は全然変わるけど、今日不思議電話があった。
ワンコールだけしてきて切れてしまう電話。
今まで見たこともなかった電話番号が携帯にかかって来た。
何だろうと思いつつ、市外局番を見ると岐阜市当たりの番号である。
ひょっとしたら劇団に入りたいと言う人からの電話かもしれないと思ってかけてみたら・・・

電話「(18禁の内容)」

!!!

と言うわけで、どうも最近流行りのダイヤルQ2に無理矢理つなげる電話だったようだ。
ちくしょー!

くやしいので同じ被害にあわない人のためにも電話番号をここに張りつけの刑にする。

張付けの刑!
「0532557302」

みなさんもこの手に電話には気を付けましょう。



2001年11月13日(火) リハビリの日々

秀次は退院後リハビリを続けている。
週に3回病院に通ってリハビリ中。

今日は家族四人で七五三のお参りをして、みんなでお昼ご飯を食べてリハビリに行った。
さすがに昼過ぎは秀次は眠たくて眠たくてやんちゃばかり言っていた。

あーはやくこんな生活から解放されたい。
秀次の麻痺がはやくなくなりますように・・・・



2001年11月12日(月) 稽古!!

今日も稽古!
今日から半立ち稽古。
これから芝居が立体的になって行く作業がはじまる。
人の集まりがもう一つだったので、できる場面から行なわれて行く。
演出から「兼松さんの稽古はしばらく先です」と言われ、だったら「何でもするよ」と答えておいた。
オイラの「何でもするよ」は代役のつもりだった。
で、しばらく代役で立って楽しんでいた。

で、代役でやってた場面が終わったら演出に「じゃ、別の場面をするので(部屋の)外で作ってて下さい」といわれた。
?・・・つくててって?
え?オイラが?
普通それは演出助手か主役級のやつが・・・
という疑問と同時に、
あ、でも、この状況ならやらざるをえんなあ
という、覚悟も固まった。
これから、しばらくその状態が続くのだろうと思うと、頭の中は既に役者だけモードから、演出モードも付け足す方向に切り替わった。

そうこうして行くうちに久々役者のオイラはどんな形でいいから練習の場を求めるのであった。

稽古後の飲み会はいつものメンバープラス、新入団員の友達がやって来た。
なかなか、人付き合いの上手な人で人を不快にさせるような振舞をしないひとであるし、いろんな会話の切り口があって見習わなければいけないなあと思いつつ、ただ会話を楽しんでしまった。

気がついたら閉店時間を1時間以上も回っていた。
いつもそうだけど、八剣伝扶桑駅前店は寛大だなあ。

さて寝よ。



2001年11月11日(日) ちょっと昔のこと

ここ何年か高校の頃の友達とほとんど連絡をとっていない。

結婚するまでは、全国に散らばった高校の時の友人達をひとしきり集めて、うちで飲んで騒いだりしていた。
その集まりは高校で生徒会をやっていた連中が中心の集まりである。
高校を卒業して何年かは、集まる度に今気にしていることや、お互いの生活のことをたくさん話をしていた。
とても刺激的な時間だった。
この集まりは毎年続いた。

そして何年か過ぎある人は就職しある人は更に進学し、ある人は家庭に入って行ったりした。
そんな頃から集まりの様子が一変しはじめた。
みんな昔の自分を確認しはじめると共に、昔のみんなを求めはじめた。
昔の言葉を求めはじめた。

オイラにはそれが辛かった。
過去を取り戻そうとするみんなを見てやり切れなかった。
せつなかった。

そしてそれから二度と集まることはなかった。

彼等は今どうしてるんだろう。



2001年11月10日(土) ジュニアスポーツ教室初日!&研修

体育館に勤めしオイラの初の教室が今日から始まった。
小学生の子ども達29人との教室である。
この教室は、いわゆるニュースポーツと呼ばれている「いつでも・だれでも・どこでも・きがるに」できるスポーツを紹介しながら、スポーツの楽しさを体験してもらおうと言う教室である。
そしてその講師がオイラなのである。
簡単な話体育の授業の先生になったのである。

きっと初めて教壇に立つ先生はこんな気分なんだろうなあという類いの緊張感が襲って来る。
そして、子ども達の前での第一声がとても勇気がいるのである。
本当にこの子たちはオイラが言うことを理解してくれて、スポーツを楽しんでくれるのだろうか?
不安いっぱいの中、教室を始めて行った。

実際教室を進めて行くといろいろな発見があり、いろいろな反省点もあり、いろいろな成果もあった。
子ども達は意外にも素直に話を聞いてくれて、スポーツに熱中してくれた。
今回取り入れたのは「ぺタンク」の室内版「ニチレクボール」である。
冬期オリンピック種目でもあるカーリングをボールで置き換えた競技である。

そして夜は同じ教室で次回紹介する予定の「スポーツチャンバラ」の実技研修に上司と名古屋に向かった。
名古屋に向かう途中、なんとも情けない話だが、開通したばかりの名古屋高速に乗ろうとして、小牧インターまで来たが入り口を間違えて東名に乗ってしまい、そのまま名古屋インターまでいってそこから鶴舞まで行くと言う間抜けな経路を辿ってしまった。
とほほ。

そして予定時間に5分遅れて到着し、スポーツチャンバラの研修を受ける。

・・・これがまた楽しい!
やってみるとあっという間に熱中できるスポーツになった。
一緒に行った上司は剣道の有段者なので、はじめはどうなることやらと思ったけど、ド素人のオイラがこの上司から1本を取ることが出来た。
まあ、きっと手加減してくれたんだと思うのだけど。

このスポーツのメリットは相手の実力にあわせて自由にルール設定を出来たり、1体1の試合ばかりでなく集団で戦うサバイバル戦などもできる所がなかなかいい。
やってるおじさん達は「これはストレス解消です」といっていたが、まさにそんな感じの競技である。



2001年11月09日(金) 稽古!!

復帰後二回目の稽古!

稽古自体は演出・演出助手共に欠席。
よってセリフ覚えのための喧噪のような稽古場と化す。
よって稽古場に緊張感はないが、みんなの前向きな姿勢は伝わって来る。

お陰で集中出来ないが、セリフ覚えのいつもの相手とリフ覚え。
この人はたまに役者でも出る人なのだが、これまでの公演の稽古の時、この日にセリフを入れると決めた日に読みをやってもらう人である。
そんなわけでセリフはだいぶ入る。
この時期にこれだけの稽古でこれだけのリフの入りはオイラとしては奇跡に近い。
だからといって芝居の仕上がりが早くなるかどうかはやってみないと分からない。
しかし、セリフが入って来たのでちゃんとした稽古がしたくてうずうずする。
でも交通整理する人がいないので諦めて、セリフ覚えも飽きて来たので(おい!)舞台監督の仕事をしたり、様々な代役をする。
代役はあくまで代役なので楽しい。
稽古の初期段階なのでキャラが固まっているわけでもなく、本役に似た読みや間を取る必要もないので、悪いなあと思いつつ様々なアプローチを試みる。
当然戸惑う役者達(すまんのう)。

全体的には稽古場のテンションは上がりつつあるかに見えるが、大量生産のオートメーション工場みたいな雰囲気で、職人が「ものづくり」をするような緊張感のある稽古場にはまだなっていない。

稽古後、いつもの店に飲みに行く。
人数は15人前後(おいおい、殆ど全員やんけ!)。
そこで、今回の演出に代表として舞台監督として、そして仲間としてのちょっとお説教じみた言葉を吐く。
主には劇団の今の実力での社会資源のとらえ方の話をした。
裏方は既に予定よりも遅れている部署が出はじめているのでちょっと不安をつのらせるのだった。



2001年11月08日(木) やはりせつないゲートボール

朝からゲートボールのおじいちゃんおばあちゃん達の引率。
これが、毎回せつない思いをする。
毎回出る言葉が「来年はどうなるか分からんでよぉ」。
この言葉を聞く度にせつない。
そして同時に思うのは、年を重ねるとどうしてああいった自分の死について達観出来る精神状態になるのだろうかということ。
未だに謎である。

そいえば、今日興味をそそったことがいくつか。
朝6時頃ゲートボールの人たちを待っている時、訳の分からないことを饒舌に喋る人がいた。
その人は最初頭がいかれてるんじゃないだろうかとおもったけど、よーく話しを聞いてみると、いまのニュースはちゃんと理解しているようだった。
しかし、言葉が支離滅裂でつじつまがあわないし次々と話題が変わって行く。
何だか、人間を見つけるととりあえず喋ってやれと思ってわーっと喋っているようだった。
一度こんな人の頭の中を覗いてみたいと思った。
それから、家に帰ってニュースをみていたら、テロ対策の埼玉県警の映像が流れていた。
「右えならえ!」
という号令と共にかっちょよく右へならえする・・・・あれ?
そろってないぞぉ!
大丈夫かあ埼玉県警!
ちょっと複雑な思いがした。



2001年11月07日(水) 復活そして・・・

オイラにとっての稽古初日。
何だか転校生の気分である。
しかし稽古に入るとそんなことは全く関係なくなった。
久々の他人の演出での役者。
なんと2年ぶりである。
稽古自体は何とか不難にこなせたかなと。
リフも台本声出さなくて読んでた割には意外と入っていた。
あと、「ちゃんとした」稽古を2〜3回くり返せば入ると思う。
実はリフ覚えが大の苦手。
苦手と言うかちゃんとしたデティールが作れないと入らないタイプの人なのだ。
なので、取りあえずイメージトレーニングだけしてなんとか役作りをしながらリフをイメージしていた次第。

話は変わって稽古後の飲み会に久々に元劇団員がやって来た。
彼女は劇団を辞めてから上京し自分の夢を追いかけに行った。
オイラは彼女の行動がとっても嬉しくて何度も声援をして来た。
彼女が稽古に遊びに来る度に近況を聞いて自分なりに励まして来た。
ただ、元劇団員だし戦力的には素晴らしいものがあったので、退団する時はさすがに辛いものがあった。
だから、周りの劇団員は飲んでる時に「帰って来て一緒にやろう」という話をする。
本気なのか社交辞令なのか定かでないが。
しかし、それが今の彼女には嬉しい反面うっとしく感じていると思う。
飲み屋の帰りがけそう言っている劇団員の前でさすがに注意してしまった。
彼女が夢破れてこっちに帰って来たとしたら芝居を辞める時だろうと思うし、芝居をしたくて地元でばん回をはかるつもりならうちのような劇団にいてはいけないと思う。
もちろんそうなればオイラ自身の持てる人脈と芝居を見た経験から、彼女が活躍出来るであろう劇団を紹介するつもりではいる。
とにかく彼女には頑張って欲しいと思う。
もちろん期待のかけ過ぎは良くないと思うが。



2001年11月06日(火) ふぅ〜

ほんとは明日ゲートボールおじいちゃん達をつれて朝の6時から大会にいけなくてはいけなかったのさ。
でも、電話があって今朝まで降ってた雨でグラウンドコンディションが悪くて順延になったのさ。
というわけで、今日は早寝しなくてもオッケーだぜ。

と意気揚々としてたらハーボットに関して重要なミスを発見してしまった。
ウーム、これから修正だぜい。



2001年11月05日(月) グースカピー

今日は寝倒した。
とにかく寝倒した。

頭が身体より上にある瞬間は、飯食ってる時と風呂入ってる時だけ。

まあ、こんな日もあらあな。

おやすみ



2001年11月04日(日) ハーボット設置!

ホームページのメインにハーボットを設置した。
なかなか可愛いやつだ。
またひとり子どもが出来たようである。

こいつの名前は「びいんず」。
いたぶって遊んでやって欲しい。

ハーボットの話し言葉がちょうど秀次(2歳)よりもちょっと成長したくらいの話し言葉になっている。
この当りが可愛いと思わせる戦略か!
そしてまんまとそのわなにハマっている俺。
うーむ・・・



2001年11月03日(土) ミラクルスペース/FLY AWAY!

今日はオイラ達と同じく社会人劇団として頑張ってるミラクルスペースの第31回公演「FLY AWAY!」観劇。

全体的な感想としては、作者兼演出家の子どもを思う気持ちが伝わって来る舞台だった。
オイラ自身も子持の身だから余計にそう思うのかもしれない。
メッセージそのものがものすごくストレートで、ちょっとこっぱずかしいところはあるだけど、逆にストレートな分だけ潔さが垣間見えて良かったと思う。
子どもが巣立つシーンはちょっと来るものがあった。

残念ながら技術的な面でいろいろ思うところがあった。
演出の領域で行けば、場面場面の転換が考えられてないなあと思う。
場面の終りに明かりのフェードアウトと、音のフェードアウトが同時で、音がおわると同時に(きっときっかけなんだと思うんだけど)、暗闇の中で役者が舞台を歩く音が聞こえて来ると言うのは、わざと客を醒めさせてるんじゃないかと疑う程の部分があった。
暗転処理しなくても役者の出捌けで十分見せられるところも気になった。
暗転はやはり芝居を殺してしまうなあと感じた。
これは好みの問題かもしれないけど、どうしても気になるのがタオが何故男でなければならなかったのか。
動きもリフも女性そのものであるし、そのままおばあさんの方が説得力があったと思う。


役者は全体的に余計な緊張があった。
それが動きにや立ち方に出てしまう。
もっと肩の力を向いてリラックスして板に立ってればいいのにと思う。
そのなかでも良かった役者はルードをやったよしださんである。
会話の噛み合わない役者達を頑張ってまとめて引っ張っていたように思う。
気持ちのだし方も群を抜くものがあった。
いつか一緒に芝居を作りたい人だと思った。
他の役者んさんたちは、舞台上で自分のセリフ以外のところで集中してなかったり、前傾姿勢じゃなくて猫背で伏せ目がちだったりで気持ちが伝わって来なかった。

しかしこの劇団のいいところは、ここまでしか出来ませんと言うところで割切って芝居を作って、お客さんに対して不快感を持たせない結果を出せるように一生懸命つとめているのが分かる。
その姿勢はある意味感動的ですらある。
だから、こうやって書いてることも彼等にはひょっとしたらどうでもいいことで、もっと別のこだわりで芝居をしているんじゃないかなあと思う。
出来上がった作品だけを見れば、技術的なことはさておいて物語の進む方向にまっすぐに向かっていて、その姿勢は某劇団も見習わなければいけないなあと思う。
そしてそれがこの劇団のいいところだと思う。
某劇団のように、無理して高みを目指して結果中途半端になってしまうよりは実力どおり出せるものを出して行こうと言う感じに見えるし、ひょっとしたらそれが社会人劇団として芝居を続けて行く方法の一つかもしれない。

そして某劇団の代表者であるオイラは、高見を目指すのか結果を安定させる方向に行くのか、それは答えは出ているが、考えるきっかけの一つにはなったなあと感じている。

最後にどうでもいいことだけど、カーテンコールの時、音でちょっとしたミスがあった。
どうでもいいことだけど、これであいこだなと思った。
どうでもいいことなんだけど・・・(笑)



2001年11月02日(金) 秀次退院!!

今日秀次が退院!
帰り際、看護婦さんの寄せ書きをもらう。
この1ヶ月病院生活を送って秀次は一回り大きくなったような気がする。

言葉をたくさん話せるようになった。
自分のやりたいことを身体でしめすようになった。
やらなければいけないことも良く分かるようになった。
友達つくりが上手になった。

一人の男の子として随分成長したなあと思う。

そして一日遅れの誕生パーティー。
秀次は練習の成果もあり、2本のロウソクを見事に「ふう」して消した。
よかったよかった。

まだリハビリ生活は続くけど、取りあえずお疲れさんといったところ。



2001年11月01日(木) 秀次生誕2周年記念日!

今日は秀次生誕2周年記念日。

誕生日を遂にベットのうえで過ごすことになってしまった。
こういう経験はこれからの長い人生の中で最後であって欲しい。
退院は明日11/2になったので、明日退院後秀次の誕生日パーティ予定。
やつは一生懸命誕生日の歌を覚えてロウソクの日を消す練習をしている。
果たして上手く行くのだろうか?
こう御期待!

話は全然変わるけど、職場の上司と現在の仕事のことについて終業後延々と話をする。
今の職場は基本的に人付き合いが全ての場所。
ツイアイゲノムの結果が示すとおり今一上手く立ち振る舞えない自分がいる。
そんなこんなのはなしをいろいろと聞いてもらった。
ちょっとスッキリした。

我々の世代は上の年代から見ると総じて人付き合いが下手だと言われる。
何故だか考えてみた。
いろいろと異論はあると思うけど、オイラが思うにこんな感じのことだと思う。

我々の世代は思春期のころに、もっとも長い時間付き合ってた大人達の影響を受けて今の自分達があるような気がしてならない。
それはもちろん親ではない。
そう、学校の先生である。
管理と言う名の元に、我々を人間関係の希薄な状況に追い込み、狭い世界の中で純粋培養しようとした結果ではないかと。
そしてそんな彼等の影響を良きにせよ悪しきにせよ多大に受けてきてしまったが故、今の人付き合いの下手な世代になってしまったのではないかと思う。
もちろんそれは彼等に責任を押し付けようと言う話ではなく、彼等もまた管理されていたが故に仕方なくという部分はあったのだろう
しかし彼等の下手な演技と、裏づけも何もない強引な理屈の前に我々は屈してしまったが故、人付き合いが下手になってしまったのではないか、と思う。
その結果が、こういったネットワークを通じた間接コミュニケーションの爆発的な成長を産んだのではないかと思う。
そして又我々は人間関係の希薄な選択肢を選びながら成長を続けて行くしかないのかなあ。

ウーム、誕生日のはずがなんだか難しい話になってしまった。


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