「A列車で行こう4」さっそく「段々畑のみえる・・・」をクリア。 1兆円の資産規模を誇るに30年かかった。 企業の寿命は20年といわれてるので遅咲きか! しかし町の人口は数千人から5万人に成長! さて次はどうすっかな。
しかしこのゲームは自然との共生ができない。 意外と乱開発した方が勝ちみたいな所がある。 今は全体的にスリムにするためにリストラ断行中。 かといってデモがおこるわけでもなく、町の成長が止まるわけでもない。 シュミレーションのようでシュミレーションでない内容。
やはりゲームはゲームの世界なんだなあ、と思わされる。
そして、芝居もまたしかり! 裏を返せばその世界でそのルールの中でいかにいきいきできるか、それが課題だしリアリティーの見せ方だと思う。
最近こんなことを考えている。 わずか1ヶ月ではあるけれど劇団から物理的に離れる機会があったので、考えたくなくても思わず考えてしまう。
もともと自分自身が立ち上げた劇団だったので、こんな問いすらしなくてもOKな状態だったのだが、実権を譲って、さらに物理的に離れる機会が存在すると思わず考えてしまうんだなあ、これが。
で、分かったことの一つは自分自身にとって劇団とは音楽と同じレベルで生活に必要なものであると言うこと。 そして、今劇団をなくすことは自分自身の表現の場を失う可能性があると言うこと。 しかし、自分自身が欲している表現とは作品そのものなので、パフォーマンスのみの状態がこのまま続けば、この先は無いと言うこと。
で、そろそろ劇団に復帰するわけだけど、実際中に入ってやりはじめたらあっという間にこんなこと考えなくなるかもしれないし。 それは分からない。
ウーム、酔っぱらって書くと何だか分からないなあ。
2001年10月29日(月) |
いかんいかん・・・あ!そういえば!! |
今日は病院で子どもの付き添いをする以外はプレステ三昧。 しかも肝心なドラクエやらずに、さみしさ紛らわしの恋愛シュミレーションゲームと「A列車で行こう4」。 そしてさらに台本に一度も触れず。 そしておまけに稽古日の勘違い・・・とほほ。 何だかずれてる。 ちくしょお!酒飲んで寝てやるゥ!
・・・いかんいかん。 これでは何だか訳の分からない一日で終わってしまう。
あ!!!
そう言えば、今度の劇団Beansの公演予定日がなんと! SING LIKE TALKINGのコンサートの日と重なっている。 気にせずチケットを予約してしまった。 というか、反対だな。 コンサートの日が事前に分かってたにもかかわらず、それを気にせず本番の日程を検討してしまったんだなあ。 あほやなぁ。
というわけで誰かチケットいらんかなあ。 ちなみに日付けは2002/2/10。 場所は名古屋市国際会議場センチュリーホール。 チケットは1枚6500円が2枚。 と言うわけで、もしも誰か行きたいと言う方は、多分同じ日とその翌日で行なわれるであろう劇団Beansの公演のチケットをおまけに付けますので、掲示板で意思表示してもらうか、オイラ宛にメール下さい。
今日体育館アリーナが真っ白になった。 おばちゃんたちがバレーボールの試合中、打ったスパイクが横にそれ、消化器にあたって、消化器が爆発!
どうも、バレーボールが消化器にあたって倒れた拍子に、レバーも押されたらしい。 ちくしょぉ!!
おいおい、そんな程度で壊れるのかい消化器は! 困ったちゃんだ・・・・ と、消化器の粉末と本体を片付けていると・・・!
安全ピンが何ものかによってはずされているではないか! 誰だバカヤロー! いたずらするなぁ〜!!
実は午前中はソフトボール協会の式典に出席して、真っ赤な顔していい気分だったのだが(おいおい、仕事中だろ!)、これでいい気分もなにもかも吹っ飛んでしまった。
そういえば、そろそろ秀次が家に帰って来る。 あと5日だ。 そして劇団復帰もそろそろだ。 さて準備するか。
今日は劇団員がどこかで飲んでいる。 劇団員のあいつとあいつが付き合っている。 あいつは俺のことが嫌いだ。 昨日の飲み会であいつがお前のこんな悪口を言っていた。
今日は劇団員がどこかで飲んでいるらしい。 劇団員のあいつとあいつが付き合っているらしい。 あいつは俺のことが嫌いらしい。 昨日の飲み会でみんながお前のこんな悪口を言っていたらしい。
読んでのごとく、上段が事実の羅列、下段が噂の羅列。
様々な場面で様々な立場でいろんな話を聞くが、事実が一番気が落ち着く。 もちろんその事実がとても痛い時がある。 絶望が目の前に立ちふさがることもある。 痛いけど、向き合い方もおのずと決まって来る。
噂話の方がより痛い。 噂は受け止める人の想像の中で大きく膨らんで行く。 そして噂を完璧なものにする。 しかしそこに事実は存在しない。 そして、消耗が始まる。
悪意の噂はもちろんのこと、善意の噂、そして無意識の噂も同じである。
噂話しは罪だ。
検索エンジンにこのホームページを登録してみた。 ここに来てる人にはあんまり関係ないけど、検索で「劇団Beans」「兼松孝行」で検索するときっとオイラのホームページにたどり着けるはず。 さてさてどんなもんでしょう。
そいえば、今日秀次が病院で熱を出した。 見に行ったら取りあえず元気だったのでよかったけど、入院が延びたら嫌だなあと思うのです。
劇団のチラシに広告を入れることになり、その営業回り。
と思って気合いを入れて行った一件目、そこでいきなりノルマ達成。 そのお店の店長さん(ほんとは不動産屋さんだからこんなふうには言わないけど取りあえず)がとっても良くしてくれて、二つ返事でオッケー。 それどころか、もう一件紹介してくれて、二件分の広告の原稿までいただいた。 でも、もっと嬉しかったのは紹介する時の電話で「僕の友達」と言ってくれたことがとっても嬉しかったのです。
この店長さんとはもともとは役場の都市計画課でカウンターを挟んでお話する立場の人だったのですが、気がついたらいろんな話しをするようになり、「新しい事務所を作るからデザインしてくれ」とお願いされたり、劇団としてもいろんな形でお世話になったり、そんな関係になっていました。 だから、きっと引き受けてくれたんだなあと思っています。 大切なのはこういうつながりなんだなあ、と改めて実感したし優しさに触れた気分です。
ほんとにありがたいかぎりです。
ちなみにそのお店のURLは http://www.ylw.mmtr.or.jp/~homeland/ ですので、もしもお時間があれば見てあげて下さい。
そして、広告の話は終わり、その後いろんな町の話やイベントの話で盛り上がったりしました。
2001年10月24日(水) |
芝居は難しいなあ・・・ |
稽古に行っていないといろいろと余分なことを考える今日この頃です。
いったい何が良い芝居で、何が良くない芝居なのか。
もちろん人各々価値観が違うのは分かる。 そして、つまらない芝居をすることが罪なのも分かる。 独りよがりな芝居も行けないのも分かる。 理想だけに走ってしまうのも良くないのも分かる。
だけど、こんな消去法が、だからといって良い芝居ができると限らないことも分かる。 正解はない。 正解はないから模索する。 模索してその結果がひとりよがりではいけない。
うーむ、みんなが満足する結果なんてあり得ないと分かっていながら、デも、できるだけたくさんの人に満足してもらうことを考えなければいけない。
オイラ自身は今でもたった一人のお客さんを猛烈に感動させる芝居を目指したいと思う。 たった一人が猛烈に感動してくれたら、他のお客さんはきっとその半分でも感動してくれると思っている。 だけど、そう思うことがひょっとして幻想じゃないかと思うこともある。
そして、考えて考えて悩むしかない。 悩んだ先に幸せな光が見えるとも限らない。 でも、考えるしかない。
2001年10月23日(火) |
SING LIKE TALKING/METAROLISM |
最近ぼちぼちとCDを買っている。 もともと音楽好きなので、家には4桁を超えるCDが業務用ラックと共に鎮座している。
SING LIKE TALKING/METAROLISM 四年ぶりのオリジナルアルバム! うーむ、四年間の蓄積と言うか、なんというか、とにかくバラエティに富んだ内容になっている。 特に後半3曲は絶品! もともともってるSING LIKE TALKING節と、いろんなアーティストのエッセンスがごちゃごちゃになってるので、聞く人が聞くとパクリに思えるフレーズもあるけどちゃんとオリジナリティがある。
久々に聞いた素敵な一枚! と言った感じ。
時々芝居の夢を見ることがある。
今回は、今稽古中の芝居で、休団明けに稽古に行ったらもう本番で、台本もうる覚えなのにいきなり舞台に立ってた。 で、適当にセリフを言ってたらこれが受ける受ける。 で、本番中周りを見渡せば台本もってる役者ばかり。 おいおい、俺も台本もってくれば良かったよ、と言う後悔後に立たず状態。 で、本番終わってから反省会すると思いきや、もう既に14回公演の打ち合わせ!
オイラが休団中にこんなんになってたんだあと思って孤独感に苛まれ、目がさめた。
はたして、いま劇団はどうなっているのだろうか。 ぜひともオイラが言った時にはみんなセリフが入っていて、俺だけセリフが入っていなくて、演出に怒られる図、と言うのを期待したい。 オイラのことをちゃんと1ヶ月遅れの役者にして欲しいなあ。 みんな頑張ってね。
2001年10月21日(日) |
OPUS/Live is Life |
今日HMVから待望のCDが届いた。 なんと言ってもテロの関係で入荷が遅れていたようで、注文から1ヶ月以上たってからやっと届いた。
アーティストはOPUS(オパーズ) アルバム名はmillennium edition(要はベスト) 聞いた聞いた。 いやあ、Live is Lifeは別格ですなあ。 なんといっても。 このバンドは80年代から90年代初頭にかけてが主な活動時期なので、その頃のテイストがプンプンプンプンするCDだった。
ちなみにLive is Lifeは某劇団の主宰者が好きで、その芝居を見に行くと必ずかかっている曲なのです。
そういえば、去年から劇団員にドラクエ7をプレステ本体と共に借りてやっている。 が、述べ10ヶ月くらい、121時間たった時点で未だに1枚目クリアせず。 うーむ、それどころか2〜3時間で済んでしまうソフトに浮気をして、ドラクエやらずじまい。
しかし、ドラクエと言うゲームは良くできたゲームで、各ダンジョンや町で様々な人を飽きさせない仕掛けが用意してあり、たとえぶっ殺されても一からやり直しではなく、ちょっと前に立ち返ってゲームを再開出来ると言う、人生ではおおよそ経験できない体験が疑似体験出来る。 その辺がこのゲームの魅力なのかもしれない。
といいながら、途中で投げ出している俺がいた。
いかんいかん。
さあて、これから頑張るぞ!
今度体育の仕事で一つの教室の講師をすることになった。 そしてその教室は巷にあるニュースポーツと呼ばれている種目をいくつか紹介しながら、スポーツの楽しさを伝えて行くものである。
その一つとして選んだのがスポーツチャンバラ! 3年B組金八先生を昔から見ている人なら、あ−あれかあ、と思い出していただけると思う。 要はスポンジ上の柔らかい棒でチャンバラをすると言うもの。
剣道みたいに面胴小手に限らず、身体のどこを打たれても負けと言う厳しいルールと、打たれたやつは自己申告と言う紳士のルールに基づいて行なわれる競技。
これを小学生低学年に教えて行かなくてはならない。 子供達が初めてなら、教えるオイラも初めての競技。
教室が行なわれるのは11/10から。 さあ、はたしてうまくいくのだろうか・・・
病院へ行くと部屋が変わっていた。 何でも、他の部屋で患者さんどうし折り合いが悪くなったらしい。 そんなわけで二つ隣の部屋へ。 そしてこの部屋は二人部屋だけど、相方さんは次々と変わって行くらしい。 病棟の婦長に「この部屋は後2、3日で退院の患者さんが来ることになるからよろしくね」と言われたようだ。 どうもうちの嫁さんが看護婦だと言うことがばれてしまい、同業者のよしみで辛い立場をお願いされたそうな。 この先まだまだ長い入院生活を送って行かなければいけないのに、目の前で退院する幸せな光景をこれから何日も何回も見せられるのは、いくら何でも辛いと思う。
そんなこんなで嫁さんは秀次と一緒に入院してから5キロ程体重が落ちた。 でもゲッソリはしていない。 残念ながらもともと大きい人なので、今見ても・・・まだ大きいなあ。
で、当のオイラは劇団休団中で飲みに行くこともなく、嫁さんが家にいなくなり食事が粗食になり、仕事の方でストレスがたまり、何だかんだで子どもと嫁さんのことを心配していたら、ある時ベルトの穴が一番奥まで言ってまだ余裕ができてきた。 オイラも嫁さんのことを言える立場ではない体型をしていたが、さすがに見るからにお腹は引っ込んだ。 喜び勇んで体重計に乗ったら・・・・あれれ? 全然減ってないぞお? いったいどう言うことなんだろう・・・ 誰か教えて。
あれれ? ホームページのあるリムネシアに繋ごうとすると・・・
「指定されたサーバーが見つかりません」
との表示。
なぜなぜ?
検索 検索 検索
と、いろいろ探って確認してみたら
http://www.rimnesia.net/home/beans2 から
http://rimnesia.gaiax.com/home/beans2 にかわっていた。
今日朝飯を食べながらこんな話をしていた。
「そういえば昔程日韓の関係って悪くないよなあ」 「俺らの世代は気にしないけど、お年寄りは気にするぜ」 「そいえばそうだな、いわれのない差別って俺らの周りにはないしなぁ」 「今後俺らがおじいいさんおばあさんになったころはきっと日韓のわだかまりはなかったことになるよ」 「そう言えば教科書問題って今何にも騒いでないなあ」 「戦争が吹き飛ばしてしまった感じだね、でも、気にしてる人は気にしてるよ」 「俺らがもっと大人になってからは、イスラム世界の人たちがひょっとしたらいわれのない差別されるかもしれない」 「そうだなあ、物心ついてからの戦争って、中東でやってるもんなあ」
うーむ、朝からヘビーな会話だ。
秀次のMRIの結果が出た。 異常なし。 しかし、退院ははやくても10月いっぱいかかるとのこと。 秀次の2歳の誕生日(11/1)には家でお祝したいものだなあ。
次回公演のビデオを見る。
キャラメルボックスの「スケッチブックボイジャー」 しばらく見てた。
あー、今回演出が作りたかったのはこんな世界かぁ、と思いながら見ていた。 さすがに台本を見ただけでは個々の役作りまではわからない。 全体的なテンポや立ち位置、場面の盛り上げ方なんかは台本から読みとれる、いや、正確な言い方をすれば触発される。 オイラが演出ばかりしてきたせいだろう。 でも、こと役者の役作りに関しては、実はどうでもいい台詞が並んでいて、これはいったい何のための台詞なのか、果たして大まじめな台詞なのかギャグのための台詞なのか判断に迷う台詞が沢山存在する。 そこの種明かしと、自分が読んだ時に思った立ち位置の確認のためにビデオを見ていた。
しかし! なんと気がついたらビデオは終わっていた。 あまりにも・・・・だったので寝てしまったようだ。
これは自分で役を作りなさいと言う神のお告げなのかぁ?
てなわけで、ほとんどなんにもわからないままだ。 ま、いっか、今回はちゃんと見てくれる人がいるわけだし、と勝手に納得してビデオを巻き戻しているオイラだった。
不思議な夢を見た。 マックを起動したら、例の如く爆弾アイコンが出た。 でも、その爆弾アイコンがカラーになって、無数に増えていく。 お、目の前でカウントダウンも始まっている。 これは、ウイルスを介したテロかぁ? カウントがゼロになったとき、パソコン爆発! そして目が覚めた。
そしたらパソコンの前で寝てた。 いかんいかん。
おやすみ。
今日は秀次のCTとMRIの検査結果発表の日!! 病室でまだまだかと待っていたら、先生がやってきて・・・
「CTは何でもないです。MRIはまだ写真ができてないから来週です。」
取りあえず一安心。
ちなみに今日は体育祭の代休でした。 特にやることもなかったので、扶桑〜高山〜郡上八幡〜各務原〜扶桑とただひたすら走り続けるひとりドライブ。
そういえば独身時代はよくこんなことをしてたなあ。 だいたい年間36000?走っていた。 今考えると、よくこんなに走れたよなあと思う。 一日に約100?!! 今はこんなに時間もお金もない。
オイラを走らせた原動力は「ストレス」。
多分当時これがガス抜きだったんだろうなあ。 今はそれが芝居かもしれない。 そして、今は芝居は休団中。 久しぶりに気持ちがスカッとしたのでした。
芝居をやってて良かったと思う瞬間の一つに、子どもに本を読んであげる瞬間がある。 いろんな本を読むといろんなキャラクタが出てきて、各々使い分けて本を読んだりしている。 弥生は寝る前に必ず本を読め!といってくるので読んであげて、そして寝かし付けるのである。
しかし、最近子どもがオイラにダメ出しをするのである。 うーむ、まだ本当の演出にダメだしされていないのに、子どもが演出かぁ?
何をダメだしされるかと言うと、ポケモンの本を読む時のキャラクタの読み方のイントネーションである。これには恐れ入った。 何度もアニメは見てきたはずだったが、さすがにそこまで意識してみてなかったなあ。 同時に、オイラが小さい時、親に対してズレてると思った感覚が蘇ってきた。 まあ、子ども向けの番組の内容を親と語ろうと思っていたわけだから、今となっては仕方のないことだと思うのだけど、要は会話が出来ない、と思った感覚である。
オイラが話をしたいキャラクタのことが親には全く理解されていないように感じた。 で、きっと弥生にもそんな思いをさせているのではないかと思った。
子どもに呆れられないうちに会話出来るようになろっと。
ウーム、精進精進。
今日は休憩! おやすみなさーい。
2001年10月09日(火) |
ファントム・ペイン/第三舞台 |
今日は待ちに待った第三舞台観劇の日。 1時に家に劇団員に迎えに来てもらい、大阪へ。 道中は前半寝て後半運転して行った。
久しぶりの大阪はちょっと記憶が曖昧で、ほんとに曲がらなければいけないところで曲がれず、大回りしながら近鉄劇場に辿り着いた。
ちょっと時間が余ったので近鉄百貨店のレストランで「かつどん風ドリア」なるものを食べる。 なかなか不思議な味だった。
そして劇場へ。 劇場内では、「ファントムペイン」の前の芝居、「スナフキンの手紙」のダイジェストを上映していた。 要はこの芝居は「スナフキンの手紙」の続編。
以下感想。
セットは今まで見た芝居の中でもかなり巨大な方。 三階立ての鉄骨が立っている舞台。
全体的な印象を一言で言うと、うーん、どうして? って言う感じ。 4年ぶりの第三舞台の芝居だけど、第三舞台がやってきた芝居をそのままに大きくなった役者と、別のいろんな物の影響を受けて芝居のタイプが変わったと思われる役者が入り交じっていて、なんとなくアンサンブルできていない感じがした。
また、台本上の「役の個性」と実際に芝居する「役者の個性」が上手く噛み合ってない感じ。 言い方を変えれば、役者に好きにやらせ過ぎかなあ、という感じに見えた。
お話的にも、後半なんの前触れもなく心変わりしてしまう役がいて、そこに至るまでの葛藤が見えない感じがした。 だから、どうしても芝居が本当に伝えたかったものがぼやけてしまって、おしいなあという印象ももたざるをえなかった。
演出的には地下室を舞台センターにしてしまったのが最大の問題点だと思う。 あれのおかげで芝居が全体的に奥まってしまって、本当は伝えたい気持ちが舞台と客席の間を突き抜けて来なかったなあ。
もちろんオイラの好きな第三舞台のいい部分もたくさん見せてもらったし、いろんなヒントもたくさんもらった。
結局言いたいことは、記念公演だからお祭り的な芝居だと言うのは分かるけど、もすこし感動させてくれてもいいんじゃないかな、ということ。
10年後に期待!
2001年10月08日(月) |
ついにやってきた体育祭当日!! |
色々あったけど、ただただ楽しかった。 オイラの企みも成功したし。
疲れたけどよかった!!
てなわけで体育祭前日です。 何分始めて経験する(昨年は準備して雨で中止)体育祭なので、ちょっと緊張しています。 芝居の本番よりも緊張しているかもしれない。 ・・・・当たり前か、仕事だし。
今日は様々な残りの準備をした。 グラウンドにラインを引いたり、看板作ったり、火炎放射器で除草したり・・・ そしていろいろ準備した物品の最終確認。
後は明日の天気が良ければそれでよし。 さあ、明日は頑張るぜ!
あ、そういえば明日は劇団のキャスト発表の日だった。 ウーム、すっかり忘れている。
今日体育祭の準備をしながら思っていたこと。 こういうイベントって、空間を共にする人たちがそのイベントを一緒に作り上げている意識が必要だなあと。 言葉を変えれば、その企みに一緒に参加している共犯者意識が、そのイベントを成功させるか否かのカギを握っていると思う。
そして、芝居もまた然り。 お客さんが目の前に企みに共感してくれて、劇場と言う空間を、一緒に作り上げてくれるような思いで充満させることが大切だと思う。 そして共感してくれる回数が増えて行くと、だんだんお客さんから共犯者意識が芽生えるようになって来る。 そうすると、ほっといても芝居の本番はお客さんにのせられて、だんだん良くなって行くのである。
そして、この空気を作り上げる為に、まずはお客さんが共感を持てるような芝居を作っていかなくてはいけない。
そう言えば、最近弥生が一緒に寝てくれない、おばちゃんと寝てばかり。 さみしいなあ・・・
2001年10月05日(金) |
キリ番ゲット!&つれづれ |
なんてことだぁ! 自分でこの日記のキリ番(400)をゲットしてしまった!
秀次の病状は、ちょっとづつ快方に向かっている。 だんだん動かなかったまぶたが動くようになり、神経が麻痺して下がっていた部分が、元に戻ってきた。 そして様々な人がお見舞いに来てくれる。 とても嬉しい。
そう言えば今回の芝居の台本はなかなか役者泣かせである。 同時に役者は遊びがたくさんあって、反対に嬉しいのである。 台本にキャラクタや気持ちの裏づけがちゃんと書かれている台本ではないので、台本から役を読み取ろうと思うと撃沈し、好き勝手やったれ、と思っている人にとってはこんな素敵な台本はないのである。 休団中の身なので、演出がどんなふうに扱ってくれるかは分からないが、もしも役に付ければ、可能な限り遊ばしてもらおうかなと思っている。 しかし、役者としてはたいしたことがなので、相当のダメを覚悟しないといけないとも同時に思う。
さてさて、どんなふうになるやら・・・
しばらくの間家族が落ち着くまで劇団を休団する事にした。 さすがに弥生を見ているととても寂しそうで、芝居どころではない。 多分稽古場に行けばちゃんとやるとは思うのだけど、その間家で待ってる子どものことを考えると、ちょっと稽古に行く気になれない。 ちょっと前まではそこんとこは気にせず稽古に行っていたオイラだったけど、自分自身の心境の変化にちょっと驚いている。
その旨演出には伝え、とりあえず復帰後は期待される役割をこなせるようにしてほしいとの話をもらった。 そして、復帰後は全力で役割をこなしていく決意を密かにした。
ちなみに振られた役割は舞台監督! とても重要な役割である。 なんとか頑張ってみたい。 劇団の中では舞台監督の唯一の複数回経験者である。 恥ずかしいまねはできないし、同時に他の劇団員より上手くやっていける自信もある。 これについては休団中も活動はできそうなので、演出と打ち合わせしながらやっていこうと思う。
2001年10月03日(水) |
入院二日目&体育祭はすぐそこだ! |
弥生はやっぱり不安定です。 とてもさみしいのをわざと隠しているけど、些細なことですごく泣きます。 やっぱりさみしいんだよなあ。 でも、無邪気をふるまおうと必死に努力をしてる。 そんな姿を見ると泣けて来るなあ。
病院行ったら行ったで、秀次がさみしそう。 目の前にいない家族の名前を連呼して、で、甘えて来る。 こいつもさみしそう。 で、嫁さんはもっとさみしそう。 せめてもの救いは、秀次が一緒の部屋のお姉ちゃんになついて、そのお姉ちゃんも意外と秀次のことがお気に入りってことかな。 お互い早く出れるといいなあ。
そして、こうしている間にも仕事は次々とやって来る。 体育祭まであと5日! 今日はグラウンドでトラック描きと競技の位置決め。 明日からはもっと大物の準備。 頑張るぞ!
今朝嫁さんが、ちょっと怖い顔してオイラを起こしに来た。 「秀君が変なの!」
遠くから見ると元気に遊び回っている秀だけど、顔を見ると左側に表情がない!! これはやばい! 早速いつもの小児科へ
小児科の診察では、通常は何か病気のあとにウイルスが残って炎症がある場所にたまたま神経があって、その炎症が圧迫して顔面に麻痺が残るのだけど、今回のはそうではないようだ、ということ。 MRIやCTが必要とのこと。 この小児科で紹介状を書いてもらって近くの総合病院へ。
総合病院ではまずは問診があって、早速入院が必要と言われる。 入院期間は一ヶ月程度。 この手の麻痺は原因にもよるが入院してステロイド等の投薬治療で一ヶ月程度を要するとのこと。
病院にじいちゃんばあちゃんが来たところでバトンタッチしオイラ達は一旦家に帰って入院の準備。 そして、家の色々のなんやかんやを嫁さんから引き継ぎを受ける。 そう、嫁さんは基本的に子どもの付き添いなのだ。 この時間が結構重要な時間だった。 お互い不安なことを話し合う時間ができた。 特に心配なのは弥生のことである。 小さいくせに人に気を遣うところが泣かせてくれるのである。 それだけにお母さんから離れてストレスがたまりそうなのである。 これを支えるのは父親であるオイラの仕事である。 責任重代である。
そして、やや遅い昼御飯を食べて病院へ。
病院で嫁さんをおいて、家に帰って、保育園から帰って来た弥生を耳鼻科へつれていく。 その行きに秀次の入院とお母さんが付き添いだと言うことを告げる。 さすがにさみしそうだが、口から出て来る言葉は気丈な言葉ばかり。 ウーム、さすがに泣けて来る。
そして耳鼻科の後に病院によって秀次とお母さんの様子を見せる。 全くさみしさを見せない弥生。 家についてからさすがにさみしいと見えて、ちょっとしたことでもビービーと泣く。 取りあえず普段やリも強く抱き締めてやるしかない。
そして今弥生就寝中。 普段四人で寝てる部屋が二人しかいない。 当然夜は話し相手がいない。
これから一ヶ月。 さみしいなあ。
そしてそれよりも何よりも秀次の原因がたいしたことではないことを祈るのみ。
早く帰ってこいよぉ。
体育館の勤務が基本的に土日勤務で月火休みのため、普段は水曜日から一週間が始まることとなる。 しかしそれをやっていると、普通の企業にものをお願いしたりする日が「水・木・金」の3日しかなくなってしまい、担当者が外に出てていなかったりするとあっと言うまに来週しかチャンスがなくなってしまうのです。 なので、それでは仕事が進まないので、時々休日に出勤して様々な方面に連絡をとる必要があるのです。
で、今日は様々な方面に連絡。 しかし一ヶ所だけ担当の人が病欠でいつ出てこれるかわからないとの回答。 おー、本番が一週間前なのに!
というわけで焦りまくりのオイラだった。
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