兼松孝行の日々つれづれ

2001年09月30日(日) 町民体育祭一週間前

今日は町民体育祭の一週間前。
先日の会議でのトラブルの処理をしたり、様々な方面に頭を下げたり、いろんなお願いをしたり、そしていろんなことに対して反省したり。
町を上げての大きなイベントだけに、いろんな思惑が絡んできて、なかなか一筋縄にはいかない。

でも、なんだかんだいってもこれから気になってくるのは天気。
昨年は雨のため体育祭は中止になった。
この部署に来てまだ2年目なので、まだ体育祭本番というものを経験したことがない。
何とか10月8日は晴れてほしいものである。



2001年09月29日(土) ゼンマイ仕掛けの夢/シアターウイークエンド

なんと発熱が再発!
朝起きたら38℃!

しかし仕事は休めないので、風邪薬と熱冷ましを飲んで出勤。
午前中は火炎放射器で草刈り。
そんなこんなでいろいろ仕事してるうちに、何とか熱は下がったようだ。

そして夕方車を飛ばし、名古屋市千種区池下のシアターウイークエンドへ。
ここの劇団員の加藤由香さんの台本での芝居「ゼンマイ仕掛けの夢」をみる。

途中車が渋滞で動かず開演ぎりぎりに何とか到着。

劇場入り口で、この劇団の主宰者であり、オイラが師と仰ぐ演出家の松本先生に「かねまっちゃん、あそこしかあいてないんだよ」といわれた席が、お客さんが大入りでなんと舞台上に席が設けてある最前列のど真ん中!!
そこで座布団を借りて、後ろのお客さんに迷惑にならないようにからだを小さくして、生まれて初めて舞台上(アクティングエリア)で芝居をみる。

そして感想。

お話は愛する人を失ってしまった人が、失った人の人形を作ってもらって生活をしていくが、一緒に生活していく上でやがてその愚かさに気づき・・・というお話。

全体的な印象としては、申し訳ないけどまずは台本に問題があったと思わざるを得ない。
あまりにもいろんな出来事が唐突に起きすぎるし、登場人物に語らせすぎである。
また登場人物の描き方がなぜこの人はSM嬢という設定なのか、なぜおじいちゃんなのか。
つじつまのあわない疑問点を上げればきりがない。

しかし、見ていて何となく思ったのが、「あー、これは旦那さんに対するメッセージなんだ」と勝手に解釈してしまったりなんかした。
ちなみにここの旦那さんはプロの俳優さんで、昔から一緒に飲んだりしている。
結構年が離れていて(一回り以上)、普通に過ごしていけば旦那さんの方が先に逝ってしまうはずである。
そしてその旦那さんに対する思いがこの台本に現れているのではないかと勝手に感じたりしてみていた。

そして、更に感じたことは、劇団がその台本を選んだ以上それはその劇団の責任であるから、台本に問題があるならばその欠点を補ったりふくらませていく作業を役者なりがしていかなくてはいけないのではないかと思った。
台本上存在理由がわからなければ、芝居を作っていく上で役者自身がそこの意味づけを自分からしていって、少なくともお客さんに見せる段階では、台本の稚拙さを見せてはいけないと思うのである。

まずもって思ったのが、主役の人形制作屋さんの役の消化不足。
彼女はどんな思いで人形を「他人」に作るに至ったかというストーリーが役者の中にないために、見ているオイラは行方不明になってしまう。
だから、なんの前触れもなく人形を作ってあげた人達に対して目を覚ませとアプローチしている姿が、なんのためにしているのか、そして、人形制作屋さんがどんな気持ちでいるのかが全くわからなかった。
そして他の特に女の子の登場人物たちが、とりあえず気持ちを入れて台詞を言っているだけのようにみえて、役のバックボーンが残念ながらみえなかった。

しかし、男優陣二人の怪しさには◎だった。
とくに竹内さんはすごくよくなったと思う。

オイラが尊敬する演出家の下で芝居をできている人達なのに、なんだか結果を見ていて悲しくなってきた。
もっと頑張ってくださいよ。



2001年09月28日(金) 町民体育祭運営委員会

今日は町民体育祭運営委員会。
総勢150名をこす人たちで行なわれる会議。
いよいよ体育祭に向けて雰囲気が盛り上がって来た・・・と思ったら、ちょいと問題発生。

こちらの連絡不徹底による行き違い。
大いに反省する。

そして10月8日に向けて走り出そう。



2001年09月27日(木) 演出決定・・・

ついに演出の投票日。
オイラは情熱的にではないまでも思いの丈をぶちまけた。
もう一人の立候補者は情熱的に演説をする。

結果、「9対8」1票差で惜敗・・・・

目の前が一瞬暗くなった。
今まで考えてきたことが無駄になってしまった瞬間である。

投票が終わった後、何人かの人からいろんな形で勇気づけてもらった。
とても嬉しかった。
この人たちのためにも落ち込んではいられないと思った。

でも、一日か二日は思いっきり落ち込もう。
我慢していても仕方がない。
そして、はい上がっていこう。



2001年09月26日(水) 火炎放射器

体育祭がらみの仕事でグラウンドに生えている草の除草のための最終兵器、火炎放射器を使った。
足下5僂らいの草はこの火炎放射器で一網打尽だ。

なんだか怪獣にでもなった気分になって草を除草した。
「ゴー」という音とともに吹き付ける炎によって草は見る見る燃えていく。
・・・しかし、熱い!

怪獣が眼下の町を火炎放射で焼き尽くすシーンがあるが、怪獣も結構重労働である。
また明日も火炎放射だ!
ゴー!!



2001年09月25日(火) 5連休

風邪ひいて今日までひょんなことで5連休になってしまった。
ほんとは仕事がものすごく忙しくて、熱でうなされている最中仕事の夢も何度かみた。
そして、同時に芝居の夢も見た。

どんな夢だか覚えていないが、一つ覚えているのは、休み明けで仕事にいったら人事異動で上司が一人いなくなっていててんてこまいするという夢。
その時ものすごく気になっていることが夢に出るとはいうけど、こんなに見るのは初めてだなあ。

でも、この5連休殆ど一人でいたせいもあり、何となく気持ちも落ち着いて、いろんなことに前向きになれるような気がして来た。



2001年09月24日(月) 病み上がりの二日目

今日で病み上がり二日目。
やっとのどの晴れもとれて来た。
でも、まだ口の中が荒れて御飯の味が今一。

そういえば、ちょっと禁煙してみようとスケベ心をだし、最近薬局で売り出した禁煙ガムを買いにいった。
そしたら、売り切れだった。
・・・残念。

ちなみにその時、ニコチン依存度を判定してもらった。
そしたら一番低いレベルだった。

止めるなら、今だな、と思いながら一服するのであった。

とほほ・・・。



2001年09月23日(日) フォーティンブラス/扉座

「フォーティンブラス」扉座 扶桑公演
病み上がりの中芝居を見た。

横内謙介率いる扉座が「ハムレット」と「フォーティンブラス」を同時に2本立てでやるという意欲的な試みの一本。

この芝居は演出家も普通この高さで舞台は見ないであろう視点の高さで舞台を見た。
その名も最前列!

見たまんまの感想でいえば、釈然としない。
何が釈然としないかといえば、脚本家が愛情を注いだ役者と、演出家が愛情を注いだ役者が、物語が違ってしまって、言葉は悪いけど。現場で交通整理されないまま脚本家の物語に演出家のエゴがのっかってしまったように見えた。

役者はみんな素敵な人たちばかりで、想像力も豊かで、世界もちゃんともっててアンサンブルもよくって、役者に対しては何も不満はなかった。
役者の世界観についても何も不満はないし、物語は整然に進んでいるように見えたし、むしろ楽しい時間が多かった。

だから、そこがとても残念だった。

終演後は懇親会で扉座主宰の横内さん始め様々な方とお話できて、いろんな話ができたしいろんなことで触発されたし、同時に痛いなあと思うこともあった。

普段は公演後劇団員と反省会と称して飲み会をやるんだけど、残念ながら病み上がり故辞退せざるをえなかった。
あ−残念。



2001年09月22日(土) 復活!・・・の兆し

やっと熱が下がった。

今回は何度計っても39℃という下がりもせず上がりもせずという状態で、ただただえらかった。
何故だか半年に一回ずつはこんな感じで体調を崩す。
そしてその時必ずイベントがある。

前回は今年のゴールデンウイークだったが、浜松に遊びに行く予定のまさにその日から体調を崩した。
その時は行く前になんだか体が重いなあ、くらいにしか思ってなかったのだけど、浜松でウナギ食べてビール飲んだら一気にグラッと来て・・・・。
そして、その後のゴールデンウイークを無駄に過ごしてしまった。

そして今回は今晩財津和夫のコンサートだった。
さすがにこれでいって、振りかえすとまずいので、嫁さんだけに行ってもらった。
某照明さんからは「今、厚生年金会館」と電話がかかって来た。

ちくしょー、いいなあ!

帰って来た嫁さんに感想を聞いたら
「すごくよかった!」
あんまりこんな感想を口にする人ではないのだけど、その人をここまで言わせるとは・・・

ちくしょー!

そういえば、オイラがくたばる時には、なぜか名古屋対磐田の試合があって、なぜか名古屋が負けてしまうのです。

ジンクスでなければいいのだが・・・



2001年09月21日(金) まだまだぶるぶる

現在闘病中。

うーむ、熱ちっとも下がらん。
扁桃腺がボンボコボンにはれて飯も食えない状態。

明日は久々にコンサートにいけると思っていたのに、これじゃ中止だなあ。
誰かかわりにいってくれぇ。




2001年09月20日(木) ぶるぶる

今日熱が出た。

風呂はいって出た瞬間悪寒が・・・・


 る

 る

 る

 る

 る

 る

 る

 る
が が が が が が が が が が が が  
 た た た た た た た た た た た た

ってこんな感じ。
何だか宙を浮いてるみたい。

うーむ、こりゃ明日は仕事アウトかあ?



2001年09月19日(水) 演出選び

今日は演出選びの初日。

今回演出立候補者が複数出たため、演出がこれをやりたいという台本を持ってきて、それをみんなで読んで、そしていい方に投票する。
そしてめでたく演出決定となる。

うーむ、なかなかこれが、残酷なシステム。
でも、役者も一緒か。
人を選ぶということは、選ばれない人を作り出すわけだからキャスティングもしかり。

ちなみに今日はオイラの番で成井さん+真柴さんの「四月になれば彼女は」という台本を持っていった。
オイラにとっては今まで演出してきた芝居の中では異質な台本。
周囲もまずオイラはこの手の台本はやらないだろうと思っていたようだ。

なぜこの台本にしたかはいろいろ理由があるけど、ま、それは決まってからということで。

そして、新入団員もやってきた。
これで次回公演の新人は女性ばかり3人!
楽しみ楽しみ。

そして稽古後は歓迎会。
そして夜の2時まで飲んで、くたばったので劇団員に送ってもらってしまった。

その朝嫁さんに怒られたのは言うまでもない・・・・

反省



2001年09月18日(火) ゲートボールな一日

今日はゲートボールのおじいちゃんおばあちゃんを会場まで連れて行く日。
こんな日は朝が早い。
集合時間が6時30分だと大体6時頃にはみんな集まっている。
お願いだから時間どおり来てよ。
オイラの睡眠時間を奪わないで!

と文句を言いつつも毎回毎回思うのは、オイラもこんな幸せな老後が送れたらいいなあ、ということ。
この人たちがいて今のオイラたちがある。
彼らの若かりしころはさんざん苦労してきたはずである。
だから今はゆっくり遊ぶときで良いと思うのである。

もちろんわがままな爺さんに腹が立ったりする事もあるが、それはそれ、これはこれ。
試合は予選で早々と敗退。
毎回決勝には残れない。
早起きしたんだから、もちょっと頑張ってよと言いたい気持ちをぐっとこらえ、帰途につく。
帰りの車の中でNHKラジオの氷川きよしの演歌が流れると、みんなで大合唱。
うーん、なんて平和なんだろう。

この平和な日々がもっと続けばいいのに。



2001年09月17日(月) 今日もまったりとした一日

また今日もまったりとした一日だった。

朝目覚めご飯を食べて、子どもと嫁さんを送り出し、芝居のビデオを見て、お昼を食べて、そして昼寝して、ちょっと買い物行って、夕飯食べて、子どもと風呂に入って、そして寝る。

あーなんて何にもないほのぼのとした一日。
こんな日が毎日続いていけばいいのに、でも周りはそれを許してはくれない。

日常こそが普通で、そしてスリリングだ。



2001年09月16日(日) NHKのど自慢

普段は昼飯を家に帰って食べるという優雅な生活をしているわけだけど、今日はバレーボールの大会で弁当が出るので体育館の応接室で食べていた。
応接室のテレビではいつもNHKにチャンネルが合わさっている。
最近NHKは通常の番組中でもアメリカの同時テロに関してのテロップが流れ続けている。

テロップでは延々何人行方不明とか、何人亡くなったとかが延々流れている。
その画面にのど自慢でハイテンションで一喜一憂する参加者が映し出されている。
なんだか妙なアンバランス。

だけど、そのうちの一人がイエモンのJAMを歌い始める。
流れるテロップには邦人情報。
うーん、この絶妙なタイミング。
やるなNHK。

ちなみに今日は6回目の結婚記念日!!



2001年09月15日(土) テロの影響2

最近うちの秀次が空を飛ぶ飛行機を見る度に「バーン、バーン」というようになった。

なんだかせつない・・・



2001年09月14日(金) 台本選び

現在次回公演の台本選びの真っ最中。
といいながらうちの劇団の演出は立候補制で複数出た場合は話し合いか投票になるので、確定してるわけじゃないけど一応準備のために。

いまんとここれかな、なんてのはあるんだけど今実は迷いまくり。
あのテロ事件の影響が実は大きい。
わかりやすさわかりにくさの程度とか、そもそも持ってるテーマやなんかをあの事件がいっぺんに吹き飛ばしてくれた。
いや、価値観にずれを生じさせたといえばわかるのかな。

少なくともあの事件のせいで、更に日常が混乱してきているので、せめて非日常の世界では安心を求めたい人達が増えていくんだろうと思った。
個人が持っているテーマを深く追求して芝居が終わった後何日かしてからじわじわくる芝居は今回はまずいんだろうと。
芝意中も安心できて、最後も安心して見られる芝居をやった方がいいのかなと。
もちろんそれだけではつまらないので、自分自身のテーマにしたいことをエッセンスとしてふりかけできる程度の遊びのある台本を選びたいなと。

でも、公演は6ヶ月後なのでその時の世界はどう変わっているかわからない。

そして芝居が出来る状況なのかもわからない。



2001年09月13日(木) 反省会

昨夜は公演の反省会。

実際は7時30分から行われていたのだけど、オイラは職場の空調がトラブって1時間以上遅刻。
うーん、なんでこんな日に・・・・
そして反省会に参加。
通常代表である自分が議長をやったりするのが普通だけど、うちの劇団は副代表に運営なんかを任せてある。
というわけで、滞りなく(?)議事は進められていた。
オイラが来たときには個人の反省が3分の2程度終わっていて、なんだかしんみりした感じになっていた。
意外と自分自身のこというのみんな苦手なのね。
ま、オイラもそうなんだけど。

そういえば、旗揚げからしばらくの反省会ってこんな感じじゃなかったよなあ、なんて思い出したりもしていた。
旗揚げ当初は芝居づくり以前に集団づくりという作業があって、反省会の度にくだらないことを問題にしていることに関して腹立たしくて、オイラが怒鳴り散らしてたりしたなあ、なんてことを思い出したりした。
その時に比べれば集団としては大人になったし、役割もちゃんと担えるような集団になってきたなあと思った。
同時に旗揚げの時に思っていた。この先劇団は明日にでも解散してしまうんじゃないかという緊迫感というのは今は全くなくなって、芝居づくりそのものに集中できる環境ができてきたなあと感じている。

オイラは、こんな集団に参加できて幸せだと思っている。



2001年09月12日(水) テロの影響

テロの影響がまさか自分にまで降りかかってくるとは思わなかった。
HMVの通販で購入しようとした外タレのCDはなんと輸入盤。
そして現在HMVで在庫切れなんだそうな。
ということは・・・・
おっと、現在空港が閉鎖中のアメリカからは飛んでこないってことじゃないかあ!

ちくしょー、テロ集団め!

ま、こんなちっぽけな影響でまだよかったとは思うのだけど、しかし!
テロに対抗する方法はたった一つ。

テロが起こっても動揺せずに、日常生活を続けられる範囲で続けていくということ。
要はテロの影響があったように見せないこと。
社会を混乱させることがテロの第一次的な目的なのだから、今アメリカがやってるような各種イベントの中止は心情的には苦しいとは思うけど、テロと戦うためにも開催した方がいいとオイラは思う。
もちろん身の危険が予測される場合は別だけど。

んー、こんなこといってるから平和ボケだっていわれるのかなぁ。

そしてオイラは芝居を作り続けていく。



2001年09月11日(火) 映画を見てるみたいだ・・・だけど

今日は珍しく真面目にNHKニュースを見ていた。
したらばニューヨークから生中継の映像に度胆を抜いた。

炎上している世界貿易センタービルに2機目の旅客機が激突、炎上のまさにその瞬間だった。
そして、約2時間後に崩落。

何だか映画を見てるみたいだ。
もちろんとても不謹慎だとは分かってる。
分かってるけど、ことの事態がでかすぎて想像力を超えてしまっているのである。
激突した旅客機はB767だからいっぱいお客さんがのっていると200人近くの人が乗っていることになる。
そして、110階立ての約50000人が働くビルに激突!

現実味がない数字だけの世界。
想像が出来ない、いや、もし想像できてしまうときっと気が狂ってしまうんだろうなあ、怖すぎて。

で、他にも同時多発テロ。
人がやる気になればなんだってできるという悪い見本だなあ、こりゃ。
やるんだったら問題の当事者どうしやって欲しいぞ。

お願いだから第三者を巻き添えにしないで欲しい。



2001年09月10日(月) 台風来るなぁぁぁぁぁ2

今日は緊張の日々。

きそうでこない台風15号。
来るぞ来るぞと思わせといて、陸に上がる直前にスピード落として、更に思いっきりまがっていってしまった。

来るならこい!
でも、二度と来るな!

そんな感じ。



2001年09月09日(日) 台風くるなぁぁぁぁ!

台風来るなああああああああああーっ!!!!

このままだとまた休日に仕事になってしまう・・・・



2001年09月08日(土) 続けていくことと続いていくこと

劇団をやっていて思うことは、「続けていくこと」と「続いていくこと」は違うんだなあ思う。
もちろん両方とも芝居をやっていきたいと思う気持ちがあるから成立することではあると思うんだけど。

だけど、続けていくことは、続けていくことそれ自体が目的なんだと思う。
そして、芝居をやりたいと思う気持ちが長く続いた結果が続いていくことなんだと思う。

できれば後者でありたいと思う。

劇団はもう6年も続いているけど、オイラは決して「芝居が好き」だからやっているわけではない。
ましてや仲間と一緒にいたいというそれだけの気持ちでやっているわけではない。
自分の自己表現の一つの選択肢がたまたま芝居で、たまたま「好きな芝居」ができるから劇団に所属している、というのが正確な言い方だろうか。

だから、やってる芝居が「好きな芝居」でなくなった瞬間、オイラは劇団にいる理由がなくなってしまう。
裏を返せば、今までは奇跡的に「好きな芝居」を続けていくことができている。

続けていく劇団ではなく、続いていく劇団でありたいと思う。



2001年09月07日(金) 女心

前回の芝居を終えて、いろんな意味で女心がわからんなあと思っていたところで、たまたま芝居のビデオを見ているときに、ふと思ったことがあった。

蜷川演出の「パンドラの鐘」という芝居。
勝村政信扮するミズヲが大竹しのぶ扮するヒメジョの胸を鷲掴みにした瞬間、ヒメジョはミズヲに今まで感じたことのなかった得も言われぬ気持ちがわき上がってきて、そこから恋心が芽生えるといった場面。
もともと皇族の家系のヒメジョは周りにふしだらなやつがいない純粋培養のお嬢様だった。
そんなお嬢様が公衆の面前で乞食のミズヲに胸を鷲掴みにされる。
今までされたことのない様なワイルドな感じに動揺と恥ずかしさと、そして思いをストレートに表現されたそのことでヒメジョはミズヲが特別な存在にかわってくきっかけになる。

その時、もちろん大竹しのぶの芝居がすばらしいからそこまでわかったのだけど、こういう発想はオイラの中にはないなあと感じた。
演出しながら女心の表現はやっぱり苦手だなあと思っていたところに、こんなすごいの見せられると、改めてそれで飯を食ってる人達の台本を読むときの想像力のすごさに驚かされてしまうし、人生経験まだまだたりんなあと思わされてしまう。

台本を文字通りの意味だけで限定的にとらえてしまうと決してなしえなかった表現なんだろうなあ。
ここが芝居のおもしろいとこであるし、難しいとこだと思う。

そして、オイラはやっぱり女心はわからない。



2001年09月06日(木) わかるけどわからないこと

そいえば、昨日のゲートボールのおじいさん、おばあさんたち、先のない話をしてたかな。
「もうすぐお迎えがくる」とか、「わしゃ10年先はおらんで(いない)」とか。
うーん、しかも笑顔。
みんなとにかく笑顔。
医療関係者や葬儀屋さんが目の前の死に対して、だんだん精神的になれていくそれとは全く異質のものを感じた。
自分の死に対してどうしてあんな風に達観できるんだろう。
覚悟を決めたっていうほど気合いが入っているわけでもなく、悟りも開いたというほど仙人ぽくもなく。

何となく年とると自分もああなっていくんだろうなあ、と想像はできるけど、心の中まではわからない。
死んでしまうことが怖くて怖くてたまらないオイラには、わかるけどわからないところだなあ。



2001年09月05日(水) 激動の一日

今日は朝から大忙し。
6時30分にゲートボールのおじいちゃんおばあちゃんを迎えに行って、40劼曚瀕イ譴芯まで引率。
そして大会におつき合いして、帰ってきてから芝居本番のためお休みをとった分の仕事をして、夜は9時まで会議。
そして、9時からちょびっと飲み会。
かえったのが午前2時頃(どこがちょびっとじゃい!)
激動の一日だった、と同時にゲートボール大会につきあってる最中は何するわけでもなく、試合が終わるのをボーっと見ているだけなので、それでは時間がもったいないので、次回作の候補になりそうな台本を車の中で斜め読み。
3時間あまりで4本くらいの台本を読む。
オーこれはいいではないかという台本に巡り会う。
しかし、今の役者ではちょいと駒不足なところも存在したりして。
うーむ、悩むところ。



2001年09月04日(火) まったりした一日

昨日までの怒濤の日々で、昨日寝たのが午後9時頃。
そして、今日目が開いたのが午前9時頃。
しかし、具体的に二本の足で立ち上がったのが午後1時頃。

とにかくまったりした一日を送りました。
子どもたちとごろごろしながら、次回の芝居に使えそうな台本のビデオを見たり、半分しか回らない頭で今回の反省点を考えたり、これから忙しくなる仕事のことを考えたりと。

でも、頭がからだの一番高いところにくることはほとんどない一日をすごしています。

また明日から厳しい現実に立ち向かって行かなくては!



2001年09月03日(月) Be Here Now打ち上げ&片づけ

昨日はバラシ(片づけ)が済んでいつもの居酒屋で打ち上がって、更にうちの劇団の恒例なんですが、近くの公共施設で打ち上げの続きを泊まりで行うのです。

これは、旗揚げ当初打ち上がってから、へべれけになった劇団員をそのまま家に帰すのは危険なのでまずいということから泊まりの打ち上げが行われるようになりました。
もちろん打ち上げですから、打ち上がって後の劇団員はいままで胸に秘めていたことを様々投げかけてきます。
オイラ自身は結婚して子どもができて、それでもなおかつ仲間同士で泊まりにいけるのを結構楽しみにしていたりするのです。
そして、いろいろなことを投げかけられたりします。
人間関係の話、芝居の演出の話、役者の話、個人的なこと、様々な隠し事のない思いが一気に流れ出してきます。
でもそれはとても大事なことだと最近は思うようになりました。
以前はとても嫌で嫌でしかたなかったのですが、どこかでガス抜きをしないといけないなあと。
そして、いわれるオイラはどうするかといえば、劇団員の知らないところでこっそりとガス抜きをするのです。
それは、みんなに内緒で隠れてするという意味ではなく、可能な限り大ぴらに劇団員の意識しないような所で行います。
具体的にいうとここを読んでいるであろう劇団員にばれてしまうので、具体的には書かないことにします。

そして怒濤の打ち上げから一夜が明け、昨日の段階で運搬できなかったものを手分けして運搬する作業をして、バラシのすべてが終わりました。



2001年09月02日(日) Be Here Now二日目、そして千秋楽

今日は、本番二日目。

いつも思うけど、本番日は夢のように過ぎていく。
あっというまの二日間だった。

今日の芝居は、前半から順調に流れていく。
実力通りに芝居が展開されていく。
稽古でやってきたことをちゃんと体現できて、なおかつお客さんと呼吸ができかけているいい芝居・・・になるはずだった、しかし、普段ミスのでないところでミス。
オイラも音のミス。
と畳みかけるように中盤落っこちて、後半なんとか巻き返す。

様々な反省点と、次への課題を残していった芝居だったように思う。

アンケートには様々なことが書いてあります。
うれしいことも悲しいことも、胸えぐられるようなことも。
今回は比較的胸えぐられることの多かったアンケートでした。

でも、こんなアンケートはとてもオイラたちにこれから進むべき道を教えてくれるようなアンケートでいろいろ書いてもらえるのはむしろありがたいと思うのです。
反対にいわれなくなったらおしまいなんだろうな。

そしてオイラは考えるのです。
劇団がもっと魅力的にみえる方法はなんだろうか、お客さんがもっと楽しんでくれる方法ははんだろうかと。



2001年09月01日(土) Be Here Now本番一日目

今日はついに本番一日目。

前日の仕込みの残りを仕上げて舞台完成。
照明、音響のレベル合わせ、きっかけの打ち合わせをして、ゲネプロ(本番通りの通し稽古)して、後は本番を迎えるだけに!

待っていろよ!お客さん。
絶対楽しい芝居になるぜ!

・・・というはずだったけど、うーん、難しいもんだ、本番は。
なかなかエンジンがかからない。
普段通りのことがなかなかできない。
滑るギャグ、悪い滑舌、堅い動き。
音響宅のまえで何度も天を仰ぐ。

でも、アンケートだけ見るとなかなか好評。
こんな時お客さんにとても助けられた気がする。

そして明日こそは!


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