おおみち礼治のてくてく日記
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2008年11月21日(金) 身分の違い

【ロイター】インドの少年、身分違う少女にラブレター書き殺害される
http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-35022320081120

> ヒンドゥー教の展開の中で、カーストの重要性が強く指摘される。
(Wikipediaより:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88

 やはり根幹に宗教がある。
 宗教と真理とは何の関係もない。
 人間本来の自由自在性を邪魔し、人間を分類・分断して交流を阻み、戦争の原因となる。
 宗教とは悪である。

 日本では、わりかし宗教に寛容だが、海外では宗教(教派)が違うと、ほとんど交流が出来ないそうだ。宗教者同士が殴り合いのケンカとか、たまにニュースがありますね。

 寛容すぎて、なんでもあり(=デタラメ)でも困る。
 ダメなものはダメだし、違うものは違う。
 真理、といってもわからないから、自分の良心に沿っていくしかない。しかし、良心といっても、人によって細かいところで異なるから、自分と違う人がいることは分かっておかなくては、またケンカになる。

 人間は人間を殺してはいけない。
 こんなにひどいことをするヤツは殺してしまえ、という人は、条件によっては殺してもいいといっているに等しい。つまり、この事件の当事者と同レベルであることを指摘したい。

 人間は人間を殺してはいけない。
 どのような背景があろうとも、それが最優先事項だと思います。


2008年11月19日(水) 想いは成る

【時事通信社】刺された傷跡6カ所前後=計画・執拗性が浮上−元厚生次官宅事件・警察当局
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008111900049

 想いは成る。
 よく、成功本(?)にそのようなことが書いてある。まず、想いというものがあり、その力、想いの力によって物事が起きる(現象化する)のである。

 夢に対する想いだけではない。
 ネガティブな想いもやっぱり成る。

 それがわかっていれば、今回の事件は、「さもあらん」というだけだ。

 報道される事柄は全国のたくさんの人が見て、たくさんの想いが発せられる。あの野郎、この野郎というネガティブな想いは非常に強く、量的にも質的にも(想いの力は)大きくふくらんで実現を早める。

 一度や二度は、厚労省の役人はとんでもない連中だと憤ったことありますよね。
 だから、自分は関係ないといえない。

 自分に目を向けたとき、いままで垂れ流してきた想いの総決算が現在を作っているといえるのですから、変な想いは出さない方いいですね。でも、さんざん想ってきたし、周りを見ても――表面に現れた事象を善悪や好悪の観念でぶった切り、平気でひどいこと(不調和なこと)を言う(想う)人であふれています。いや、確かにひどい事象かもしれませんが、そこをとらえても仕方がない。それこそ、そうなったということはそういう想いを出していたということですね。自分に返すべき。自分が原因なら自分のあり方によってどうにでもなるわけです。

 家庭で起きることは家庭(の中の人の想い)でのこと、会社で起きることは会社でのこと、日本で起きることは、日本人でのこと。……どういう未来が待っているかわかりますね。

 では、いい想いを出せばいいのかということになりますが、それは左右に過ぎないので、しばらくしたらまた悪い想いにふり戻されるだけです。繰り返していても仕方がない。

 だから、想わないことですね。
 変な想いを出さない。


2008年11月17日(月) 定額給付金

 わたしは身体障害者である。日本の企業は障害者の雇用に興味がないので、ネットを利用して個人で仕事をしている。収入は、ほんのお小遣い程度。それはともかく、2兆円。たとえば、その何十分の1でもいいから、障害があっても普通に働ける環境、整えられないものでしょうか。働ければ後は自分でやる。

 1万2千円、生活費に充当させて終わりですよねえ。なにひとつ変化も進歩もありませんよねえ。いや、使う人次第かもしれませんが。1万2千円で何が出来るだろう? いや、瞬間的には助かりますよ。でも、これって政策といえるレベルのものなんでしょうか?

 誰か教えて。


2008年11月04日(火) お前らの作品は所詮コピーだ

■「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0810/31/news118.html

 そう思う。

 ぜんぜんニュースとは関係ないのだが、ついこの間、中学生の頃から知っている人が、某雑誌で連載しているのを発見して驚いた。顔写真も載っており、知っている当時と全く印象が変わって有能な若手起業家然としていてこれも驚いた。

 すごいなあ、と思ったわけだが、ふと気が付いた。
 オレは誰かの真似をしたり追随してはいけない。彼のような大きなことはできないが、オレはオレのことをしていくしかない。

 オレは、何かにおいて一時代を作ってやろうなどという気合いというか、気持ちも体力も持ち合わせてはいない。なのに、あれがいいのだと、あのようになりたいと何者かにあこがれて、何者かの真似をしてもそれは人生間違うだろう。

 オレはオレでしかない。
 そこはよく突き詰めて、こつこつと真摯に行っていけばいいのだと思った。


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