あなたと初めて逢った6月
あなたは優しく微笑みながら 私のことを 『紫陽花の天使』 と呼びました
あれから どれだけ月日が流れたでしょう
私は今でも あなたにとって 『紫陽花の天使』のままですか
あのころの私は あなたの愛も 私の愛も気づかずに 無邪気に微笑んでいました
でも あなたの深い愛を知ってから 私の幼い愛に気づいてから 私は 梅雨に咲く紫陽花になりました
毎日 涙の雨を流し 毎日 あなたの愛を求め 花の色を 喜びと悲しみに染め替えていました
あのころの私の心は 天使の白い羽をまとって 彼方に飛んでいきました
だから もう私は 『紫陽花の天使』では ないかもしれませんね
でも 今でも あのころの 私の心を思い出すと 切なくて 涙の雨を流す紫陽花になります
「今から行くからね」 朝早く 母から電話がかかる 病気の私を 心配しているのだ
「来なくて良いよ」 私がそう言っても 母は来ると言ったら 必ず来る
私に少し 強情なところがあるとしたら それは 母親に似たのかもしれない
暑い日であろうと 寒い日であろうと 40分間歩きとおして 私のマンションまでやってくる
前は 私の好物を買ってやってきた 今は 自分の好物を買ってやってくる
来てくれた母のために 私はベッドから起き出して コーヒーをつくり 朝食になりそうなものを差し出す
母は ここに来たいのだ だから ここで しばらく休んでいけば良い
点滴を受けに行った帰り道 一人分のお弁当を買って帰る
母は 美味しそうに食べながら 「けいこちゃんは どうして食べんの?」と聞く 「私はおかゆしか 食べられんのよ」 と笑って答える
母がいると 忙しくなるけど 母がいると 心があったかくなる
まるで内蔵を ミキサーにかけられたかのような 激しい痛みと吐き気が 襲ってくる 汗は 頭の先から足の先まで一気に吹き出し 私は その場に崩れ落ちる
痛みが去ってくれるのを ひたすら待つ
もはや 私を救ってくれるのは 医院しかないと 気づき よろけるように 医院に行き よろけるように 自宅に戻る
優しい人の胸に すがりつくかのように ベッドに倒れ込む
ベッドは私の身体を包み込んで 深く沈み 健康なときには意識しない 自分の重みを知る
優しい人は 私の病を知らない 優しい声を聞きたい 電話をしようか
携帯電話に伸ばしかけた手は 方向を変え 吹き出る汗を拭うための タオルを掴んだ
彼は「遠く」から帰ってきて また「遠く」へと戻っていく
彼の帰る場所はここではなくて 「遠く」だ 私の帰る場所は「遠く」ではなくて ここだ
私の帰る場所 一人で眠る場所
前は 広すぎると思っていたが 今は ちょうどいい大きさだ
彼がまた 「遠く」へ帰った日 私は ちょっぴりセンチメンタルになる
母が畳んでくれた洗濯物
綺麗に行儀良くまとまって 洗濯籠の中に収められていた
年齢相応よりも 物忘れの度がかなり進んでいるとの 医者の言葉に
やはりそうなのかという思いと そうであって欲しくないとの思いとが 胸の中を交差し 目の前に座る母を見つめる
最近は 母の顔つきも少し変わってきたが それでも 昔の優しい笑顔は決して忘れることはできない
いつの日か 私たちのことも分からなくなる日が 来るのだろうか
そのとき私は 母とどう向き合えばよいのだろうか
きれいに畳まれた洗濯物を見ていると 胸がいっぱいになり 涙がにじむ
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