ヤグネットの毎日
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2002年11月30日(土) 生まれてはじめてパーマをあてる

生協の共同購入の注文をインターネットでするようになった。便利になっていいのだが、やはりコンピュータ相手の作業で、トラブルがついてまわる。とくに深夜や早朝に申し込みを打ち込もうと思うと、サーバーがパンク状態という信号が送られてくる。それで、「あとでやろう」と思っているうちに期日と時間をオーバーしてしまうことがしばしばで、そのつど妻に怒られるのがお決まりだった。
 今朝も同じパターン。注文の打ち込みを忘れて仕事に出てしまい、仕事の途中で気づいた。申込書を家においてきているのでどうしようもない。取急ぎ、事業所へ連絡をして正午まで待ってもらうことにした。
 会議が終わって、家に飛んで帰ったのが午後12時15分。そこから電話注文をしてなんとか滑り込ませもらった。危ないところだった。
 
昨日も書いたが、午後からは理髪店にいって、生まれて初めてパーマをかけた。
よく女性が、たまごの殻を半分にしたようなものを頭からスッポリして週刊誌を読む姿をみていたが、あのポーズを生まれてはじめてとったのだ。
 終わって、眼鏡をかけてみたらびっくり!とてもカッコよく、仕上げてくれたのでとてもうれしくなってしまった。
 「cutsalon uno」はホームページも開いているので、ぜひ一度訪問してほしい。URLは以下のとおり。

 http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=hairuno

 夜、保育園保護者会の会議があり、妻が仕事で遅くなるので息子をつれて行った。はじめて息子をみる人もいて、「かわいい」という声があがる一方、僕の頭をみて「近所のおばちゃんみたい」という人もあり。愛嬌があるという意味かもしれないし、かわいいという意味かもしれない、と自分で勝手に都合良く解釈している。


2002年11月29日(金) へアースタイル変えてみよう

 午前中は、12月議会にむけての議会運営委員会。12月5日が開会日だ。詳しい日程はホームページにアップしメルマガでも流すので見ていただきたい。
 乳幼児医療費の無料制度の拡充を求める請願は、僕が主旨説明をさせていただくことになった。全会派の議員さんが紹介議員になっているもとで恐縮するばかりで、身にあまる光栄である。少しばかり運動にかかわらせていただいた者として本当にうれしい。推薦をしていただいた議員のみなさんに心から感謝したい。
 午後からは、断続的に議員団の会議。12月議会の対応などを協議した。

 もう散髪に行かなければならない時期。お世話になっている理髪店の「UNO」さんに飛び込む。
 すると、パーマをあてて髪の毛がふわっとするようにしてはどうか?と提案をうけた。くせのない毛でストレートヘア−の僕は、すぐ髪の毛がぺちゃんこになってしまうのだ。パーマをあてるとなると時間がかかるので、明日の午後あらためてお邪魔することにした。
 さてさてどんなへアースタイルになるか?乞う御期待!


2002年11月28日(木) 乳幼児医療費請願 続報

終日、議員団室で12月議会への対応などで会議や作業。乳幼児医療費の就学前までの無料化を求める請願は紹介議員に7つのすべての会派が名をつらねるという、画期的な動きとなった。
会派に属さない本城隆志議員もネットのメンバーの話を熱心に聞いていただいた、とのことだ。
つまり、すべての議会関係者が請願採択に前向きということである。城陽市議会としての良識が存分に発揮された格好である。率直に敬意を表したい。
 これから、委員会審査や本会議審査に入るわけだが、問題は、行政がこの市民の声を受けて、請願項目を具体化するか否かである。厳しくチェックをしていく必要がありそうだ。

 メルマガ95号でこの件を紹介したら、大学時代からの友人がメールを送ってくれた。

その中で、10月実施の健保法等の「改正」のなかで、文字どおりの改正だったのが、3歳未満の子どもの一部負担金が3割から2割に引き下げられたことにふれて、「市の予算レベルでの試算は、このことを反映した数字でしょうか?」という問い合わせがあった。

 城陽市の場合、この2割負担への引き下げによって、浮いてくる予算額は1050万円である。1歳の引き下げに約250〜260万円。仮に入院だけでも就学前まで無料化の対象を引き上げても、まだおつりがくる勘定だ。もちろん、経年的にかかってくるわけだが、いまの財政規模からいって、こうした固定的経費をねん出するだけの余裕がないわけでは、決してない。肝心なのは、どちらのほうを向いた行政をしているのか、ということだ。
 大型プロジェクトで建設優先か、福祉への思いきった予算配分への施策転換かーーこの問題こそが問われているのである。友人からのメールは、ご本人への了解を得てメルマガで紹介したいと思う。


2002年11月27日(水) 乳幼児医療請願8500署名とともに提出

城陽市に乳幼児医療費の無料制度を小学校就学前まで求めるネットワーク(広瀬志津乃代表)は、十一月二十六日、小学校就学前まで医療費を無料にすることを求める請願書を8500筆を超す署名とともに、城陽市議会に提出した。同ネットワークでは、議会の傍聴をはじめさらに署名を広げて一万筆をめざして引き続き取り組みをすすめる計画だ。日本共産党議員団だけではなく、他会派の議員も紹介議員に名を連ねている。僕も、乳幼児ネットの会議にことあるごとに参加し、ときには行動を組織し、署名行動もくまの気ぐるみ姿で参加したりするなど、一貫してかかわってきたこともあり、感慨ひとしおである。運動の大きな成果だろう。

 同ネットワークはこの間、市内の医院をはじめ公立、民間を問わず保育園、幼稚園を回ったり、スーパー前宣伝などを重ねて署名を広げてきた。
 署名提出後、記者クラブで記者会見を予定していたが、仲介役の僕のミスで記者発表は翌日に行うことになった。(記者発表の日時の記入を間違えていた!)
 小さな子どもをもつ母親のナマの声を聞いてほしいと、子どもさんを連れて参加してくれたみなさんには、本当に申し訳ないことをした。
 
 「しんぶん赤旗」と「京都民報」に通信記事を送りたいので、少し取材をさせてください、と頼むとみなさん快諾をしてくれたので、市役所のすぐ前にある喫茶店「リチャード」でお話を聞かせていただいた。
 この話がとても面白かった。僕の質問は、主に2点だった。
 一つは「城陽のまちは子育て世代にとっては住みやすいまちですか?」もう一つは、乳幼児医療費の無料化拡充を望む声についてである。
 二人の若いお母さんからは、興味津々の話しがポンポン飛び出した。
 2歳になる子をもつお母さん(30)は、一つめの質問には、「保育所をもっと増やしてほしい」とズバリ。来年から働きに出たいので、保育所に入れたいと思うが、行かせたい保育園に入れるかどうかもわからない、そんなのはおかしい、というのだ。また、乳幼児医療費の拡充についても「発熱などで子どもが三度も入退院をくり返しました。経済的な負担を心配せずにお医者さんに見てもらえるのは本当にありがたいこと。お隣りの京田辺市で実施しているのだから、ぜひ城陽でも」と話してくれた。

 また、もうすぐ1歳になるお子さんをもつお母さん(27)も、「まちのあちこちをみて、子どもを連れて歩きづらいことを実感します。段差が多かったり、歩道橋しかなくて横断歩道がなかったり。ベビーカーを押しながら安心して歩けるような道路にしてほしい。」とのこと。まったくそのとおりの話しである。
 さらに、「経済的余裕は精神的余裕を生みます。夫が不況のあおりで収入カットとなった。暮らしていけるのかどうかは、切実な問題」とも話してくれた。
 
 話をすすめるなかで、みなさんから「どれくらいのお金があれば、乳幼児医療費の無料化を就学前まで拡充できるのか?」との質問が出たので、僕は、「入院だけなら、1000万円から2000万円の間。通院もふくめてなら、1億円ぐらいでできます。」と答えた。
 「子どもたちのために、なんとか予算をつけることはできないのですか?」というので、僕は、まったく計画が破綻している木津川右岸運動公園に1時間に12000人もの人が歩いていくための22、5メートルの道路=「長池駅スタジアム公園線」に約30億円もの税金がこれから借金でつくろうとしていること。どんな公園ができるのもわからないのに道路だけはせっせとつくるなどという、雲をつかむような話しにお金を投資するより、人間の命を守り育てることにこそ税金を使うべきだ、と話して、その気になれば実施は可能だ、と力説した。

 話題は政治家の資質や行政のしくみ、など多岐にわたりさながらミニトーク集会のようになってしまった。しかし、とても有意義な時間だった。こんな催しを網の目のように、町中でできたらいいのにな、と考えた。


2002年11月26日(火) 言葉に心を


 午前中、地元党支部の方と地域要求を住民参加で政策化、運動化していくための組織の立ち上げについて相談。いま全国で従来型の公共事業から、ソフト重視で市民がボランティアで事業に参加するユニークな公共事業が広がっている。従来型の土木偏重、ハコモノ重視への大型の公共事業への真摯な反省のうえに、個々の事業がもたらす経済効果なども住民に十分説明をしてきめ細やかな公共事業をすすめるならば、雇用確保にも地域経済の活性化にもむすびつくだろう。城陽のまちで何ができるか?僕なりに今真剣に考えている。

 よく演説で、「深刻な不況で市民の暮らしは大変」というフレーズを使う。いま必要なのは、この不況で苦しめられている人たちの思い、声なき声にどれだけ心をよせ、「ともに政治を変えよう」と確信を持って訴えきれるか、だと思う。
 日に日に大きくなるわが息子の笑顔みながら、自分の生い立ちをふりかえるときが多くなった。自分のこれまでの人生で何を「こだわり」続けているのか。
 
 僕の父は、地方銀行のサラリーマンだったが、僕まだ小学校にあがる前、友人の借金の保証人となり、実印を貸してしまった。その人は借金が返せずに失踪し、父親が借金を背負うことになった。あまり不自由を感じなかった生活が一変した。
 サラ金からの電話攻勢がつづき、父親は借金の返済に苦しみ、銀行もやめざるを得なかった。父と母の喧嘩が多くなり、生まれ育った家も抵当に入り、家族はバラバラになった。
 大学時代のことだった。兄から「親父の借金絡みで家が壊されることになった。」と電話が入った。
 二階の階段をあがったところにつけた柱の傷。兄たちに背の高さをはかってもらったときのもの。卒業アルバムなどもまともに整理する時間もないまま、ブルト−ザ−は僕の思い出をふみつぶしていった。
 「サラ金地獄」という言葉がある。返せない状況をつくり出してもうけるのがサラ金。このサラ金に資金を提供しているのも、大銀行だ。もうけ第一主義のルールなき資本主義のなかでともすれば個人の生活もズタズタにされる危険性とつねに背中あわせにさせられている。人を幸福にするはずのお金がなぜ私たちの家族を苦しめるのかーーこのことで僕は、とても悩んだ。
 個人の責任もあるかもしれないが、もうけ第一ではなく人々のくらし、家族のだんらん、そういうことが当たり前のように営めるような世の中をつくろう、そのためにも社会のしくみを変える必要がある、政治を変えよう、とよびかけてくれたのが、日本共産党の人たちだった。
 小泉内閣がすすめる構造改革は、不良債権の最終処理で100万人を超す失業者を生み出すものだ。サラ金ではなく、ふつうに銀行からお金を借りていても、返す見込みがないと判断されれば、倒産に追い込まれる。一口に100万人の失業といっても、ひとりひとりに守るべき家族がいる。そういう人たちに痛みを平気でおしつけるーーこれは、政治がやるべきことではない。
 お金にルーズとか、家族より自分の楽しみを優先するという個人の性向を問題にするのは大切なことだ。だが、それも社会から切り離されたものではなく、人間性を歪めるような経済のしくみや社会のあり方を変えて行くなかでこそ、個人の不十分さというものもただされていくものではないだろうか。
 政治は何よりも人間が自らの力で豊かに成長するための条件を整えるためにこそある。個人の力では解決できない課題に全力でとりくむことこそ、政治の役割ではないだろうか。このことを自らの人生を通じて世の中に示していきたいーーこれが、僕の「こだわり」である。
 もちろん、その方法は議員といういまのあり方がふさわしいのか、それ以外の道もあるだろう。だが、「自分の幸せだけではく周りの人の幸せを実現したい」というこの根っこだけは、変わることはないだろう。いや、絶対に変えてはならないのだ。そのことを伝えるためにも、もっと言葉に心を込めたい。人の心に響くことばを探したい。
 
 午後は、溜まりにたまったデスクワークをこなす。夕方は、息子を迎えにいく直前から急いでコーンシチューをつくる。メークインはグツグツ煮ている間に、トロっと溶けてしまうことがわかった。
 
 


2002年11月25日(月) 終日、会議


終日、京都市内で第62回京都府党会議に出席。帰りアバンティの本屋に立ち寄り、有田芳生さんの「『コメント力』を鍛える」(NHK出版)と東京新聞取材班の「破綻国家の内幕」(角川書店)を購入する。
 有田芳生さんは、オウム真理教や統一教会問題などで精力的に執筆活動をされてきたジャーナリスト。日本共産党との間にはいろいろあるが、「コメント力」という言葉にひかれた。一期一会の人との短い対面で、自分の考えや相手の思いを的確に述べ、聞き出す。いまの僕にとって大切な力だと思うからだ。この本には、そのヒントが隠されているように思えてすっと手がのびた。
 「破綻国家の内幕」は、この間僕が問題意識を持ち続けている利権政治がテーマ。「利権によって公共事業が歪められている」実態を克明に告発している本であることが目次をめくるとわかる。
 なぜ、明らかにムダだと思われる公共工事がそれでも淡々とすすむのか?その背景には、そうすることで懐がうるおう業者や人間がいるからだ。そこにメスを入れなければ、借金財政の原因も改善の糸口も見えてこない。


2002年11月24日(日) 久し振りの子守り

午前中は党後援会が取り組んでいる「有田みかん」の販売で注文していただいたお宅を訪問。久し振りに訪問したおうちでは激励もされ、元気になった。お昼は市制30周年記念式典に参加するために訪日しているアメリカバンクーバー市の訪問団のみなさんと昼食会。 いつも思うことだが、外国語がしゃべれるようになりたい。 午後は妻が用事で外出したので久し振りに子守り。怪獣ごっこ。キャッチボール。ふと空を見上げ、庭木を愛でる。気持ちにゆとりをもって暮らすことの大切さにあらためて気がついた。


2002年11月23日(土) 一週間をふりかえる

一週間も日記の更新を中断した。2001年度の決算特別委員会、保育園保護者会によるファミリーコンサートの準備に加え、来年の一斉地方選挙にむけた対応等があり、対応に精一杯だった。
 ここ1〜2週間の取り組みで主なものは、以下のとおりだ。「日記」のバックナンバーとして、該当する日に関連する内容をアップするので関心のある方はぜひのぞいてほしい。

 ●11月16日 終日、党洛南地区委員会の年に一度の定期大会に出席。来年のいっせい地方選挙に向けての方針などを確立。この会議で、今期も地区常任委員をつとめることになった。夜は、翌日のファミリーコンサートの準備。夜の風が体にしみる。

 ●11月17日 「みんなおいでよ 第1回ファミリーコンサート」開かれる。100名を超す親子が東部コミセンに集まり、ダンスや手遊び、たんぽぽ村音楽隊によるコンサートを楽しんだ。実行委員のスタッフのみなさん、本当にごくろうさま!(写真や参加者の感想などを紹介している。)

 ●11月18日 決算特別委員会の総括質疑と討論、採決を翌日に控え、党議員団としての対応協議。
  
 ●11月19日 決算特別委員会の総括質疑、採決。2001年度予算の成立は大西前市政だが、執行に責任をもつのは橋本市政。くらしに身近な施策の改善、充実には及び腰、他方大型プロジェクトの展開には積極姿勢の橋本市長の基本姿勢を厳しく批判する質疑と討論を行い、一般会計決算に反対を表明した。
 私の総括質疑と討論の大要は、メルマガでもご報告したい。

 ●11月20日 この間党議員団が行ってきた住民要求アンケートの第1次集約でパソコンに向かいデータ入力。不況を反映しての市民の生活の苦しさ、福祉やくらしの施策の充実をのぞむ声が大きいことがあらためて裏付けられる結果に。一日も早く結果を返せるように作業を急ぎたい。夕方ギリギリまでこの作業を行い、夜は、乳幼児医療ネットの会議に顔を出させていただく。午後11時18分、翌日予定している「柴ヶ原12号古墳裁判」の最高裁への要請行動に同行するため、深夜バスに乗り込む。車内は暖かかったが、椅子ではねられない。学生時代はパイプ椅子を並べて大学構内で泊まり込みをしたものだったが…。

 ●11月21日 朝から最高裁判所前で「柴ヶ原12号古墳裁判」の上告棄却の判断を急ぐべき、との宣伝と調査官への要請行動を実施。原告団のひとり山下正子さんは、15年もの間この裁判闘争を続けている。公共事業をめぐって市民の税金が適正に使われることなく、一部の悪徳業者の懐に入り、こともあろうに行政がそのことをチェックすることができなかった。いわば、行政が利権を見過ごしてきた事件。利権の温床となるムダな公共事業を見直そうという世論が全国に広がっているが、そのさきがけとなる取り組みがすでに、ここ城陽市で市民の手によって進められていたのである。同行記はメルマガでもご報告したい。

 ●11月22日 午前中は党会議。夕方、市制30周年記念式典に参加のため訪れた姉妹都市の韓国・慶山市訪問団を歓迎するセレモニーに出席。


2002年11月16日(土) 決算委 部局別審査おわる

 15日は、決算特別委員会の部局別審査最終日。上下水道関係、市長公室などの審査を行った。
 上下水道部審査で僕は、各家庭に排水設備の工事をするさいの融資あっせん制度の充実、改善を要望した。
下水道は面整備の工事を完了し供用開始となっても、各家庭とつながらなければ役立たない。下水道法では、供用開始後三年以内に各家庭は接続しなければならない、と定められているが「経済的理由」などから期限内の接続が困難な場合には、事実上猶予されている。高齢者の家庭などでは、接続工事で約100万円、その後下水道料金が上乗せされた高い水道料金の負担を考えると、接続に迷う方も多くいらっしゃる。
 そんな人たちのための融資あっせん制度なのだから、利用者の立場にたった改善を、と要望した。
 具体的には、現在の金利1%を無利子とすること、さらには1名必要な保証人制度をなくすことなどだ。
 行政は、金利については利用者に負担してもらうギリギリの線と引き下げを否定したが、保証人制度については今後も調査研究をすすめる、と答弁した。

 市長公室では、人口増対策、市町合併への対応、職員の超過勤務、年休の取得状況などについて質問。
 とくに、職員の超過勤務では、厚生労働省が示す基準である月360時間の残業を大幅にオーバーしている職員が多数おり、年休取得状況も年々低下していることなどから改善が急務であることを指摘した。
 仮に、超過勤務を解消し年休20日を完全消化すれば、新たに20人を超す新規職員を雇用することが可能となる。これだけ雇用対策が叫ばれている今日、市役所が率先して若い世代の新規雇用に力を入れるべきだ、と要望した。合併問題と人口増対策は別途、報告する。


2002年11月14日(木) 黒い雲、満天の星


 13日、決算委員会は教育委員会の審査。文化パルク城陽の管理に関して質問が集中した。文化パルクは、総事業費が約178億円。用地費等40億円を基金など一般財源からねん出し、135億円を起債事業として出発したものだ。畑中議員は、結局元利あわせると償還額はいくらになるのか?と質問。
 議会答弁では当初、数字が出ず昼食休憩後に資料がようやくだされた。その結果、総額で200億円を超す元利償還となる見通しが明らかになった。城陽市の一般会計が約230億円だから、一年分の一般会計予算に匹敵する「借金」をしたことになる。
 僕は質問で、これらの償還は借り換えや繰り上げ償還などできないのか?とたたみかけたが、すでに高利のものは借り換え等を実施しており、繰り上げ償還もそのための財源確保が困難で現在の計画にそって返済する以外に方法ないことが明らかになった。
 これが身の丈を超える公共事業と言わずして、何と表現するのだろか?
 僕は、借金返しで工夫が困難ならば、施設の利用率を高めること、経費の節減につとめることが必要だとして、昨年も質したビデオ編集室が約300日の利用可能日数のうち、ひと桁しか利用がない現状を改善を求めた。

 夜、17日のファミリーコンサートの横幕に文字を入れる作業を保育園の廊下をかりて行った。
 先日も書いたが、たて看への文字書きでハケ使いには熟練しているつもりだったのでそんなに時間はかからないだろうとタカをくくっていたが、乾かすのに時間がかかってしまった。乾燥を待つ間、時々空を見上げる。半月と黒い雲。黒いというのは昼間なら白い雲がポッカリ浮かんでいるはずなのに、月あかりしかないので黒くみえるだけだ。
 もう少し東のほうへ目をむけると、満天の星。夜中に空を見上げる機会が少なかったので、新鮮な印象をうけた。


2002年11月11日(月) 横幕づくり

 ここ数日、日記の毎日更新が崩れている。きっかけは7日からはじまった決算特別委員会へ臨む準備がとても不足していて、その対応に追われたことだった。
 空いた日については、短くてもうめるので関心のある方は読んでほしい。

10日は午前中、寺田南小学校で開かれた「第12回福祉ふれあいまつり」に来賓として参加。年々参加団体もふえ、活気あふれるお祭りへと発展している。普段お世話になっているお知り合いの方へ何人か挨拶をさせてもらい、最後は精神障害者を抱える家族会「アルプス」の代表の方と活動の様子や行政への要望でお話をさせていただいた。午後からはステージであいさつも予定されている、という。精神障害者福祉の問題で何度か議会でも質問をさせていただいている僕にとっても、議員という立場からこの分野がさらに前進するよう努力したい。

午後からは、17日に予定されている「みんなおいでよ 第1回ファミリーコンサート」の準備。市内のある保育園のホールをお借りして、当日ステージに飾る横まくづくりをした。最近では、パソコンで大きな横断幕もつくれてしまうが、手作りにこだわること。子どもたちにカラーの水性絵の具で手形をおしてもらったり、絵を描いてもらったり。みるみるうちにカラフルな横幕ができあがる。妻と息子も参加させてもらったが、息子は広いホールで遊べておおはしゃぎだった。
 あとは、タイトル文字を書き込んで出来上がりである。当日までの夜、僕がハケをもってサラサラサラだ。

 看板づくりといえば、学生時代を思い出す。自治会活動に没頭していた僕は、ときどきの自治会の要求課題などを学生に知らせる、通称「たて看」づくりによく取り組んだものだった。ベニヤ板4枚をつなげて「1枚ばり」とよぶ。ストライキのよびかけなどをしたときなどは、「5枚ばり」などという超ビックな立て看を徹夜でつくったものだった。いまでは、懐かしい思い出だ。

 横まくづくりが終わってからは、お借りした保育園の保護者会の役員さんたちと懇談会。僕は、保育運動連絡会会長という立場で、いろいろお話を聞かせていただいた。
 保護者のみなさんは、こちらが頭が下がるくらい熱心に保育園の現在とこれからのことを考えていらっしゃる。それは、子どもたちが育ってきた保育園を少しでもよくしたい、あとに引き継ぎたいというとても尊く、前向きな思いからである。この熱い思いを絶対に生かさないといけない。
 この思いがあるかぎり、保育所を守り充実させる責任が行政にはあるのだ。世論と運動を広げる責任の重大さをあらためて認識させられた懇談会だった。
  
 


2002年11月10日(日) 「ぷちナショナリズム症候群」感想

 午後から、来年のいっせい地方選挙にむけての打ち合わせ会議があるので、午前中は、その会議への政策論戦問題での報告準備にあてる。夜は党議員団の来年度予算への要求項目についての打ち合わせ。
 そのあと、次の日に計画されている「横まくづくり」の仕込み作業。

 決算委員会とファミリーコンサートの準備で多忙になっている。多忙なことはまったく苦にならないのだが、ゆっくり本を読んだり息子に向き合う時間が少なくなるのが残念なのだ。本を読まない、読めないのはじっくり物事を考えることができなくなっている「黄色信号」なのだ。僕の場合。

 この前読みおえていた「ぷちナショナリズム症候群」香山リカ著(中公新書ラクレ)の感想を書いておく。

 積極的な愛国主義者でもないが、「ニッポン、好き」とためらないなく答える人たち、あるいは現象を「ぷちなしょなひとたち」、「ぷちなしょな風景」とよぶ。
 齋藤孝氏の「声に出して読む日本語」がブームになったが、戦時下の愛国詩朗読運動と同じではないか、と首をかしげる人がいる一方、若者の多くは、過去の歴史と「切り離し」て、スポーツ感覚で受け入れる。
 それは、小泉首相の息子である小泉孝太郎氏などが、あっさりと父親への尊敬と愛情を表明することに象徴されるような、「エデュプス神話の崩壊」ともあい通じるものがある。「父親のコネ」を利用することへの屈辱や父親への屈服など、みじんも感じさせず見事に「切り離し」がされている、という。
 ここには、社会の変化というよりも、「人間の心の仕組みの本質的変化」(著者)が潜んでいるのはないかーー著者は、問題を提起する。

 著者は第3章で、日本は「本当のことを言える国」か?と疑問を呈する。この章を読むと、この疑問は2種類に分かれているのではないか、と考えた。
 まず、著者は、精神科医でシンガーの北山修氏の著書を引用して、次のような論が展開する。
 日本人には、天皇という「母親的なもの」に対して、その保守的な秩序を破壊しようとするものの首をはねようとする、「番人役」としての警察権力=“見えないエデュプス”が存在する。「言いたいことをいうと、追放されたり、たてつけば殺されるかもしれない恐怖を常にもっている」(きたやまおさむ「みんなの深層心理」)からこそ、国民は、番人がみていないところでは、適当に遊んでもいざというときにあは、みんなで整列して右をむいてしまう。エデュプス的構造が厳として残っている。だから、日本は本当のことを言える国か?これが、一つだ。
 あれこれと思い悩むことをせずに、いまだけを楽しみながらこの屈託なくいきていくためには、「分裂と解離」は必須の武器かもしれないーー精神科医である著者は、少々専門的な用語でこう述べる。
 「分裂と解離」とは、こういうことだ。分裂とは、個人が感情状態を相反する二つの領域に明確に分断することで、葛藤やストレスに対処すること。解離とは、葛藤やストレスをふだんは統合されているはずの意識、記憶、自己同一性、環境についての知覚を分断、細分化することで、対処することだ。
 著者は、病理システムの一つとしてみられていたこれらの現象が、「社会のなかで大きな問題もなく暮らすふつうの若者にまで普遍的になりつつある」とみる。ちょっとした葛藤や面倒くさいことをさける時の手段として、若い人のあいだでふつうに使われている、というのだ。
 ここで、著者の不安が集約されて述べられる。

 「若い人があまりもあっさりと口にする『ニッポン大好き』との言葉を彼等の真意として鵜のみにしてよいのか?もしかしたら、それは彼等が本当に言いたいことではなく、『よい』と『悪い』に極端に分裂させられたうちのひとつ、あるいは解離してもともとの人格と無縁の《私》が語っているだけの意見ではないのか?」

 そして、第4章では現代日本においては、階層化が進行しており、それが「収入や入る学校といった現実の格差にとどまらず、人生に対する価値観や、イデオロギーの差さえ生み出す可能性がある」と著者は述べる。
 そして、「目の前の現実をそのまま価値判断なしに受け入れる」人間が相対的にハイクラスな階層に入る知識人や経済人の間にも、あるいはそれとはまったく対極に存在することになる「ロー階層」のなかにも増える傾向にあるのではということが述べられる。しかも、この二極化の傾向は、中間層をますますなくしていく。
 経済的に安定している人間は、ますます経済投資そのものを「楽しみ」、エリートであり続けるためにナショナリズムへの道を選択し、「ロー階層」は現実をありのままに受け入れる傾向を強め、無自覚のままナショナリズム」に流れ込む。
 いま、ひそかなブームとなっている「ニッポン文化」「和の文化」が、たんなる文化的な嗜好の範囲なのか、それとも社会全体で奥深くすすむナショナリズムへの入り口としての「ぷちナショナリズム」なのか。
 
 我々は、弱肉強食の「新自由主義」のイデオロギーが、ネオナショナリズムをあおることでますます自らの影響力を広げる危険性をもちあわせていることに、意識的、自覚的に批判の目を向けていくことが大切なのだろう。そんな感想を本書を読み終えて感じた。
 
 


2002年11月09日(土) 戦没者追悼式

 8日は、午前中党の会議。午後からは城陽市の戦没者追悼式に出席した。ここ数年毎年参加させていただいている戦没者追悼式で印象に残るのは、遺族代表の言葉である。
 今年は、昭和16年に結婚し子どもにも恵まれながら、東南アジア方面で夫を亡くされた方のあいさつがあった。胸に迫るのは、戦地の夫との手紙のやりとりが生々しく紹介され、当時の様子がモノクロではなく色彩が鮮やかな映画のように浮かんでくる。戦地の自然を愛で、元気に過ごす姿を克明に妻に書き綴る夫。そのときは、日々生きることに必死でその手紙を額面どおり受け取っていたが、日本に残した妻や子どもたちに心配かけまいと思う夫の気づかいや二度と逢うことができないかもしれないとの無念が込められていることに、あとから気づいたことが率直に述べられていた。どうしても涙なしには聞けない話だった。国家の暴走に翻弄され、命が家庭が犠牲にされる。あらためて戦争のおろかさに怒りがわく。
 
 夜は、地域の要求を運動化し実現させていくための住民組織立ち上げの会議に参加。その後、別の会議のはしごをした。


2002年11月08日(金) 決算委員会初日


 2001年度(平成13年度)の決算特別委員会がスタートした。初日は、現地視察と総務部、消防本部、寺田財産区の審査。現地視察は、古川小学校の大規模改修工事の結果(外壁塗装、図書室、トイレの改装)と今池幼稚園跡につくられた地域福祉支援センター、そして鴻ノ巣山運動公園の中につくられた「慶山の森」整備工事の結果を視察。
 古川小学校のトイレが車椅子でも入れるように改装されていること、地域福祉支援センターでは、障害者の生活支援センターとして、身体や知的だけではなく精神障害者の生活相談なども入ってきていることなどを聞かせていただいた。今後さらに機能の充実がのぞまれる。

 審査は実質午後からスタートした。総務部は、財政や契約、庁舎管理などを管轄している。消防本部とあわせて、僕が質問した関連で2点だけご報告したい。

 ◆財政見通しについて 
 僕は財政見通しについて、財政悪化の要因として行政側は人件費問題を強調するが、公債費の増大がもっとも大きな要因であり、そこへの根本的反省こそ必要であることを指摘した。そして、財政構造の改革という場合、個人市民税が増えるしくみづくりこそ大切ではないのか?と質問しその具体策を聞いた。
 これに対し、栗栖助役は財政構造改革のなかには、法人市民税が安定的に確保できるような企業誘致の積極的推進、個人市民税の増収のためには人口増対策が必要で、そのための用途地域の見直しなどをすすめる考えを示した。なお、増税による税収確保や大型プロジェクト等をすすめる財政力量は本市にはない旨の答弁もあった。

 ◆北消防署の建設について
 1999年に市議会議員選挙に立候補したさいの公約の一つが、東部地域に消防署を建設することであった。他の議員さんが聞いたので関連して質問した。説明によると平成17年度スタートめざし、消防職員の80人体制をめざし計画的に新規採用をすすめていること、用地については今年度中に選定をめざしている、とのことだった。僕は、用地選定について北部地域という考えには東部地域も含まれるのかを質したが、消防長によると北部のなかに東部は含めていないとのことだった。


2002年11月07日(木) 議員定数の削減を求める請願が趣旨採択!

 本日ひらかれた城陽市議会議会運営委員会で、自民党役員らから提出されていた「議員定数の削減を求める請願」が、自民、公明、民主などの賛成多数で、主旨採択された。ことは、行政をチェックし市民の声を行政に反映させる議会のあり方にかかわる重大問題。なのに、十分な審議をしないまま、採決を強行した。本当に許せない。
 請願は、「不況のもとで民間企業や行政がリストラや行財政改革をすすめているのに、議会だけが聖域であってはならない。だから議員削減で率先垂範せよ」というものだ。日本共産党の松永議員と私は、「行政が公正、適正な運営をしているのかチェックするのが議会、議員の役割。議員定数問題は、行革問題など効率性の観点のみではなく、議会の諸機能を十分に発揮しうる必要かつ十分な議員数であることが必要で、定数をどう定めるのかは、議会の諸機能をどう活性化させるのかを基本に考えるべきであり、削減には反対」と主張。
 城志会の吉野鴻議員も、「政務調査費、歳費、管外視察などを削るほうが行革につながる。削減は新人に門戸を閉ざすことになる」として反対を主張した。また、吉野議員は、「9月議会の請願審査で、歳費、政務調査費、旅費などの他市比較資料を求めていたのに、本日はその資料がない。行革は、議員削減だけではなく総合的な視点で取り組むべきなのに、資料がなければ検討できない。従って審議不十分」として、継続審査を主張した。
 一方、民主党系の緑の会、自民党市民クラブ、公明党、市民クラブ、ひびきの会は、「議員削減は社会の常識」「議員だけが聖域であってはならない」「市民の声にそった請願」「数が減っても民意の反映は十分可能」などとして、定数削減に賛成。
 
 議論の焦点は、十分な審議を尽くす立場から継続審査とすべきか、審議はつくされており採決に入るべきか、に移った。実は審議の冒頭で山崎委員長は、「十分な資料とは言えないが、審査をお願いしたい」と自ら、資料の不十分さを認めていたのです。なぜ、それをはずしたのか?の理由はなかった。委員長としては、万全の資料のうえに審査をお願いするのが、当然の態度ではないのか。しかも、委員のなかから、審議の前提となる資料がないので、継続して審議をしてほしいという声がでているのに、「審議は十分尽くされた」と言い放ち、自民党の安村議員からは、「継続審議も一つの意見、採決すべきも一つの意見。見解の相違があるなら、多数決で決めたらいい」などの発言まで出された。
 ことは、議員定数という地方自治の根幹にかかわる重大問題である。それを、異なる意見が存在し、審議がつくされていないので継続して審議したい、という声があるのを押しとどめるような議論が許されるのか?
 僕は、「十分な審議がつくされた、というのなら冒頭の『不十分な資料』との発言を撤回してほしい」と主張したが、山崎委員長は撤回しなかった。

 不十分な資料だが、不十分だと思うなら自分で調べておけ。多数が審議が尽くされたといっているのだから、採決で結論を出す」というのが、委員長以下、賛成の議員さんの態度のようだった。

 結局、継続審査を求める意見には、城志会の吉野議員と日本共産党の松永議員と私が賛成し、他の北尾、宇治、安村、鈴木議員が反対。
 主旨採択を求める意見には、他の北尾、宇治、安村、鈴木議員が賛成し、城志会の吉野議員と日本共産党の松永議員と私が反対。
 本採択ではなく、「主旨採択」なのか?のまともな説明はなかった。休憩中に、反対の立場の議員以外をまわって、「主旨採択…」と耳打ちしてまわる議員もあり、急いで打ち合わせをしたのかもしれない。
 舞台は12月議会の本会議に移される。未提出となっている資料がなぜ出されなかったのか?議員削減が議会活性化につながるのか?議員の数が少なくても、民意の反映に問題はないのか?さらに徹底して追及していく決意だ。
 なお、直前にお願いしたメルマガ読者のみなさんからのアンケートでは、次のような意見が寄せらたので紹介したい。
 「大西市長が助役なしだったものを、二人も助役が必要だという行政ベテラン市長がおかしい」(40代・男性)

 


2002年11月06日(水) 夜のぶらんこ

 いつも息子を保育園に迎えにいくのは、午後6時。もうどっぷりと日が暮れている。最近、決まって「ぶらんこして帰ろう」とせがむので、園庭のぶらんこを使ってぎっちらこっちら。
 昨日は、それでも飽き足らず、家に帰ってから近くの公園に足を運んでぶらんこをこぎ続けた。
 まだ集金が残っていたので、読者のお宅を訪問したかったのに…。そんなことを考えていたら、ついイラついて息子を叱ってしまった。すると、近所中に響きわたるほどの、泣き声。
 ごめんなさいね。子どもとつきあうときは、仕事のことを考えると失敗するね。

 6日が議会運営委員会。9月議会で継続審査となった議員定数削減問題を引き続いて審査する。僕たちは、議員削減より議会改革こそ優先させるべき。行政をチェックする議員の数を減らすことがいま必要なのか?を正面から問いかけていくつもりだ。
 
 夕方は、17日のファミリーコンサートの会場にいって、会館と打ち合わせ。僕は、こういう裏方のプロデュ−スの仕事が大好きなのだ、本当は。
 いろんな準備不足があらたにわかり、有意義だった。

 


2002年11月05日(火) 多忙な祝日

 多忙な祝日だった。午前中、乳幼児医療費の就学前までの無料化を求める署名を「乳幼児医療ネット」のみなさんが集めるので、宣伝で協力をさせていただいた。
 陽はあたたかいのに強風。空を見上げると雲がものすごい勢いで流れて行く。ビデオの早送りみたいだ。
 そのあと、新聞の集金でまだできていないところを回る。以前に、「少年少女合唱団」の活動について関心がある、という方のところで長い立ち話をする。トランプのゲームをしていた途中だったようで、子どもたちが「お母さんま〜だ?」の催促。ごめんね。
 話の中心は、こうだ。いま地元の小学校では、第1・第3土曜日に「ともだちランド」という子どもたちを対象にした学校開放事業を行っている。体育館やグランドを使って、三角木馬や和太鼓、囲碁・将棋などを楽しむという催しである。ここで、合唱サークルのようなものをやってみてはどうか?という話し。お母さんいわく、小学校で本格的に音楽、とくに合唱指導をしてくれる体制がなく、「歌って踊れるようになりたい」という子どもたちが多いのに、その願いが叶えられないとのことだ。
 いま活動休止状態になっている「少年少女合唱団」だが、自由参加の合唱サークルから再生をめざしてもよいかもしれない、と思った。お話をしたお母さんも、とてもエネルギッシュな方でこちらも元気をもらったような気分になった。明るい光がみえてきた思いだ。

 午後からは、息子の七五三の写真どり。僕自身は、六歳のときに七五三のお参りにいったときに神社で写してもらった写真が一枚だけあったと記憶している。いまは、もう手元にはない。だから、息子には思い出の写真をきちんと残しておいてあげたい。和装と洋装で撮影したが、これがまたかわいいのだ。(親ばか)
 夜は、決算委員会にむけてどうしても調べておきたいことがあり、関係者に集まってもらっての会議。いろんなことがわかって、充実した会議となった。

 「メールマガジンの楽しみ方」原田完著(岩波アクティブ新書)を読んだ。本屋でふと目に入ったのだが、自分が発行するメルマガがもうすぐ100号になるので、それを機に「どうしたら内容をもっと充実させられるだろうか」、とずっと考えていたのですがるような思いで購入したものだ。
 著者は、もともと出版社の編集の仕事に携わり、ご自身も文章を書くジャーナリスト。74歳にしてメルマガを創刊し、1800人を超える読者を持つ。
 読みすすめると、「目からウロコ」の話がいっぱいだ。たとえば、「読者の反響で元気をもらう」こと。
 僕も、メルマガを送信すると二回に一回ぐらいの割合で、読者から感想や関連したご意見のメールをいただく。だが、せっかくいただいたそのメールは、多くが僕の中にしまいこんだままだ。だが、著者の原田さんの場合は違う。寄せられた感想やご意見メールを次のメルマガの冒頭に、「読者の声」として紹介するわけだ。そうすると、読者は「自分の意見が掲載されている」と楽しみにして待ってくれるそうだ。読者との双方向のコミュニケーションが見事に成功している。
 また、いまの僕のメルマガは、「私はこう思います!」という僕自身の活動や考え、思いを伝えることに重点がおかれている。著者の原田さんの場合は違う。いわく「編集者はお助け役と心得よ」。その道のプロに依拠しながら、内容を豊かにするためには、情報を提供してくれる仲間を増やすことが大切だと、強調する。
 そうだ。メルマガとは、お金のかからない雑誌なのだ。週刊誌が最初から最後まで編集人の独演会で一方的な考えの押しつけでは、読まれないのも当たり前だ。
 読みすすめて驚いたのだが、著者は現在「多発性骨髄腫」という血液の癌とたたかいながらメルマガの発行を続けている。「おわりに」で著者は、本書をこう結ぶ。
 
 今後は、メルマガ『電子耕』で残る余生を若者と交流し、高齢者がいかに生きて行くことができるか、私は自分の経験を広く伝えたいと思います。そしてお互いに励ましあっていきましょう。 

 自分が生きる意味をしっかりとふまえ、覚悟を持って生きておられることに何よりも感動した。おすすめしたい一冊である。
 
 


2002年11月04日(月) 万葉の風にのせて


 3日は、産業まつり。朝からたくさんの家族連れが文化パルクを訪れた。僕が所属する男声コーラスグループ「ジョイナスグリー」もふれあいホールで開かれた「万葉の風にのせて」コンサートに出演、4曲ほど披露した。
 また、先日の日記にも書いたが、コンサートでは万葉集の中で城陽の地を詠んだ和歌六首に曲がつけられ、市内の合唱団による合同演奏ではじめて披露された。僕も、あまり練習できていなかったけれど、一緒に歌わせていただいた。「鷺坂」と「山城」という二つの曲だが、とても情緒のある曲で大好きになった。
 
山城の久世の社の草な手折りそ わが時と立ち栄ゆとも 草な手折りそ (七巻 一二八六)

 (山城の久世の社の草を手折らないでくれ、今こそわが時と盛んに繁っていてもその草を手折らないでくれ)

山城の久世の若子が欲しいといふわれ あふさわにわれを欲しという山城の久世 (十一巻 二三六二)

 (山城の久世の若者が欲しいというわたし。逢とすぐ軽率にもわたしを欲しいという山城の久世の若者)
 
 最初の句は、現代の環境問題にも通じるような歌だし、次の句は何とも艶のある話しではないか。曲は、いにしえの幻想的なイメージが広がり心が開放されて行くような不思議な歌である。
 いずれも毎日、通っている場所を歌ったもの。もっと、古代の城陽のまちを学んでみたい。

 ところで前半は、大学の先生による講演だったが、なんと予定の時間を30分もオーバー。好きなお話をたくさん聞けるという意味でお客さんにはラッキーだったかもしれないが、あとに出演を控えている合唱団のみなさんには、大変失礼な話しだ。依頼された時間で講演を組み立て、その時間で話をまとめることも講演者の技量の一つではないだろうか?
あとに出番を待つ合唱団のみなさんの精神的緊張を逆に高めてしまったことを思うと、残念でたまらない。
 
 


2002年11月03日(日) イラク攻撃反対の学習会

 アメリカによるイラク攻撃の危険性が高まるなか、「有事法制に反対する城陽ネットワーク」は十一月二日、学習会を開催した。講師の田中三郎さん(安保破棄・諸要求貫徹京都実行委員会事務局長)は、アメリカがイラクへの先制攻撃をねらう理由をアメリカ自身の世界戦略の歴史をひもときながら、わかりやすく解明。「自らの経済的権益確保のためなら、国連を無視してでも武力行使に訴えるアメリカの無法を許さず、平和秩序の確立を求める世論を広げよう」とよびかけた。
 また、政府が一部野党を取り込んで修正成立をねらう「有事法制」について田中氏は、「国民保護法もふくめ、政府・与党のねらいは武力攻撃される前から有事法制の発動を可能にするしくみづくりだ」と指摘。「思想・信条の違いをこえて、新しい共同の輪をさらに広げて、イラク攻撃反対、有事法制阻止の世論と運動を京都南部からも大きく広げましょう」と訴えた。
 参加者からは、「イラク攻撃と有事法制の策動が連動していることがよくわかった。憲法の精神に反し、国民の自由と権利を制限する危険な法案の中身を市民に知らせていきたい」などの感想が出された。
 ネットワーク事務局では、宣伝と署名行動を草の根から広げることをよびかけ、当面、十一月十七日に市内のスーパー前宣伝に取り組むことが提起され、確認された。

 午後、学習会に出ようとしたら、訃報のファックス。元城陽市議で自治功労者の小森光治さんが亡くなられた。77歳だった。時折、議会に顔を出されては、「しっかりせんかい!」と叱咤激励をしていただいていた。もっともっとたくさんのことを教えていただきたかったのに、残念だ。
 夜、小森さんのお通夜でお焼香させいただき、その足でジョイナスグリーの練習。僕自身の練習不足がたたり、不安なフレーズがいっぱい。


2002年11月02日(土) 明日、産業まつり

 11月に入った。朝は、雨が降っていたのと、テストの採点でギリギリまでがんばっていた妻にかわって、食事の準備等をしなければならず宣伝に行けなかった。
 午前中は機関紙の増勢にむけて、議員団で力をあわせて奮闘。午後は、党の会議。午後5時半をすぎて、保育所への迎えが間に合わなくなる可能性がでてきた。幸い、妻もいつもより早く学校を出られたので、「早くついたほうが保育園に駆け込もう」と電話で打ち合わせをして、長い踏切や信号をやりすごす。タッチの差で妻が早かった。じつは、今朝も妻が息子を保育園に連れて行った。送りも迎えもお母ちゃんだったので、息子も少しうれしそう。夜は、シチューをつくる。僕は、本を読みたくて仕方ないのだけれど、息子につきあって、遊ぶことにした。

 明日、城陽市の産業まつりが開かれる。僕が所属する男声コーラス「ジョイナスグリー」もステージにたつ。城陽をうたった万葉集の歌に専門家が曲をつけた、合唱曲も披露される。
 場所は文化パルクのふれあいホールで、午後12時30分開演。関心のある方はぜひ御来場を。
 
 公式サイトの掲示板で、北朝鮮の拉致問題に関しての議論が活発にくり広げられている。この日記を読んでいただいている方も、のぞいてみてほしい。


 
 


2002年11月01日(金) 地方自治体は何のためにあるか 



朝から、月末にむけての諸課題の打ち合わせと行動。午後は、11月17日午後2時から東部コミセンで行う「みんなおいでよ!ファミリーコンサート」の打ち合わせ。その後、今週の「しんぶん赤旗」日曜版に折り込む「活動ファイル」を急いで作成。夜は、乳幼児医療費問題での会議に参加。
 月末に課題に追われると、決まって僕は本屋に立ち寄りたくなる。この日も、「ブックスサウスサイド」に飛び込み、「天国の本屋」(かまくら春秋社)と「メールマガジンの楽しみ方」(岩波アクティブ新書)を購入。
 
 保育園の保護者と話をしているとき、「市の財政が苦しいときに、乳幼児医療費を本当に小学校にあがるまで無料にすることができるのか?」という疑問をお聞きした。こういう疑問の声がでるのが、あたりまえだ。
 そうしたいくつもの疑問を大切にしながら、「自治体とは何か」「子育て支援とは?」をともに考えていくことが必要なのだ。
 城陽で、就学前までの乳幼児医療費無料化を実現する場合、必要な財源は、おおよそ5000万円から1億円の間だろう。城陽市の一般会計予算は約230億円。仮に7000万円かかるとしよう。これを家計に置き換えるとどうなるか?年収が230万円とは大変苦しい家計だが、保護者の方はそれでも、年間7000円の医療費を子どものためを思って、ねん出するために心を砕くだろう。
 ましてや、自治体は開発会社ではなく、住民のいのちとくらし守るために組織された団体である。「お金がない」を理由にするのではなく、やりくりをして「お金をつくる」ことこそ、最優先の仕事ではないだろうか?
 単純だけれど、地方自治の本質をついたこの考えを握って離さないことが大切だ。


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