のづ随想録 〜風をあつめて〜
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【のづ写日記 ADVANCE】

2003年02月15日(土)  序章

「もう、仕事終わります?」
 同僚のMがスーツの上着に袖を通しながらパソコンと格闘している俺に声をかけた。
 このプロジェクトの出張に来て以来、『他の人のための仕事:自分の仕事』の比率が果てしなく『8:2』くらいに近い比率になっている。
 俺はメンバーの最若手の一人でもあり、特にパソコン業務など他のおっさん達に出来るわけがないので必然的にその類の仕事がこちらに回ってくるのは納得していた。だが、それでも『雑用』とか『おっさん達のお手伝い』と言ったレベルの仕事をやらなければならないことも多く、この日も午前中からずっとそんな調子で一日を過ごし、俺自身の仕事は一向にはかどらなかった。
「河原町の駅に着いたら連絡ください、迎えに行きますから」
 Mはそう言い残して事務所を出て行った。
 滋賀と京都の営業事務所の女性社員との飲み会が急遽セッティングされた、と聞かされたのはその日の午後だった。娯楽の少ない滋賀ライフ、俺はなんとしてもこの飲み会に参加するつもりだったのだが、なにしろ仕事が片付かない。俺はMの背中にひとつ丸めた紙くずを投げつけると、再び仕事に取り掛かった。
 20時を回り、「もうやってられるか」状態になった俺は適当に仕事にキリをつける体制に入った。今からなら何とか21時過ぎには飲み会に合流できる――。
「ただいまあ」
 そこへ疲れた表情でTが事務所に戻ってきた。50歳を超える大ベテラン社員だ。
「ああ、いいところにいた」 俺の顔を見るなり、Tはカバンから書類の束を取り出し、いつもの博多弁で言った。「この決裁書を回さんならんけん、ちょっと見てくれんね」
――またか。
 俺は引きつった笑顔で書類を受け取ると、ミスや不備がないかのチェックを始める。
 ミスだらけ。不備だらけ。決裁書として成立してないだろが!――と言いたいところをぐっと抑えて、
「……すみません、Tさん。この書類なんですけどこーしてあーして……」
 ひとつひとつを訂正したりやり直したり作り直したり。これはハマった――俺は魅惑の京都飲み会をあきらめる電話をMに入れた。結局、その書類の束がようやく出来上がり、事務所を出たのは11時半を回ろうとする頃だった。
 今後この調子であのおっさん達の面倒を見ていたら、俺自身の仕事はいつやったらいいんだ。まあ、5年に1度くらいしか本気で怒ったりしない俺だが、この時ばかりはさすがに怒りがとろ火でぐつぐつとわき上がってきていた。
 営業車でマンションへ向かって夜の琵琶湖沿いを走っていると、ケータイが鳴った(ちなみに着メロは『聞いてアロエリーナ♪』)。Mからの電話。実はマンションの近くのバーで飲んでいるから、よかったら来ないか、という。俺に断る理由はなかった。今日のこの怒りはなんらかの形で発散しなければならない。ああそうだとも。俺はタイヤを鳴らしつつMの待つバーへ急行した。
 『かくれ家』という名のそのレストランバーは、一般の住宅街のなかに突然現れる。どこにでもあるような二階建ての住宅で、一階をレストラン、二階をバーに改装してある。重いガラスの扉を押し開けると、ユニフォーム姿のご婦人が現れ、俺を二階のバーへ案内した。
 薄暗い間接照明の店内に、カウンターの一番奥でMが独りで飲んでいる以外に、客は手前の丸テーブルにアヤシい雰囲気の中年カップルがいるだけだった。Mは俺に気づき、自分の横の椅子を指差して俺を促した。
 悲劇はここから始まった。


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