のづ随想録 〜風をあつめて〜
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【のづ写日記 ADVANCE】

2003年02月08日(土)  追突

 午後6時に事務所に集合せよ、という指令が下った。これまでの各員の業務の進捗状況の確認および懸案事項の整理等々の打ち合わせを行う、という。本来、毎週月曜日の午後イチが定例会議――という予定になっていたが、そこはこの仕事が会社全体を巻き込んでいるプロジェクトでもあり、予定は未定であり決定ではない、ということか。
 打ち合わせは6時過ぎから始まった。いろんな問題点が露見され、白熱した打ち合わせは4時間以上に及んだ。
「そろそろ、終わりにしよう」
 リーダーの一声がなかったら、間違いなく日付が変わっていただろう。
 普段はなかなか出張メンバー全員がそろうことはないので、このままそろって食事をしよう、ということになった。滋賀県ではそこそこ名の知れた『来来亭』というラーメン屋が目的地。それぞれが自分の営業車に乗り、6台の車が連なって走り出した。
 鼻歌交じりで、俺はすぐ前を走るリーダーの車に付いて行った。その前の車がやや急ブレーキ気味だったので、ハザードを点滅させつつリーダーの車がゆっくりと停止した。俺もそのまま余裕を持って停止。

 ずがん。

 俺のすぐ後を走っていた先輩社員の車が結構なスピードでそのまま俺の車に追突した。乗用車のCMで見るような衝突耐久テストのダミー人形よろしく俺の体が前後に大きくしなった。とっさに“自分が前の車に追突した”ような感覚に陥り、俺は思い切りブレーキを踏んだ。
「大丈夫か!」
 追突してきた車の先輩社員が飛び出してきて、俺の車のウィンドウを叩いた。
「だ、大丈夫です」 無意識に俺は首の後ろを押さえていた。そのまま車を降りようとしたが、同じように車から降りてきたリーダーが俺の様子を見て、
「動くな、そのまま車に乗っとけ」
 と言った。はじめのうちはナンともないと思っていたが、徐々に軽い頭痛を覚え、首と背中に違和感を感じ出した。しかしこれは、“追突された”というあたりからくる「気のせい」であるような気もしていた。見れば、追突の衝撃で運転席のカーナビの画面がこちら側に大きく傾いている。先輩社員はしきりに俺にあやまり、「病院に行ったほうがいい、病院に」を何度も繰り返した。
 同じ会社同士とは言え、一応警察を呼んでおこう、ということで、しばらくしてからパトカーに乗った警官二人がやってきた。彼らは事務的な質問を二、三して、懐中電灯で俺と先輩社員の車の追突した箇所を照らし、簡単にメモのようなものを取ると、警官二人には早くも“お役御免”の雰囲気が漂いだした。先輩社員が警官に近くの救急病院の場所を尋ねるが、どうも彼らの周りには明らかに“他人事”の空気が充満しており、口には出さずとも『ぶつけたのはお前なんだから、そういうことは自分でやれよ』と右の頬に書いてある。
最近テレビで見た誠実実あふれる警察官とは対極のところにいるタイプの警官のようだった。
 救急車を呼ぶほど大げさな事故ではないので、俺の車は追突現場の近くのファミレスに残し、警官が教えてくれた近所の市民病院へ向かった。
 時刻は11時をとうに回っていたが、夜間緊急診療を待つ人々が何人か待合室にいた。
 受付を済ませ、待合室の長いすに座って呼ばれるのを待っていた。隣の長いすには小学生くらいの少女が毛布に包まれてぐったりとしている。どうやら40度くらいの熱があるらしい。深夜の病院も休みなくタイヘンなのだ。
 思ったより早く、俺の名が呼ばれた。すぐに首のレントゲン写真を撮る、というので先生の後について別室へ。ふと、「バリウムを飲んだ腰を前後左右させた記憶」や「身体をまっすぐ突き抜けるような激痛が走」の記憶がよみがえった。どうも最近、俺は病院づいているなあ。
 レントゲン室の前で、さらにまた名前が呼ばれるのを待つ。
 ああ、なんか大げさになってきたなあ。ちょっと頭痛はするけど、明日になりゃあ治まっているだろうしな。他の先輩達も俺の診察が終わるのを待ってくれているようだし。
 俺が診察室を出ると、待っていた先輩達が駆け寄ってきて、「大丈夫か?」「先生はなんて?」などと言うのだろうなあ。俺はそこでなんて答えたら面白いだろうか……。こんな状況でもこんなことを考えている自分が情けない。
 撮影したレントゲン写真を見て、先生はかなり感心していた。
「あなたはまだお若いので、ひとつひとつの骨の形もしっかりしているし、等間隔に並んでいます。かなり理想的な首の骨です。変な言い方ですが、あなたに追突した人は“いい人に追突した”と言えるでしょうね。時々加害者の人に同情したくなるような被害者の首の骨ってのもありますからね」
 日常にはまったく支障はないが、ちょっとした車の追突の衝撃程度で首の骨にトラブルが出る危うい状態の人もいるらしいのだ。そういう意味で俺の首の骨はかなり理想的だというのだ。
 とりあえずの診察は終わり、俺は診察室を出た。暗い廊下の向こう側で、同僚達が輪になって俺を待っていた。俺は頭をかきながらその輪に加わった。
「大丈夫か?」
「先生はなんて?」
 満を持して、俺は答えた。
「――妊娠三ヶ月って言われました」

 どうやらイマイチだったらしい。


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