のづ随想録 〜風をあつめて〜
 【お知らせ】いよいよ『のづ随想録』がブログ化! 

【のづ写日記 ADVANCE】

2003年01月19日(日)  恥辱

 五時四十五分のチャイムが鳴り、意味を為さない終礼が終わると、さあこれからもう一仕事……という感じになるのが常なのだが、この日、俺は早々に机の上を片付けて帰宅の準備をしていた。
「――じゃあ、明日はよろしくな。俺、いないから」
 パソコンのモニタ越しに、斜め前の席の後輩Tに声をかけた。彼は一瞬きょとんとした様子だったが、すぐに“俺、いないから”の意味がわかったらしく、ぱっと表情を明るくして、
「ああ、明日でしたっけね、“検査”」
と嬉しそうに言った。
「なんでオメーはこの話になるといつも笑顔なんだよ」
「いや、そんなことないですよ。心配して言ってるンじゃないですか」
「明らかに興味本位ってのがありありとうかがえるよな」
「ホラ、僕もやったことあるんで、仲間が増えるのが嬉しいんですよ」
「んなこと分かち合いたくないっちゅーねん」

 この後輩T、多少体調が悪くてもきっちり仕事に取り組む大変真面目な性格の奴である。それはそれでまあいい事なのだが、“体調が悪い”を通り越して“体調を壊している”ことが多く、医者に『あまり根をつめて仕事しないように』と念押しされているような常時黄信号状態なのだ。そんな弱い身体の奴なので、まだ30歳そこそこの年齢なのにバリウム、胃カメラなどをしっかり経験しているのである。
 昨年12月に人間ドックを経験した俺は、ココ『のづ随想録』でもその衝撃の体験をセキララにレポート、各方面に話題を振りまいたが、その後の結果、実は腸の再検査を受けなければならなくなっていた。
 で、俺は後輩Tにその事を話すと、彼は想像される検査の内容を詳細に俺に嬉々として語るのである。なにせ経験者である。そのディテールまで細かく説明してくれる。
「たぶんバリウムですね。それも人間ドックの時みたいに口から飲むんじゃなくて、その逆。――そうです、おシリから入れるんですよ。ぶすって。あれは痛いんですよお。ちょっと耐えられないですよ、マジで。僕なんか涙浮かべてましたよ、そン時。なんかスゴイへんてこな格好させられたりして――、ああ、へんな検査着みたいの着せられますから気をつけてくださいね。それか……内視鏡ってんですかね、それを“入れる”可能性もあります。もちろんおシリからね。――そう言えばずっと胃も痛いって言ってましたよね? 胃カメラも飲むんじゃないですか? へんなマウスピースみたいのをくわえさせられて、そこからスルスルっとカメラの付いた管を強引に入れられるんです。ごえってなりますよ、ごえって。あと考えられるのは……」
「もういいっ!」

 この再検査を受けるために胃腸の中を空っぽにしなければならないらしく、俺は朝から検査食のお粥を食べただけだった。昼用、空腹時の間食用の検査食もあったのだが、この日は関わっているプロジェクトの仕事のせいかばたばたと忙しく、準備していたこれらの検査食を食べることが出来なかった。まあ、余計なものを身体に入れるよりはいいだろう。
 結局少し残業をして帰宅、事前の指示どおりに就寝前に二度下剤を飲んだ。一度目は粉末ジュースのような大量の白い粉を水に溶かして一気に飲み干す。
 俺の胃腸は非常に正直にできていて、いわゆる“お腹を壊しやすい”体質である。こんな下剤などを目にするだけで腹の奥の方がゴロゴロ言いだすのではないか、と思っていたのだが、この一度目の下剤を飲んだだけでは俺の胃腸は何の反応も示さなかった。
 就寝前に二度目の下剤を飲む。赤い、小さな錠剤だった。この如何にも医薬品らしい赤い糖衣錠がその驚異の効き目を暗示しているようだった。その効果は絶大で、その後30分もしないうちに俺はトイレの人と化す。

 検査当日。
 病院の指示どおり、朝7時にコップ一杯の水を飲む。勿論朝食はとれない。
 実際はどんな検査をするのだろうとか、病院の指示どおりに滅多に口にすることの無い下剤を大量に飲んだりしている自分が嬉しかったりと、結構ココロのどこかでこの検査を楽しみにしていたところもあったのだが、実際当日になってみるとそんな気分には全くなれなかった。「じゃあ、ちゃんと検査を受けるよーに」と言い残して仕事へ出かけるツマを見送り、俺ももそもそと身支度を始めた。
 人間ドックを受けたときと同じ病院へ、予定どおり9時40分到着。受け付けを済ませるとカウンターの向こうの女性は無表情に「あちらの長椅子に掛けてお待ちください」と俺を促した。
 ひんやりとした朝の空気が病院の廊下に流れ、沈んだ心持ちで俺は自分の名前が呼ばれるのを待っていた。
 がちゃり……、検査室の古い扉が開き、中年の看護婦が俺の名を呼んだ。出来れば呼ばれることの無いまま時が過ぎることを祈っていたフシもあったのだが、さすがにしっかり予約を入れていれば名前が呼ばれないことはない。俺は恐る恐る検査室に入っていった。
「――では、カーテンの向こうで検査着に着替えてください。昨日から下剤を飲んでもらっていますけれど、今は大丈夫ですか? もしトイレに行きたいようでしたら……」
 看護婦はこちらを向いたまま、部屋の隅にある小さな個室を指さした。ああ、そう言えばTが言っていたな。検査室の中に不自然にトイレがあるって。このことか。
 薄汚れたカーテンに囲まれた試着室のような狭い空間で、カゴの中に置かれたブルーの検査着に着替える。ぺらぺらの長パンツのようなそれは、広げてみると異様なデカパンだった。思い立ってそのままくるり反対側を見てみると、“大きく縦に割れている”。男性用パンツ関連衣類は普通“前”が開くようになっているはずだったが、この検査着パンツは“後ろ”が大きく開くようになっていた。
 すでにどんな検査をされるのかは想像がついた。
「では、検査の内容を説明しますね」
 着替え終わった俺は小さな丸椅子に座らされた。
「――人間ドックの時にバリウムを飲んだと思いますけれど(やはり……)、今日は反対におシリからバリウムを入れます(やはり……)。その後、少量の空気と水も入れて(Tの言うとおりだな)、人間ドックの時みたいにあの機械に乗ってもらって腸の撮影をします……」
 だんだん看護婦の声が遠く聞こえるようだった。今年36歳になろうという男がなんでこんなところで尻を出して、そんでもってそこからなんだか分からんバリウムなんぞを入れられなければならないのだ。加速度的に気分がぐったりしていくのが分かった。
 あの時と同じだった。大きな機械のステップのところに立つと、機械はそのままぐいんぐいん言いながら半回転し、ちょうどベッドに寝そべっているような状態になった。
「では、始めましょうか。検査はだいたい20分くらいですから」
 撮影はどれだけやってもらっても構わないから、バリウムを入れるのだけは勘弁してもらえないでしょうか――そう言いたくなった。そして俺はこの検査を少しでも楽しみにしていた自分が果てしなくばかだったと思った。
「じゃあ横を向いてください」
 俺は看護婦に背を向ける状態で横になっていた。看護婦の様子は見えない。しかし、なにやらごそごそと準備をしている雰囲気は怪しく伝わってくる。俺は目をつぶり、次の瞬間を待った。恐怖感とあきらめが入り交じった複雑な思いが腹のそこにずしりと感じられた。
「――力を抜いてくださいねえ」
 カチリ、という金属音が聞こえたかと思うと、看護婦が俺の検査着パンツの縦割れの部分をまさぐりだした。来た……。そしてまた背後で、カチリ、と乾いた音がした瞬間、身体をまっすぐ突き抜けるような激痛が走



 < 過去の生き恥  もくじ  栄光の未来 >


のづ [MAIL]

My追加