いきなりズバリのタイトルである。9/1付けでの転勤が、決まった。
先週の月曜日、朝一番に部長に声をかけられた。 「ちょっと、来てくれ」 部長は親指でフロアの片隅にパーテーションで仕切られた契約室を指さした。 (――いよいよ、来たか……) なにか予感めいたものが俺の中に拡がった。その様子を見ていた同僚の一人が俺と視線を合わせ、意味あり気に深く頷いた。俺はあえておどけた表情で肩をすくめて見せたが、彼は表情を弛めることはしなかった。 「失礼します」 俺は上着の前釦をとめながら契約室の扉を開いた。部長はこちらを背にして革張りの回転椅子に腰掛けている。くゆらせる煙草の煙がブラインドのすき間から差し込む斜光に照らされていた。 暫く俺は契約室の扉に手をやったまま立ちすくんでいたが、部長は振り返りはせずに少しだけ頭をこちらに向け、「まあ、掛けたまえ」と低く言った。 俺は座り心地の悪いソファに腰掛け、次の部長の言葉を待った。 「――我が社が極秘裏にジャカルタの南西部で水力発電事業に着手しているのは、知っているか」 やはり、この話か。俺は予感していたものが間違いないことを感じた。社内的には公になっていないこの話を部長自らこの俺に切り出したとなれば、とぼける必要はなかった。 「ええ、聞いています。今年の6月には第一陣が現地入りしている、ということまでは――」 「さすが、耳が早いな」 逆光の中で部長は小さく笑った。そしてシルエットになった部長の背中はそのまま言葉を止めたが、次の瞬間、ゆっくりとこちらを振り返った。回転椅子が軽く軋む音が契約室に響いた。手にしていた煙草を灰皿にそっと押し付けると、そのままの姿勢でやや上目遣いで言った。 「――君に、ジャカルタへ行ってもらうことになった」 しばしの沈黙。部長は俺の瞳の奥をじっと覗き込みながら何か次の言葉を探しているようだった。そして、大きく嘆息した後、壁にかけてあるシャガールの幻想的な油彩に視線を移した。 「それは、……部長、決定ですね?」 俺は特に意味もないことを口にした。 「まあ、一応、社命だからな。しかし急な話だから時期的なことは考慮しないことはない」 「いえ……」 「――俺としても君を出すことには抵抗したんだが……」 「いえ、部長。光栄です」 「“上”から君をご指名だったからな。会社としてもこのジャカルタの水力発電には社運を賭けていると言ってもいい。よろしく頼んだぞ」 部長は回転椅子から立ち上がると、そっと右手を差し出した。俺が部長の右手を握り返すと、彼はさらに両手で堅く俺の手を握った。節くれだった男の手だった――。
というのはまったくの作り話である。本当なのは最初の1行だけ。 さすがにジャカルタへの転勤はないが、池袋の本社へ異動することになった。こりはびっくり。詳細を待て(別に待たなくていいけど)。
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